高市内閣の帰化厳格化案が機能しない理由――体験者が語る、日本帰化の現実
「帰化」――。島国・日本において、この言葉はあまりに馴染みがない。無理もない話だ。大多数の日本人にとって、それは一生関わることのない未知の制度だもの。だからこそ、昨今の政治議論では、実態とかけ離れた根拠の薄い憶測が多く飛び交ってしまっている。
「—日本の帰化制度は世界一緩い!」、「—国会議員の8割は帰化人だ!」、「—いやいや、日本は一番厳しい!」、「—日本は差別大国だ」等々、SNS利用者なら誰もが、一度くらいこういった感情論を見たことがあるだろう。
13歳の時から日本への移住を目指し、19歳の時に単身来日し、そして2024年10月、ついに日本国籍を取得した著者が、この記事で帰化制度を巡る様々な誤解を解き、実体験に基づいて現状と問題点を徹底的に解説する。
帰化とは…?
帰化の法的な意義
多くの人々は帰化のことを、単なる「永住権の延長」や、外国人の在留資格の一種程度に捉えている。しかし、これは完全な誤りだ。
帰化とは日本国民になることであり、法務大臣の許可が下りて官報に名前が載った瞬間から、外国人としての登録が解消することになり、その代わりに戸籍が編成され、法的には生来日本人と100%同じ身分になる。したがって、国民としての全ての権利と義務を背負い、国家機関から外国人扱いされることは一切なくなる。
代表的な例として、参政権・被参政権を得る、公務員になる資格を持つ、いかなる理由でも強制送還されないなど、国民固有の権利をすべて行使できるようになる。つまり、法的な意味での区別は完全に消える。永住許可と帰化を比喩表現で表すなら、「無期限にアパートを貸す(賃貸)」と「養子縁組して家族になる」くらいの違いがある。これは日本独自のシステムではなく、いずれの先進国でも共通する帰化の本質。
逆に言うと、出自を理由に国民の権利に差をつけることは、日本国憲法によって明確に禁止されている。
第十四条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
第四十四条
両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。
但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
冒頭で言ったように、帰化=国民になることであり、帰化者も一国民としてこれらの条文により権利が保障される立場になる。より正確に言うと、「帰化人」や「帰化者」はあくまでも利便性のために使われる造語であり、法的な身分として存在しない概念である。
なので、色々な悪さをした帰化者を理由に帰化一世の参政権の制限を求める声もあるが、そのためには①憲法改正して出自による差別を可能にするか、②帰化制度自体を廃止し、「準国民」や「二等国民」など、新しい制度を作る必要がある。なお、法の不遡及の大原則により、すでに国民になった人の地位を、後から遡って変更したり剥奪したりすることもできない。
そしてとても大事なポイント。日本国は二重国籍を認めていない。日本に帰化する=他の全ての国々と法的な縁を切ることを意味する。逆に、母国の国籍離脱証明書を提出しない限り、帰化の許可をもらうことができない。
帰化取り消しの前例がない理由
この「二重国籍を認めない」ルールは、日本に帰化制度ができた明治5年(1872年)以降、取り消しの前例が一つも存在しない最大の理由である。
日本国籍を剥奪したところで、元の国籍に自動的に戻るわけではない。単に無国籍状態になる。元母国を含めて、世界の全ての国々から外国人扱いされ、強制送還できる場所はない。
そして、第二次世界大戦後の大量無国籍者問題(数百万規模)を受けて、1961年に「無国籍状態の削減に関する条約」が国連の全権代表会議で採択され、無国籍者を減らすことは国際的な取り組みとなった。それによって懲罰的な帰化取り消し=国籍剥奪のハードルがさらに上がった。
第9条
締約国は、人種的、民族的、宗教的又は政治的な理由に基づいて、いかなる個人又は個人の集団からも国籍を奪うことはできない。
一応、理論上の例外もある。帰化許可も国の「行政処分」である以上、その前提が崩れれば取り消しの対象になり得るからだ。 例えば、申請時にテロ歴を隠すなどの重大な嘘をついていた場合、それは行政法でいう「欺罔(ぎもう)」にあたり、不正に得た許可として無効化できる法解釈は存在する。無国籍状態の削減に関する条約もそれを許している。
