【魚拓】Herbert Blumer and the Chicago Tradition: On the Roots of Symboli


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Herbert Blumer and the Chicago Tradition: On the Roots of Symbolic Interactionism
ブルヌマヌ「シンボリック盞互䜜甚論」[1] [2]                   
桑原 叞鹿児島倧孊法文孊郚助教授


キヌワヌド「瀟䌚過皋」「自己」「自然的
探究」「行為者の芳点」
 åº
 Herber George Blumer (1900-19xx), one of the distinguished American sociologists, born in .....
 ãƒãƒŒãƒãƒŒãƒˆãƒ»ã‚žãƒ§ãƒŒã‚žãƒ»ãƒ–ルヌマヌの瀟䌚孊・瀟䌚心理孊に察する貢献は倚岐にわたるが、圌を瀟䌚孊界においお䞀躍その䞭心人物たらしめた功瞟ずしお、「シンボリック盞互䜜甚論〔以䞋、SIず略蚘〕」の定匏化があげられる。「シカゎ孊掟瀟䌚孊」ずの関連でいえば、ブルヌマヌのSIは、「シカゎ孊掟第䞖代」、「シカゎ・ルネサンス」、「シカゎ孊掟の知的遺産の再発芋」、「第次シカゎ孊掟」、「ネオ・シカゎ孊掟」などの名称で蚀及されるこずもある。いずれの名称も、ブルヌマヌのSIが、その「パヌスペクティブず方法」の構築に際しお、初期シカゎ孊掟瀟䌚孊の知芋を倚分に継承しおいるこずを瀺唆しおいる。では、ブルヌマヌのSIはどのような意味で“初期シカゎ孊掟瀟䌚孊”を継承しおいるのであろうか。
 
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 åˆæœŸã‚·ã‚«ã‚Žå­ŠæŽŸç€ŸäŒšå­ŠãŒæœ‰ã™ã‚‹ç€ŸäŒšèªè­˜ã®ãƒ«ãƒŒãƒ„を探ろうずするずき、誰しもたず第䞀に、A・・スモヌルによっお玹介され、その埌、・・パヌクによっお積極的に導入された、G・ゞンメルの瀟䌚孊思想にたどり぀く。個人や瀟䌚を絶察的な統䞀䜓ずしおずらえるのではなく、それらを、諞芁玠間の絶え間ない盞互䜜甚の過皋ずしお芋るゞンメルの考え方が、初期シカゎ孊掟瀟䌚孊では「瀟䌚過皋」の重芖ずしお継承されおいった。“瀟䌚過皋の重芖”ずいうこの芖点は、ブルヌマヌのSIにも、たた前節で觊れられた・・ヒュヌズのSIにも忠実にふたえられ、その埌、双方の匟子筋にあたる・・ベッカヌ次節にも継承されおいる。
 ãƒ–ルヌマヌにおいお、人間の瀟䌚ずは、たず䜕よりも「シンボリックな盞互䜜甚ずしおの瀟䌚」ずしおずらえられおいる。
 äººé–“はみずからを取り巻く瀟䌚的・物的環境に「適応」するそのプロセスにおいお「状況の定矩」をおこなう。・・トヌマスず同様に、この点はブルヌマヌのSIにおいおもふたえられおいる。人間がおこなう「状況の定矩」によっおある䞀定の「意味」が付䞎された瀟䌚的・物的環境は「䞖界」ず呌ばれ、その構成芁玠は、倧別しお、「物的察象」、「瀟䌚的察象」、「抜象的察象」ずいう䞉぀の「察象」にわけられるが、そのなかの䞀぀「瀟䌚的察象」に「他者」ずいう存圚が含たれおいる。人間の適応掻動がそうした他者に察しお向けられるずき、それは“盞互適応”ずいう圢を取るこずになる。ブルヌマヌの描く「シンボリックな盞互䜜甚」ずは、この“盞互適応”の過皋のこずずずらえおたず間違いない。
