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【大河ドラマ べらぼう】脚本の森下佳子さんにインタビュー 「歌麿や写楽の作品の素晴らしさが、ストーリーを大きく育ててくれました」

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江戸時代の文化を語る上で欠かせない浮世絵や狂歌、黄表紙などがドラマの欠かせない要素として次々に登場した大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」が、好評のうちに放送を終えました。そうした作品がストーリー展開のカギも握ることも珍しくなく、作品世界とドラマが織りなす複雑な余韻が演出され、アートや文学を愛する人たちにとっては夢のような一年でした。脚本を担当した森下佳子さんには、歌麿や写楽、源内といった時代を彩った多才なアーティストたちはどういう存在と映ったのでしょう。「美術展ナビ」がお話を伺いました。(聞き手 美術展ナビ編集班 岡部匡志)

森下さんのイラスト似顔絵

作品からストーリーを組み立てた

――1年を振り返ると、やはり歌麿が重厚に描かれました。歌麿の人格の形成や彼をめぐるストーリーと、彼の画風の変遷が的確に関連づけられていて、アートファンには堪えられない展開でした。森下さんや制作陣が入念に作品を検討したことが脚本からも伝わってきました。

森下さん 「そもそも歌麿は、ある意味写楽より謎が多い人物で、その生涯は分からないことだらけなのです。一方で主人公の蔦重にとって最も身近な存在のひとりで、メインのキャラクターとしてしっかり描く必要があったので、美術監修の先生のアドバイスをもらいながら、まず各年代の作品を丹念に見ることから始めました。それらの絵から感じたことを基にストーリーを組み立てました」

――一般にはそれほど知られているとは言えませんが、初期の代表作のひとつである『画本虫撰』が、彼の人生の転回点を象徴する作品として登場する展開にはしびれました。

森下さん 「本当に素晴らしい作品です。当時の絵師の世界では、写生はそれほど一般的に行われていたとは言えないそうですが、あの作品に登場する虫や動物、植物などの精密な描写には魅了されました」

『画本虫撰』(国文学研究資料館所蔵) 出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/200014778

――歌麿が先人の影響から抜け出し、独自の作品世界を形成する時期の名作で、歌麿が悲惨な過去から逃げることを止め、向き合いながら人として成長する過程に相応しかったです。

森下さん 「ありがとうございます。歌麿の『第二形態』の始まりとして位置づけさせてもらいました」

歌撰恋之部の「謎」に魅了される

――『歌撰恋之部』をめぐるストーリーも素晴らしかったです。作品の形成過程が、歌麿が蔦重に向ける気持ちや2人の人間関係の綾と不可分なものになっていました。

森下さん 「歌麿の作品群を見ると、マーケットを見据えて制作されているものが多く、誰に対してどういう売り方をしていくのか、という販売戦略が分かるのが蔦重板元の特徴なのですが、『歌撰恋之部』はそうした構想が見えず、どうして制作されたのかが謎なのです。彼の作品の中では異質な存在で、しかも素晴らしい完成度の作品揃い。そういう不思議な作品だからこそストーリーに生かしていこうと思いました。アートが好きな方々から好評だったと聞かされ、ホッとしました」

喜多川歌麿筆『歌撰恋之部 物思恋』寛政5年(1793)∼6年(1794)頃 シカゴ美術館蔵 出典:シカゴ美術館(https://www.artic.edu/artworks/77443/reflective-love-from-the-series-anthology-of-poems-the-love-section-kasen-koi-no-bu-mono-omou-koi)

悪は野放しにできない

――終盤の軸になった写楽のストーリーでは、写楽本人とされる斎藤十郎兵衛と一橋治済に対する仇討ちを組み合わせたアイデアに驚かされました。

森下さん 「当初はもう少しふわっとした着地を考えていました。晩年の蔦重が『写楽』という大きな謎を提示するなかで、次の時代へと橋渡ししていくようなイメージだったのです。ところが書き進めていくと、治済が想像以上に魅力的で、かつ憎たらしいキャラクターに(笑)。するとこのまま悪を野放しにしていいのだろうか、と。ドラマを見ている人のカタルシスも大切ですし。写楽を描く以上、斎藤十郎兵衛も登場させなければいけないモチーフなので、考えているうちにこの二つを組み合わせてみたら、という流れで考えつきました」

――治済と斎藤十郎兵衛には「能」という共通点もあり、すごい仕掛けだなあ、と感心ました。斎藤十郎兵衛がもともと「ワキ」なので、治済に成り代わって「シテ」になる、とは話が出来すぎだと思いました。

森下さん 「最初から計算していたわけではありませんでしたが、物語を補完する要素としてはうまくハマって(笑)。皆様に楽しんでもらえたならばよかったです」

江戸のナンセンスで明るい文化を大切に

――ドラマの柱としては平賀源内も非常に重い存在でした。「書をもって世を耕す」という彼の言葉は全編のテーマといってもよいもので、何回となく繰り返され、蔦重の生きる指針になりました。あの言葉はどのように出て来たのですか。

森下さん 「耕書堂、という店名からストレートに発想したものです。どうしてこんな名前にしたのかなあ、と考えるうちに、蔦重の志を言語化したようなフレーズになっていきました」

――第1回に登場した朝顔姐さんの「どうせ分からぬのなら、楽しいことを考える」も重要なモチーフでした。節目で朝顔姐さんの言葉が顔を出し、蔦重の生き方を左右しました。視聴者にとって長く印象に残る場面でした。

森下さん 「何かが起きると悪い方へと考えがちな私自身への戒めとしての台詞でもありました。苦労した人ほど笑いの価値や効用を知ると思うのですが、吉原という地獄を味わった朝顔姐さんだからこそ言える台詞だったかもしれません。江戸のナンセンスで明るい文化を響き合わせたかったのです」

――朝顔姐さんに限らず、てい、瀬川、つよ、ふく、松の井など女性陣から、ストーリーを揺り動かす名言が相次いだ印象が強いです。現代における時代劇に相応しいアップデートだと感じました。

森下さん 「男性陣も良い事言ってんですけどね(笑)、やはりあの時代としては、女性が表に出にくい社会構造で、でも、ひとりひとりには間違いなく個性があり、人生があり、志があったはずだ、という視点は常に持っていました。当たり前のことですが」

「不変」を映す鏡、時代劇の意義

――「べらぼう」を振り返ってみて今、感じていることは。

森下さん 「今も昔も人間は変わらないと実感しました。危機に際して他人に責任転嫁し、上手くいかないと誰かに石を投げる、という繰り返しです。『不変』を映す鏡を提示することが、今、時代劇に取り組む意義、歴史を知る意義なのではないか、と改めて感じました」

「文化史的アプローチ」に価値

――去年の「光る君へ」といい、今年の「べらぼう」といい、文化がメインテーマになる大河ドラマに魅了されました。闘争的な要素がメインになる時代劇はもちろん楽しいですが、こういう路線もぜひ続けてほしいと思いました。

森下さん 「今回、テーマになった時代がいかに文化的に豊かだったのか、ということをお伝えできたのは本当に良かったです。『美術館に行って浮世絵を見たい』『黄表紙を読んでみたい』という声もたくさん聞くことができて、多少なりとも世のお役に立てた、いいこと出来たのかな、と。日本には独自の素晴らしい文化がたくさんありますし、時代劇に、こうした文化史的なアプローチもあり得る、ということが継承されると嬉しいです」            (おわり)