第 8 条 1 【省略】規定にかかわらず、次の場合には、締約国は、個人からその国籍を 剥奪することができる。【省略】
(b) 国籍が虚偽の表示又は詐欺によって取得された場合
「スパイ防止法」不在の代償
ところが、この条約には例外規定があり、(条件付きではあるが)以下の場合には懲罰的な国籍剥奪が容認されている。
第8条 3 【省略】
(i) 締約国の明示の禁止を無視して、他の国に対して役務を提供したか、若 しくは引き続き役務を提供していること、または他の国から給与を受領したか、若しくは引き続き受領していること。 (ii) 国家の重大な国益を深刻に害するような行為を行ったこと。
(b) 当該個人が、他の国に対する忠誠について宣誓を行ったか、若しくは正式な宣言をしたか、又は締約国に対する忠誠を拒否する決意の明白な証拠を示したこと。
そう、いわゆるスパイ行為だ。国際条約上は、国益を害する裏切り者から国籍を剥奪することが認められる。しかし残念ながら、日本にはこの「権利」を行使するための国内法が整備されていない。「スパイ防止法」が存在しないため、どのような行為が「国の重大な利益を害する」のか定義されておらず、また帰化時に米国のような「忠誠の宣誓」も求められないため、「忠誠拒否」を立証することもできない。 武器はあるのに、使うための引き金がない状態なのだ。よって、現時点でこの規定を適用する法的根拠は皆無に等しい。
では、どうすれば…?帰化要件の現状と問題点
これまでに語った通り、帰化者の権利を制限することも、帰化を取り消すことも、現行憲法下ではほぼ不可能。取返しの付かない判断と言っても良い。だからこそ、審査の段階でより厳しい条件を設け、より厳密に審査を行うしかない。国家は国民を差別することはできないが、誰を新しい国民として迎え入れるか、誰を歓迎しないか、かなり自由に決めることができる。
現在の帰化要件
国籍法は以下の帰化要件を定めている。
ネット上ではよく、「永住許可よりも帰化の方が要件が緩い」という主張が見られる。その根拠として、大抵このような比較表が提示されることが多い。。
ご覧の通りだ。 確かに、表面上の数字である「居住要件」(永住10年に対し帰化5年)や、身元保証人の有無だけを見れば、そう感じるのも無理はない。 しかし、法的な性質や実際の審査実務まで掘り下げると、一概に「帰化の方が簡単」とは言えない現実が見えてくる。
最大の違いは、許可のプロセスにある。
永住許可はあくまで「在留資格変更」の一種であり、明確なガイドラインが存在する。基本的には条件さえ満たせば許可されるものであり、万が一不許可になっても、入管でその理由(年金の未納、収入不足など)を聞き出し、再申請への対策を練ることが可能だ。
対して帰化は、完全に法務大臣の自由裁量なのだ。これは、申請者が全ての形式的条件を満たしていたとしても、国側の判断で拒否できることを意味する。しかも、不許可の理由は一切開示されない。
さらに審査対象は、収入や居住歴といった数字で測れるものだけではない。近隣住民との関係、地域社会への参加度、倫理観といった「主観的な要素」までもが審査することができる。
例えば、安定した職業を持ち、年収1000万で、犯罪歴ゼロでも、「複数の女性と結婚せずに子供を作った」事実が判明したら、「社会的倫理基盤から外れている」として拒否されることもある。
「帰化の方が簡単」という説は、あくまで「申請を受け付けてもらうための入り口(居住要件など)」が低いというだけの話であり、「出口(許可)」にたどり着くための審査の不透明さや精神的な重圧は、帰化の方が遥かに重い。
とはいえ、制度上は国家に有利な状態になっていても、実際の運用に表面的な部分があるのも否めない。次章では、私が体験した実際の審査現場について語ろう。
私の実体験 - 申請
私は2024年1月に申請書を提出し、6月に面接を終え、8月に「内定」を受け、同年10月に日本国民となった。実はこれ、特別永住者ではない一般の外国人としては、かなり異例なスピードだと言われる。 通常は申請から許可まで最低でも1年。長ければ1年半、場合によっては2年以上待たされることも珍しくないからだ。
私の場合、成人してから一度も日本の地を離れておらず、日本政府にとって経歴の空白期間がなかったことが、早期許可に繋がったのだろう。とはいえ、「早い」とは感じなかった。
一つの理由は、申請書を提出してから面接まで、面接から結果まで、基本的に連絡が一切来ない。 電話しても無駄、進捗を確認する術はない。ただひたすらに、不安を抱えながら待つだけの日々だ。そして二つ目の理由は、申請に必要な膨大な書類を集めるのには、実に5ヶ月を要した。そう、審査期間の半分にも匹敵する時間を、準備だけで費やしたことになる。