 äººé–“が営むシンボリックな盞互䜜甚のうち、そこにおいお「有意味シンボル」が甚いられおいるものを指しお、ブルヌマヌは「連結行為」ず呌んでいる。「有意味シンボル」、「連結行為」ずいう抂念はずもに、・・ミヌドから埗た着想であるこずをブルヌマヌは認めおいる。ブルヌマヌにおいおは、連結行為ずは「行為の取匕亀枉」ずも呌ばれおおり、それを指しおブルヌマヌは、「人間の盞互䜜甚の実際のあり方」ず呌んでいるが、ブルヌマヌが「シンボリックな盞互䜜甚ずしおの瀟䌚」ずいうずき、そこでいう「シンボリックな盞互䜜甚」ずは、この「行為の取匕」のこずを意味しおいる。
 ãƒ–ルヌマヌは、この「行為の取匕」を、行為者たちによる「状況の定矩」および「再定矩」を通じお、構成・再構成されおいくものずずらえおいる。ブルヌマヌによれば、「行為の取匕ずいうものは・・・・その生成の過皋で構成され組み䞊げられおいくものだずいうこずである。そしおたさにそれゆえに、行為の取匕は必然的に可倉的な経過を持぀こずになる。人間の盞互䜜甚ずは、お互いの行為に察する定矩ず再定矩ずいう運動を通じお流動しおいくものである。・・・・ひず぀の流動的な過皋ずいう、ここに瀺した人々の結び぀きに関する像が瀺唆しおいるのは、行為の取匕ずいうものが、倚様な方向ぞず展開しおいく可胜性を倚分に秘めおいるものだずいうこずである」(ブルヌマヌ.1991142-143頁)。ここで「状況の定矩」は「他者の考慮」および「考慮の考慮」[3]ずいう圢を取るこずになる桑原叞2003, 59-62頁。すなわち、自分ず盞互䜜甚をおこなっおいる他者たちは“どのような芳点を持った存圚なのか”「盞手の芳点」、たたそうした他者たちから芋お自分は“どのような芳点を持った存圚ず考えられおいるのか”「盞手のパヌスペクティブから芋た自分自身の芳点」、そうしたこずがらを、行為者たちのおのおのが「定矩」ず「再定矩」ずいう営みを通じお構築・再構築するなかで、「行為の取匕」は絶えずそのあり方を倉化させおいく。
 ã€ŒéŽçš‹ã€ã‚’匷調するこうしたブルヌマヌの瀟䌚芳が、単に圌が初期シカゎ孊掟瀟䌚孊の遺産を継承した結果ずしお成立したものであるのみならず、圓時のアメリカ瀟䌚孊界の䞻芁朮流であった、構造機胜䞻矩瀟䌚孊の瀟䌚芳「構造」からの“培底した”差異化を詊みた結果ずしお成立したものでもあるこずはいうたでもない。
 
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 ã€Œè‡ªå·±ã€ãšã¯ã€äººé–“がそうした自己盞互䜜甚をおこなうための手段ずなるものである。換蚀するならば、人間は自己を持぀こずによっおのみ、自己盞互䜜甚をおこなうこずができるようになる。か぀お、・・クヌリヌやミヌドが、デカルト流の物心二元論に異議をずなえ、こうした自己の「瀟䌚性」を匷調したこずはよく知られおいる。呚知のようにクヌリヌは、「鏡に映った自己」ずいう抂念のもずに、自己が他者を鏡ずし぀぀぀くられるこずを明らかにし、たたミヌドは、「プレむ」段階ず「ゲヌム」段階ずいう抂念のもずに、自己が他者たちの「圹割取埗」を通じお぀くられるこずを明らかにした。この二人の匷調する「自己の瀟䌚性」ずいう芖点をブルヌマヌもたた匷調しおいる。瀟䌚的盞互䜜甚は、䞀方で連結行為を生み出し、他方で人間の自己を圢成する。人間の自己は、瀟䌚的盞互䜜甚においお、他者たちが、その人ずの関わりにおいお、その人間に働きかける、その働きかけ方から生じる。これが、呚知の「シンボリック盞互䜜甚論の぀の基本的前提」のうち、その第の前提である「こずがらの意味は、人間がその盞手ずずもにずりおこなう瀟䌚的盞互䜜甚から生たれる」ブルヌマヌ.19912頁ずいう仮説からブルヌマヌが導き出した自己圢成論であった。
 
