武将人物事典(50音順) 武将人物事典(50音順)

武将人物事典では、戦国時代を牽引した武将・戦国大名のエピソードや、歴史を動かすことになった数々の戦い(合戦)の内容を交え、日本の歴史を語る上で欠かすことのできない名高い武将・戦国大名を50音順でご紹介します。

掲載武将数
114名

武将人物一覧(50音順)

あ行

  • 明智光秀あけちみつひで 1528~
    1582年

    明智光秀

    明智光秀」は、三英傑のひとり「織田信長」から絶大な信頼を得て、低い身分から一国一城の主へと出世した戦国武将。織田信長に忠誠を誓っていたはずの明智光秀は、「本能寺の変」で織田信長を自害に追い込み、わずか10日余りの天下を取りました。忠義に厚い有力武将である一方で、謀反に...

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  • 朝倉教景あさくらのりかげ 1477~
    1555年

    朝倉教景

    「朝倉教景」(あさくらのりかげ:法名[朝倉宗滴])は、越前国(現在の福井県北東部)の戦国大名「朝倉氏」の家臣として活躍した武将です。 越前国の守護大名「朝倉孝景」(あさくらたかかげ:法名[英林宗雄])の八男でしたが、通称が父と同じ「小太郎」であったこと、諱(いみな)である「教景」を曽祖...

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  • 朝倉義景あさくらよしかげ 1533~
    1573年

    朝倉義景

    越前国(現在の福井県北東部)随一の名門大名家である「朝倉家」に生まれ、11代目にして最後の当主となった戦国武将「朝倉義景」(あさくらよしかげ)。「武田信玄」や「浅井長政」(あざいながまさ)ら、反織田信長勢力の武将達と「織田信長包囲網」を張り、「織田信長」を敗北寸前にまで追い詰める...

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  • 浅野長政あさのながまさ 1547~
    1611年

    浅野長政

    浅野長政」(あさのながまさ)は、五奉行の筆頭として豊臣秀吉から重用された戦国武将です。武将と言えば、戦に優れた姿を思い浮かべがちですが、浅野長政は、戦よりも政治面で手腕を発揮していたことでも知られる豊臣政権に欠かせない人物でした。ここでは、主に浅野長政の「官」の側面に...

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  • 浅井長政あざいながまさ 1545~
    1573年

    浅井長政

    浅井長政」(あざいながまさ)と言えば、「織田信長」の妹「お市の方」(おいちのかた)の夫。知勇に優れた美男子と評されていました。浅井長政は、一度は義兄・織田信長と同盟を結びましたが、朋友「朝倉義景」(あさくらよしかげ)との関係を優先したため敵対。一家離散、自害へと追い込まれること...

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  • 足利尊氏あしかがたかうじ 1305~
    1358年

    足利尊氏

    鎌倉幕府に続く武家政権・室町幕府を開いた「足利尊氏」(あしかがたかうじ)。96代天皇「後醍醐天皇」(ごだいごてんのう)が鎌倉幕府打倒を掲げて挙兵した「元弘の乱」(げんこうのらん)では、幕府側に従軍します。しかし、のちに足利尊氏は、幕府を裏切って後醍醐天皇側に付きました。
    ...

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  • 足利義輝あしかがよしてる 1536~
    1565年

    足利義輝

    「剣豪将軍」と呼ばれた、室町幕府の第13代将軍「足利義輝」(あしかがよしてる)は、壮絶な人生を送ります。足利義輝が誕生した当時の室町幕府は権力も、将軍の権威も停滞していました。そのような情勢の中、足利義輝は生き抜き、さらに幕府の政治を復活させたのです。ここでは、歴史的資料...

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  • 足利義満あしかがよしみつ 1358~
    1408年

    足利義満

    室町幕府2代将軍「足利義詮」(あしかがよしあきら)の長男として生まれた「足利義満」(あしかがよしみつ)。1368年(正平23年/応安元年)に父が没したことにより、跡を継いで将軍職に就任しています。 しかし、この時の足利義満は11歳の少年であったため、管領(かんれい)の「細川頼之」(ほそか...

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  • 荒木村重あらきむらしげ 1535~
    1586年

    荒木村重

    荒木村重」(あらきむらしげ)は、地方豪族の家臣から立身し、織田家の重臣にまで上り詰めた武将です。しかし、突如として織田信長に反旗を翻したことで、数奇な運命をたどることになります。絶頂期からの転落や、重臣達の讒言(ざんげん:事実を曲げるなどして偽り、その人のことを目上の人...

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  • 井伊直虎いいなおとら 1535~
    1582年

    井伊直虎

    井伊直虎」(いいなおとら)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての遠江国(現在の静岡県西部)井伊谷(いいのや)を治めた領主です。井伊家は、江戸時代には30万石の彦根藩主となり、「井伊直弼」(いいなおすけ)などの大老職を数名輩出し、譜代大名筆頭の家柄となりました。そんな井伊家...

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  • 井伊直政いいなおまさ 1561~
    1602年

    井伊直政

    井伊直政」は、「徳川家康」に仕え「徳川四天王」のひとりとして名を馳せた戦国時代の武将です。井伊直政が生まれた頃の井伊家は、駿河国今川家の支配下にあり、お家断絶の危機に晒されていました。井伊家の再興のため、そして徳川家康の恩義に報いるために信念を貫いた井伊直政の生涯を...

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  • 池田恒興いけだつねおき 1536~
    1584年

    池田恒興

    「池田恒興」(いけだつねおき)は、「織田信長」と密接な関係にあり、歴史的な戦いにも関連した人物。2014年(平成26年)に地上波テレビで放送されたコミック原作のドラマ「信長協奏曲」では、俳優の「向井理」さんが池田恒興を演じています。織田信長の生涯をはじめ、「桶狭間の戦い」や「清須会...

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  • 池田輝政いけだてるまさ 1564~
    1613年

    池田輝政

    「池田輝政」(いけだてるまさ)は1564年(永禄7年)に、「織田信長」の重臣「池田恒興」(いけだつねおき)の次男として、尾張国・清洲(現在の愛知県清須市)で誕生。 元服後、池田輝政は、「織田信長」のもとで近習(きんじゅ:主君の側近くに仕える者)となって働いています。 1579年(天正7年)、織...

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  • 石田三成いしだみつなり 1560~
    1600年

    石田三成

    石田三成」(いしだみつなり)は、色白の美少年で「豊臣秀吉」に仕えた知的な武将です。アニメやゲームでも、その側面が描かれる傾向があります。石田三成と豊臣秀吉の出会いは、豊臣秀吉が偶然入った寺でのお茶のエピソード「三献の茶」が有名です。石田三成は、豊臣秀吉に気に入られて家...