申請書、家族の概要、生まれた時から現在までの履歴書、動機書、本国からの国籍証明、本国のパスポート、本国の出生証明書、親の婚姻証明書、母の死亡証明書、父親手書きの申述書(私の知らない兄弟がいないという約束)、住民票、在留カード、生計の概要(収入に見合った生活を送っている証明)、在勤及び給与明細書、源泉徴収票、納税証明書その1,納税証明書その2,住民税の納税証明書、住民税の決定証明書、被保険者記録照会回答票、健康保険証、運転免許経歴証明書、大学の卒業証明書、部屋の賃貸契約書、全ての銀行口座の通帳コピー、確定申告、確定申告を裏付ける支払調書、日本の生活に馴染んでいることを証明する写真(彼女や友人となど)、直近3年住んだことある全てのアパートの居宅付近の略図、勤務先付近の略図、日本語能力試験の合格証明書。
提出していない書類を教えた方が早い。
ちなみに、申請先の法務局はいつも予約でいっぱいなので、足りない書類があると「これじゃ受け付けできないね。また二か月後にご持参ください!」と言われることもあるそうだ。
そして、もし家族や同居人がいたら、その人の分も、全部同じ書類の提出が求められる。帰化の審査対象は世帯なので、自分に問題なかったとしても、奥さん等が税金を滞納したことあれば、「巻き込まれ事故」で不許可になる。
帰化面接で聞かれること
一言で言おう。それは「金」だ。金銭事情は徹底的に調べられる。通帳の全ての入金と出金が計算され、確定申告と百円の差でもあれば、問い詰められる。
私の場合、会社で勤めながら、入管庁からの業務委託で通訳人としても勤め、SNSの収益があって、たまに印税や講演報酬も入っていた。全て1円単位まで計算され、申告漏れがないか確認された。
そして面接の時に、10年前にラーメン屋でアルバイトしていた時の時給とシフトと合計月収まで聞かれた。留学生には「週28時間以内」という就労制限があり、「オーバーワークしていなかったか」の確認。嬉しいことに、10年経っても忘れられないほど体力的にきついアルバイトだったので、覚えていた。でもそこで曖昧な回答したり、慌てて間違った金額を言うと、マイナス評価 or 不許可。
ところで、通帳と支払調書が確認されるだけではなく、昨年収入を得た全ての勤務先に電話がかかり、労働実態・報酬・シフト・仕事の態度が聞き取り調査される。疑いがある場合(事務として雇われているけど、実際には現場労働しているじゃないか?等)、調査員が職場に来ることもあり得る。隣人に「この人、問題起こしていませんか?」と聞かれることも。
補足:ただし、ここで一つの例外がある。特別永住者の場合、通名などを使って周囲に外国人だとバレないように生活する方もいるため、国家が配慮して、基本的に聞き取り調査を行わない方針を取っている。
言うまでもなく、税金関係ではどんな細かいミスでも見逃されることない。年金、健康保険、住民税の滞納=即不許可。
帰化面接で聞かれないこと
そして、ここからがこの記事の核心だ。 1時間以上続いた面接の中で、私は収入や税金、過去のアルバイトについて全てを語らされた。ところが、「なぜ日本に帰化したいのですか?」という質問は、ただの一度もなかったのだ。
帰化の動機、日本への思い、日本文化への理解、日本社会に関する知識……。すなわち、国民として最も大事な部分である「アイデンティティ」に関する質問は皆無だった。提出した動機書の内容に触れられることすらなかった。極論を言えばこうだ。 「日本も日本人も大嫌い! 嫌いすぎて、政治参加によって日本社会に嫌がらせをしたいから国籍が欲しい。でも、税金だけは完璧に納めてきた正社員」。現行のシステムでは、このような人物であっても帰化が許可される可能性が十分にある。いや、不許可にする根拠がないのだ。
ところで、特別永住者の場合、動機書の提出すら不要。
これこそが、現行制度の最大の欠陥だ。 国は、心(アイデンティティ)を見ずに、財布の中身だけを見ている。政府は、日本を愛し共に国のために頑張る「同胞」ではなく、ただ黙って高い税金を払い続ける「奴隷」を欲しがっているに過ぎない。これでは、「パスポートという利便性が欲しいだけ」、「日本は嫌いだが国籍があった方が便利」、「参政権を行使し、日本を自分たちの都合の良い国に変えたい」……。 そんな不純な動機を持つ帰化者を、水際で阻止することは絶対にできない。
高市内閣の帰化要件厳格化案が機能しない理由