 ã€Œè‡ªç„¶çš„æŽ¢æ±‚」
 ãƒ—ラグマティズム哲孊においおは、科孊ずは、「日垞生掻における諞問題から立ち珟れ、その問題の解決に向けられる」営みずしおずらえられおいた。「問題的状況」の克服、ずいう機胜をになう科孊ずいう営みを、プラグマティズム哲孊は「人間の知識がそうあるべき雛圢ずしおずらえおいた。同時にかれらは、人間の知識を発展するものずしお、その結果ずしお、人間同士の盞互適応および人間の環境に察する適応を挞進的に促進するもの」(Hammersley, M., 1989, p.46)ずしおずらえおいた。こうした科孊芳は初期シカゎ孊掟瀟䌚孊に匷い圱響を䞎え、その圱響はブルヌマヌの科孊芳にも色濃くあらわれおいる。
 ç§‘孊ずいうものを“行為者たちが日垞的におこなっおいる行為問題解決掻動を掗緎させたもの”ずずらえ、その効甚を人間による皮々の環境に察する適応理解ずコントロヌルの促進に求める、ずいうブルヌマヌの科孊芳は、圌の論文「抂念なき科孊」幎に最もよくあらわれおいる。
 äººé–“は県前の環境に適応する際に「知芚」をおこなう。人間が知芚するこずがらは、その人間がおこなっおいる掻動から生たれ、その掻動ず深く結び぀けられおいる。知芚は個人の掻動を組織化する。それは個人がおこなっおいる掻動ず環境ずの盞互䜜甚から生たれ、その掻動の経過を方向づける機胜を持぀。この知芚ずいう営みは、ある䞀定の「抂念」にもずづいおおこなわれるが、既存の抂念が適応の道具ずしおうたく掻甚され埗ないずきがある。人間の堎合、このような状況においお既存の抂念を再構成するプロセスが立ち珟れるこずになる。ブルヌマヌのいう「認識」の過皋がそれにほかならない。認識の過皋はそれたでに芋いだされなかった行為の方向づけや、行為の組織化を可胜にする。この認識の過皋によっお既存の抂念が適応の道具ずしお䞍完党なものであるこずが明らかになれば、今床は、その認識の成果が既存の知芚様匏ぞず還元されおいく。すなわち、個人がいだいた認識がその個人の知芚を再圢成するのである。認識の過皋ずは、知芚の単なる埋め合わせなのではなく、“知芚を圢成する営み”なのである。このように、認識の過皋を通じお、既存の抂念は再構成され、再構成された抂念は新たな知芚を導く。人間ず環境ずの関係に関するこうした考え方を、ブルヌマヌは、・ゞェヌムズらを先駆ずし、・デュヌむらによっおその基瀎が確立された機胜䞻矩心理孊ずプラグマティズムの考え方から孊んだものであるこずを認めおいる。このような「知芚」、「認識」ずいう営みは絶えるこずなく続く。その意味で、人間が持぀抂念ずはい぀たでも「仮説」ずしおの性栌を持ち続けるこずになる。人間が甚いる抂念には「垞識的抂念」ず「科孊的抂念」の二぀があり、埌者の抂念が甚いられる「科孊」ずいう営みにおいおは、科孊者は既存の抂念の「再構成」ずいう営みを、より掗緎された圢で、より積極的におこなわなければならない。そうしお圢成された科孊的抂念は、人間による環境の理解ずコントロヌル、すなわち環境に察する人間の適応をよりいっそう促進するこずになる。科孊者によるこうした営みを、ブルヌマヌは、パストゥヌルや、ガリレオ、ニュヌトン、そしおダヌりィンなどの自然科孊者の研究行為を䟋に取りながら説明しおいる。この論文でブルヌマヌが最も匷調しようずしたこずは、「科孊における抂念の䞍適切な䜿われ方の倧半は、抂念が経隓の領域から離れお䜿われた堎合に生じる」ブルヌマヌ.1991219頁ずいうこずであり、この芋解をもずにブルヌマヌは、圓時の瀟䌚孊界を、「瀟䌚孊は最倧数の抂念ず最小の知識を持っおいる」ブルヌマヌ.1991220頁ず批刀しおいる。
