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「べらぼう」最終回 まさかの治済から蔦重まで。森下佳子は登場人物の死をどう考えていたか

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
大河ドラマ「べらぼう」より 写真提供:NHK

「ひどい言い方をすれば愛されようが愛されまいが死ぬんです」

「べらぼう」ではその人の人生をたっぷり語った上で悲劇の犠牲になってもらうことにしました。

大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」(NHK)が12月14日(日)最終回を迎えた。

最後まで二転三転、意外性がある展開で、史実通りのお決まりの展開を待ってました!と見る大河ドラマとは違う面白さがあった。

その最たるものは写楽の正体。最新の研究では写楽の正体は、阿波徳島藩の能役者・斎藤十郎兵衛とされているところ、あえて複数人説を採用し、斎藤を別の役割(治済〈生田斗真〉の影武者)を与えたところに森下佳子の戯作者魂(エンタメ作家魂)を感じた。

さらに驚いたのは最終回の冒頭。治済は島流し、十郎兵衛(生田二役)が治済としてその後は生きていくめでたしめでたしかと思ったら、治済にもっと手厳しい天罰が下った。雷に打たれて死んでしまったのだ。

権力を使って隠れて好き放題やっていた卑怯者・治済に森下がなんらかの罰を与えたいと考えたとは事前の取材で聞いてはいたが、徹底的に罰が下すとは容赦ない。しかも、その死の傍らに源内(安田顕)を思わせる髷の人物の目撃談もあって、視聴者の気持ちをくすぐる。

生田斗真の「最終回、治済と十郎兵衛がどうなっていくのか、お楽しみに」というコメントはまさに第47回では済まず、最終回に思いがけない治済と十郎兵衛の顛末が待っているという予告状であったのだろう。

それにしても、戦国時代と違って平和なはずの江戸時代を舞台にした物語のわりに、多くの人が悲劇的な死を遂げていった。

森下への取材会で、うつせみ(ふく〈小野花梨〉)と新之助(井之脇海)の死について質問が挙がった。遊郭を足抜けしたあと子を成して貧しいながら幸福に暮らしていたふたりをわざわざ理不尽に殺されるように描いた思いを訊かれ、森下はこう答えた。

「歴史って無数の死の塊じゃないですか。その死の形が語られている人はほんの一握りしかいません。新之助という人物は、歴史の資料のなかにあった打ち壊しにはリーダーがいたという説を描きたかったから作りました。だから、死ぬことは最初から決まっていた。ひどい言い方をすれば愛されようが愛されまいが死ぬんです」

けだし名言である。物語作家としての矜持。情に流されない非情さに筆者は痺れた。

うつせみと新之助一家や、序盤に登場した花魁・朝顔(愛希れいか)など森下が創作したオリジナルキャラに悲劇的な結末には重要な役割が託されていた。

「当時の飢饉や天災の被害の大きさを伝えるとき、死者の数で語られることが多いですが、それを見てもいまひとつ胸に迫ってこない。多分、知らない人だからだろうなと。そこで、『べらぼう』ではその人の人生をたっぷり語った上で悲劇の犠牲になってもらうことにしました。見た方に怒ってもらうというか、ひどいと言われることが多分大事なのだろうなと思ったんです」

つまり森下は、歴史に名を残さずに無念の死を遂げた人たちのことを物語にすることで、後世に印象づけたということだろう。悲しければ悲しいほど忘れにくくなる。治済の死に関してはなんで死なせたのかと惜しむ声は多くはないと思うが、悪事を働けば天罰が下ることをしっかり描いたことも重要な気が筆者にはする(蔦重たちが直接手をくだささない方法で)。

亡くなってはいないが、斎藤十郎兵衛もドラマでは、いなくなっても騒ぎにならず新たなな十郎兵衛が決まったとさみしげで、蔦重はそんな彼の名を写楽の正体として歴史に残る仕掛けをしてみせる。

歴史のなかで消えてしまう人たちを森下佳子はドラマに刻み込んだ。

「財産を召し上げられても、仲間が死んでも、ふざけきった蔦重はあっぱれですよね」

最終回は主人公・蔦重(横浜流星)の死である。

「宿屋飯盛(又吉直樹)が残した、蔦重の臨終の様子が残っていて。そこに描かれていた臨終の様子が面白くて、そこに向かって走ろうと思いました。蔦重らしいところもあるし、ほんまかいなと思うようなことが書いてあるんです。戯作者の書いたことだから、ほんまじゃないかもしれないと思いながら、そこは乗せられようと」

偉大なる江戸のメディア王の最後を笑いで締めた。

「蔦重は、さまざまな功績を残しました。黄表紙や錦絵の流行を作ったことをはじめとして、流通網を整え書籍販売を江戸から地方に広めていったのも彼だと言われています。広く世の中に笑いを届けたことはとても尊いことだったのではないでしょうか。笑いにはある種、不謹慎な部分もあります。現代もそうですが、世の中がしんどくなってくると、日常で、心の中では笑ってもおおっぴらには笑えないという局面がたくさん出てくる気がします。そんな時代に、財産を召し上げられても、仲間が死んでも、ふざけきった蔦重はあっぱれですよね。それはそれでひとつの立派な生き方だと思います」

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ありがとうございます。
フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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