「別姓阻止」に汗かいた高市氏 「通称使用の法制化」は何のためか

聞き手・田中聡子

 高市早苗首相が検討を進めると明言した「旧姓の通称使用の法制化」。夫婦別姓を選べないために起きる様々な不便の対応策として、これまでも旧姓が使える場面は拡大してきました。旧姓の通称使用の法制化は、選択的夫婦別姓の導入にどのような影響があるのか。30年間にわたり国会をウォッチしてきたNPO法人「mネット・民法改正情報ネットワーク」の坂本洋子理事長に話を聞きました。

別姓阻止のツール

 ――また「選択的夫婦別姓」ではなく、「旧姓の通称使用」が出てきました。

 これは夫婦別姓を阻止するためのツールです。私がそう確信したのは、2009年に発足した民主党政権で選択的夫婦別姓が議論された時です。それ以前から「通称使用でこと足りる」という声はあったのですが、この時は民主党政権でいよいよ選択的夫婦別姓が現実的になり、それに対して自民党内で通称使用の法制化が議論されました。

 当時、ある自民党議員が「この法案どう思う?」と見せてくれて、私は「これじゃ夫婦別姓を求める人はとても認められない」と答えました。しばらくして「あの法案どうなりましたか?」と私から尋ねると、「民主党が選択的夫婦別姓をまとめられないから、こっちも出す必要ない」となったと言うのです。それで「ああ、反対のために準備されたんだな」、と。

「高市先生に涙ながらに・・」

 ――中でも高市氏は、通称使用に関する法律の私案を出すなど、力を入れてきた印象があります。

 民主党政権の時に自民党内で議論されたのも高市氏の私案でしたし、それより前の1997年の衆院法務委員会でも、「通称使用をオーソライズする」ことに言及しています。

 高市氏は選択的夫婦別姓の阻止のために地道に汗をかいてきた人です。2001年ごろには政府の世論調査で賛成が反対を上回ったこともあり、自民党内で選択的夫婦別姓の賛成派が動き出すのですが、このとき高市氏は、反対議員の署名を一生懸命集めました。もともと賛成だったある知り合いの自民党議員が署名していたので、「先生、なんで名前が入っているのですか?」と聞いたら、「高市先生に涙ながらにお願いされた」と言っていました。

 ――通称使用の法制化は、外形的には「不便を解消する」という「よいこと」にも見えます。

 肝心なのは、「通称使用の法制化」はことごとく選択的夫婦別姓に反対する側から出ていることです。賛成する側は「通称使用では解決しない」と言い続けています。選択的夫婦別姓の実現に時間がかかるから、それまでの不便を少しでも解消するために、旧姓を使える場面の拡大を支持してきた。夫婦別姓が選べないからこその、仕方なく「旧姓の通称使用」なのです。

 それに、通称使用の法制化で困る人が出てくるのではないかという懸念もあります。

 今は旧姓を使いたい人が「勝手に」使う、緩やかな旧姓の通称使用で、「勝手にやってるから」と許されている面があるでしょう。法制化されれば、「法的根拠のある旧姓」となり、それはだめだと配偶者などに言われ、通称使用さえできない人も現れるかも知れません。ここでもまた、夫婦の力関係が影響する可能性がある。通称使用は緩やかな形で残していくべきです。

別姓は「試金石」

 ――今回はいよいよ法制化でしょうか。

 日本維新の会が旧姓の通称使用の法案を出すと言っているから、前向きな発言をしているのではないでしょうか。今の政治状況では、自民党は維新をつなぎとめておく必要があります。だから次の選挙で自民党が安定多数をとれば、いくらでもつぶせる。私にはその場しのぎのように見えます。

 自民党がまとまるとも思えません。同じ「旧姓の通称使用」でも、維新の案は公的な証明書などに旧姓だけを使える案で、戸籍の姓と旧姓の併記までしか認めない高市氏の案より踏み込んでいます。法律上の通称が単独で使えるのなら、戸籍にしかない姓とは何なのか、というそもそも論にぶつかってしまう。そして自民党には、旧姓の通称使用すら認めない人もいれば、選択的夫婦別姓を導入すべきだという立場の人もいる。少なくとも、維新案には乗れないでしょう。まとまらなければ、「通称使用でこと足りる」なんて言えなくなるかも知れませんね。

 ――ずっと政治に振り回されて夫婦別姓が実現しません。それでも政治に期待しますか?

 諦めて手を離した瞬間に喜ぶのは誰か、目に見えていますからね。30年間、全ての国会での審議を継続的に見ているのは、私くらいでしょう。見続けて、発信し続けることは武器なんです。「あの時あの人はこう言ってた」ということがすぐに分かる人間がいれば、いい加減なことは言えないはずです。

 それに、選択的夫婦別姓は試金石だと思っています。実現したからと言って、名前くらいのことで世の中は変わらないはずです。だけど、その程度のこともできないのであれば、外国人など他の少数者の人権に関することも絶対によくならない。少数者の人権が守られるか、多様な生き方が認められるか、ジェンダー平等が実現するか――。閉塞(へいそく)したような日本社会を考える上でのシンボルのような存在が選択的夫婦別姓であり、私は諦めることはできません。

坂本洋子さん

 さかもと・ようこ 1962年生まれ。94年から選択的夫婦別姓の導入を求める市民運動に関わり、衆院議員秘書などを経て2000年に「mネット・民法改正情報ネットワーク」を設立。夫婦別姓に関する議員の発言を発信したり、院内集会を開いたりしている。

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    長島美紀
    (SDGsジャパン 理事)
    2025年12月13日10時1分 投稿
    【視点】

    旧姓の通称使用の法制化は、「選択的夫婦別姓」の本質から論点をずらしているように感じます。高市氏の強い反対には、家族観や姓の意味に対する説明が欠けているように思います。 日本の戸籍制度は家父長制的な家制度の遺産でもあり、それが今の多様な価値観とどこまで両立できるのか。夫婦別姓をめぐる議論は噛み合わず、30年を経ても決着しない現実があります。制度は多様な生き方を支えるべきですが、単なる「柔軟さ」で済ませるのではなく、折衷や接点をどう見出すかが今、問われているのではないでしょうか。

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    鈴木江理子
    (国士舘大学教授=移民政策)
    2025年12月14日8時48分 投稿
    【視点】

    「選択的夫婦別姓は試金石」という坂本さんの言葉に強くうなずく。  その後に続く「実現したからと言って、名前くらいのことで世の中は変わらないはずです。だけど、その程度のこともできないのであれば、外国人など他の少数者の人権に関することも絶対によくならない。」という発言は、まさにそのとおりである。  民主党政権でいよいよ選択的夫婦別姓が現実的になり、それに対して自民党内で通称使用の法制化が議論されたという経緯は、外国人地方参政権法案をめぐる攻防と同じである。  1999年から2000年にかけて、永住外国人地方参政権付与法案の成立が期待された際、国籍等に関するプロジェクトチームによって特別永住者等の国籍取得特例法案がまとめられたことが思い起こされる。国籍取得の容易化という代替措置を提示することで、地方選挙権付与法案の成立阻止を狙ったものだ。  いずれの代替案も、少数者が求める権利を、利便性という恩恵で奪い去るものだ。

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