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  • 今川氏真いまがわうじざね 1538~
    1614年

    今川氏真

    今川氏の最盛期と言えば、戦国時代に東海道で圧倒的な支配力を誇っていた「今川義元」(いまがわよしもと)の時代です。若き「徳川家康」を人質として召し抱え、領土を拡大しながら今川家を戦国大名化させました。そんな「海道一の弓取り(国持ち大名)」の異名を持つ今川義元の跡を継いだの...

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  • 今川義元いまがわよしもと 1519~
    1560年

    今川義元

    今川義元」(いまがわよしもと)について、あなたはどのようなイメージをお持ちでしょうか。「公家かぶれの戦国大名」というイメージを持っている人も少なくないと思います。今川義元は「桶狭間の戦い」で、25,000以上の大軍を擁しながら、わずか2,000の「織田信長」に敗れたからです。しかし、そ...

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  • 上杉景勝うえすぎかげかつ 1556~
    1623年

    上杉景勝

    「卍」の字が書かれた特徴的な金色の兜をかぶり、戦国時代から江戸時代を生き抜いた武将「上杉景勝」(うえすぎかげかつ)。大河ドラマでも、どの俳優が演じるか注目される人物です。そんな上杉景勝の人生は、叔父にあたる上杉謙信の後継者争いで、上杉景虎をはじめ、多くの親族を失った壮絶な...

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  • 上杉景虎うえすぎかげとら 1554~
    1579年

    上杉景虎

    「上杉景虎」(うえすぎかげとら)は、越後の龍と称された軍神「上杉謙信」の養子で、後継者候補だった武将のひとりです。「北条氏康」の七男として生まれ、上杉謙信にある意味人質のような形で養子へ出されましたが、上杉謙信に深く寵愛されました。しかし上杉謙信亡きあとの後継者争いで、上杉...

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  • 上杉謙信うえすぎけんしん 1530~
    1578年

    上杉謙信

    上杉謙信」は、越後国(現在の佐渡島を除く新潟県)山内上杉家16代当主の戦国武将です。長年内乱が続いていた越後国を治めて、繁栄させるために尽くした一方で、「武田信玄」や「織田信長」など、名だたる武将と合戦を繰り広げてきました。

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  • 宇喜多秀家うきたひでいえ 1572~
    1655年

    宇喜多秀家

    月のような形をした大きな立物が特徴的な兜と甲冑を身にまとい、安土桃山時代から江戸時代前期を生きた戦国武将「宇喜多秀家」(うきたひでいえ)。わずか10歳で家督を継ぎ大きな権力を持った宇喜多秀家の人生は波乱万丈でした。一体どんな人生を送った武将だったのでしょうか。宇喜多...

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  • 大内義隆おおうちよしたか 1507~
    1551年

    大内義隆

    「大内義隆」は戦国時代の武将で、「周防国」(現在の山口県東部)の在庁官人だった大内氏の第16代当主です。22歳で家督を相続し、従二位(じゅにい)の地位まで昇りつめた西国一の戦国大名として知られています。「毛利元就」を傘下におさめていたこともあるほど力を持っていた大内義隆ですが...

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  • 大谷吉継おおたによしつぐ 1559~
    1600年

    大谷吉継

    大谷吉継」(おおたによしつぐ)は、病と闘いながら戦国の乱世を生き抜いた武将として知られています。戦場では顔を白い布で覆い、類稀な才能を発揮。「小田原征伐」などで活躍しました。その才能は、豊臣秀吉からも認められたほど。ここでは、ミステリアスな部分も多い武将・大谷吉継についてご...

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  • 大友宗麟おおともそうりん 1530~
    1587年

    大友宗麟

    大友宗麟」(おおともそうりん)は、鎌倉時代から続く名族「大友氏」の最盛期を築いた戦国大名です。海外貿易によって得た経済力を背景に、巧みな外交や家臣団の奮戦により近隣諸国を席巻。一時は、北九州6ヵ国を支配下に治めるほど勢力を拡大しました。しかし、キリスト教への帰依や薩摩国...

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  • 沖田総司おきたそうじ 1844~
    1868年

    沖田総司

    「新選組/新撰組」の一番隊隊長として知られる「沖田総司」(おきたそうじ)。 1844年(天保15年/弘化元年)白河藩(現在の福島県)藩士「沖田勝次郎」(おきたかつじろう)のもとに生まれましたが、父は沖田総司がわずか2歳の頃に亡くなっています。 そのあと、沖田総司は、剣術の新流派「天然...

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  • 織田有楽斎(織田長益)おだうらくさい 1547~
    1622年

    織田有楽斎(織田長益)

    織田有楽斎(織田長益)」(おだうらくさい[おだながます])は、あの「織田信長」の弟という宿命で生まれてきた人物。他人を見る目の確かさで、激動の時代を生き延びました。武家茶道「有楽流」の開祖としても有名。屋敷があった場所は現在も「有楽町」と名前が残るなど、多くの人の心を惹き付け...

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  • 織田信雄おだのぶかつ・のぶお 1558~

    織田信雄

    「織田信長」の息子には、「本能寺の変」で父とともに自害した「織田信忠」(おだのぶただ)と、対照的な人生を送った次男「織田信雄」(おだのぶかつ・のぶお)という武将がいます。織田信長から未来を期待されていた織田信忠に対し、織田信雄は親子の縁を切られそうになったり、2度も改易(か...

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  • 織田信忠おだのぶただ

    織田信忠

    「織田信長」と言えば、戦国の世で天下統一の野望を抱き、あと一歩のところで横死してしまったカリスマ的人物。この織田信長が最期を迎えた「本能寺の変」では、織田家の未来を担う存在だった嫡男「織田信忠」(おだのぶただ)も、父とともに自害していました。次世代のリーダーとして期待されて...

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  • 織田信長おだのぶなが 1534~
    1582年

    織田信長

    戦国時代、天下布武を目指し、その後の歴史を大きく変えた織田信長。400年経った今でも織田信長のリーダー像に惹かれる人は多く、人気は衰えません。歴史的史料である「信長公記」や「名将言行録」をもとに、天下人となった織田信長の生涯をご紹介します。

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  • 織田信秀おだのぶひで 1511~
    1552年

    織田信秀

    天下人「織田信長」の父であり、「尾張の虎」と称された武将「織田信秀」(おだのぶひで)。室町時代末期、尾張国(現在の愛知県西部)の下級武士だったにも関わらず、織田信長が天下を取る基盤としても重要な役割を果たしたと言われています。尾張国の周辺は、美濃国(現在の岐阜県南部)の「斎藤...

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  • 織田信行おだのぶゆき

    織田信行

    「織田信長」と言えば、圧倒的な力で「天下布武」(てんかふぶ:武力で天下を統一すること)を達成したイメージが強い武将です。しかし戦国武将として台頭するまでに苦戦していた時期もありました。そして、織田信長を長年苦しめていたのが実の弟である「織田信行」(おだのぶゆき)です。当初...

