令和7年7月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和7年(ワ)第2429号、第7299号 建物の貸室立ち退き請求拒否請求本訴、建物明渡等請求反訴事件
口頭弁論終結日 令和7年7月15日
判 決
(東京拘置所収容中)
本訴原告(反訴被告)
前田記宏(以下「原告」という。)
東京都渋谷区恵比寿西2-4-8 ウィンド恵比寿ビル8F
本訴被告(反訴原告) CASA株式会社
(以下「被告」という。)
同代表者代表取締役浅賀友里恵
同訴訟代理人弁護士 朝吹英太
主 文
1 原告の本訴請求に係る訴えを却下する。
2原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
3 原告は、被告に対し、令和7年3月1日から前項の建物明渡済みまで1か月当たり11万2000円の割合による金員を支払え。
4 原告は、被告に対し、11万5413円及びこれに対する令和7年3月25日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
5 被告のその余の反訴請求を棄却する。
6訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告の負担とする。
7 この判決は、第2項ないし第4項に限り仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
本訴
被告の原告に対する別紙物件目録記載の建物の賃貸借契約終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求権が存在しないことを確認する。
2 反訴
(1)主文第2項及び第3項と同じ
(2) 原告は、被告に対し、93万4379円及びこれに対する令和7年3月25日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
原告(賃借人)と被告(賃貸人)との間の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)の終了に基づく明渡請求権の存否をめぐる紛争の事案である。本訴は、同契約終了事由の存在を争い、明渡請求権の不存在確認を求めるものであり、反訴は、同契約終了(主位的には合意解約、予備的には債務不履行解除)に基づき本件建物の明渡を求めるとともに、その遅滞に基づく賃料相当損害金及び約定の弁護士費用相当額の支払を求めるものである。
前提事実
(1) 被告は、原告に対し、令和4年4月11日、被告が所有する本件建物(メゾンときわ台という一棟のアパートの一室)を次の約定賃貸し、これを引き渡した。本件賃貸借契約は、令和6年4月21日から同一条件で更新された。(甲1)
【賃料等】
賃料及び共益費月額5万6000円(毎月25日限り翌月分を支払う)
【期間】
令和4年4月21日から2年間
【賃料相当損害金】
原告は、契約終了田の翌日から明渡完了月までの期間に対応する賃料等相当額の倍額の損害金を支払う。
【入居者の遵守事項(本件遵守事項)】
他の入居者に迷惑、危害を及ぼす行為をしてはならない。
【弁護士費用相当額】
明渡遅延により被告が訴訟等を行った場合、原告は日本弁護士連合会が定めていた報酬規程に基づき算出された弁護士費用相当額を負担する。
【無催告解除】
原告が本件遵守事項を含む借主の義務に違反した場合は、被告は何ら通知催告を要せずに直ちに本件賃貸借契約を解除することができる。
(2)
令和6年8月25日、メゾンときわ台1階のエントランスにあるオートロック式のガラス製ドア(以下「本件ドア」という。)がひび割れる建造物損壊事件が発生し、原告はその被疑者として捜査対象となった。(乙7~9)
原告と被告は、令和6年10月2日、本件ドアを足蹴りして損壊した行為(以下「本件損壊行為」という。)について、原告が修理費用相当額の損害賠償をするとともに、原告が別件窃盗被疑事件の勾留満期である同年10月4日までに釈放された場合、令和6年末までをめどに本件建物を退去することを確約することを内容とする示談をした。(乙2)示談が成立したことも踏まえて、原告は同年10月10日に不起訴処分となった。(乙7)
(3) 原告は、釈放後の令和6年12月4日、「建物損壊による示談など」を解約事由として、令和7年2月28日をもって本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした。(乙3。以下、この意思表示により成立した解約合意を「本件解約合意」という。)
原告は、令和7年3月分以降の賃料を支払っていない。(乙12)
3 (4) 被告は、本件解約合意により本件賃貸借契約が終了したことを主位的に主張しつつも、同合意が無効な場合に備えて、令和7年3月24日の反訴状送達をもって、本件損壊行為を債務不履行とする解除の意思表示をした。
また、仮に本件損壊行為だけでは信頼関係を破壊するに足りないとしても、同年3月分以降の賃料不払も併せれば信頼関係は破壊されているとして、同年7月5日、被告の第3準備書面の送達をもって、改めて債務不履行解除の意思表示をした。(いずれも顕著な事実)
(5) 本訴請求の訴えの利益
