「人生に失敗した...」40代を過ぎて人生を後悔する人たちに共通する「ある特徴」とは?

Society & Business 2022.05.12

「人生に失敗してきた」、「やりたいことができていない」。残念な話だが、40〜50代になってこう確信する人々がいる。この感覚は何を物語っているのだろうか? 本当に失敗は人生の行き止まりを意味するのだろうか? 心理学者が解説してくれた。

「人生に失敗した...」40代で人生を後悔する人たちに共通するある特徴とは?-01.jpg

「『人生に失敗した』と発言する人は、何においても比較しがちです」-サラ・ヴァンデカステール Getty Images

「私は人生に失敗した」と嘆く。その言葉は、マリーラインさん(41)のインタビューが終わった後もずっと頭の中に響いていた。彼女のヘーゼルナッツ色の瞳は霞んでいた。「人生設計の枠から外れている」ことを自覚した彼女はこんなことを述べた。かつての彼女の人生のリストには、良い職業に就き、マイホームを持ち、パートナーと子どもを持つという伝統的なものばかりが並んでいた。

「今年中に返済を終える予定のワンルームマンションを除けば、大失敗でした」と彼女は言う。そして、「私が定期的に会っているのは、私のうつ病の治療を担当する精神科医だけ」とも語る。

1/7

誰もが子ども時代に、偉大なことを成し遂げること、並外れた人生を築くこと、夢のような人生を生きることを心に描く。ただ、現実世界を知るようになると、私たちの人生は突然、平凡に見えてくるのである。この感覚は何を物語っているのだろうか?自分がたてた目標は何処へ?

「『人生に失敗した』と発言する人は、比較しがちです。よくこのような話をする人は、自分と他人を比較したり、理想とする社会像と比較したり、理想的な自分と比較したりする傾向があります」と幸福のためのセラピーを専門とする心理学者、サラ・ヴァンデカステールは言う。

2/7

思い描いた願望

ある年齢に行き着いた時、自分のおかれた状況は控えめに言っても酷かった。50代のアンヌ=リースは、それを端的に表現している。彼女にとって「人生に失敗した」ということは、「50歳になって何も成し遂げられなかったという思いで目覚めること」だと言う。

世界的なマルチエネルギー企業で責任あるポジションに就いているが、メトロに乗って仕事して寝るだけの人生に窮屈さを感じている。

「『潜在的な思い』が心に忍び込んでいる。学校から墓場への片道切符を手に入れたよう。学校から墓場まで、驚きも見どころもないわ」と語る。

3/7

この「人生に失敗した」という思いに、44歳のティメオも「強く打ちのめされた」と言う。2021年、エンジニアの彼は結婚式で高校時代の友人と偶然に再会する。その友人がアジアのホテルチェーンのトップであることを知ったのだ。好奇心を刺激された彼は、SNSで自分のかつてのクラスメートのことを検索してみた。すると、もうひとりがアラブ首長国連邦でモデルと結婚し、常に旅をし、素晴らしい風景を背にしてシャンパーニュを楽しみ、駐在員生活を送っていることを知った。その事実を知って、彼は苦い思いをした。「彼らは私と同じような子供時代を送り、同じ町で過ごし、同じような機会を持っていたはずなのに、なぜ私ではなく彼らなのだろう?」と彼は自問する。

彼らの言葉を聞いて、心理学者のクレマンス・ブルックは次のように指摘する。

「人生に失敗したのではない。かつて思い描いた願望に失敗したのである」。そして、それには理由があり、幼少期、つまり子どもの頃の願いを投影している。

「結婚して子どもがいる自分を想像していたのに、彼は40歳になっても独身である」と心理学者は説明する。その中で、「子孫を残すこと」「家族を養うこと」という、あらゆる社会や職業に共通するパターンを見出すことができる。

4/7

失敗したときの対処法

自分の人生についてそのような発言をすると、恐ろしい結果につながる。それは自分の価値を下げ、自尊心の喪失につながっている。つまり悪循環なのだ。「失敗の予感は、ある意味で失敗を呼び起こす傾向があるのです」とクレマンス・ブロックは警告している。サンドラ(39歳)は、2年前にこの下降線に陥った。その日、彼女は自分の職場である旅行会社の支店長に自分が「不要不急の人員」と判断されたことを知った。必要とされていない感覚が、彼女の中で偏った内観を始め、ついには命を絶つことまで考えた。