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か行

  • 勝海舟かつかいしゅう

    勝海舟

    「勝海舟」(かつかいしゅう)は武士、そして政治家として幕末から明治維新へと激動する日本で重要な役割を果たした人物のひとりです。とりわけ、「戊辰戦争」においては幕府軍の軍事総裁となり、「江戸城無血開城」を実現させた功績は大きく、江戸の町が戦火に焼かれることを防ぎました。少年...

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  • 加藤清正かとうきよまさ 1562~
    1611年

    加藤清正

    「加藤清正」(かとうきよまさ)は、勇猛果敢で戦国武将の名にふさわしい猛将というイメージですが、実は武芸だけでなく、築城や領地統治などにも手腕を発揮しました。また、一時は「石田三成」(いしだみつなり)との対立から「徳川家康」に与しましたが、亡くなる直前まで豊臣家の行く末を案じて...

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  • 蒲生氏郷がもううじさと 1556~
    1595年

    蒲生氏郷

    「織田信長」や「豊臣秀吉」などの天下人に一目置かれながら、40歳の若さで生涯を閉じた「蒲生氏郷」(がもううじさと)。数々の戦場で武功を立てただけでなく、領地の経営や家臣団の統制にも長け、「世に優れたる利発人」と称された戦国武将でした。その一方で、キリシタン大名や「千利休」(せ...

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  • 菊池武光きくちたけみつ 1319~
    1373年

    菊池武光

    「菊池武光」(きくちたけみつ)は、平安時代の末期から室町時代までの長きにわたって九州を制していた菊池一族の15代目当主。己の技量のみで当主になり、九州地方においては時代の変化に大きな影響を与えました。少年期に死の危機に瀕しながらも、政治力と戦略により九州制覇を成し遂げ...

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  • 吉川元春きっかわもとはる 1530~
    1586年

    吉川元春

    「吉川元春」(きっかわもとはる)は、戦国時代最高の智将とも言われる「毛利元就」(もうりもとなり)の次男です。吉川元春自身も戦の天才として知られており、生涯を通じて76戦無敗だったとも言われています。また、兄「毛利隆元」(もうりたかもと)、弟「小早川隆景」(こばやかわたかかげ)との3兄...

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  • 木下家定きのしたいえさだ 1543~
    1608年

    木下家定

    「木下家定」(きのしたいえさだ)は、「豊臣秀吉」の正室で「北政所」(きたのまんどころ)の名で知られる「ねね」の兄にあたる人物です。もともと武士ではありませんでしたが、義弟である豊臣秀吉の従者となり、親族として天下人を支えました。豊臣秀吉の死後は、妹のねねの警護と世話をしながら江...

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  • 楠木正成くすのきまさしげ 1294~
    1336年

    楠木正成

    「楠木正成」(くすのきまさしげ)は、その出自には不明な点が多くありますが、一説によると、河内国(現在の大阪府東部)で栄えた豪族の家系に生まれたと言われています。 1331年(元徳3年/元弘元年)、96代天皇「後醍醐天皇」(ごだいごてんのう)に召し出された楠木正成は、鎌倉幕府を討伐する...

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  • 黒田官兵衛くろだかんべえ 1546~
    1604年

    黒田官兵衛

    黒田官兵衛」(別名:黒田如水・黒田孝高)は、大河ドラマ『軍師官兵衛』で天才軍師として描かれた戦国武将です。攻城戦で相手の食糧補給手段を絶つ「兵糧攻め」や備中高松城(現在の岡山県)を浮城にした「水攻め」など、戦術に長けた武将でした。それゆえ、主君からは信頼以上に恐れられ...

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  • 黒田長政くろだながまさ 1568~
    1623年

    黒田長政

    黒田長政」(くろだながまさ)は、「黒田官兵衛」(くろだかんべえ)という偉大な父を持ち、父と同様に武勇を轟かせた武将です。父親の黒田官兵衛は、「黒田孝高」(くろだよしたか)や「黒田如水」(くろだじょすい)という別名がありましたが、黒田長政も同様に「吉兵衛」(きちべえ)という別名があり...

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  • 小西行長こにしゆきなが 1558~
    1600年

    小西行長

    「小西行長」(こにしゆきなが)は、生まれは商人ながらも若いときから武将として活躍した人物。その才能を見込まれて、「織田信長」や「豊臣秀吉」へ仕えます。豊臣秀吉の家臣だったころは水軍を率いて活躍したことから、「海の司令官」との通り名もありました。肥後(現在の熊本県)の大名となり、...

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  • 小早川隆景こばやかわたかかげ 1533~
    1597年

    小早川隆景

    戦国時代、中国地方の知将として名を馳せた「毛利元就」(もうりもとなり)の三男「小早川隆景」(こばやかわたかかげ)は、父と同様に物事を熟考して決断する、知略に優れた武将でした。「豊臣秀吉」の臣下となってからは、絶対的な信頼を得て、西国制覇の急先鋒として活躍したのです。乱世の中...

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  • 小早川秀秋こばやかわひであき 1582~
    1602年

    小早川秀秋

    小早川秀秋」(こばやかわひであき)は、「関ヶ原の戦い」で西軍敗北の原因のひとつを作った武将です。小早川秀秋の裏切りで形勢が徳川家康が率いる東軍に傾いたことは間違いありません。しかし、小早川秀秋ほど、運命に縛られた武将はいないと言えます。そこで、小早川秀秋の生涯や人物像を...

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さ行

  • 西郷隆盛さいごうたかもり 1828~
    1877年

    西郷隆盛

    激動の幕末期における志士のひとりとして、日本に変革をもたらすべく奔走した「西郷隆盛」。 その家格は、もともと薩摩藩(現在の鹿児島県)の下級藩士でしたが、やがて同藩11代藩主「島津斉彬」(しまづなりあきら)に才能を認められ、徐々に頭角を現します。 そのあと、西郷隆盛は、島津斉彬から...

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  • 斎藤道三さいとうどうさん 1494~
    1556年

    斎藤道三

    斎藤道三」(さいとうどうさん)と言えば、戦国時代に美濃国(現在の岐阜県南部)を乗っ取った、成り上がり武将として有名です。権謀術数(けんぼうじゅっすう:他人を巧みに欺く策略)に長け、親の腹を食い破って生まれるとの迷信がある「マムシ」のようだと恐れられましたが、皮肉にも息子「斎藤義...

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  • 酒井忠次さかいただつぐ 1527~
    1596年

    酒井忠次

    酒井忠次」(さかいただつぐ)は、徳川四天王のひとりに数えられる名将です。徳川家康の父親「松平広忠」(まつだいらひろただ)の時代から徳川家の家臣として仕えていた人物で、のちの「徳川家康」となる幼い頃の「竹千代」が、今川家の人質になる際にも同行しました。徳川家康からの信頼が厚く...