ブルヌマヌがその䞻著『シンボリック盞互䜜甚論』幎の第章「シンボリック盞互䜜甚論の方法論的な立堎」でかかげる「自然的探求」ないしは「探査ず粟査」ずは、䞊蚘の“再構成”掻動に䞎えられた別の名称にほかならない。ブルヌマヌは、幎に発衚された論文「ルむスに察するコメント」のなかで、この自然的探求ずいう営みを指しお「研究の指針ずなる抂念ず経隓的芳察ずの“絶え間ない盞互䜜甚”」ず衚珟しおいるが、この「絶え間ない盞互䜜甚」においお科孊者瀟䌚孊者が抂念を甚いる“その甚い方”ずしおブルヌマヌが提瀺するのが、呚知の「感受抂念」法である。すなわち、「〔内容が厳密に定められた〕抂念がも぀抜象的な枠組みのなかに事䟋を埋め蟌むのではなく、〔その内容が倧たかな〕抂念から出発しお、事䟋の持぀個々の独自な有り様ぞず至らなければならない」ブルヌマヌ.1991194頁ずする抂念の“甚い方”を、ブルヌマヌは提唱しおいるのである。
 åˆæœŸã‚·ã‚«ã‚Žå­ŠæŽŸç€ŸäŒšå­ŠãŒãšã‚‰ãˆãŸã‚·ã‚«ã‚Žçš„䞖界ずは、西欧・北欧・東欧・南欧などからの倧量の移民の流入によっおもたらされた「共通に芋られるような習慣はほずんどない」䞖界、「コスモポリタンな䜏民たちを䜕らかの共通の目的に結束させるような共通の芋方も存圚しない」䞖界、「そこに䜏むたいおいの人々が非垞に倚様な階玚ず皮類からなる」䞖界であったゟヌボヌ..1997xiii-xivに掲茉のパヌクによる序文。県前の珟実を、こうした倚様性ず異質性に満ちた領域ずずらえ、そうした領域にトヌマスは「瀟䌚解䜓」や「瀟䌚再組織化」ずいった抂念で、たたパヌクは「応化」や「同化」ずいった抂念で迫っおいった。そうしたトヌマスやパヌクの持぀珟実感芚や研究姿勢に賛同するブルヌマヌもたた、「珟実の珟れ方は事䟋ごずにさたざたであるから、われわれが、固定化された客芳的な特質・様匏を持぀衚珟方法にではなく、倧たかな指針に頌らなくおはならないこずは明らかである」ブルヌマヌ.1991194頁ずする考えのもずに、「定矩的抂念」の䜿甚をしりぞけ、「感受抂念」の䜿甚を支持する結論にたどり぀いたこずはむしろ圓然のこずだずいえるであろう。
ブルヌマヌは、その䞻著『シンボリック盞互䜜甚論』前掲の第章の結論郚においお次のように述べおいる。
「私の結論は・・・・極めお短いものである。それは䞀぀の単玔な呜什法で衚珟するこずが出来る。すなわち、経隓的䞖界の特性を尊重し、そうした姿勢を反映するような方法論的な立堎を確立せよ。シンボリック盞互䜜甚論がなしずげようずしおいるこずはたさにこのこずであるず私は思う」ブルヌマヌ.199176頁。
ブルヌマヌの提瀺する「自然的探求」法ずは、こうしたブルヌマヌの「経隓的䞖界に密着」(down-to-earth)ブルヌマヌ.199160頁しようずする思いが方法論思想ずしお結実した䞀぀の圢にほかならない䞊蚘の「経隓的䞖界ず科孊者ずの関係」に぀いおのブルヌマヌの考え方が、埌続するSI論者たちによっおどのように継承されおいったのか、その劂䜕に぀いおは、䌊藀勇、2001が詳しい。
 
 ã€Œè¡Œç‚ºè€…の芳点」からのアプロヌチ初期シカゎ孊掟瀟䌚孊の゚ヌトスの継承
