つわものどものゆめのあと
イレベンタルに着いたら着いたで、あの地獄めいた水晶平原に行きたい衝動がむくむくと湧いてきたものの、流石に瞬間火力がルルイアス以上の危険地帯にエムルを連れて行ったら今度こそ詫び切腹しなければならなくなる。
「やってる最中は地獄でもいざ終わってみるとまたやってみたくなるんだよなぁ」
また今度カチコミをかけるとして、今回の目的地は無果落耀の古城骸だ。
このエリアは平原と古城、二つのフィールドが組み合わさったエリアだ。主に生物的なモンスターがメインの草原とは異なり、古城内部は全く異なるカテゴリのモンスターが出現するらしい……それもクソ強いモンスターが。
何せ事前に調べた情報だけでも「レベル80がギリギリ最低ライン」「自衛手段がなければ高確率で後衛は死ぬ」「賞金狩人よりはマシだけど大概鬼畜AI」「純魔お断り」エトセトラエトセトラ……なかなかに心が躍るような評価ばかり散見されていた。
「コントゥアル・ナイトってのがレイ氏の言ってた線画の騎士、って奴らしい」
「ほへぇー……スケルトンみたいな感じですわ?」
「どうだろうな、楽しみ潰したくないからあんまり調べてないし」
だが少なくともプレイヤーとカチ合う確率はそこまで高くないと俺は見ている。
なにせ攻略サイトの評価が「力試し以外に行くほどの価値はないハズレフィールド」なんてものなのだから。
「経験値はそこまで美味くない、アイテムをドロップしない、良いアイテムが拾えるわけでもない……」
とは言えどこになんのユニークがあるかも分からないゲームであるので、調査自体は今も進められているらしいが……それでもこれはゲームだ。
根幹となる大前提は楽しむための娯楽であって、平日の深夜にリターンの少ない場所に潜るプレイヤーは稀だろう。
「まぁ、何もないわけじゃあなかったようだがなぁ」
現に俺たちはユニークシナリオEXに導かれてここに来ているわけだし。
何やら破滅的なドラマを感じさせる、明らかに外部からの衝撃で破壊されたと思しきひしゃげ方をしたゲートを通過し、城内へと足を踏み入れる。
「わわ、真っ暗ですわ……ひゅえっ!?」
「よかったなエムル、ほうら明るくなったろう?」
「サンラクサンが明るくしたわけではないですわ!?」
せやな。
それがどういう仕組みで点灯したかはさておき、どうやらこの神代の技術を感じさせる施設はまだ生きているようだ。
「設定的には、神代時代の遺跡を大昔の国が城として使ったはいいがなんだかんだ滅びた……だったか」
「はいな、とうーいつせんそー? だったかで使われてた? って聞いたことあるですわ!」
人に歴史あり、兵共がなんとやらってな。考察クランにでも質問すれば色々聞けそうだが、正直あのエセ魔法少女からは話が長いタイプの気配がする。
しかもなんだかんだ聞いてる側も引き込まれるタイプのやつだ、聞くとしても暇があるときにしよう。
「つまり作ったやつと一番最後に使ったやつの文明レベルが違うから、こんなチグハグなんだな」
SF感漂う建物の中では浮いてるというレベルではない風化した兜を蹴飛ばしながら先へと進む俺と、その頭に乗ったエムル。
アルクトゥス・レガレクスの背鰭をモチーフとしたのだろうスパルタ的コリント式兜は乗り心地が悪いと不評であったので今は鳥頭にしている。
だってシャケ頭だと生臭いって文句言うし……文句の多いやつだ。
「……サンラクサン、なんだか気配がするですわ」
「だろうな、徘徊型じゃなくて固定エンカって話だし」
徘徊型はポップしてからエリア全体を歩き回るタイプ、固定型は特定エリアから動かないタイプだ。
前者は逃走時に追いかけてくるが、後者は一定ラインを越えれば許してくれたりする。
腐り崩れた木箱、へし折れ錆びきった剣。神代よりは新しく、今よりは古い過去を踏み進みながら俺とエムルは自動で開く機械仕掛けの扉を超える。
そして俺たちの目に飛び込むは、廊下と比べればやけに広々とした広い空間。サイバーパンクというものをカテゴリとして知っている俺からすれば「エントランス」としてかつては機能していたのだろう複数の別エリアに通じるのだろう広場だ。
そして、そんなSF的廃墟のど真ん中に堂々たる姿で立つそれに俺はレイ氏の言う「線画の騎士」の意味を真に正しく理解した。
「なるほど、透過背景に線だけで書かれたから中身がない、って事か……」
「サンラクサン! 他に気配はないですわ!」
一対一ってか? 見た目通りの騎士道精神と言うべきか。
その騎士を形容するならレイ氏の言う通りまさしく線画だけで背景の色に染まった騎士。
中身が無いままに立体化したがために、昨今はめっきり見なくなったジャングルジムのような点と線だけで騎士という形を形成したかのような不自然さを持っている。
だが、違う。それを形成するものは、叩けばへし折れるような非力な骨組みなどではない。
点と線だけで描かれた大剣が、果たして重い風切り音を立てるものか。
「エムル、向こうがタイマンを望んでるなら受けて立つ。手出しは無しだ、自衛に専念しろ」
「はいなっ! サンラクサンならそう言うと思ってたですわ!」
これは信頼されていると喜ぶべきか?
