君は禅・ファイヤー・ガーデンを知っているか
奇妙な動画
先日、いつものように漫然とインターネットを眺めていると(漫然とインターネットを眺めるのはよくない)、奇妙な動画が流れてきた。
Gas has been seeping from the Haripur field for 70 years since the explosion, creating a flame that has never stopped burning pic.twitter.com/rY4NtZtpYh
— Potato (@MrLaalpotato) December 2, 2025
男がライターの火を地面に近づけると、地面が発火して青く光る。光は周囲の地面へと広がるが、燃えた場所の炎は光るとすぐに消えてしまう。穏やかな青白い炎が波のように地面の上で寄せては返す幻想的な映像だ。
投稿には「ライフゲームみたい」といった反応も寄せられている。
ツイート本文を読むと、
Gas has been seeping from the Haripur field for 70 years since the explosion, creating a flame that has never stopped burning
とある。70年前の爆発からハリプールではガスが漏れていて、消えない炎となっています。
どうも「漏れているガスに火をつけるとこうなった」という文脈の動画のようである。この投稿はさまざまなアカウントに転載され、元の動画を特定するのが困難な状況である(引用した投稿自体もミーム動画のアカウントなので、元ではなさそう)。
危なくはないの? 70年燃えてるって言ってるけど、動画のはじめ、火消えてない? ハリプールってどこ?
燃え続けるガス田
燃え続けるガス田といえばトルクメニスタンの地獄の門とオタク教養の教科書に書いてある。中央アジアの砂漠の真ん中のダルヴァザにある巨大な穴は、1971年の油田採掘可能性の調査中に崩落事故がおき、周囲への有毒ガス拡散の防止を目的に着火(フレアリング)された。
当初は数週間程度で燃え尽きるだろうと想定されていたが、その後50年以上にわたっていまだに燃え続けている。
Tormod Sandtorv - Flickr: Darvasa gas crater panorama, CC BY-SA 2.0
燃え続けるガス田はたしかにある……あるが、動画のものとは見た目が違いすぎやしないだろうか? 地獄の門はずっとメラメラ燃えてるけど、件の動画は花火みたいな感じである。
青白い炎が地面を走るあれはAI生成のフェイク映像だったのだろうか? 本当にあんな場所があるのだろうか?
ハリプールの永遠(?)の炎
結論から言うと、この動画はフェイクではなく、本当にこういう場所が存在している。
持ち前のインターネット検索パワーを駆使して調査したところ、この奇妙な動画はどうやらバングラデシュのハリプール地方のアグンパハールで撮られた本物の動画らしいことがわかった。
地元紙(2021/4/13付)によると、1955年にパキスタン石油会社がここでガス田を掘削中、爆発事故が起きてクレーターができたとのこと。以後周囲には草木が生えず、このあたりでは池からもガスが湧き出していて、マッチを近づけると水に火がつくという地元住民の証言が掲載されている。
ただし、元ツイートの「70年消えない炎」の記述はかなり怪しい。上記の記事でも「観光客がガスの噴出を見るために訪れ、マッチを点火して火を灯す姿がよく見られます」と書かれているし、ずっと燃えている感じではなさそうだ。
記事では
当時、パキスタン石油会社はシャー・アフメド・アリという名の聖者に「大きな被害が出るから掘削してはいけない」と警告を受けていたが、井戸掘りを断行した。結果、爆発が起き、鎮火できなくて困ったガス当局は聖者に助けを乞うた。すると聖者は「フー」と息を吹きかけて祈りを唱えながら砂を撒き、火を消した。
という伝説も紹介されている。聖者(ピール)ってすごい。あと伝説でもしっかり火が消えてるんだよな……
このあたりはAgun Paharという地名らしく、#agunpaharで検索すると(バイラル汚染前の)観光客が地面に火をつけて適当に楽しんでる記事や動画がたくさん出てくる。
実は冒頭の動画もよく聞くと「アグンパハール」と言っている。
少し西を見ると「Exploded Gas Field」という名前の池があるのも見つかる。おそらくここが70年前の爆心地だが、当然のごとく燃えてはいないようである。
火が70年間消えてないというのはガセだが、波のように地面を走る炎は実在するようだ。
現象を考える
どうやら本当にありそうだぞ、とわかったところで、炎がなぜあのような挙動をするのか理屈を考えてみよう。
地面からガスが少しずつ漏れていて、火をつけるとその場所のガスが消費されて炎上し、周りに燃え広がる。
同じ場所で連続して燃え続けられるほどのガスの供給はないのですぐに火が消える。
火が消えた場所にガスが徐々に溜まり、発火可能になった状態で火がやってくるとまた燃える。
炎が波のように広がり、一度燃えた場所でも火種がやってきて再び燃えるのはこんな感じで説明できそうだ。
禅・ファイヤー・ガーデン
場に適当な量のガス(その場で燃え続けるのには十分でないが、移動し続けるなら燃え続けられる)が供給されることが、アグンパハールの炎の条件だとしてみる。
それなら、敷き詰められた砂の層の下から均一にガスを供給するバーナーがあれば、人工的にアグンパハールの炎を再現できるのではないだろうか? 再現された挙動があの動画に似ていたらこの仮説の傍証になりそうである。
そんな都合のいいものがあるわけないよなあ。
あるんかい!