「姉がアパートに来て、私が無反応な状態のところを発見してくれました。姉は自殺を試みた私を受け止め、失敗や辛いことはずっとは続かないと言ってくれたのです」と彼女は振り返った。心理学者のサラ・ヴァンデカステールは、この地獄への転落に対抗するために、感謝の気持ちを持つことを勧めている。

5/7

「人は常に自分が思う以上に、はるかに多くのことを成し遂げてきています。それを知るために、私はいまの自分から1年前の自分へ手紙を書くことを勧めています。目的は、大小さまざまな自分の成果を自分自身に伝えることです。子どもたちを素敵なイベントに連れて行ったり、ずっと散らかっていた家具を地下室から出したり、なんでも良いのです」と、彼女は主張する。

心理学者のサラ・ヴァンデカステールは、つい最近も高齢の患者さんにその方法をアドバイスし、これまでの人生を振り返ってもらった。「人生の終盤で人間関係を振り返り、行動よりも大切なものに気づくことがよくあるのです。老後、人が幸せになるのは、達成したことや物質的なことよりも、むしろ人との交流です」。

6/7

人生の挫折は、必ずしも行き詰まりを意味するとは限らない。「人生に失敗したと思っても、それぞれに道はあります。何もせずに停滞するか、現状を否定するか。あるいはそれを原動力に変えるか(生活を改めたり、自分の人生の捉え方を変えたりすることによって)」と心理学者クレマンス・ブルックは分析する。

この感覚をきっかけに、全く新しい広い可能性が広がっていることに気づく人もいる。42歳のときにマディは人生に失敗してきたと思ったことをきっかけに、すべてを変えた。「日常生活、そして自分の人生が自分に合っておらず、自分の価値観にも合っていなかった」。彼女にとって些細なことから変えて行った。月1回はしっかり休み、頻繁に利用していたタクシーを自転車に変え、無理な誘いはあえて断り、外出の機会を増やすなど、自分のための時間を大切にしている。さらに、人権擁護団体に時間を割くために、勤務先の法律事務所ではパートタイム勤務に変えるなど根本的な変化も。

「窓際に追いやられることもなく、自分のポジションを楽しんでいる。かつて少女だった自分に会ったら、やっと私のことを誇りに思ってくれると思う」と微笑んだ。人生に失敗したと思った時こそ、再出発のチャンスでは?

7/7

text: Caroline Lumet (madame.lefigaro.fr), translation: Hanae Yamaguchi

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

LEXUS 小林涼子がLBXで巡る、農と食を繋ぐ旅。

Lifestyle 2025.12.09

PROMOTION

俳優としてテレビドラマやラジオで活躍しながら、循環型農業のビジネスを展開する小林涼子。車で畑に出向くことも多い彼女が、LEXUS LBXに乗って鬼怒川へドライブ。栃木の地元農家とレストランを巡り、"ファーム・トゥ・テーブル"を体感してきた。

LEXUSが贈る、特別な日本の旅プログラム。

長年トヨタ愛好家で、家族の車もランドクルーザーだという俳優兼起業家の小林涼子。そんな彼女が今回参加したのが、LEXUSが提案する旅「TOUCH JAPAN JOURNEY by LEXUS」。体験、食、宿、ドライブをコンセプトに日本各地の魅力に触れる旅を主にLEXUSオーナー向けに提供するプログラムで、「日本を旅する。心の景色が広がってゆく」をキャッチコピーに、屋久島から知床までさまざまなモデルコースをご用意。風光明媚な日本の名所をLEXUS車で巡れるコースの中でも、彼女が特に興味を持ったのが、地産地消のレストラン「炅 (ケイ) 」での食事を楽しめる鬼怒川ドライブ。いろは坂のようなワインディングロードも優雅に走り抜けるLEXUS LBXをおともに、畑の恵みを味わう旅に出た。

LEXUS LBXはこちら

251126-lbx-01.jpg

小林涼子|Ryoko Kobayashi
1989年、東京都世田谷区出身。4歳で子役としてデビュー。俳優業を続ける中、2014年より農業に携わり、2021年、株式会社AGRIKO(アグリコ)を設立。農業と福祉が連携する"農福連携"や魚の養殖と水耕栽培を組み合わせたアクアポニクスという循環型栽培システムで注目を集め、23年、フィガロジャポン「Business with Attitude Award 2023」受賞。桜新町、白金、代々木の都市型農園に続き、26年春にも新規オープン予定。

