「と、とりあえず落ち着きなさい。」
怒りに呑まれそうになっているデデデの前に、ヒナが片手をかざして制した。
「そういう話は、万魔殿にこの件を報告してから――」
そう言いかけた瞬間、ヒナの脳裏にくっきりとマコトの顔が浮かぶ。
――おい! そんな荒唐無稽な話、このマコト様に信じろというのか!?――
(……絶対、こう言うわね)
連日の業務で肉体的にも精神的にも疲れ切っているヒナには、その光景が恐ろしく鮮明に想像できてしまった。
(……めんどくさい)
そんなヒナの思考を破るように、隣の牢屋から声が飛んできた。
「わ、私たちも協力させてくれ!」
カスミだ。
「ゲヘナ全体が寒くなったせいで温泉もまともに掘れないんだ。私たちとしても、この現象は早く消えてほしい!」
「あなたは黙ってなさい。」
ヒナの視線が突き刺さり、カスミは即座に萎縮する。
「ひっ、ひいぃ!!」
ヒナは軽くため息をつき、再びデデデの方へ向き直る。
短い沈黙のあと、慎重に問いかけた。
「ねぇ。そのアイスドラゴン……そして、ダークマターってどれくらいの強さなの?」
デデデの表情が、ほんのわずかに陰った。
「アイスドラゴンは大した相手じゃない。だが……ダークマターは俺様でも勝てなかった……」
重く落ちるその言葉に、ヒナの隣に立っている風紀委員が息をのむ。
そして、デデデは小さな声で続けた。
「あの時は、カービィがいたから……」
(カービィ……?)
ヒナの眉がぴくりと反応する。
また一つ、未知の存在の名前が出た。
しばらく考え込む時間が落ちる。
そしてヒナは静かに口を開いた。
「……わかったわ」
視線が一斉にヒナへ向く。
「温泉開発部とあなたで、アイスドラゴンを抑えて。――“ダークマター”は、私が対処する。」
牢の空気が、一瞬で張り詰めた。
ヒナは、一切の迷いも恐れも見せていなかった。
「い、委員長!? よ、宜しいのでしょうか!?」
隣にいた風紀委員が声を裏返らせる。
「このことを知っているのは、この場の人間だけ。風紀委員長としてではなく、“私個人”として行動するのであれば問題はないわ」
「は、はぁ……」
「あなたには申し訳ないんだけど、万魔殿に報告はしないでちょうだい。」
その言葉を聞いた隣の牢から軽快な声が響いた。
「な〜るほど!この一件全体を、私たち温泉開発部が独断で解決したことにする――ってわけだな!」
カスミが得意げに笑う。
ヒナは無言。
ただゆっくりと、カスミに視線を向けた。
「聞こえなかったかしら? あなたは黙ってなさい。」
「ひいっ!!」
「さ、行くわよ。」
その後、ヒナは踵を返し風紀委員を連れて部屋の外へ出て行った。
扉が閉まる音が響き、牢屋は再び静寂に包まれる。
「お、おい!ちょっと待て!ワシたちはどうやってここから出るんだ?」
デデデが鎖に巻かれたまま叫ぶ。だが返答は無かった。
隣の牢屋のカスミが腕を組み、うーんと唸った。
「う〜む……ん? これは……?」
床に、かすかに光る何かが落ちているのが目に入った。
カスミは鉄格子の隙間から尻尾を伸ばし、器用にそれを手繰り寄せる。
「こ、これは……牢屋の鍵の束……!!フフフ……!!!“たまたま落としていった”というわけか……!!」
意味深な笑みを浮かべつつ、カスミは自分の手錠を手早く外し、牢の扉の鍵も開けた。
扉が軋みながら開く。
カスミは慎重に通路を覗き、見回りの気配がないことを確認した。
「……よし。今のうちだな」
カスミはそのまま別の牢へ歩き、次々と鍵を回していく。
ガチャリ――。ガチャリ――。ガチャリ――。
「ありがとう部長!」「助かったぁ!」「自由だー!!」
解放された温泉開発部の部員たちが喜びの声を上げる。
「ほいっと」
続いて、デデデの鎖の固定具も器用に外していく。
「よし、これで自由だ。しかし……ここからどうするんだ?普通に出て行っても見つかると思うのだが……」
デデデの疑問に、カスミはにやりと笑った。
「お忘れかい? 私たちは温泉開発部。どんな時でも温泉を掘れるように採掘用具は常備しているのだよ!」
カスミの服の中から、小型ドリルがにゅっと出てくる。
続いて部員たちも、どこから取り出したのか分からないシャベルやツルハシを構えた。
「そして、この程度のコンクリート壁などどうってことはない!ゲヘナ校舎付近の地下構造など、地図を見ずともわかる!!」
カスミの目がギラリと輝く。
その背後では部員たちがシャベルを固く握りしめる。
「――行くぞ、皆!!」
「「「おおおーーーー!!!!」」」
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「い、委員長……よろしかったんでしょうか……?」
本校舎へ向け歩き出した帰り道、おそるおそる隣を歩く風紀委員が口を開く。
「何のこと?」
ヒナは振り返らず、淡々と返した。
「い、いえ……その……牢の前に……鍵の束を……」
風紀委員が言い切る前に、ヒナはさらりと遮った。
「ああ。ごめんなさい。――“鍵を落としてしまった”わ」
ヒナの声は相変わらず平坦で、
その目は一切の動揺を見せていない。
「……お、落としてしまった、ですか……?」
「ええ。だから後で反省文を書かないとね」
そう言って、ヒナはほんのわずかに目を細める。
その横顔には、どこか遠い記憶を思い返すような影があった。
(……反省文なんて書くの、いつぶりかしら……)
ヒナのため息めいた心の声をよそに、風紀委員は何も言えずに小走りでついていくのだった。