というわけで、禅・ファイヤー・ガーデンの登場である。
禅・ファイヤー・ガーデンは、たくさんの穴を開けて面全体に這わせた金属パイプの管の上に10cm程度の高さの砂を敷き詰め、パイプからガスを出して砂の上に炎を灯すという、まさに上述の条件をすべて満たしたアート作品である。
元々のアイデアは2000年代のカリフォルニアのアーティスト、Jon Sarriugarteの作品にさかのぼる。
上二つの画像は https://www.instructables.com/Sand-Fire-Garden/ より引用(CC BY-NC-SA)
Jon Sarriugarteはアイダホのスキーキャンプで焚き火で遊んでいたときに思いついたとのことなので、特にアグンパハールとも禅とも関係はなく、枯山水の石庭の砂が燃えているような見た目に作品だからという理由で"Zen"と名付けた雰囲気だ。
作り方解説の記事には「暗くなってから炎をできる限り絞り、青い炎しか見えない状態にするのがベスト」という記述がある。砂から炎が出る奇観というだけでなく、走り続ける炎を観る(アグンパハールと同じ現象)のはZen Fire Gardenの誕生当初から想定されていたようである。
章の冒頭に挙げた画像は、アリゾナのアーティスト、Adam W. Carterによる作品である。実際に燃えている動画は以下で見ることができる。
DIY系のインフルエンサーも禅・ファイヤー・ガーデンを作っている。
禅・ファイヤー・ガーデンには、砂紋を描くことで層の厚さを変えてガスの供給量から炎の濃淡を変える要素もあるようだ。
バングラデシュの田園地方にあるガス田で自然に発生した炎の遊びを、アイダホのスキー場で焚き火をいじっていたアメリカ人のアーティストが独立に発見して作品にしている、というのもなかなか趣深い。
ライフゲームみたい、か?
では、この現象を数理的に理解するにはどうすればいいだろうか?
ここで、冒頭の動画に「ライフゲームみたい」という感想が寄せられていたのを思い出そう。アグンパハールの炎を、セルオートマトン━━ライフゲームのような定式に落とし込むことは可能だろうか?
セルオートマトンとは、グリッドに区切った空間がグリッド間の相互作用にしたがって時間発展するモデルのことである。一番有名なセルオートマトンがライフゲームだ。
ライフゲームでは、二次元のグリッド上に配置されたセルがその配置のみから決まる特定のルールに従って時間発展する。
特定のルールには色々な種類があるが、有名なConwayのルールでは
白いセルの周りに黒いセルがちょうど3個だったら黒くする、それ以外だと白のまま(誕生のルール)
黒いセルの周りに黒いセルが2つか3つだったら黒のまま、それ以外だと白にする(生存もしくは過密/過疎による消滅のルール)
というごく単純な更新規則のみで複雑な盤面が時間発展する。
簡単なデモとして、ブラウザ上で動くライフゲームを作成した。リンク先で実際に叩いて遊べる。
たしかに、アグンパハールの炎はライフゲームで生きたセルが波のように広がる感じに似ている……のか? 別にそうでもないような気もする。ライフゲームってなんかゴミみたいなのがいっぱい残るし。
セルオートマトンの炎
ガスの燃焼では基本的に「炎はガスを消費するので、次のステップでその場所は燃えにくくなる」はずだ。つまり安定して燃焼し続けられるポイントはないので、炎は常に移動しながら燃えることになる。これは時間的に安定なパターンをもつライフゲームとは明らかに異なる性質だ。
考慮すべき場も、現象として目に見えるメインの炎の場のほかに、炎が燃えるためのガスの量を表現するガスの場も必要だろう。ライフゲームよりちょっと複雑なモデルになりそうだ。
あと、ライフゲームは3×3の領域の周囲を斜めでも横でも均等に扱っているが、現実の連続空間の近似を扱いたい場合、ちょっと良くない性質である。
アグンパハールの炎のセルオートマトンをモデル化し、成立させるにはどうすればいいか考えてみよう。
場
燃焼状態の場と、ガスの量の場がある。簡単のため、ガスの場は連続量、燃焼状態はバイナリ(燃えてるか燃えてないか)とする。
ガスの供給
ガスの場には毎ステップ一定量のガスが供給される※1。
ガスの消費
燃焼は現在のガス量に比例※2したガスを消費する。
発火
周囲に燃焼状態の場があり、ガスが一定値を上回っているなら、非燃焼状態は燃焼状態になる。
消火
ガスが一定値を下回ると燃焼状態は非燃焼状態になる。
拡散
ある点のガスの量に周囲との差があった場合、差が小さくなるようにガスが拡散する(今回本質的ではなさそう)。
異方性
8近傍(ライフゲームの場合)ではなく、もっと広めの周囲を見る近傍で計算する。
チャチャッと式を書いて実装する。
— かもリバー (@xcloche) December 9, 2025
できたのがこれである。こちらもリンク先で試すことができる。
遊びかた
- startを押す。
- Igniteボタンを連打するか、面を直接触ったりドラッグして点火しまくっていると、連鎖状態に入って↑みたいになる。
- パラメータを変えて遊ぼう!