 ãƒ–ルヌマヌのSIにおいお、瀟䌚ずは、人々が状況の定矩ず再定矩他者の考慮、考慮の考慮ずいう営みを通じお、日々、構成・再構成しおいる「連結行為」が盞互に折り重なっおいくプロセス「瀟䌚過皋」ずずらえられおいる。人々は「自己盞互䜜甚」を通じお「状況の定矩」をおこなうが、そうした「自己盞互䜜甚」は、人々が「自己」を持぀こずによっおのみ可胜ずなる。「連結行為」ず「自己」はずもに「瀟䌚的盞互䜜甚」をその発生母胎ずしおいる。これが先に芋たブルヌマヌの瀟䌚芳であった。こうしたパヌスペクティブをたずさえ、先に描写した「自然的探求」を実践しようずするならば、研究者は必然的に「行為者の芳点」から瀟䌚にアプロヌチするこずを求められる。このようにブルヌマヌは考えおいる。
 è¡Œç‚ºè€…の芳点からのアプロヌチずいうこずで意味されおいるのは、研究者が研究察象ずなる行為者の圹割を取埗する、ずいう営みである。その点に぀いおブルヌマヌは以䞋のように述べおいる。
「シンボリック盞互䜜甚論の立堎から研究者にもずめられるのは、人々がそれを通じおみずからの行為を構成する解釈の過皋〔自己盞互䜜甚〕を把握するずいうこずである。・・・・この過皋を把握するためには、研究者は、みずからが研究しおいる、行動䞻䜓ずしおの掻動単䜍〔行為者、集団〕の圹割を取埗しなければならない。・・・・この過皋は、掻動単䜍の偎から芋られなくおはならない。こうした事実を認識しおいたからこそ、・・パヌクや・・トヌマスずいった孊者の調査研究は、あれほど優れたものずなったのである」ブルヌマヌ.1991111-112頁
[4]。
 ã™ãªã‚ã¡ã€äžŠèš˜ã®èš€æ˜Žã¯ã€ç€ŸäŒšå­Šè€…研究者がみずから連結行為のなかに分け入り、「他者の考慮」や「考慮の考慮」をおこなえ、ずいう方法論的芁請にほかならない。ブルヌマヌが、トヌマスず・・ズナニ゚ッキの共著『ペヌロッパずアメリカにおけるポヌランド蟲民』幎から瀺唆を受け、その有効性を制限぀きずはいえ高く評䟡した「ヒュヌマン・ドキュメント」の掻甚も、その芁請を実行する手段の䞀぀である。ブルヌマヌのSIが初期シカゎ孊掟瀟䌚孊より継承した゚ヌトスの最たるものずは、この意味での「行為者の芳点」からのアプロヌチであった。通垞、ブルヌマヌのSIは「䞻芳䞻矩」におちいっおいるものず批刀されるこずが倚いが、䜕もブルヌマヌは、行為者の䞻芳「行為者の芳点」を“絶察芖せよ”、ず䞻匵しおいるわけではない。あくたで瀟䌚孊理論の構成に際しお行為者の䞻芳を“軜芖しおはならない”ず䞻匵しおいるのである。“生の”[5]行為者の䞻芳を取り䞊げ、それを分析の察象ずする。こうした鉄則が遵守されおいない研究のあり方こそ、ブルヌマヌの県からするならば「最悪の䞻芳䞻矩」におちいるこずになる。圓時のアメリカ瀟䌚孊の研究手法ずしお優勢な䜍眮を占めおいた瀟䌚孊的実蚌䞻矩操䜜䞻矩を念頭におき぀぀、ブルヌマヌは以䞋のように述べおいる。
 ã€ŒæŽ»å‹•単䜍の圹割を取埗せずに、いわゆる『客芳的』芳察者の超然ずした姿勢で、解釈の過皋を把握しようずするこずは、最悪の䞻芳䞻矩におちいる危険性をおかすこずになる。ずいうのも、客芳的芳察者なるものは、解釈の過皋を、それを実践する掻動単䜍のなかで生じるものずずらえず、かわりに、自分自身の圓お掚量でその過皋を充圓しおしたうからである」ブルヌマヌ.1991112頁。
 çœŒå‰ã®ç€ŸäŒšçš„盞互䜜甚に研究者がみずから分け入り、人々が日々、瀟䌚を぀くっおいく、その営みを実䜓隓せよ、ずいうブルヌマヌの䞊蚘の芁請は、たぎれもなく、初期シカゎ孊掟瀟䌚孊の゚ヌトスである「垂井に飛び蟌む瀟䌚孊」を忠実に継承した結果であるずいえよう。
This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Number JP25K05540.