ニットベスト¥68,200/シュタイン(エンケル)、タートルニット¥22,000/アー・ペー・セー(アー・ペー・セー カスタマーサービス)、パンツ¥57,200/ハイク(ボウルズ)、スニーカー¥29,700/ホカ®︎(デッカーズジャパン)、(上)イヤカフ¥33,000、(下)イヤカフ¥8800、人差し指リング¥49,500、中指リング¥165,00/アルティーダ ウード

1/4

まず向かったのは、カラフルな高原野菜を育てる地元ファーム。

鬼怒川のホテルへチェックイン前に、1時間ほど足を伸ばして向かったのは那須高原。お目当てはカラフルな新鮮野菜で知られる「こたろうファーム」だ。ここでは、フレンチの前菜に並ぶような華やかな色合いのものをメインに、年間150種類以上もの野菜を育てているという。

251126-lbx-02.jpg

上のほうが緑になった「ビタミン大根」や、中まで発色がきれいな「赤大根」。カブと大根だけでも10種類以上の品種を育てている。

自身の農業ビジネスでもハーブやエディブルフラワーを育てている小林は、珍しい品種が並ぶこたろうファームの畑に興味津々。農場主の渋江和彦に秋野菜が栽培されるエリアを案内してもらいながら、きれいなピンク色をしたチコリや2色大根を手に取って眺める。

「珍しいお野菜が多いですね。私が都内で行っているのは、ビルの上に農園を構えて、そこで採れたものをビルの下にあるカフェなどで提供する『ビル産ビル消』なんですが、ここでも朝採れたお野菜が、その日の夕方には地域のレストランでディナーとして並ぶ。ファームとテーブルの距離が近いからこそ、お客様に新鮮な状態でお野菜をお届けできるんですよね」

251126-lbx-03.jpg

いまが旬だというカブの畑を案内してもらう。手に持ったのは、赤い皮が簡単にむけるという「もものすけ」。採れたてのカブは甘く、思わず顔がほころんだ。

2/4

訪れた畑の恵みを味わいに、渓谷ホテルのレストランへ。

こたろうファームを後にし、今回の宿泊先である「鬼怒川渓翠(けいすい)」へ向かった小林。到着後は、ホテル内にあるレストラン「炅」で早めのディナーへ。まず心を掴まれたのは、美しくプレゼンテーションされたアミューズだ。

251126-lbx-05.jpg

カウンターでいただくスペシャルコース「火の穂」(¥21,780)から。華やかなアミューズ4種と、こたろうファームの「もものすけ」を使ったカブのサラダ。

「味はもちろんですが、体験も大事にしているので、薪窯を使って料理をしている様子を目の前でご覧いただけるようになっています。僕たちは常に、お客様の想像を超える演出を心がけています」とフレンチ出身の佐野総料理長は語る。

251126-lbx-06.jpg

251126-lbx-07.jpg

カウンター席の目の前に設けられた薪窯は、レストランを象徴する存在。シェフが実際に薪火で調理しているところを見られるのも楽しみのひとつ。

こたろうファームで見た大根やカブが、アートのようなひと皿へ。実際に畑を見てきた小林とシェフとの会話は弾む。「こたろうファームさんから、総料理長とも日頃からよく話すと伺いました。シェフ自ら農場に出向くなんてすごいですね」と小林。それに対し、「僕は、最後のアンカーとして料理を提供しているにすぎません。主役は野菜です。こたろうファームさんをはじめ、直接契約している農家さんの数は友達の和のように広がり、いまはおかげさまで、たくさんの地元生産者の方々に支えられて料理をすることができています」

251126-lbx-08.jpg

薪火で丁寧にグリルしたメインディッシュに舌鼓。こたろうファームで採れたカラフル大根が、香ばしい大根餅に姿を変えて登場。

251126-lbx-09.jpg

ディナー前のロビーで目を奪われたのは、広々としたラウンジから臨む鬼怒川渓谷の美しい景色。

3/4

旅の終わりに、ポジティブな"巡り"を感じて。

気持ちよく目覚めた翌日。心身ともにチャージされた小林は、TOUCH JAPAN JOURNEYの旅をこう振り返る。

「栃木で採れた野菜を、栃木ですぐ食べられる。農家とレストランが直接繋がることで、農家は潤い、レストランは新鮮な野菜を仕入れることができる。顧客である私たちも地元野菜をよりおいしく食べられる。ファームからレストラン、そしてお客さままで。サステイナブルな循環型社会を目指す私にとって、まさにこのポジティブな"巡り"は、自分のビジネスにも多くの気づきを与えるものですね」

