歴史に何故興味ないのか?
最近、本を読んで勉強する事が好きだけども、どうしても歴史が好きになれない。
そんな中、勉強が死ぬほど面白くなる独学の教科書を読んでみた。
筆者の中田敦彦さんは、芸人で教育系YouTuberなので、勉強を楽しむ事に長けていると思ってこの本を手に取った。
その中で、歴史を1番最初に学ぶのが、色んなものの考え方の軸を学ぶのに必要で、様々なものの学ぶ起点になるのだそう。
だけども、自分には、この感覚が分からなかった。
というよりも、日々失敗をした時に自分自身や人を見た時に、PDCAサイクルを回して改善を行っているからだ。
その中で、様々な環境や経験によって、対処方が最適化されていくと思うのだけども、歴史から学ぶものは、弱肉強食的な権力闘争で勝つか負けるかばかりだからに思える。
自分はそういうのに、全く興味がないからだ。
スポーツ的な勝ち負けとか、自分に勝つみたいなものは、まだいいのだけども、そういう上下関係とか権力闘争って勝者しか得しなくない?って思ってしまうからだ。
今の時代は、個の楽しみを追求したり、その個の楽しみを誰かと掛け合わせて、更に楽しく関わっていこうという時代になっているし、更に進んでいくと思う。
そういう時代なのに、なんだか歴史を学んでも、そういう大変な時代だったんだな〜。そういうのは避けたいなって感想しかでてこないのだ。
確かに、今の新しい流れを考える時に、親世代の人達がどういう時代を生きてきたかを考えるから、コミュニケーションとか共通言語が出来るくらいには知ってて、そういう知識が役立ってはいるけれども。
なんか、シッカリと学び直したいと思わないのは何故なんだろう?
自分は、お金に興味がなかったのだけども、経済も本質を捉えた本は本当に面白かった。(田内学さんが書いた、お金の向こうに人がいるなど。)
ひとまず、受験勉強や一般教養として歴史はつまらないなと思っているが、何故つまらないか?突き詰めたいと思う。
そのつまらなさを解消する為にはどうしたらいいか?考えたいなと思っている。
というか、日々そういう事を考えているから、つまらないのだろうなと思う。
そういう個人や相手や組織ではある程度考え尽くしていると思っているというか、そういうものを元にコミュニケーションを測っている。
それを社会的な規模で考える意義を今考えるべきなのかもしれない。
そうすれば、旅に出かけた時に楽しめるのかもしれない。
見る前とか原爆ドームは、知識的な事で分かっても何も心が動かなかったけど、現地に行って感覚的には原爆ドーム見た時に凄く悲しい気持ちが溢れる体験が出来たのだから。
多分そういう背景を知らなかったら、何も心が動かなかっただろう。
なので、旅をした時に、歴史的感受性を高める為に歴史を勉強したいなと思う。
飽きやすい性格だから、常に自分を飽きさせない工夫をこれからもしていきたい。


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