インフォメーション・クロスカウンター
こちらからの要望は単純明快、来たる黒狼との衝突の際にこちらに肩入れしてほしい……ただそれだけだ。
セーブポイントとしての役割もあるお高めの宿屋の二階、ライブラリの長曰く秘密の会話をするならばうってつけの場所で俺とエセ魔法少女キョージュが相対する。
『僕らは空からやってきた、空は僕らの領域……天に神はいない、神はプツンッ
ここで動画を切る。お試し版とは得てして「もっと続きがやりたい!」というところでぶつ切りにするからこそ効果を発揮する。ここから先が知りたいなら……つまりそういうことだ。
「……なるほど、どうやら君達は……いや、君は我々が想定していた以上に情報を持っているようだね」
ああ嫌だ嫌だ、どう見てもこのエセ魔法少女はペンシルゴンと同じタイプだ。
口だけで人を動かせる根っこからの策士タイプ、詐欺のように騙すんじゃなくて自身のほうが取り分多めにした上で双方ともに納得させてしまうタイプの口が回る人種だ。
「君達の要望は解っているとも。だが我々としては「黒狼」によって君達が秘める全情報が開示された方が都合がいいことは分かっているかね? それに君が情報を得られるという事は、これから先にまだ見ぬ誰かが同じように情報を発見する可能性もある……違うかね?」
ここまでは俺もペンシルゴンも想定していた流れだ。ライブラリは考察クラン、情報を自ら探すこともあるがその殆どは最前線のプレイヤーから齎された情報で考察を行う……すなわち性質的に最後尾を歩く手合いだ。
であれば俺達が提示する条件よりも「黒狼」が俺達の秘する情報を全て開示した後にそれらを受け取る方がお得だ。そもそも急がば回れ精神でもっと先の未来に誰かが俺が通った道を通って同じように情報を得るかもしれない、そして無駄に要望の多い俺たちから情報を得るよりもそっちから情報を得る方が安上がりになる、かもしれない。
ペンシルゴンはこう言った。
「あの爺さまは常に情報を貰う側なんだよね、だから値切り交渉が巧い。どうせ私らの状況を把握した上でしれっとふっかけてくるだろうから逆にこっちが釣り上げてあげるのさ」
元から身銭を切る事は承知の上。だからこそ俺がただ一人でライブラリの交渉に充てられた、オークションでより資産が大きい者が有利であるように、今この瞬間「旅狼」で最も世界観的なキーワードを知っているプレイヤーは俺であるからこそ言葉に説得力が生まれる。
「一号、二号計画」
「む」
「バハムート、ベヒーモス、リヴァイアサン、ジズ」
「…………」
「Δ装置、キャッツェリア、宝石匠、神匠」
これの存在を考察ギルドに知らせるのは非常に心苦しいが……やむを得まい。
「ユニークシナリオEX「致命兎叙事詩」……不義理な事はしたくはないが、最悪の場合モチベーションが下がりまくって抱え落ちする可能性は否定できない……かな」
もはや脅迫だ、これだけ考察し甲斐のありそうな単語を並べた上で「協力しないならこれらを秘密にしたままゲームを引退するかも?」とまで言ってのける。
仮にこっそりゲームを続けていたとしてもラビッツという亡命先を持つ俺が本気で世捨て人プレイに徹すればいつ得られるかもわからない次の機会を、今匂わせた単語が一体なんなのかを考えながら待ち続けなければならない。
考察クランとカッコつけていたってその本質は週刊誌の来週号を待ち望む小学生と大差はない、上質なエサには必ず食いつく。
「くくく……あのお嬢さんの入れ知恵かな? 考察を好む者を焦らす方法をよく分かっているようだ……」
「ウチの首領は最初からライブラリはこっちに協力する前提で話を進めてたよ」
重要なのはどこまで渡す情報を絞ることができるのか。これに関しては暗黒面ズのみならず光明面組+もう一人とも相談して、ジョーカーの一枚を切ることが決定している。
「もし協力してくれるなら……とびっきりの情報を一つ「ライブラリ」にだけ明かすのもやぶさかではない、というのが「旅狼」の意向と受け取ってくれて構わない」
「ほう、我々としては是非とも深淵のクターニッドを倒した君が持っているであろう真理書を譲って欲しいのだが……」
「深淵のクターニッドは再戦可能だ」
これまでずっと余裕の表情を崩さなかったキョージュの目が驚愕に見開かれる。
机の上で論じているばかりでは結局のところそれは机上の空論でしかなく、実際に己の手で検証し己の足で探索してより多くを知ることができる。
キョージュが俺の言葉を信じるのならば、この情報は「黒狼」や「SF-Zoo」にも渡っていない正真正銘の独占情報ということ……つまり「空き枠」が多い。
「ウチのユニーク自発できな……じゃないや、ウチから二名ほど同行希望しているが、クラン「旅狼」は「ライブラリ」と合同で深淵のクターニッドの再攻略を望んでいる……と言ったら?」