251126-lbx-10.jpg

ニット¥79,200/ハルノブムラタ(ザ・ウォール ショールーム)、シャツ¥36,300、パンツ¥38,500/アー・ペー・セー(アー・ペー・セー カスタマーサービス)、バッグ¥33,100/ルメン、靴/本人私物

来年には、都内で話題のニュウマン高輪にも農園をオープンするという小林。「最近は忙しくてお昼を抜いてしまうこともあるけれど、心も体もインプットする時間も大切。『農・福・食』を繋ぐアグリコのビジネスを通して、みなさんにも、地球にも、元気でおいしい循環を作っていきたいと改めて感じました」

TOUCH JAPAN JOURNEY by LEXUS
「日本の美しい景色や文化に心で触れる旅」を掲げたLEXUS主催(※)の旅プラン。知床、屋久島、瀬戸内、奥入瀬、蓼科など、LEXUSの試乗と合わせて楽しめる10種類以上の旅を提案。
今回紹介したのは、気軽に参加できる1泊2日の「日光鬼怒川ライトプラン」。いろは坂や日塩もみじラインでのドライブに加え、渓谷に面したホテル「鬼怒川渓翠」で栃木の食材と薪火を生かしたスペシャルディナーを堪能できる。
https://lexus.jp/magazine/experience/touch-japan-journey/

※企画実施は別途旅行会社が行います。
※実際のプランは記事の内容と異なる部分がございます。詳しくは、TOUCH JAPAN JOURNEYのウェブサイトをご確認ください。

募集中のTOUCH JAPAN JOURNEYコースを見る

問い合わせ先:
レクサスインフォメーションデスク
0800-500-5577(受付時間9:00〜17:00、年末年始を除く)
https://lexus.jp/
X Facebook Instagram YouTube
衣装問い合わせ先:
アルティーダ ウード 03-6804-8090
アー・ペー・セー カスタマーサービス 0120-500-990(フリーダイヤル)
エンケル 03-6812-9897
デッカーズジャパン 0120-710-844(フリーダイヤル)
ボウルズ 03-3719-1239
ルメン info@atlm.kr

 

4/4

videography: Keita Motegi photography: Wataru Kakuta (trival) hair & makeup: Eriko Yamaguchi styling : Michie Suzuki editing:Mana Sasamori

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

LANVIN フランス最古のメゾン、ランバンの新たな船出。

Fashion 2025.11.19

PROMOTION

創業者ジャンヌ・ランバンが掲げてきた"究極のシック"。その美意識を現代的に再解釈したピーター・コッピングによる2025年秋冬コレクション。パワフルに再始動を遂げた彼が考えるメゾンへの思いとは?

251114-lanvin-01.jpg

右:ドレス¥693,000、シューズ¥210,100 左:ジャケット¥482,900、スカート¥356,400、中に着たトップ¥524,700、シューズ¥188,100/以上ランバン(コロネット) 

右:シルクサテンとベルベット――ふたつの異素材が織りなす流麗なドレープが、成熟した女性像を描き出す。計算されたタイトシルエットが身体のラインを際立たせ、どこまでもドラマティックな存在感を放つ。
左:異なるウールをブレンドした柔らかなブークレが生み出す温もりと構築性を兼ね備えたセットアップ。ジャケットのアームホールに施されたスリットは、袖を通さずケープのように羽織ることでシルエットの変化を楽しめる。フリンジで現代的なひねりを利かせて。

1/4

コート¥546,700、スカート¥462,000/ともにランバン(コロネット)

ピーター・コッピングが注力したのは、現代女性のリアルクローゼットに寄り添うウエアラブルなスタイル。ファーストルックは、"究極のシック"を新たな解釈で甦らせたピーコート。パリジャンの定番アイテムにサテンのディテールが繊細な余韻を添え、ミニマルな佇まいに密やかなエレガンスを宿す。ツヤを湛えたサテンスカートとのコントラストが、メゾンが継承する美意識を静かに引き立てる。

