倶に天を戴いて 其の十七
白と黒の螺旋がクターニッドに激突する。分身とはいえリュカオーンを屠った一撃だ、流石のクターニッドも……そう考えられるほどお気楽ではない。
八本の塔……いや違う、数十メートルはあろう巨大な八本の触手がレイ氏が放ったアルマゲドンを包み込むように巻きつく。
無論攻撃スキルであるアルマゲドンは触れられるようなものではない、だと言うのにその身を削りながらも八本の触手はアルマゲドンのエフェクトを包み、締め上げ、絞る。
「そん、な……!」
そしてボンッ、と本来の威力を考えればあり得ないほどに呆気なくアルマゲドンのエフェクトはクターニッドによって握り潰された。ダメージを拡散した? アルマゲドンに込められた情報リソースを触手に肩代わりさせて本体のダメージを軽減したってか?
だがクターニッドとて無傷でそれを行なったわけではない、八本の触手は力なくコロシアムの客席を粉砕しながらだらりと地に横たわり、クターニッド本体も明らかに消耗している。
しかしアルマゲドンはクターニッドを打倒できなかった。奴は死んだわけじゃない、クターニッドは未だ力を残している。
「降ろせアラバ、お前はレイ氏を回収っ!!」
「俺がか!?」
「あの重騎士を無理矢理でも引っ張れるのはお前しかいないんだよ!!」
不味い不味い、非常に不味いぞ。確かあの技って成功失敗を問わず使用後はスキル使用不可とかそういうデメリットがあるという話だ、この局面でメインアタッカーの離脱は正直困る、超困る。
「全員撤退! 一度距離を離す!」
一旦体勢を立て直す必要がある、回復する暇すら惜しいと俺は体力1のままクターニッドから距離を離す。
後ろを見れば土色の鎧と剣を持つレイ氏を引きずるようにしてアラバが此方へと泳いでくる。
「作戦会議だ!」
クターニッドが怯みモーションから復帰する前に、俺達は一旦コロシアムの外へと退却することになったのだった。
「すいません……いきなり、触手が出てきて狙いが、逸れて……」
「……そういうのは無しでいい、これからどうするかを、考えるべき」
レイ氏を責めることは出来まい、あの瞬間最前線にいたのはレイ氏だけだったのだ。そして目の前で巨大な触手が展開されれば誰だってビビるだろう、俺でもビビる。むしろ外さなかったことを賞賛するべきだろう。
「よし、端的に全員手持ち武器、アイテムの損耗具合を教えてくれ」
「……魔法弓もそろそろ限界、多分射てて二十発」
「僕も、ルスト単体ならまだ数回バフは使えるけど……」
モルドとルストは限界だな……元々復帰勢だからアイテムもそこまで買い込んでいなかった可能性がある。
「秋津茜は?」
「えと、その……刃隠心得はほとんどもう使えないです……ご、ごめんなさいっ!」
「別に怒ってないし責めてもないから大丈夫、今使える手持ちを教えてくれ」
「はいっ! 回復アイテムを全部使い切れば竜威吹は撃てます!」
「そうか……いいか秋津茜、俺もレイ氏も切り札を使っちまった。レイ氏は反動で大幅に弱体化してるし、俺も体力回復でアイテムを使いきった……」
「だ、大ピンチですね……」
「そう、大ピンチだ。まぁ俺は戦力にアテがあるが……多分今の俺達の中で最高火力はお前だ」
「わ、私っですか!?」
「ステイ、落ち着け。はい深呼吸ー……よし落ち着いたな、そうだリュカオーンやらなんやらでレベルも上がったお前の切り札が切り札なんだ」
「せ、責任重大ですね!」
その通り、責任重大なのだ。
NPC連中はまぁ予想通り、と言ったところだ。強いて言うならアラバの持つ大太刀は特殊な武器なのでMPを使う事で消耗を回復できるという事実が発覚したくらいか。
プレイヤー陣の何名かが割とガチな目でネレイスを見ていた(俺含む)。
そして最後に、先程までの姿が見る影もなく弱体化したレイ氏。
「ぶっちゃけ……どう?」
……正直に言おう、今のレイ氏は足手まとい以外の何物でもない。
アルマゲドンの条件を達成できなかった事によるペナルティ。スキルに加えて魔法すらも封じ込められ、ステータスは軒並みデバフがかかり、見た目通りの心許ない数値の武器防具をレイ氏は外すことすらできなくなった。
「正直に言うけど……このまま行っても壁にすらなれない、と思う」
「っ………………承知、しています」
廃人故にレイ氏もそれを理解している。だからこそ、レイ氏はしばらくの間沈黙し、答えた。
「まだ戦えます」
「分かった」
誇張でも誤魔化しでもない、確たる根拠が伴った返答を疑うつもりはない。シャンフロ屈指のプレイヤーが出来ると言ったのだ、それはつまり出来るということた。
その時、派手な崩壊音がさらに音を増す。作戦会議の最初の辺りからずっとBGMとして鳴っていたそれが、いよいよ近くなってきた。つまりはそういうことだ。
「よーし、クターニッド撃破作戦もいよいよラストスパートだ。勝っても負けても……なんてヌルい台詞はナシだ」
NPCはリスポンしないから? それもある。
また挑めるチャンスがあるかも分からないから? それもある。
だが最たる理由は、もっと根本的なところで俺達には怒りを抱くだけの権利がある。