本訴の訴訟物である本件賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求権の存否は、反訴請求の訴訟物と同一である。そうすると、反訴請求の当否を判断すれば本訴の訴訟物の存否が判断されることになるから、本訴は当事者間の紛争解決のために有効適切な手段とは言えず、確認の訴えの利益を欠き、不適法である。
争点及び当事者の主張
本件建物の明渡請求権の存否
1) 本件解約合意に基づく明渡請求が権利の濫用に当たるか(争点1、主位的請求)
(原告の主張)
そもそも原告が本件損壊行為を行ったかどうかは疑わしく、原告が示談に応じた事実のみからそのことを立証することはできない。また、本件損壊行為があったとしても、本件遵守事項に違反するというだけでは信頼関係が破壊されているとはいえない。すなわち、原告はメゾンときわ台の所有者が誰であるかは知らず、賃貸人やその代表者に対する怨恨をもって、同人らを害するために本件損壊行為に及んだのではない。すでに修理代金も支払っている。
4以上に加えて、本件賃貸借契約が、生活保護世帯専門の媒介業者を通じ、生活保護費からの賃料支払を前提として契約されたものであることも考慮すると、直ちに退去を求めるべきほどの背信行為とは認められない。そうすると、本件損壊行為があったことを理由にする本件解約合意に基づく明渡請求は、権利の濫用に当たる。
(被告の主張)
原告は、本件損壊行為を行い、建造物損壊被疑事件の被疑者として現行犯逮捕され、その後修理費相当額の弁償と令和6年末を目途とする退去を確約する示談を交わし、本件解約合意に応じた。この示談成立もあって、原告は不起訴処分となっている。
本件損壊行為により、本来であれば本件遵守事項違反として無催告解除が許容されるところ、任意に退去することを確約していたため、それに期待していた
しかし、本件解約合意に反して本訴を提起していることからすると、もはや任意の退去は期待できない。
このような経緯を考慮すれば、本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係は破壊されていることは明らかであり、権利の濫用には当たらない。
(2) 被告の債務不履行につき背信行為と認めるに足りない特段の事情があるか
(争点2、予備的請求)
(原告の主張)
上記(1)の事情からすると、背信行為と認めるに足りない特段の事情がある。
(被告の主張)
本件損壊行為は本件遵守事項違反に当たり、上記(1)の事情からすると、信頼関係が破壊されている。
5仮に本件損壊行為のみでは信頼関係が破壊されていないとしても、令和7年3月分から6月分までの賃料を支払っておらず、この債務不履行も併せ考えれば、信頼関係が破壊されている。
第3
当裁判所の判断
争点1(本件解約合意に基づく明渡請求が権利の濫用に当たるか)
(1) 原告は自身が本件損壊行為をしたことを否認している。
しかし、証拠によれば、何者かが本件損壊行為を行い(乙8)、原告がその被疑者として捜査対象とされたこと(乙7、9)は明らかであるし、原告も自ら本件損壊行為に及んだことを前提に示談に応じている(乙2)ことから、原告が本件損壊行為を行ったと認めるほかない。
(2)事情はどうあれ、本件損壊行為が他の入居者に迷惑をかけ、本件遵守事項に違反する行為であることは明らかであるし、本件賃貸借契約における信頼関係をも大きく害する行為といえる。
そうすると、原告の被疑事件に関し、本件建物から退去することの確約を条件として示談に応じることは被告の交渉態度として正当なものであるし、このような示談が成立したこともあって原告は不起訴処分とされたのであるから、示談において確約した退去合意の履行として本件解約合意に基づき本件建物の明渡を求めることが、権利の濫用に当たるというべき事情はない。
(3) 上記の判断によれば、本件解約合意に基づく本件建物の明渡請求(主位的請求)には理由があるし、令和7年3月1日以降の賃料等相当額の倍額(1か月当たり11万2000円)の損害金の請求にも理由がある。
2弁護士費用相当額の請求
(1) 日本弁護士連合会の旧報酬等基準(乙4)によれば、民事訴訟事件の着手金は、経済的利益の額が300万円以下の場合、その額の8%である。建物の賃借権に関する事件の場合、経済的利益の額は、建物の時価の2分の1の額に敷地の時価の3分の1の額を加算した額を基準として算定される。
6 (2) 本件建物と敷地については、固定資産税評価額(乙5、6)以外に価格算定の資料がないため、これを時価とみて算定する。
1 メゾンときわ台の1棟全体(315.41m2)の評価額は1564万05
00円である。原告の占有面積が18.77m2であるから、建物の時価の2分の1の額は次のとおりである。
【計算式】
1564万0500円×18.77/315.41×1/2=46万5381円
2 敷地全体の評価額は4926万6600円である。原告による建物占有面積の割合(18.77/315.41)をこれに乗じて本件建物部分の敷地
の時価を算定すると、その3分の1の額は次のとおりである。
【計算式】
4926万6600円×18.77/315.41×1/3,
=97万7282円
3 12の合計144万2663円の8%、11万5413円が着手金の額となる。
3 よって、本訴請求に係る訴えは不適法として却下し、反訴請求は、そのうち本件建物の明渡及び賃料相当損害金の請求は全部理由があり、弁護士報酬の請求は11万5413円及びこれに対する遅延損害金を請求する限度で理由があるから認容するが、その余の反訴請求は理由がないから棄却する。
東京地方裁判所民事第16部
裁判官 池田幸司