匕甚文献
原曞のみを参照。ブルヌマヌ.著、埌藀将之蚳『シンボリック盞互䜜甚論パヌスペクティノず方法』勁草曞房、1991。
Blumer, H.G., Athens, L.H., (ed.), Blumer's Advanced Course on Social Psychology,
Studies in Symbolic Interaction, 14, 1993, pp.163-193.
Hammersley, M.,
The Dilemma of Qualitative Method: Herbert Blumer and the Chicago Tradition, Routledge, 1989.
䌊藀勇「シンボリック盞互䜜甚論における質的研究論争ポストモダン掟ず盞互䜜甚論掟ずの応酬」、船接衛線『アメリカ瀟䌚孊の朮流』恒星瀟厚生閣、2001、171-188頁。
 æ¡‘原叞「『盞互䜜甚』ず『合意』『合意』把握ぞのシンボリック盞互䜜甚論からの接近」、『瀟䌚分析30』日本瀟䌚分析孊䌚、2003、57-74頁。
 Kuwabara, T., 2000, The Sociology of Social Processes, The Doctoral Dissertation, Tohoku University[6].
 --------, 2001, Introduction to a Sociological Perspective of Symbolic Interactionism (3) (The Summary of a Doctoral Dissertation, Tohoku University), Journal of Economics and Sociology, Kagoshima University, 54: 69-86.[7] 
 --------, 2003[8]=2019,“Symbolic Interactionism Notes” Web Release, Journal of Economics and Sociology, Kagoshima University, 93: 33-39.[9]
 --------, 2025, 「Errata List (2001–2003)」Discussion Papers In Economics and Sociology, 2501: 1-25[10].[11]
   -------- and Ken'ichi Yamaguchi, 2013, An Introduction to the Sociological Perspective of Symbolic Interactionism, The Joint Journal of the National Universities in Kyushu, Education and Humanities, 1(1): 1-11.
 ïŒ·ang, Y., 王 犹欢、2025幎「䞭囜人劎働者の適応に関する瀟䌚孊的研究」鹿児島倧孊倧孊院人文瀟䌚科孊研究科修士孊䜍論文[12]。
 åŽŸæ›žã®ã¿ã‚’å‚ç…§ã€‚ã‚ŸãƒŒãƒœãƒŒïŒŒïŒš..著、吉原盎暹・桑原 叞・他蚳『ゎヌルド・コヌストずスラム』ハヌベスト瀟、1997。

[1] ãªãŠã€æœ¬è«–は、次の拙皿に若干の加筆・補正を斜したものである。桑原叞「初期シカゎ孊掟瀟䌚孊ずブルヌマヌのシンボリック盞互䜜甚論」, Discussion Papers In Economics and Sociology, No.0203, The Economic Society of Kagoshima University, 2002.
[2] Translated into English by Crimson Interaction Japan.
[3]  Taking into account of taking into accountの詳现に぀いおは、Kuwabara and Yamaguchi (2013: ); Kuwabara (2001: ); Kuwabara (2019: )を参照のこず。
[4] ã“の手法を䜿った、日本ぞの倖囜人移民に関する研究䟋ずしお、Wang (2025)を参照のこず。
[5] ã‚·ãƒ³ãƒœãƒªãƒƒã‚¯ç›žäº’䜜甚論の手法により、「生の」行為者の䞻芳、すなわち、行為者の圹割それ自䜓を取埗できるのかどうかに぀いおは、倧いに議論の䜙地がある。この点に぀いおは、Kuwabara (2000:https://web.archive.org/web/20240819072034/https://archive.ph/GXuzI#selection-863.1-863.261)を参照のこず。
[7] ãªãŠã€æœ¬è«–の正誀衚に぀いおは、Kuwabara (2005: x-Z)を参照のこず。
[11] http://hdl.handle.net/10232/0002001034
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