2/4

右:ドレス¥840,400、シューズ¥210,100 左:ジャンプスーツ¥1,028,500、シューズ¥188,100/以上ランバン(コロネット)

右:洗いをかけたサテンが生み出す豊かな表情のドレスは、削ぎ落とされた美しさがシルエットを引き立てる。ウエストのひねりが繊細なドレープを生み、たおやかさを演出。背面には同色のベルトをたなびかせて。
左:イタリア製サテンクレープを用いたロングジャンプスーツ。しなやかに流れる生地とゆとりのあるシルエットが、端正な中に柔らかな余白を生み出す。足元にはアートピースのようなヒールで静かな主張を添えて。

3/4

1889年創業のランバンは、現在もパリ・モード界で活動する最古のメゾン。ジャンヌ・ランバンは弱冠22歳でパリの中心地に帽子店を開いた。一人娘の誕生をきっかけに始めた子ども服で成功を収め、創業20年でモードを牽引するオートクチュール・メゾンの仲間入りを果たした。香水、メンズ、ライフスタイルにもいち早く進出した彼女の名前はアールデコと密接に結びついている。

この歴史的なメゾンが、2024年、新たなアーティスティックディレクターを迎えた。ピーター・コッピングは、パリやミラノ、ニューヨークのメゾンで豊富な経験を積んだデザイナーだ。

「ランバンの歴史に参加し、休眠状態だったメゾンを甦らせる仕事はエキサイティング」と語る。

ピーター・コッピング Peter Copping
アーティスティックディレクター。1967年、英国生まれ。セントラル・セント・マーチンズとロイヤル・カレッジ・オブ・アートでモードを学ぶ。ルイ・ヴィトンのデザインチームを経てニナリッチ、ついでオスカー・デ・ラ・レンタのクリエイティブディレクターに。2021年、バレンシアガのクチュール部門の責任者に。24年9月、ランバンのアーティスティックディレクターに就任。

2025年秋冬のファーストコレクションで、コッピングは創業者の世界観と彼女自身のスタイルにオマージュを捧げた。

「メゾンのアイコンは、ジャンヌの時代、とりわけ1920、30年代のストレートなシルエットのドレス。ことにアーカイブで見た30年代の作品のモダニティに惹きつけられました。袖のボリュームを追求したシルエットにインスパイアされ、Tシャツやニット素材で現代性を表現しました」

2026年春夏は、メゾンの遺産と現代性を合わせながら、パラドックスやコントラストを追求。

「ジャンヌ・ランバンの服は刺繍やプリントの装飾が重要です。アーカイブの刺繍モチーフを拡大したり、手作業で描き直してプリントしたり、シルクのドレスをビスコース仕立てにして表情を変えるなど、過去の服を新しいコンテクストに変える方法を探求するアプローチがおもしろい」

2026年春夏コレクション 全ルックはこちら

メゾンのエスプリの表現にも力を入れた。過去に多用されてきたステッチ使いや、ヴィンテージラベルのデザインを取り入れた。また、メゾンを象徴するブルーを前面に押し出した。ショーは青い家の小さな扉からモデルが登場する演出だ。

「ランバンは常にブルーという色とともに語られてきました。この色を出発点として、ブルーをメゾンのコードにしたのです。たとえ来シーズン、ブルーの服が一点もなくても、パッケージに、裏地や、靴やバッグの内側に、常にブルーが存在することがメゾンのコードになります」