連鎖して燃え続ける炎
かなりアグンパハールの炎っぽい挙動をするシミュレーションを構築することができた。どれくらい現実的かはわからないが、叩き台としていい感じの挙動をするので気に入っている。
このモデルの面白い性質は、一度安定させられればガスの供給があるかぎり連鎖的に反応が続く点である。消火状態(燃えてない)と連鎖状態(炎が動き続ける)の二つの状態があって、一度連鎖状態に入るとずっと炎が連鎖し続ける。
シミュレーションでは、ただ一回点火しただけでは「ガスがあるのに火種がない」状況に陥って全部消えてしまう(連鎖に入れない)が、Igniteボタン連打やドラッグでグリグリ点火していると、ガスが溜まった頃合いで別の火種が運び込まれて再点火する連鎖状態に容易に到達し、↑ツイートの動画の挙動を再現できる。
現実では風で炎がちょっと離れたところにも燃え移るなどで容易に連鎖状態に入れる?気もする。
自然界で連鎖状態がどうやって消火状態になるかはよくわからない。
風が吹いたり気温が変わったり雨が降ったりで意外とはやく連鎖が解ける(ので燃え続けるわけではない)現象なのかもしれないし、けっこう続くのかもしれない。
観光客が気軽に火をつけても大事に至らない程度ではあるのだろう。
興奮性媒質のスパイラル
実は、アグンパハールの炎のような安定状態と振動(連鎖)状態をもつ現象を統合的に説明できる枠組みがある。
おもしろ科学実験としてよく出てくるBZ反応や、心臓の筋肉のモデルといった興奮性媒質の反応が、数式的にもこれに近い数理モデルの形式をとる。
興奮性媒質とは、外部からの刺激によって波(興奮波)を伝播する能力を持つが、波が通過した後、一定の不応期(回復時間)が経過するまで次の波を受け付けないものだ。
炎を波、ガスのチャージ期間を不能期とすると、アグンパハールの炎はガスが吹き出る地面を興奮性媒質とした興奮波とみなせる。
興奮性媒質で自動的に連鎖発生する波はオートウェーブと呼ばれる。
一種の心臓病は、興奮性媒質(心筋)の興奮波で、アグンパハールの炎のようなオートウェーブ(スパイラル)が発生してしまうことが原因とされる。AEDやICDといった除細動器は、強い外部刺激や周期刺激によって連鎖状態を無理やり解除することで治療する。
アグンパハールの炎を止めているのが何か、一定量のガスを供給し続ける地面の下がどうなっているのかはけっこう気になる。
おわり
バングラデシュの田園で観光客が遊ぶライフゲームのような炎と、私たちの心臓の拍動。一見まったく関係のない現象が、似たような数理構造で繋がっている。「興奮して、しばらく反応できなくなって、また反応できるようになる」というシンプルなルールが、自発的な波のような美しいパターンを生み出す。
アイダホのスキー場で焚き火をいじっていたアーティストが、偶然にもバングラデシュの田園と同じ数理を発見して作品にしたように、自然界のパターンは意外なところで繋がっている。
漫然とインターネットを眺めるのも……まあ、発見もあるしたまにはいいか。
リンク
巨大テスラコイルでショーをするパフォーマンス集団のイベントでZen Fire Gardenを展示している、なんかフレームレートが低い動画
同心円に広がっているのがわかりやすい動画
https://www.facebook.com/sajektravelgroup/videos/433104633159449/#agunpaharで検索
https://www.youtube.com/hashtag/agunpahar
注
※1 石庭を掘って「よくガスが出る場所」を作るのはガスの供給の場を場所依存にすることに対応しそう。こうすることでシミュレーションでもガス供給の濃淡でよく光る領域を作れそうである。あと、今回のモデルでは放置しておくとガス濃度が際限なく上がり続けるが、実際は上空に逃がされることで一定の濃度でバランスしているはずである。
※2 酸素が十分ある状態での反応速度の関係から、簡単な近似として、とりあえず比例でおいている。温度が変わると…とか考えるといくらでもモデルを精緻化できる(燃焼状態が0-1なのも変かも)が、定性的な感じを見たい程度なのでまずはこれでいいだろう。




燃焼科学を専門にする研究者です.大変面白く読ませていただきました.実はこのセルオートマトンと詳細な数値シミュレーションの中間くらいのモデルを使った計算が博士課程のテーマの一つでした.私もこの動画を見た時全く同じように「あ,オートマトンだ」と思ったのですが,実際にアニメーションを作…
コメントありがとうございます!喜んでいただけて幸いです。 趣味で書いた記事で燃焼についてはぜんぜん知識がなく、妥当そうな仮定を並べてそれっぽい動きが見られてよかったなという程度なので、専門家の方のご意見を伺えるとは思っていなくて驚きました。 一番興味があるのは、作ったはいいもの…