では、反日帰化者に対する国民の不満を受けて動き出した「高市内閣」の厳格化案は、果たしてこの現状を改善できるのだろうか? その中身を検証してみよう。
改正の内容
政府関係者によりますと、政府は「帰化」に必要な居住期間の要件を、現行の5年以上から10年以上に引き上げる方向で検討しているということです。
また、「ビザ更新料を数倍にする」という案も挙がっているそうだ。
ご覧の通りだ。 残念ながら、真っ先にメスが入ったのは、最も表面的で、最も本質から遠い部分だった。これ以上に、「やっている感」だけを演出し、実態を何も改善しない策を探すほうが難しいだろう。
断言しよう。 スパイ防止や安全保障の観点から言えば、この「期間延長」は無意味だ。
もし敵性国家の工作員が、破壊工作目的で帰化を図るとしよう。彼らは最初から長期戦を覚悟している。「10年」など誤差の範囲だ。 組織的なバックアップがあるため収入は安定しており、目立たないよう細心の注意を払うため、交通違反のような凡ミスで足がつくこともあり得ない。
具体例を挙げよう。 熱海市長選への出馬を表明し、反日的な言動で物議を醸した中国系活動家・徐浩予氏。彼もまた、来日10年以上で、会社を経営する資産家なわけだ。この改正案の基準だど、彼のような人物は余裕でクリアしてしまう。
過去を振り返ってもそうだ。北朝鮮による日本人拉致事件。 実行犯を手引きした協力者の中には、日本で生まれ育った在日外国人がいた。「日本居住歴の長さ」と「日本への忠誠心」は、何の関係もないことの証明ではないか。
では、工作員の帰化を防げないのなら、この改正はいったい誰を防ぐためのものなのか?おそらく一番割を食うのは、工作員でも反日でもなく、 心から日本を自国に思い、日本人になりたいと願っているが、リストラやコロナ禍などの不可抗力で一時的に収入が減ったり、うっかり税金の支払いが遅れてしまったりしただけの「普通の人」だ。 悪意あるプロはすり抜け、素人が排除される――それが表面的な改正の結末だ。
本当にやるべきこと。帰化者の提言。
とはいえ、「日本への熱い思いさえあればそれで十分か」と問われれば、答えはNOだ。 感情や精神論だけでなく、主権者として当然持つべき「質(能力)」も、厳しく問わなければならない。私の提案は以下の通りだ。
第一。日本語能力の要件見直し。
第2章で触れたように、現在、帰化希望者に求められる日本語能力は、明文化されていないものの実質「小学生程度」とされている。 しかし、よく考えてみてほしい。 帰化の最大の本質は、単に日本で便利に暮らすことではなく、参政権・被選挙権を得て、日本の未来を左右する「有権者」になることだ。
小学生レベルの日本語力で、果たしてその重責を担えるだろうか? 新聞の社説を読み解き、各政党の公約を比較し、最高裁判所の国民審査で判断を下す。これらはすべて、高度な日本語読解力がなければ不可能だ。
政治的な議論を理解できず、日本語のニュースソースから一次情報を得られない国民が増えればどうなるか。 彼らは母国のメディアや、特定の外国語コミュニティ内の偏った情報だけに依存して投票行動を行うことになるだろう。それは、日本の国益よりも、出身国の利益や特定集団の意思が、日本の政治に直接反映される危険性を意味する。
「日本で生活できればいい(生存のための日本語)」と、「日本国民として主権を行使する(参政のための日本語)」は、次元が違う話なのだ。 だからこそ私は提言する。帰化要件には、少なくとも「日本語能力試験N2」以上、理想を言えば「N1」を必須とすべきだと。
厳しすぎるという声もあるかもしれない。しかし、他国の国籍を捨ててまで日本人になろうという覚悟があるなら、その国の言葉を完璧にマスターする努力をするのは、国家に対する最低限の礼儀ではないだろうか。
第二。公民科の試験を課す。
理由は第一の提言と同様だ。 繰り返しになるが、帰化して日本人になるということは、単なる居住者ではなく、国家運営に直接関わる「有権者」になることを意味するからだ。
日本語の文字が読めても、その背景にある「日本の仕組み」を理解していなければ、責任ある一票を投じることはできない。生まれ育った日本人が15歳までに学ぶ知識を、新しく日本人になる大人が知らなくて良いはずがない。 知識がないまま参政権を行使することは、ルールを知らないプレイヤーをピッチに立たせるようなもので、本人にとっても社会にとっても不幸なことだ。
実はこれ、世界では決して珍しい話ではない。 例えばアメリカでは、市民権取得の際に「Civics Test(公民試験)」が課され、政治システムや歴史、権利と義務について厳しく問われる。イギリスやドイツでも同様のテストが存在する。 「郷に入っては郷に従え」と言うが、その「郷のルール」を学ぶ機会と試験を設けることは、差別でも何でもなく、主権国家として当然のたしなみである。