過去の遺産を見つめ、現代の視点で生かし、ひとつのコードで未来に繋いでいく。ピーター・コッピングが目覚めさせたスリーピングビューティが、21世紀を歩き始めた。

フランス最古メゾンの軌跡を辿る。

1867
1月1日、ジャンヌ・ランバン、パリに生まれる。

©Lanvin Heritage / Harcourt Studio Paris

1889
パリのボワシー・ダングラ通り16番地に帽子店をオープン。

1893
フォーブール・サントノレ通り22番地に「ランバン(マドモワゼル・ジャンヌ)・モード」をオープン。

1897
一人娘マルグリット誕生。

©Lanvin Heritage

1908
娘マルグリットをインスピレーション源に、子ども服のコレクションを開始。

1909
レディースウエア部門を設立。パリ・クチュール組合に加盟し、帽子店から正式にクチュールメゾンに。

©Laure Albin Guillot / Roger-Viollet

1915
サンフランシスコ万博に参加。

1920
内装建築家アルマン・アルベール・ラトゥーとともに、フォーブール・サントノレ通り15番地にアールデコ・スタイルのショップをオープン。

1923
自社染色工房をオープン。

1924
ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ4番地に香水店をオープン。

1925
パリのアールデコ万博に参加。

©Lanvin Heritage

1926
メンズのオーダーメイドコレクションを開始。

1927
娘マルグリットの30歳の誕生日を記念して香水「アルページュ」発表。

©Lanvin Heritage

1933
ほかに先駆けて、ユニセックスなオードトワレ「ロー・ドゥ・ランバン」を発表。

1938
レジオン・ドヌール勲章オフィシエを受章。

1946
7月6日、ジャンヌ・ランバン、79歳で死去。

2024
ピーター・コッピングがアーティスティックディレクターに就任。

ランバン公式サイトへ

問い合わせ先:
コロネット
03-5216-6518
Instagram Facebook X

4/4

photography: Seiji Fujimori(model), Ayumi Shino(portrait) styling: Miyuki Uesugi(Sense Of Humour) hair: Kenichi(Sense Of Humour) makeup: Yuta Sato text: Masae Takata(Paris Office/interview)

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

美しい世界の舵を取る女性たち。【クラランス 小山順子】

Society & Business 2025.11.28

フィガロジャポンBWAアワード2025のテーマは「楽しみながら舵を取る女性たち」。美しい世界を創るメゾンやブランドを率いる女性リーダーが、事業を通して見据える、美しい世界とは?

クラランス代表取締役社長
小山順子

Career
1988 津田塾大学卒業後に渡欧、英国の金融機関に就職

1994 INSEAD(欧州経営大学院)でMBA取得。P&Gスイスに勤務
1998 帰国後、カルティエジャパンでマーケティング&コミュニケーションディレクターに就任
2005 LVMHグループ ヴーヴ・クリコジャパン代表取締役社長に就任
2011 エスティローダージャパン取締役、フェラガモ・ジャパン代表取締役を歴任
2022 クラランス代表取締役社長(現職)

ー現職までのキャリアパスを教えてください。

キャリアの出発点は投資銀行。企業のM&Aを担当し、イギリスにてファイナンスの視点から社会全体のお金の流れを俯瞰する日々の中で、「数字の向こう側にある企業そのもの」にもっと深く関わりたいという思いが芽生えました。自分に足りないのはマーケティングの視点だと感じ、フランスのINSEAD(欧州経営大学院)へ。その後、P&Gスイスに転職しました。ここでの経験が、私のビジネスパーソンとしての土台を形成したと思います。この確かな基盤があったからこそ、本当にやりたかった「ブランドビジネス」へと歩を進めることができました。

ー金融からマーケティングに転身したきっかけは?

ファイナンスの世界では、常に数字と締め切りに追われ、徹夜が当たり前という生活を送っていました。私たちの役割はあくまでもお客様のアドバイザーであり、そこには冷静さとスピードが求められます。そんなある日、イギリスのアクセサリーブランドとのM&A案件を担当する機会があり、テムズ川沿いの本社を訪れました。そこでは、穏やかで温かいチームが一体となって製品を生み出している光景が広がっていたのです。

「自分たちの手で最良のものを作り、世の中に届ける」ーーその姿に強く惹かれました。数字の世界から"創る"世界へ。自分たちが主体となって価値をつくり出す喜びを感じた瞬間が、私のキャリアの転機になりました。

ーその後、カルティエを経て、LVMHグループのヴーヴ・クリコで9年間ジェネラルマネジメントを経験されています。そこで得たものは?

もともとラグジュアリーやビューティの世界に共通する"美しい世界を創造する"という姿勢に、強く惹かれていました。カルティエでは、ブランドが持つ哲学をどう現代に伝えるかを考える日々でした。LVMHグループのヴーヴ・クリコも、クリュッグも、いずれも日本でいえば江戸後期創業という長い歴史を持つメゾン。創業者の精神をいかに現代に息づかせるか、日本市場でどのようにエレガントなストーリーを展開するかを探ることが、私の情熱の源になりました。

その後、ビューティやファッションブランドでの取締役を経て、クラランスへ。ここではマーケティングに生かせる豊富なデータが揃うと同時に、自然への深い愛と社会貢献の姿勢が感じられ、毎日ワクワクしながら仕事に取り組んでいます。