「こればっかりはさすがに私の一存では決めかねるね、一応「ライブラリ」メンバーと相談をしても?」
構わないとゼスチャーで示す俺を見つつもとはいえ、とキョージュは話を続ける。
「私としてはそもそもクラン「黒狼」にはメインストーリーの攻略以外はさほど期待していない、故にユニークモンスター関連を攻略した実績を持つ君達「旅狼」のモチベーションを維持する手伝いはすべきだと思っている」
長々と喋ってはいるが要点を抽出すれば単純明快、クラン「ライブラリ」は「旅狼」の肩を持つという実質的な宣言だ。とりあえず俺に課せられたペンシルゴンプランの役割を果たしたことで肩の荷が下りた。
「こういう時って握手とかするべきですかね?」
「ふむ……実はだね、まだ話は終わってないのだよ」
「む」
今度は俺が身構える番だ。想定ではこちらの要望に向こうが答え、それでおしまいだったはずなのだが想定外だ。
「現在プレイヤー達が新大陸に渡っているのは知っているだろうが……我々「ライブラリ」も何人かを新大陸に送って、情報収集の任に当たらせている」
「はぁ」
「そして新大陸にいるメンバーから面白い報告を受けてね、もし君が我々の考察に個人的に貢献してくれるのならば、我々ライブラリからも情報提供はやぶさかではないのだよ」
クソ、クラン「旅狼」ではなく俺を狙い撃ちしてやがるのか。
「情報の発見者が誰であっても我々は関心を持たない。そして明確な「実績」を持つ君にそれを託すことは、不自然なことではないだろう?」
この瞬間、情報の売り手と買い手が逆転した。
いや待ってくれよすごい敏腕ネゴシエーターっぽく振舞ってたけどぶっちゃけ口論でこの爺さんに勝てる気まったくしないんですけど? それっぽいこと言っても底が浅い俺がリアルINT高そうなインテリシルバーと舌戦なんか出来るわけないだろ。
「ず……随分と期待されてる、と言ったところ……ですかな」
やばい、化けの皮が陽焼け後みたいに剥がれ始めた。
「今さっきの君の言葉で我々は七体のユニークモンスターの情報を大まかにだが獲得したと言っても良いだろう」
ほらーしれっと俺の言葉からなんか導き出してるしぃ……やばい物凄く帰りたくなってきた。思考停止でモンスター狩る作業が今は無性にやりたい!
「君が持つ「致命兎叙事詩」の情報……我々は考察クラン、ユニークシナリオで発生する利益や栄光に興味はない。サンラク君、我々はただ情報が欲しいだけなんだよ……分かるかね?」
「なるほど……まるで、まるで……えーと、悪魔の契約のようだ。ユニークモンスターの情報をトレードしたい、ってこと……か」
まずい、脊髄反射で口が動き始めた。ここから先俺は俺の発言を制御できない……!
「まだ情報を確約できる段階ではないが、我々「ライブラリ」は君一人に対して「荒ぶる蛇神」の情報を渡す用意がある」
「荒ぶる……邪神?」
「いや、邪の方ではなく蛇の方だ」
蛇、か……オルケストラのことは名前しか知らないが、ライブラリが調査を進めれば七体のユニークモンスター全ての名前が判明するのだろうか。
「さて、先ほど君がそうしたようにここまでがお試し番だ……どうかね? 実際にこの目で見るに越したことはないが、君が我々の「目」になってくれれば考察者としては非常にありがたいのだが、ネ?」
これはクラン「旅狼」に対しての交渉ではない、カス情報でも限界までボッたくるペンシルゴンを介さず、直接俺から情報を得ようという腹積もりなんだろう。そして俺がそれに応えるようなメリットも奴は用意しているんだろう。
「とりあえず保留で……まぁ、俺の心のうちに留めておく」
「色好い返事を願うとも」
はっはっはと笑い合う半裸マントの鳥頭とシルバーボイスのエセ魔法少女。
無論速攻でペンシルゴンにチクった、所詮俺は鉄砲玉よ。
【速報】半裸の変態、少女と共に宿屋の個室へ【事案】
なお同性の上、年齢は少女の方が上の模様
ライブラリとしてはユニークモンスターの情報……のみならず神代についての言及も多く語られる真理書は喉から手が出るほどに欲しいものではあるが、フィールドワークできるならするに越したことはないという武闘派考察厨です。
黒狼が主導権を握った場合「クターニッド戦は当然黒狼で大多数を埋める、ライブラリは……まぁ、二人くらいなら入れてあげても良いよ?」となる。さらに攻略中の行動も黒狼が主導で決定するため団体行動に参加せざるを得なくなる。
旅狼が主導権を維持した場合「クターニッド戦は主導こそ旅狼だがパーティの大多数をライブラリで決めることができる」ということになる。旅狼の派遣二人はクリアが目的なので七日間のスケジュールはライブラリが主導で動くことができる。