セイウチ「ムック」の手術に成功 麻酔で緊張、手が震えて注射針を何本もだめにしました

話の肖像画 鴨川シーワールドの獣医師・勝俣悦子<14>

手術後、元気になったムックと (鴨川シーワールド提供)
手術後、元気になったムックと (鴨川シーワールド提供)

《米国でセイウチの牙の摘出手術現場を見て、全身麻酔で呼吸が止まってしまうという事態があることを知る。人工呼吸でなんとか蘇生したものの、全身麻酔への不安はぬぐえず、「ムック」の手術に踏み出せない。そこで米国で手術を行ったシーワールド・サンディエゴのコーネル館長が来日した際、手術を依頼することに。ところが、鴨川シーワールドの初代館長、鳥羽山照夫氏に激しく叱責された》

鳥羽山館長は大変厳しいのですが、紳士的な方です。そんな鳥羽山館長に思いがけず叱責されたので、私は自分でも驚くほどの大声で、人目もはばからず泣きました。同僚に慰められるほどだったんです。

後になって理解しましたが、鳥羽山館長はなかなか手術を行う決心のつかない私を待っていてくれたのです。それにもかかわらず私は、米国から別件でやって来る要人に、自分たちの大事な動物の手術をしてもらおうとしていた。それは到底受け入れられないことだったのです。

手術についてコーネル館長は「やってあげるよ」と言ってくれました。が、やはり自分たちの動物は自分たちで責任を持たなければなりません。鳥羽山館長のこの叱責は、深く心に刻まれました。

《コーネル館長が帰国後の昭和62年12月、ついにムックの牙を抜く決心をする》

ムックの頰がまた腫れてきました。22日、膿(うみ)を出そうと頰を切開したものの出てきません。24日になると腫れがひどくなり、翌日には壁にもたれかかって動かなくなりました。もうやるしかありません。「ムックの牙を抜きます」と鳥羽山館長に伝え、手術は26日に行うことに決まりました。肝心の牙は鳥羽山館長が抜くことになりましたが、麻酔は担当の獣医師である私がやらなければなりません。当日は朝から緊張でいっぱいでした。

手術当日、ムックはいつものように私の後についてきて、一緒に移動用の檻(おり)に入った。私も檻ごと手術場所へ運んでもらいました。全身麻酔で息が止まったら、こうして一緒に過ごすことができなくなる…。まだ不安はぬぐえていませんでした。

まずは筋肉注射で軽く眠らせ、そして硬膜外静脈から麻酔を点滴で入れるため、長い針を腰に刺すことに。それが緊張で手が震えて、なかなか静脈にあたりません。近くには神経もあるので刺激しないよう、作業は慎重になります。針を何本もだめにしました。そうこうしていると、ムックがうなり声を上げ始め、もう目を覚ましそうな雰囲気です。そこで深呼吸をし、もう一度刺したところ、静脈にあたりました。これでようやく点滴による麻酔を開始することができました。ムックは呼吸を続けています。最大の難関を越えることができました。

本格的に眠ったムックの体を横に倒して、上あごと下あごにそれぞれロープをかけて大きく口を開かせました。鳥羽山館長はまず、腫れがひどい右の牙と歯茎の間にノミをカンカンと打ち込んで隙間をつくりました。牙がぐらついてきたところを大きなプライヤー(ペンチのような器具)で挟み、引っ張る。すると「スポーン」と、たまっていたガスが抜けるような音がしました。悪臭もします。同じ要領で左の牙も抜きました。40分ほどでしたが、とてつもなく長く感じられました。

麻酔の点滴を止め、ムックの頭を膝にのせて、起きるのを待ちました。少しすると、「オウッ、オウッ」と鳴き始めて、無事に目を覚ましました。手術は成功です。一緒に移動用の檻に入って飼育舎に帰り、餌を見せるとちゃんと食べてくれる。鳥羽山館長は、「一年のいい締めくくりになったね」と声をかけてくれました。

《牙を抜いたムックは順調に成長していった。時を経て平成6年6月のある朝、自宅に急を知らせる電話がかかってきた》

明け方に自宅にかかってくる電話は良くない知らせも多くあります。電話をくれたのはアシカやセイウチを担当する「ひれあしマニア」の荒井一利さんでした。(聞き手 金谷かおり)

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