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  • 榊原康政さかきばらやすまさ 1548~
    1606年

    榊原康政

    榊原康政」(さかきばらやすまさ)は、「徳川家康」に見出され、陪臣(ばいしん:家臣の家臣)の身分から小姓となり、「徳川四天王」のひとりと呼ばれる重臣にまでに大出世した人物です。学問と武勇に長け、徳川家康から「康」の一字を賜ったほどでした。ところが、1592年(文禄元年)から徳川家康...

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  • 坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ 758~
    811年

    坂上田村麻呂

    「坂上田村麻呂」(さかのうえのたむらまろ)は、平安時代初期に活躍した武将です。50代天皇「桓武天皇」(かんむてんのう)が行っていた事業のひとつである蝦夷(えみし/えぞ)討伐において、その優れた武勇を存分に発揮しました。 791年(延暦10年)に坂上田村麻呂は、「征東副使」(せいとうふ...

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  • 坂本龍馬さかもとりょうま 1836~
    1867年

    坂本龍馬

    「坂本龍馬/坂本竜馬」(さかもとりょうま)は、幕末の志士として倒幕/討幕運動のために奔走し、様々な業績を残した人物。 土佐藩(現在の高知県)郷士(ごうし:武士の身分でありながら農業にも従事していた者)の家に生まれた坂本龍馬は、剣術修行のために江戸に出たことで、ペリー来航を背...

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  • 佐久間信盛さくまのぶもり ???~
    1582年

    佐久間信盛

    「佐久間信盛」(さくまのぶもり)は、織田家の家中でも名門佐久間宗家の嫡男。2020年(令和2年)のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で「金子ノブアキ」さんが演じたことでも知られています。佐久間信盛は「織田信長」を幼いころからサポートし、戦いにおいても高い信頼を得ていました。しかしあるこ...

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  • 佐竹義宣さたけよしのぶ 1570~
    1633年

    佐竹義宣

    徳川家康に「律義者」(りちぎもの)と評された「佐竹義宣」(さたけよしのぶ)。 豊臣秀吉のもとでは、常陸国(ひたちのくに:現在の茨城県)に545,000石余を領し、「豊臣政権の六大将」と呼ばれた戦国大名です。「関ヶ原の戦い」においては、徳川家康に味方しなかったため、のちに出羽国久保田...

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  • 佐々成政さっさなりまさ 1539~
    1588年

    佐々成政

    10代の頃から「織田信長」に仕え、持ち前の武勇を発揮し、頭角を現した「佐々成政」(さっさなりまさ)は、「黒母衣衆」(くろほろしゅう:織田信長の親衛隊)の筆頭として数々の戦場で戦功を挙げた人物です。特に鉄砲への造詣は深く、「織田家」の鉄砲部隊は、佐々成政によって鍛え上げられたと...

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  • 真田昌幸さなだまさゆき 1547~
    1611年

    真田昌幸

    戦国時代に活躍した真田家の武将では「真田幸村(真田信繁)」(さなだゆきむら[さなだのぶしげ])が有名です。NHK大河ドラマ「真田丸」で取り上げられ、多くの現代人がその生きざまを知ることとなりました。ここでは、その真田幸村(真田信繁)の父親で、同じく大河ドラマにも登場した「真田昌幸...

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  • 真田幸村(真田信繁)さなだゆきむら 1567~
    1615年

    真田幸村(真田信繁)

    真田幸村(真田信繁)」(さなだゆきむら/さなだのぶしげ)は、安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した武将です。その勇敢な活躍と華々しい最期が、のちの史料において「日本一の兵」(ひのもといちのつわもの)と評されたことから、英雄として庶民の間に浸透し、高い人気を誇っています。真...

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  • 柴田勝家しばたかついえ 1522~
    1583年

    柴田勝家

    柴田勝家」(しばたかついえ)と言えば、「織田信長」の筆頭家老。戦上手で勇猛果敢、情に厚いが武骨なためか59歳まで独身でした。ところが60歳のときに、織田信長の妹「お市の方」(おいちのかた)の再婚相手に選ばれます。天下人「豊臣秀吉」の好敵手と目された男の「人生の分岐点」とは?...

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  • 島左近(嶋左近)しまさこん 1540~
    1600年

    島左近(嶋左近)

    島左近」(しまさこん)は、「石田三成」(いしだみつなり)の右腕として活躍した武将です。「三成に過ぎたるものが2つあり 島の左近と佐和山の城」と言われるほど、優れた武将として有名でした。ここでは、島左近の生涯、家紋、名言をご紹介します。

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  • 島津豊久しまづとよひさ 1570~
    1600年

    島津豊久

    戦国時代後期、怒濤の勢いで九州を席巻した島津氏。その勢力拡大を牽引したのが、無類の戦上手として知られた「島津家久」(しまづいえひさ)と、その嫡男「島津豊久」(しまづとよひさ)の親子です。島津豊久は父の死後、若くして「佐土原城」(さどわらじょう:現在の宮崎県宮崎市)の城主となり、「文...

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  • 島津義久しまづよしひさ 1533~
    1611年

    島津義久

    「島津義久」(しまづよしひさ)は、古くから薩摩国(さつまのくに:現在の鹿児島県西部)を治めた島津氏の第16代当主として、3人の弟と共に近隣国を次々と制圧した九州最強の戦国武将です。その勢いを警戒した「豊臣秀吉」から干渉を受けたり、「関ヶ原の戦い」では「徳川家康」に敗れたりしました...

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  • 島津義弘しまづよしひろ 1535~
    1619年

    島津義弘

    島津義弘」(しまづよしひろ)は、武勇において名を轟かせた武将です。1572年(元亀3年)の「木崎原の戦い」では、「釣り野伏せ戦法」で3,000にも及ぶ敵の大軍をわずか300の兵で打ち破り、1592年(文禄元年)の朝鮮出兵では、敵から「鬼石曼子」(グイシーマンズ)と恐れられるほど勇敢に戦いま...

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  • 仙石秀久せんごくひでひさ 1552~
    1614年

    仙石秀久

    「豊臣秀吉」の家臣団のうち、最古参の武将として知られる「仙石秀久」(せんごくひでひさ)は、自らの腕と勇敢さを武器に、大名へと上り詰めた人物。戦場では危険を顧みず突進し、主君のためなら死も厭わない覚悟で数々の修羅場をくぐり抜け、やがて一国一城の主にまで昇進したのです。そん...

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た行

  • 高山右近たかやまうこん 1552~
    1615年

    高山右近

    高山右近」(たかやまうこん)は、人生のほぼすべてを、キリスト教に捧げた戦国武将です。「キリシタン大名」と呼ばれた人物は数多くいますが、家や領地を犠牲にしてまで信仰を貫いた大名は、高山右近ただひとり。その強烈な信仰心と影響力から、「伴天連の大旦那」(ばてれんのおおだんな)と呼...