思想信条の自由がある以上、心の中を透視して「反日かどうか」を見抜くことは難しいかもしれない。 しかし、「日本という国がどう成り立っているか」という客観的な知識を持っているかをテストすることは可能だ。少なくとも、このフィルターを通すことで、「日本社会への関心が皆無な層」や「政治的な基礎知識を持たない層」を篩にかけることができる。
第三。忠誠を誓わせる。
現在も、帰化申請の受付の際、法務局の担当官の面前で「宣誓書」を読み上げ、署名・捺印をする手続きは存在する。 しかし、その中身があまりにも軽すぎるのだ。現状の宣誓文はこのようなものだ。
私は、日本国憲法及び法令を守り、定められた義務を履行し、善良な国民となることを誓います。
これを聞いて、強い違和感を覚えないだろうか? 「法律を守る」、「善良に生きる」。これは日本に住む人間であれば、観光客であろうと留学生であろうと、当然守るべきルールだ。外国人であれば日本の法律を破っていいのか? 憲法を軽視していいのか? そんなわけがない。 つまり、現在の宣誓には「日本国民にしか課せられない、国民固有の責務」が何一つ含まれていないのだ。
「日本国に対してのみ忠誠を尽くすこと」「他の国への忠誠を放棄すること」「日本を守ること」「日本の国益に反する行為をしないこと」。これらのような、主権国家の構成員として不可欠な「覚悟」を明確に誓わせてもいいはずだ。
これに対し、「スパイや悪人はどうせ平気で嘘をつくから、宣誓なんて意味がない」という反論も聞こえてきそうだ。 しかし、これは感情論ではなく、法治国家の根幹に関わることである。
第一に、近代国家における国民と国家の関係は「社会契約」である。 本人が誓ってもいない、同意もしていないことに対して、後から責任を問うことは難しい。だからこそ、申請の段階で口に出して読み上げさせ、サインをさせ、「私は日本国民になる条件としてこの契約(義務)を受け入れました」という事実を確定させる必要がある。
第二に、この「契約」が存在することで、初めて法的措置の道が開ける。 たとえスパイ防止法がなかったとしても、もし帰化者が宣誓内容に真っ向から反する敵対行為を行った場合、それは「虚偽の宣誓によって不正に許可を得ようとした(または得た)」という証拠になる。 国籍法や刑法(公正証書原本不実記載等罪など)を適用し、許可を取り消したり処罰したりする際、「あなたは『国益を害さない』と誓約して申請した。その前提が嘘だった以上、この帰化は無効である」と追及するための強力な法的根拠(言質)となり得るのだ。
今はそもそも忠誠を誓わせていない。だから、国籍だけ取って他国のために工作をしたとしても、「しないとは約束していない(禁止されていない)」と言い逃れされる隙を与えている。 「嘘をつかれるから無駄」ではない。「嘘をついた」と言質を取るためにこそ、厳格な宣誓が必要なのだ。
終わりに――「運命」と「選択」の重み
最後に、予想される反論に答えておきたい。 「日本人だって、そこまでの愛国心や知識は求められていないじゃないか。なぜ帰化者だけに、これほど高いハードルを課すのか?」 とリベラルな知識人たちに言われるかもしれない。しかし、そこには決定的な違いがある。 生粋の日本人は、日本を選んで生まれてきたわけではない。たまたまこの土地に生を受けた。それは「運命」であり、本人の「選択」ではない。
だが、「帰化」は違う。 分別ある大人が、自らの自由意志で、世界中に数ある国の中から「日本」を選び取ったのだ。 これは「運命」ではなく、人生最大の「決断」である。
例えるなら、生来の国籍は「親子関係」であり、帰化は「結婚」に似ている。 親は選べないし、様々な事情で親を愛せない子供がいるのも理解できる。しかし、自分で選んでプロポーズした結婚相手を「愛せない」というのは通らない。ましてや、そのパートナーを裏切ったり、暴力を振るったりすることは、人として許されない行為だろう。
自ら望んで日本人になった以上、そこには生来の日本人以上の「覚悟」が求められて然るべきだ。 「日本に選ばれた」のではなく、「自分で日本を選んだ」。 その選択の重石を背負う者として、帰化者は誰よりも日本を愛し、誰よりも日本に尽くす義務がある。私はそう信じている。


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