だが、エントランスの隅で頑張れとパタパタ応援されては悪い気もしない。
「一対一の決闘だ、正々堂々ぶっ倒してやるからかかって来な」
取り出すのは双剣……ではなく、冥王の鏡盾と海喰の剣。
片手剣と盾の基本的剣士装備を最後に使ったのはいつだったか……ラスボス手前まで使っていたフェアクソか?
「専用の補助なんざ必要ねぇ、腕さえあれば戦えるって事を見せてやるよ」
対モンスターと対プレイヤーの最大の違いとはなんだろうか、俺はそれを「隙の質」と定義している。
モンスター……すなわち倒される事が前提のMobは、どれだけ苛烈な性能をしていても制作側が「ここが隙ですよ」と定めた隙が必ず設定されている。
それに対して対人戦。どんな結果でも必ず安全な結末を迎えるとしても、過程として行なっている事はどう見ても殺し合いである。
生命的にはノーリスクでコンティニューできるからこそ俺達は頭で銃弾を受け止めるし、悪魔だろうが邪神だろうが喧嘩を売る事ができる。
話が逸れたが、要するに対人の「隙」とは文字通りの隙だ。ゲームのように作曲家が音符の間に挟んだ休符じゃない、行動の間に挟まざるを得ない呼吸だ。
つまり何が言いたいか? この輪郭の騎士は後者であり、明確な隙がほとんど無いって事だ。
「中々に……手強い……っ!」
瞬刻視界起動、一瞬世界が止まってしまったかのような違和感が俺の認識を包み込む。
あんまりどういうシステムの原理でこれを実行しているのかは考えたくはないが、難なく掴めてしまえそうなスローモーションで突き出される大剣を真横から盾で叩き据える。
あくまでも加速しているのは俺の思考だけ、身体の動きはコントゥアル・ナイトと同じくスローではあるがそれでも大剣が俺にぶっ刺さるよりも早くシールドを用いたパリィが成功する。
「っ!」
任意で解除できるのはとてもいいと思うぞこのスキル。
スローモーションが本来の速度を取り戻し、回避不可能なタイミングで突き出された大剣が弾かれ俺のすぐ横を通過する。
対人戦の隙は作るものだ、その点ほぼ対人と同じ感覚を持ち込めるこのモンスターは対人慣れしているプレイヤーほど戦い易いと言える。
「これ本当に効いてるのかなぁ!?」
奴を構成する線への攻撃は無駄だ。武器の消耗こそしないが、線一本ですら全力の振り下ろしを弾きやがる。
だが有効打は存在する。奴を構成する線と線の間から奴の内側へと攻撃を与えればダメージとして成立するようだ。
なんと言えばいいのか、奴らコントゥアル・ナイトには「中身」がある。それは物質的な肉とかではなく、例えるなら騎士の形をした風船に詰まった空気のようなものだ。
つついたら爆ぜるわけではないが、無色透明のそれに剣を深く突き刺せばこいつは怯む。
理論はこの際どうでもいい、輪郭だけの騎士を騎士たらしめるエネルギーなり魔力なりを枯渇させればこいつは倒れる! 多分!
「物理有効な時点で負ける気がしねぇんだよ!」
海喰の剣の効果は「水中モンスターに対してダメージ補正」というルルイアス以外じゃ使い所に困る性能だが、それを差し引いても基礎スペックだけで戦える有能武器だ。
剣としての鋭さは傑剣への憧刃に劣る、だが獣の爪牙を素材とするこの剣はより荒々しくコントゥアル・ナイトの中へと突き立てられる。
「ふぅ……今度はちゃんと攻撃を止める鎧を着て出直すんだな」
明確に輪郭の騎士が持つ体力の底を突いた感覚。海喰の剣を引き抜けば騎士は怯んだモーションのまま硬直し、まるでトランプタワーが崩れるようなあっけなさで崩壊し、消えた。
ドロップアイテムは無し、レベルがExtendしているので数値として確認はできないが経験値も旨味無し。
そのくせこのAIと厄介さ……成る程、ユニーク絡みじゃなきゃ俺だって二度と来ないな。
「さぁエムル、前進だ」
この世界の王国史、下手な日本史と同じくらい充実しているので考察クランはとてもいい顔で歴史書を作成した模様