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  • 滝川一益たきがわいちます 1525~
    1586年

    滝川一益

    「織田四天王」のひとりに数えられた「織田信長」の重臣、「滝川一益」(たきがわいちます/かずます)。前半生に関しては記録が乏しく、甲賀(現在の滋賀県甲賀市)の出身であることから、一説には忍者だったとも言われている人物です。調略が得意で、鉄砲の名手。水陸どちらの戦いにも高い能力を...

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  • 武田勝頼たけだかつより 1546~
    1582年

    武田勝頼

    武田勝頼(たけだかつより)は、甲斐国(現在の山梨県)の戦国大名で、戦国時代から安土桃山時代を駆け抜けるように生きた人物です。武田信玄を父に持ち、諏訪領主の娘・諏訪御料人を母に持つ、武田勝頼。諏訪氏と武田氏両方の名跡を継いだのち、長篠の戦いで織田軍や徳川軍と戦い、仲間に...

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  • 武田信玄たけだしんげん 1521~
    1573年

    武田信玄

    武田信玄」(たけだしんげん)は、甲斐(現在の山梨県)の戦国大名です。「甲斐の虎」と呼ばれた彼の率いる武田軍は当時最強と言われ、その武勇はのちの天下人「織田信長」の耳にも届き、恐れさせるほどでした。天下を目指していた武田信玄が、上洛を前に病に倒れることがなければ、日本の歴...

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  • 竹中半兵衛たけなかはんべえ 1544~
    1579年

    竹中半兵衛

    竹中半兵衛」(たけなかはんべえ)と言えば、主君や将軍の戦略・戦術の指揮を補佐する役割を担った戦国時代を代表する「名軍師」。最終的に「豊臣秀吉」に仕えた竹中半兵衛は、「黒田官兵衛」(くろだかんべえ)と共に、豊臣秀吉が天下人になるまで支えて活躍します。竹中半兵衛の生涯、そし...

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  • 立花宗茂たちばなむねしげ 1567~
    1642年

    立花宗茂

    立花宗茂(たちばなむねしげ)は、九州勢の中で非常に活躍した戦国武将のひとりです。「九州征伐」で武勲を立てた立花宗茂は、豊臣秀吉より所領を授かり大名に出世。一介の家臣だった者が大名に出世することは、当時では異例の出来事でした。その後も、朝鮮出兵に参加するなど、豊臣秀吉が亡く...

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  • 伊達政宗だてまさむね 1567~
    1636年

    伊達政宗

    伊達政宗」は、「独眼竜政宗」の異名で知られる出羽国(でわのくに:現在の山形県と秋田県)出身の戦国武将。17歳で奥州伊達氏の家督を継ぐと、19歳で南奥州を支配し、仙台藩初代藩主となって東北の繁栄を築きました。あと10年、20年生まれるのが早ければ天下人となっていたかもしれない...

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  • 長宗我部元親ちょうそかべもとちか 1539~
    1599年

    長宗我部元親

    長宗我部元親」(ちょうそかべもとちか)は、戦国時代の武将。土佐国(現在の高知県)の豪族だった長宗我部氏を戦国大名にまで成長させ、四国を制覇したことから「土佐の出来人」と呼ばれていました。

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  • 長宗我部盛親ちょうそかべもりちか 1575~
    1615年

    長宗我部盛親

    「長宗我部盛親」(ちょうそかべもりちか)は「長宗我部元親」(ちょうそかべもとちか)の四男。本来であれば当主になるはずではなかった人物ですが、父親である長宗我部元親の意向により跡を継ぎます。しかし「関ヶ原の戦い」に勝利することができず、長宗我部氏最後の当主となりました。歴史上の...

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  • 東郷平八郎とうごうへいはちろう 1848~
    1934年

    東郷平八郎

    「東郷平八郎」(とうごうへいはちろう)は、明治時代から大正時代にかけて活躍した海軍軍人です。 1863年(文久3年)に、薩摩藩とイギリス艦隊の間で勃発した「薩英戦争」(さつえいせんそう)で初陣を飾り、1868年(慶応4年/明治元年)の「戊辰戦争」では、薩摩藩(現在の鹿児島県)や長州藩(...

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  • 藤堂高虎とうどうたかとら 1556~
    1630年

    藤堂高虎

    藤堂高虎」(とうどうたかとら)は、戦国時代から江戸時代初期に活躍した戦国武将。藤堂高虎と言えば、「加藤清正」(かとうきよまさ)や「黒田官兵衛」(くろだかんべえ)と並ぶ築城の名人であることと、主君を次々に変えたことで有名です。

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  • 土岐頼芸ときよりのり 1502~
    1582年

    土岐頼芸

    「土岐頼芸」(ときよりのり)は、美濃国(現在の岐阜県)に栄えた土岐家の次男として生まれ、実兄「土岐頼武」(ときよりたけ)との熾烈な家督争いに打ち勝ち、美濃国守護(しゅご:鎌倉・室町幕府が置いた地方官)に上り詰めた戦国武将です。しかし、時は下剋上の時代。自身が守護代に任命した「...

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  • 徳川家康とくがわいえやす 1542~
    1616年

    徳川家康

    戦国乱世に終止符を打ち、江戸幕府を開いた「徳川家康」。天下人として名高い家康ですが、幼い頃は「織田家」と「今川家」の人質として扱われ、家臣共々不遇な生活を送っていました。しかし、そののちは三河平定、そして天下分け目の「関ヶ原の戦い」を経て征夷大将軍となったのです。その生...

    松平家
    徳川家康の源流「松平家」について、歴史や関連人物を詳しくご紹介します。

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  • 徳川秀忠とくがわひでただ 1579~
    1632年

    徳川秀忠

    江戸幕府2代将軍「徳川秀忠」(とくがわひでただ)と言えば、「関ヶ原の戦い」に遅参したことで有名な人物。初代将軍「徳川家康」、3代将軍「徳川家光」に比べると地味なイメージがあるでしょうが、徳川秀忠は決して凡庸な人物ではありませんでした。今回は、知られざる徳川秀忠の生涯や、後世に...

    徳川十五代将軍一覧徳川十五代将軍一覧
    江戸時代を語る上で欠かせない徳川十五代将軍の姿を紐解きます。

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  • 豊臣秀次とよとみひでつぐ

    豊臣秀次

    豊臣秀吉の死後、豊臣家は晩年に生まれた実子の「豊臣秀頼」(とよとみひでより)が当主となっていましたが、もともとは、別の人物が後継者候補となっていたことをご存知でしょうか。実子に恵まれなかった豊臣秀吉には7人の養子がおり、そのなかで「豊臣秀次」(とよとみひでつぐ)という人物...