お酒とビューティの世界に共通しているのは、"幸せを届ける仕事"という点。シャンパンやワインは、飲むだけでなく、人と時間を共有し、贈り合うことで喜びを分かち合うことができます。

ビューティの世界も同じで、カウンターで楽しそうに商品を選ぶお客様の姿や、スキンケアやメイクを通して自分自身の美しさに出会い、幸福感に包まれる瞬間に立ち会うことができます。新しい商品が誕生する時には、全社員がワクワクに満たされる。それらのクリエイティブな高揚感は、日常の中にある"豊かさの瞬間"ですよね。

クラランスが保有する、南フランスの自社農園「ドメーヌ・クラランス」。アルプスの中央、標高1,400mに位置し、大気や土壌の汚染のない自然環境でコスメに必要な植物が栽培されている。

1/3

ー仕事におけるこだわりや信念は?

経営者がすべてを同時に把握することはできません。だからこそ、私の役割は指揮者であることだと思っています。

オーケストラに、バイオリニストやチェリストといった専門性を持つ演奏家がいるように、ビジネスのチームもそれぞれが異なる経験と強いパッションを持ち寄っています。私は、彼らひとりひとりの声に耳を傾け、そこから得たインプットを自分の中で整理し、分析し、最適な決断を導き出すことを大切にしています。

たとえ未知の業界であっても、現場のエキスパートの知見を尊重し、それをもとに判断を下す。それこそが、経営者としての私の信念です。

ー経営者として、"チームワーク"を大切にされている。その原点は?

中学生の頃に参加したクラス対抗のダンス大会まで遡ります。8人ほどの仲間と一緒に振付や衣装を考え、アイデアを出し合いながら最終的にひとつの作品をつくり上げていく。夢中で取り組むうちに、「チームで何かを生み出すことがこんなに楽しいんだ」と心から感じた瞬間がありました。その時の高揚感は、いまも私の中に息づいています。ビジネスの現場でも、さまざまな才能や感性が重なり合い、新しい価値が生まれていく。その瞬間こそが、私を突き動かしているのだと思います。

ー海外でも長く働いてこられた小山さん。グローバルブランドとして、日本のチームを率いる上で意識していることは?

イギリス、フランス、スイスで約9年間働いた後に日本へ戻ってきたとき、日本のチームの"コミットメントの高さ"に驚かされました。たとえばスイスでは、ワークライフバランスが非常に徹底しており、夕方4時半にはオフィスが静まり返ります。私自身、当時の部下から「順子にはプライオリティが多すぎる」と指摘されたこともありました。限られた時間の中では、プライリティ順に上位3つしかやらない、という判断をするのが当たり前の文化なのです。

一方で、日本のチームはプライオリティ10のタスクを、きっちり10すべて仕上げてくる。その真面目さ、責任感、そして結果へのこだわりには本当に感銘を受けました。ただし、外資系企業で働く上では、グローバル基準を理解しながらも、日本ならではの価値観をどう表現するかが重要です。世界の中で「日本のチームだからこそ言えること」「日本のマーケットだからこそできること」を、常に議論し続けています。その対話の積み重ねこそ、グローバルの中での日本チームの存在価値を高める鍵だと考えています。

2/3

ー美しい世界をつくるために、企業として取り組んでいることを教えてください。

2024年に70周年を迎えたクラランスは、南フランスに新たに約115haの土地を取得しました。2016年に自社農園「ドメーヌ・クラランス」が誕生してから、持続可能な農業に着手しています。将来的には製品原料の3分の1の植物を自ら育てることを目標に、土壌づくりから植物栽培まで責任を持って取り組んでいます。2017年から18種の植物を自然農法で育て、そのうち4種は「ドメーヌ シリーズ」としてすでに製品化されました。クラランスにとって植物はブランドの核。毎年400種類以上を採取し、民族植物学者とともに世界を巡って研究を重ね、現在208種を原材料として使用しています。

251129-junko-koyama-02a.jpg

自社農園「ドメーヌ・クラランス」では、汚染のない土壌を馬を使って耕すなど、リジェネラティブ農業(環境再生型農業)といった環境に負荷をかけない伝統的な農法が行われている。

251112-junko-koyama-03.jpg

クレンジング ミセラー ウォーター(左)と、ベルベット クレンジング ミルク(右)は、100%オーガニック栽培を実践する「ドメーヌ・クラランス」で採取された高品質な原材料を用いている。

