国民生活には「明らかに逆風」、経済界から懸念の声が続々…「片山シーリング」は円安を止められるか?
<「限度を超えてきている」「これ以上の円安はまずい」の声が......。だが、高市首相が掲げている方針では円安が今後さらに進行する可能性が高い>【加谷珪一(経済評論家)】
円安が厳しい局面を迎えつつある。為替変動についてはメリットとデメリットがあるというのがこれまでの常識だったが、ここまで通貨価値が下がると状況は変わってくる。 ●日本だけ給料が上がらない謎…その原因をはっきり示す4つのグラフ 10月以降、為替市場では急ピッチで円安が進んでおり1ドル=160円台が視野に入り始めた。これまで為替について直接的に言及することを避けてきた経済界からも懸念する声が相次いでいる。 日本商工会議所の小林健会頭は円安について「限度を超えてきている」と発言。経団連の筒井義信会長は政府に対し、市場の信認を維持するよう強く求めたほか、新経連代表で楽天トップの三木谷浩史氏も「さすがにこれ以上の円安はまずいと思います」と危機感を募らせている。 一般的に円安が進めば輸出企業にとって収益拡大となるが、輸入企業にとってはコスト増となり業績の下押し要因となる。生活必需品の多くは輸入で賄われており、国民生活という観点では円安は明らかに逆風といえる。 1ドル=120~130円のレベルであれば、メリットとデメリットが拮抗していたかもしれないが、150円を超えてくると明らかにデメリットのほうが大きく、経済界もこうした事態を憂慮したものと思われる。 ■飛び交う「片山シーリング」という皮肉なスラング 困ったことに投資家の多くは(時期はともかく)もう一段の円安を見込んでいる。その理由は高市政権が積極財政を掲げているからである。 高市早苗首相は安倍晋三元首相の後継者を自任しており、アベノミクスの復活を表明したほか、財政出動を強化する方針を示している。説明するまでもなくアベノミクスとは意図的に円安と物価上昇を実現する政策であり、ここに大型の財政出動が加われば、理論上、円安はさらに進行する可能性が高い。 当該政策を継続する限り、円安進行は既定路線という状況であり、政府が円安を止める方策は為替介入しか残されていない。市場では介入がどのタイミングで行われるのかを予想するスラングとして「片山シーリング」という言葉まで飛び交っているが、この言葉は言い得て妙である。 シーリングというのはかつて財務省(旧大蔵省)が予算の膨張を防ぐため、各省の要求額に上限を設定する際に使われた用語であり、均衡財政主義の象徴といえる。 片山さつき氏は財務省出身で、かつ財務官僚の中でもエリートとされ、予算査定の責任者である主計官のポストを経て政界入りした。生粋の財務官僚だった片山氏が、政府予算の膨張から円安が進み、為替介入しか下落を防ぐ方法がないというタイミングで財務大臣に就任した皮肉な状況をよく表している。 ■為替介入を行うと何が起きるか? ちなみに為替介入を行うことで一時的に円高に戻すことは可能だが、長期的なトレンドを変えることは難しく、しかも介入を実施するには貴重な外貨準備を大量に放出しなければならない。外貨準備は経済危機や有事の際、国家の命綱となるもので、むやみに浪費してよいものではない。 日本の安全保障上のリスクがこれまでになく高まっている今、為替介入で多額の外貨準備を失えば市場からの信認を低下させるだけでなく、日本の戦争継続能力にも疑問符が付く可能性がある。もう一段の円安を許容して財政出動を強化するのか、物価高を抑制するため円安是正に舵を切るのか、決断すべきタイミングが刻々と迫っている。