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  • 豊臣秀長とよとみひでなが

    豊臣秀長

    農民から天下人へと昇りつめた「豊臣秀吉」には、陰で出世を支えた「豊臣秀長」(とよとみひでなが)という右腕的存在がいました。豊臣秀長は豊臣秀吉の3歳下の弟で、政務や軍事面で兄を補佐し、豊臣家の天下統一に大きく貢献した人物です。天下を目指して武力でひたすら突き進む兄の傍で、...

    大河ドラマ歴史年表
    天下統一という偉業を成し遂げた豊臣兄弟の奇跡を豊臣秀長の目線で描いたNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」についてご紹介します。
    大河ドラマ歴史年表(歴代別/時代別)
    これまで放送された大河ドラマ、及び今後放送予定の大河ドラマを一覧で見ることができます。

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  • 豊臣秀吉とよとみひでよし 1537~
    1598年

    豊臣秀吉

    豊臣秀吉」は、「織田信長」や「徳川家康」と並び戦国三英傑の1人に数えられている戦国武将です。豊臣秀吉は農民の出身でしたが、数々の武功を挙げた上に本能寺で織田信長を暗殺した「明智光秀」を討ち取ります。その後、清洲会議で対立した「柴田勝家」に勝利すると、「毛利輝元」(もうりてる...

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  • 豊臣秀頼とよとみひでより 1593~
    1615年

    豊臣秀頼

    安土桃山時代から江戸時代前期を生きた戦国武将「豊臣秀頼」(とよとみひでより)。大河ドラマでも、どの俳優が豊臣秀頼を演じるか注目を集める人物です。豊臣秀頼の父は、天下人「豊臣秀吉」。母は織田信長の姪にあたる「淀殿」(よどどの)、「茶々」(ちゃちゃ)です。「豊臣秀次」の自刃により、豊...

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な行

  • 直江兼続なおえかねつぐ 1560~
    1620年

    直江兼続

    兜に「愛」の文字を掲げた武将「直江兼続」(なおえかねつぐ)は、幼少の頃から仕えた「上杉景勝」(うえすぎかげかつ)と共に、上杉家を導いていきます。その能力の高さは、「豊臣秀吉」から米沢30万石を与えられたほど。ここでは、「義」(ぎ:公共のために尽くすこと)に生きた直江兼続の生涯や、彼にま...

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  • 那須与一なすのよいち 1169~
    1189年

    那須与一

    鎌倉幕府の「御家人」(ごけにん)として、同幕府初代将軍「源頼朝」に仕えていた「那須与一」(なすのよいち)。いわゆる「源平合戦」における一連の戦いのひとつである「屋島の戦い」(やしまのたたかい)にて、「扇の的」に矢を見事命中させたほどの「弓の名手」として知られています。しかし、その逸...

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  • 長束正家なつかまさいえ 1562~
    1600年

    長束正家

    戦国時代に活躍した「長束正家」(なつかまさいえ)は、「豊臣秀吉」に重用された五奉行のひとりです。同時期に活躍した武将達が、武力、知略、統率力など、合戦で活かす能力を武器にして生きた中で、長束正家は「算術」の能力を武器にして立身出世を果たした武将でした。官僚タイプの長束正家は、...

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  • 新田義貞にったよしさだ 1301~
    1338年

    新田義貞

    「新田義貞」(にったよしさだ)はもともと、上野国(現在の群馬県)の豪族「新田氏」の惣領であった武将です。 1331年(元徳3年/元弘元年)に、96代天皇「後醍醐天皇」(ごだいごてんのう)の勢力と鎌倉幕府の間で「元弘の乱」(げんこうのらん)が勃発。 同乱で新田義貞は当初、鎌倉幕府方に付...

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  • 丹羽長秀にわながひで 1535~
    1585年

    丹羽長秀

    青年期から「織田家」に仕え、宿老「柴田勝家」(しばたかついえ)と並ぶ双璧として、「織田信長」の天下統一事業を支えた「丹羽長秀」(にわながひで)。戦いでは勇猛果敢な活躍を見せる一方、造船や築城などの行政面にも優れた手腕を発揮し、文武両道を実践して、主君の厚い信頼を獲得しました。...

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は行

  • 服部半蔵はっとりはんぞう 1542~
    1597年

    服部半蔵

    服部半蔵」(はっとりはんぞう)とは何者か?と問われたとき、皆さんはどのように答えるでしょうか。多くの人は「忍者」と答えるかもしれませんが、それは半分正解で半分不正解。服部半蔵とは、服部家の当主が代々世襲する名前なのです。初代は忍者だった服部半蔵ですが、世襲し徳川家に仕え...

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  • 土方歳三ひじかたとしぞう 1835~
    1869年

    土方歳三

    「土方歳三」(ひじかたとしぞう)は、もともとは農家の出身でしたが、剣術の新しい流派「天然理心流」(てんねんりしんりゅう)を「近藤周助」(こんどうしゅうすけ)に学び、優秀な剣の使い手となりました。 その剣術の上手さが買われ、1863年(文久3年)に江戸幕府14代将軍「徳川家茂」(とくがわ...

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  • 福島正則ふくしままさのり 1561~
    1624年

    福島正則

    福島正則」(ふくしままさのり)と言えば、豊臣秀吉の家臣で勇猛果敢な「武断派」の武将。賤ヶ岳の戦い(しずがたけのたたかい)・小田原の役・朝鮮出兵・関ヶ原の戦いで武功を挙げ、51万石の大名に。「武勇に長けるが、大酒吞みで智謀に乏しい猪武者」とも呼ばれる、福島正則の生涯に迫ります。

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  • 北条氏政ほうじょううじまさ 1538~
    1590年

    北条氏政

    「北条氏政」(ほうじょううじまさ)は、相模国小田原(現在の神奈川県小田原市)を本拠として発展した戦国大名、「後北条氏」(ごほうじょうし)の4代当主です。同氏の勢力を拡大させることに尽力した北条氏政は、関東地方において、歴代当主の中で最も大きい版図を築き上げました。しかし、「豊臣...

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  • 北条早雲ほうじょうそううん 1456~
    1519年

    北条早雲

    北条早雲」(ほうじょうそううん)は、戦国時代に相模国(さがみのくに:現在の神奈川県)を統一した人物。小田原城の城主で、鎌倉幕府の執権・北条氏とは全く関係はありません。鎌倉時代に活躍した北条氏と分けるため、「後北条氏」や「小田原北条氏」と呼ばれます。なかでも北条早雲は、「戦国時...

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  • 北条義時ほうじょうよしとき

    執権 北条義時

    伊豆国(現在の静岡県伊豆半島)の「北条氏」一門に属した「北条義時」(ほうじょうよしとき)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武士です。「鎌倉幕府」の初代執権「北条時政」(ほうじょうときまさ)の次男であり、「北条政子」(ほうじょうまさこ)の弟でもあった北条義時は、父の跡...