実は「持続可能性」や「地球へのインパクト」という言葉が広く知られるずっと以前から、クラランスの創業者ジャック・クルタン・クラランスはその理念を掲げていました。いまから70年前、彼はすでに"自然の力を信じる"という信念を持ち、科学的な添加物を極力使わないことを提唱する先駆者でした。医師を目指していた彼が、研修医時代に出会ったのは、手術後の傷跡を気にして涙を流す女性患者。その姿をきっかけに、「もっと女性に寄り添う医療を」との想いが芽生え、やがて病院では解決できない女性の悩みに応えるため、通称"美の治療センター"、アンスティテュ クラランスを立ち上げました。それがクラランスのはじまりです。植物オイルとリンパドレナージュを軸にしたスパから出発したブランドは、以来ずっと「女性の声に耳を傾け、地球環境に寄り添う」ことを理念としてきたのです。この創業の精神は、70年を経たいまもクラランスのミッションとして息づいています。

こうした継続的な取り組みが評価され、2025年には「B Corp」認証を取得しました。150カ国に広がる全子会社が一年をかけて審査を受け、持続可能性への姿勢が正式に認められた形です。創業者の孫娘であるヴィルジニー・クルタン・クラランスが、現在マネージングディレクターを担っていますが、彼女は「自分たちはポジティブカンパニーでありたい」と言います。それは、創業の姿勢でもある"地球にポジティブなインパクトを与える"ということなんです。

ーB Corpの認定にあたって、評価されたことはなんですか?

B Corp認証では、企業が社会的責任をどのように果たしているかが問われます。クラランスでは、CO₂の削減をはじめ、20年以上にわたり、慈善団体と協働し、貧困地域の子どもたちに給食を届ける活動を継続してきました。さらに、私たちは「T.R.U.S.T」という独自の制度を導入しました。ブロックチェーン技術を活用し、製品パッケージの外箱にあるQRコードを読み取ると、原材料がどこで採取され、いつ工場に届きテストされ、いつ出荷されたものかを追跡できる仕組みです。お客様に対して"正直でありたい"という想いを、テクノロジーを通して可視化しています。

IMG_7170.jpg

クラランスT.R.U.S.T.のウェブサイトに購入した製品番号を入力すると、製品がいつ、どこで作られたのか、どんな植物が使われているのかを確認することができる。

国際的な支援活動に加え、地域に根ざしたCSR活動にも力を注いでいます。毎年、本社から世界共通のテーマが届き、各国のチームが地域に即したプロジェクトを展開します。今年、日本チームが取り組んだのは、福島に暮らす身体障がいのある方の雇用を支援する「ふくひまプロジェクト(福島ひまわり里親プロジェクト)」。社員の提案から始まったこの活動では、六本木オフィスに104本のひまわりが咲きました。里親となってひまわりを育て、採れた種をまた福島に送ることで、種から油を採取し、その油が福島県を走るバスの燃料になるという循環型の取り組みです。福島での雇用機会の創出に加えて、社員の絆も深まる、とても有意義なプロジェクトでした。

51129-junko-koyama-05.jpg

ふくひまプロジェクトでは、小山も含めた社員が8つのチームに分かれ、オフィスや自宅でひまわりの花を栽培。12月には福島県に収穫した種を届けに行ったという。

ーあなたが考える"メティエダール"について、聞かせてください。

歴史あるブランドにとってのメティエダールとは、創業者の想いを絶やさずに受け継いでいくことだと思います。クラランスの原点には「地球にポジティブなインパクトを与える」という信念があります。その想いを支えているのは、植物に関する深い知識、成分を最大限に引き出す技術、そしてリサーチ&ディベロップメントの緻密なクオリティ。それらすべてが、まさに"匠の世界"と呼べるものです。ワインやシャンパンのように、職人の技と情熱が世代を超えて受け継がれていく。その連綿とした手仕事の精神こそが、クラランスのメティエダールの真髄だと思います。私の役割は、個々の技と情熱をひとつにまとめる指揮者であること。チームの力が響き合うとき、本当に美しい製品と夢が生まれるのだと感じています。

クラランス
050-3198-9361(カスタマーケア)
https://www.clarins.jp/

3/3

text: Miki Suka

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
Business with Attitude
Ranking