「いきなり海底に引きずり込んで七日間も拘束しやがったんだ、諸々の経費込みで詫びを入れさせなきゃあな。素手で殴って噛み付いてでも勝つぞ!」
応、と結束と決意が篭った声がルルイアスの破壊音に負けない音量で響く。
振り向けば、八本の触手を手当たり次第に叩きつけながらこちらへと近づいてくるクターニッドの姿が。
触手を足代わりに移動しているため、マッシブボディのクターニッドは空中に浮いているような体勢だ。触手を展開するためなのか最初に見た時よりも拡大している骨の輪とクターニッド……
「……レオナルド・ダ・ヴィンチの」
「……あぁ! 大の字で寝っ転がってる変なおじさんの絵ですね!」
「ふぶふっ! ふ、んふふふふ……痛いっ! ルスト肋骨の隙間に貫き手はシャレにならないくらい痛いからっ!」
大丈夫かなぁ……怒りの感情欠片も感じねーんだけど……
不測の事態を限りなくゼロにしてこそ一流、だが不測の事態というものは絶対にゼロにはならない。
小数点以下の確率を根絶することはできない、量も質も優位を取って相手を追い詰めても突然隕石が落ちてきて自分達だけ大損害、というギャグみたいな可能性ですら万能ならざる俺達は潰すことができない。
とはいえそれはあくまでも「if」がそこら中に転がっている現実での話であって、バグでない限りは実装されていない事象は発生し得ないゲームでは完璧な攻略というものは成立し得る。
だがしかし……そう、だがしかしだ。ここはシャンフロ、製作会社の妄執にもっと別の何かをドロドロに混ぜたようなリアリティで成り立つこの世界では、不測の事態は考慮すべき危険性として浮かび上がってくる。
「大盤振る舞い、です……!」
全ステータスを大幅に上昇させる【獅子なる王の栄光】。
バッドステータスの数と質に比例してステータスバフを付与する【幾度となき再起】。
自身よりも巨大なエネミーと戦闘する場合全ステータスを大幅に上昇させる【小さき掌に大きな勇気】。
体力や魔力、スタミナなどの消費されるステータスの数値が減少しているほど、消費されないSTRなどのステータスが上昇する【精霊の報酬】。
俺は今札束が舞い散る様を見ている。いや違うそれは錯覚だ、俺は今使い捨て魔術媒体が大量に使い潰されている光景を見ているのだ。
なるほど確かに、アルマゲドンによる制限は魔法とスキルの「発動」だ。だが使い捨て魔術媒体はレイ氏が魔法を使っているわけではない、レイ氏はMPを提供しただけで実行したのは羊皮紙……羊皮紙? の方だ。
「もしもの、時の……最終手段、です。あまり長続きは、しませんが……戦え、ます」
「明らかに高価なものっぽいけど、お値段の方は……」
「八桁程……」
最低一千万マーニですよ奥さん、やっぱり飛び散ってるのは札束ですわ。
おびただしい量の魔法エフェクトを身に纏った錆色の騎士が力強く立ち上がる。
制約によりレイ氏は鎧を脱ぐことが出来ず、また剣を手放すことも出来ない。だが流石は廃人というか、レイ氏はスレッジハンマーをインベントリに入れることなくそのまま外に出しっぱなしにしていたらしい。
判定としてはレイ氏は大剣を装備している、この場合出しっ放しのスレッジハンマーは武器ではなく一種のオブジェクトのような扱いがされる。武器として使用すること自体は可能だが、その武器種のスキルを使うことはできない。
だが今のレイ氏にそれは関係ない、そもそもスキル自体が使えないのだから武器としてのダメージ倍率が下がった大剣よりもスキル使用不可とはいえダメージ倍率が高いハンマーの方が武器として役に立つ。
「さて……」
レイ氏も前線に出た。アラバとシークルゥが前衛を受け持ち、秋津茜とモルドはヘイトを受けないよう隠れている。
ルストは頭にエムルを乗せて移動中、数を射てないので確実に攻撃が通るタイミングを見計らっている。
であれば俺は何をしているのか。俺は今、クターニッドから離れた場所でウィンドウを弄っている。
この作戦の肝はリュカオーンを筆頭に数々の強敵と戦ってきたことで鍛え上げられた秋津茜の謝罪砲……竜威吹による一撃だ。そしてそれを確実に命中させるためにはクターニッドが動きを止めるよう怯ませなくてはならない。
ただの怯みではない、十秒は動けなくなるような特大の怯みを、だ。
そして消耗が激しいチーム「不倶戴天」でそれを可能とするのは俺しかいない。
「三分でクターニッドをノックアウトする、責任重大だ……刻傷のせいでつらいかもしれないが頼むぜ」
あの日叶わなかった野望を再び叶えよう。
「エネルギーはケチらねぇ、存分に暴れるぜ……「青龍」!!」
Switchでダークソウル……?
どこでもダークソウルとかいうパワーワード
戦術機獣「青龍」
野望に燃える鳥頭が「鎧着れないから無理」という事実に打ちひしがれる場面に遭遇していたやつ。
朱雀と異なるプロセスで空を飛ぶことが可能、というか実は玄武もホバーで浮遊できるので飛べないのは白虎だけ。
フュージョンジャック
フュージョンジャック
フロート
を彷彿とさせる悲しみを背負っている奴がいるらしい。