    大河ドラマ歴史年表(歴代別/時代別)
    これまで放送された大河ドラマ、及び今後放送予定の大河ドラマを一覧で見ることができます。
    大河ドラマ 鎌倉殿の13人
    源頼朝の死後、源頼家の独裁を抑えるために作られた「13人の合議制」のメンバーについてご紹介します。

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  • 細川忠興ほそかわただおき 1563~
    1646年

    細川忠興

    若くして「織田信長」に仕え、数々の武功で名を上げた「細川忠興」(ほそかわただおき)は、「豊臣秀吉」や「徳川家康」などの天下人にも重用された人物でした。「本能寺の変」では、妻が「明智光秀」の娘である「明智玉子」(あけちたまこ:のちの細川ガラシャ)だったことで、明智光秀との内通を疑わ...

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  • 本多忠勝ほんだただかつ 1548~
    1610年

    本多忠勝

    本多忠勝」(ほんだただかつ)は、生涯をかけて「徳川家康」に奉公し徳川幕府250年の天下の基礎を築いた戦国武将です。「徳川四天王」「徳川三傑」「徳川十六神将」のひとりであり、徳川家臣最強の武将であったと語り継がれています。「日本三名槍」のひとつである「蜻蛉切」(とんぼきり)を愛刀と...

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  • 本多忠刻ほんだただとき 1596~
    1626年

    本多忠刻

    「本多忠刻」(ほんだただとき)は、「徳川家康」の家臣を務めていた姫路藩(現在の兵庫県姫路市)初代藩主「本多忠政」(ほんだただまさ)の長男として、1596年(文禄5年/慶長元年)に生まれました。 1601年(慶長6年)、徳川四天王のひとりであった祖父「本多忠勝」(ほんだただかつ)が、10万石...

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  • 本多忠政ほんだただまさ 1575~
    1631年

    本多忠政

    「本多忠政」(ほんだただまさ)は、三河国(現在の愛知県東部)の譜代大名「本多忠勝」(ほんだただかつ)の嫡男です。戦上手の偉大な父・本多忠勝の影に隠れがちですが、才智に優れて勇猛で、江戸幕府第2代将軍「徳川秀忠」からの信頼も厚かった人物。桑名藩(現在の三重県)10万石、姫路藩(現...

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ま行

  • 前田慶次まえだけいじ 1541~
    1612年

    前田慶次

    前田慶次」(別名:前田慶次郎・前田利益)は「関ヶ原の戦い」のあと、「私の主は上杉景勝ただひとりだ」と言い放ったほど、主君に対して最後まで律儀であった戦国武将です。小説や漫画にも取り上げられる「前田慶次」とは、どのような人物だったのでしょうか。前田利家の弟の息子と言われる「...

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  • 前田玄以まえだげんい 1539~
    1602年

    前田玄以

    戦国時代の英傑である「織田信長」、「豊臣秀吉」、「徳川家康」の3人すべてに仕えた武将は多くありません。しかし、3人に器量を認められ、重用された人物のひとりに「前田玄以」(まえだげんい)がいます。英傑らは、それぞれまったく異なる性格ですが、共通して人物の器量を見抜く眼力は、優れて...

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  • 前田利家まえだとしいえ 1537~
    1599年

    前田利家

    「加賀百万石」の初代の大名として北陸を治めた「前田利家」(まえだとしいえ)。「そろばん好きの堅実な大名」、「愛妻家の武将」として有名ですが、大名としての成功を果たすまでには、どんな決断と苦悩があったのでしょうか。 ここでは、前田利家の生い立ちから、「織田信長」、「豊臣秀吉」との関係、...

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  • 前田利常まえだとしつね 1594~
    1658年

    前田利常

    「前田利常」(まえだとしつね)は、圧倒的な知名度を誇る戦国武将「前田利家」の四男で、加賀百万石の地盤を固めた名君です。「政治は一加賀、二土佐」と讃えられるほど加賀藩第2代藩主として善政を敷き、「徳川家康」からの勢力を警戒しながらも加賀藩を大きく繁栄させました。江戸幕府第2代...

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  • 増田長盛ましたながもり 1545~
    1615年

    増田長盛

    「豊臣秀吉」が死の直前、嫡男である「豊臣秀頼」(とよとみひでより)を託した五奉行と言えば、内政や外交で能力を発揮する文官のイメージが強いと思います。「増田長盛」(ましたながもり)についても、甲冑を身に付けて戦場を駆け回る軍務を担当するのではなく、政務に突出している人物です。...

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  • 松平忠長まつだいらただなが 1606~
    1633年

    松平忠長

    江戸幕府3代将軍「徳川家光」と言えば、祖父である初代将軍「徳川家康」を崇拝し、江戸幕府の体制や将軍家の基盤を固めた人物。そんな徳川家光には「松平忠長」(まつだいらただなが)と言う弟がいます。徳川家光にとって、唯一の兄弟であった松平忠長ですが、徳川将軍家を悩ませる存在でもあ...

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  • 松平信康まつだいらのぶやす 1559~
    1579年

    松平信康

    「松平信康」(まつだいらのぶやす)は、江戸幕府初代将軍「徳川家康」の長男で、第2代将軍「徳川秀忠」の異母兄にあたる人物です。徳川家康が今川氏の人質であった時代に誕生し、正室との間に生まれた跡継ぎでした。後継者として期待されていた松平信康ですが、謀叛(むほん)の疑いを掛けられ...

    大河ドラマ歴史年表(歴代別/時代別)
    これまで放送された大河ドラマ、及び今後放送予定の大河ドラマを一覧で見ることができます。
    大河ドラマ どうする家康
    どうする家康は徳川家康の人生を描いたNHK大河ドラマ。キャストや登場する歴史人物、合戦などをご紹介します。

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  • 松平広忠まつだいらひろただ 1526~
    1549年

    松平広忠

    偉大な天下人「徳川家康」の実父である「松平広忠」(まつだいらひろただ)が、どのような戦国武将であったかご存知でしょうか。戦国時代に西三河の岡崎城(愛知県岡崎市)を拠点に勢力を伸ばし、東の今川氏・西の織田氏からの侵攻を受けるなかで領土を守るため奮闘していた武将です。徳川家...

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  • 松永久秀まつながひさひで 1508~
    1577年

    松永久秀

    「松永久秀」(まつながひさひで)は、その出自に不明な点が多く、山城国(現在の京都府南部)、もしくは摂津国(現在の大阪府北中部、及び兵庫県南東部)出身であったと伝えられています。 当初は摂津国守護代「三好長慶」(みよしながよし)のもとで、右筆(ゆうひつ:文書や記録の作成を司った...

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  • 水野勝成みずのかつなり 1564~
    1651年

    水野勝成

    うつけ、婆娑羅(ばさら)、傾き者(かぶきもの)。戦国の世には、個性豊かな武将や大名が数多く登場します。「織田信長」しかり、「佐々木道誉」(ささきどうよ)しかり、「前田慶次」(まえだけいじ)しかり。魅力的な武将をたくさん挙げることはできますが、「水野勝成」(みずのかつなり)ほど「型破り」の...

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  • 源義経みなもとのよしつね 1159~
    1189年

    源義経

    源義経」(みなもとのよしつね)と言えば、鎌倉幕府の将軍「源頼朝」(みなもとのよりとも)の弟。「壇ノ浦の戦い」(だんのうらのたたかい)で平家を滅ぼした最大の功労者であったにもかかわらず、兄・頼朝からの信頼を得ることができず、悲劇的な最期を遂げました。剣術に優れ、戦術も天才的。そ...

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  • 源頼朝みなもとのよりとも 1147~
    1199年

    源頼朝

    源頼朝」(みなもとのよりとも)と言えば、鎌倉幕府の初代将軍。圧倒的なリーダーシップで源氏・東国御家人をひとつにまとめ上げ、「平家滅亡」を成し遂げました。また、政治の実権を朝廷から奪って、武家政権を確立。容姿端麗・頭脳明晰・武術に優れたスーパーヒーローです。「組織作りの天才」と...

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  • 三好長慶みよしながよし 1522~
    1564年

    三好長慶

    一時は畿内のほぼ全域を掌握し、「三好政権」と呼ばれる独裁政権を樹立した「三好長慶」(みよしながよし)は、下克上の代名詞とも言える戦国武将です。若くして頭角を現し、室町幕府の管領(かんれい:将軍を補佐して政治を統括していた役職)を務めていた「細川晴元」(ほそかわはるもと)のも...

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  • 毛利輝元もうりてるもと 1553~
    1625年

    毛利輝元

    毛利輝元」(もうりてるもと)は、偉大な祖父「毛利元就」(もうりもとなり)を持つ名門武将です。「織田信長」とは敵対したものの、「本能寺の変」後は「豊臣秀吉」と和解し、「豊臣五大老」のひとりとして大活躍しました。しかし、豊臣秀吉が亡くなったことで、運命の歯車が狂い始めるのです。「関ヶ原...

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  • 毛利元就もうりもとなり 1497~
    1571年

    毛利元就

    毛利元就」(もうりもとなり)は、安芸国(あきのくに:現在の広島県西部)の国人領主から、中国地方全域を統一した戦国時代の豪傑。幼少期に両親を失い、19歳で兄を失い、さらに甥までをも亡くしたことで、次男にして毛利家の家督を相続します。権謀術に長け、稀代の策略家としても有名な武将...

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  • 最上義光もがみよしあき 1546~
    1614年

    最上義光

    最上義光」(もがみよしあき)は、出羽国(現在の山形県・秋田県)の小さな勢力であった「最上家」を、東北有数の大大名へと押し上げた武将です。父や弟との骨肉の争いに始まり、調略を駆使して領土を拡大しましたが、一方で合戦の際には、勇猛果敢な戦いぶりを見せ、「虎将」とも称されました...

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  • 森長可もりながよし 1558~
    1584年

    森長可

    「森長可」(もりながよし)は、幼くして戦で命を落とした父に代わり、わずか13歳で家督を継ぎ「織田信長」に仕えた武将です。槍術に優れ、武勇にも秀でていたことから「鬼武蔵」と称されていました。織田信長のもとで、「甲州征伐」や「越後侵攻」など数々の戦で華々しい功績を挙げましたが、わず...

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  • 森蘭丸もりらんまる 1565~
    1582年

    森蘭丸

    森蘭丸」(もりらんまる)は、「織田信長」の側近として最期まで献身的に仕えた小姓(こしょう:武将などに仕えた世話役)です。ゲームや時代劇、映画には、「美少年」として描かれている有名な人物。織田信長のお気に入りとして多くの逸話が残されている森蘭丸の生涯を、逸話・名言・家紋と共にご紹...

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や行

  • 山内一豊やまうちかずとよ 1545~
    1605年

    山内一豊

    山内一豊」(やまうちかずとよ)と言えば、「司馬遼太郎」(しばりょうたろう)の名著「功名が辻」(こうみょうがつじ)の主人公としても知られる戦国武将です。妻の「千代」(ちよ)による内助の功などにより大出世を果たし、やがて土佐国(現在の高知県)202,600石の大名へと出世を遂げました。伝記...

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  • 山中鹿之助(山中幸盛)やまなかしかのすけ(やまなかゆきもり) 1545~
    1578年

    山中鹿之助(山中幸盛)

    戦国時代に活躍した「山中鹿之助」(やまなかしかのすけ)とは、「山中幸盛」(やまなかゆきもり)の通称です。尼子家(あまごけ:山陰地方で活躍した戦国大名)再興のために尽力し、「毛利元就」(もうりもとなり)の山陰地方侵略に対して、勇猛に対抗しました。しかしその願いがかなわぬまま、悲...

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  • 山本勘助やまもとかんすけ 1500~
    1561年

    山本勘助

    山本勘助」(やまもとかんすけ)は戦国時代の武将で、「武田信玄」の伝説的軍師として広く知られています。「架空の人物」説が長く定説とされており、実在が確認されてもなお、その実像はいまだ謎に包まれた存在です。

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  • 結城秀康ゆうきひでやす 1574~
    1607年

    結城秀康

    結城秀康」(ゆうきひでやす)は「徳川家康」の子でありながら、数奇な運命を背負った戦国武将です。元服前には「豊臣秀吉」の養子に出されただけでなく、豊臣秀吉が甥の「豊臣秀次」(とよとみひでつぐ)を後継者に定めると、下総国(しもうさのくに:現在の千葉県北部、茨城県南西部)の「結城晴...

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平安時代から戦国時代(安土桃山時代)に活躍した武将と、その武将にまつわる名馬を詳しく解説します。
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名古屋刀剣博物館/名古屋刀剣ワールド(名博メーハク)は、愛知県名古屋市中区栄にある刀剣の博物館です。
「武将人物事典」のページでは数々の戦い(合戦)が起きた戦国時代を生き抜いてきた戦国武将についてご紹介します。「名前は知っているけれど何をした人物なのかよく知らない」という方はぜひ、各武将の生き様をご覧ください。武将達が残した名言やそれにまつわるエピソード等、詳しく紹介しております。
博物館は最大200振の刀剣が展示可能。国宝や重要文化財、重要美術品、特別重要刀剣といった貴重な刀の数々をご覧いただけます。さらに、甲冑は約50領、浮世絵は約150点を常設展示。日本刀、鎧兜、浮世絵、武具といった歴史に関する様々な美術品を楽しむことができる博物館です。
また、博物館や美術館の魅力のひとつである企画展示会もございます。テーマに沿った刀や剣、甲冑、浮世絵を展示し、ここでしか観ることができない特別な展示会を開催。名古屋にお越しの際は、名古屋刀剣博物館/名古屋刀剣ワールド(名博メーハク)へのご来館をお待ちしております。

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