大コンメンタール刑法第3巻の刑法39条について心神喪失の判断基準とは何か

第1編 総則

第7章 犯罪の不成立及び刑の減免

$39(心神喪失及び心神耗弱)

(心神喪失及び心神耗弱)$39

り,殊に,裁判員制度の導入に伴い,裁判員責任能力という法律概念及び鑑定の結果を

分裂病者の行為に対して責任を認める見解には批判が多い」(中田修·犯罪精神医学74頁以下)

十分に理解した上で判断することができるよう,評議その他における説明や鑑定手続に関

るのの,著しい寛解例においては責任能力を認めるべき場合もあるという立場も有力であ
り(中田·前掲81頁,笠松章·臨床精神医学ⅡI1073頁,村松=植村·前掲38頁もほぼ同旨),さらに,

する審理上の工夫を模索するとともに,判例上も,鑑定の評価の在り方や責任能力の判断

精神医学者のなかにも,「分裂病者を正常者とは質的にまったく違った存在と考える古典

手法等について再度整理しようとする傾向が見られる(後述鑑定の拘束力の項目参照).

的な考え方は,『分裂病の神話化』などに批判されるように,十分な根拠がない.分裂病

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なお裁判例においては精神の障害があるにもかかわらず,「犯行の了解可能性」がある
ことを根拠に責任能力が肯定されることが多い.近時,1裁判例におけるこの概念が精神

者といえども,病的な心の部分と健康な心の部分とが併存しているはずであって,だから
こそ心理療法的働きかけや社会復帰などが可能なのである.もちろん,病的な部分が健康

医学上の了解概念と一致していないこと,2判断が主観的不明確になりがちであること,

な部分を圧倒·支配している場合もあって,この場合は責任無能力と考えるべきであるが,

を理由にこの概念に批判的な見解が主張されている(近藤和哉「責任能力における了解につい
て」上法39巻2号97頁以下,3号125頁以下).しかし,まず1については責任能力の判断が刑

正常に判断·制御をする部分が残っているケースでは, …… 症状の人格に及ぼす影響·支

法上の評価である以上他の学問領域の概念と異なること自体は差し支えないであろう.2

配力などを十分慎重に考慮して,その認識能力·制御能力の障害の程度を判断すべきであ

については,確かにこの概念の安易な適用により鑑定された事実自体を覆すことは妥当で

る」(福島章·精神鑑定115頁以下)とするものもある(学説の詳細は,判解刑(昭59)〔高橋省吾〕

ないが,責任能力の判断は生物的,心理的事実を鑑定等により十分考慮した上で更に刑法

47頁参照).
他方,裁判例をみると,以下にあげるように,被告人の犯行が幻覚·妄想等の病的体験 23

上の規範的評価として行われるのであり,そうした規範的線引きは科学的な要素のみで行

に直接支配されたものでない限り,諸般の事情を総合的に考慮したうえ,心神耗弱を認め

うことはできないから,そこでの判断資料として「了解可能性」を考慮する必要性はやは

るに止めたものも多く,少なくとも,統合失調症心神喪失という考え方は,一般ではな

り否定できないように思われる(近藤·前掲論文もこの可能性をおよそ否定するわけではない),

い.最高裁昭和59年7月3日決定(集38巻8号2783頁,後掲最判昭53·3·24の第二次上告審)

もっとも後述のうつ病の場合のように精神の障害の種類によっては一見すると犯行が了解

は,その要旨として「被告人が犯行当時精神分裂病に羅患していたからといって,そのこ

可能なように思えても,実は心神喪失を認めるべき場合があることは否定できない.した

とだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく,その責任能力

がってこの概念を用いる際には他のファクターとの関連性を十分考慮して慎重な検討をす

有無·程度は,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機·態様等を総合

べきであるとはいえよう

して判定すべきである.」と判示することにより,責任能力に関していわゆる総合的判断

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以下,いくつかの典型的な要因別に,若干の裁判例を紹介する.現実には,数個の因子

方法によるべきことを確認すると同時に,統合失調症患者に対して心神耗弱の認定をした

が複合的に競合する場合も多く,そのようなものについては,主たる要因に従って類別す

原判決を是認することにより,従前の下級審裁判例の上記のような動向を,明示的に支持

ることとした(団藤·注釈(2)のⅡ〔大塚仁〕416頁以下,判刑研(3)〔墨谷〕19頁以下,小林充=香城

したものである(高橋·前掲判解刑(昭59)347頁)

敏麿編·刑事事実認定(J)〔高橋省吾〕397頁以下,最高裁事務総局編·責任能力に関する刑事裁判例集

もちろん,このような立場に立っても,統合失調症の程度が重症である場合や,統合失 24

(平2)参照).もとよりこれは判例検索の便のためにすぎず,帰納的に具体的な基準を抽

い症による幻覚,妄想等の病的体験があり,これに支配され,又は動機づけられて犯行に

出するためには,すべて判例集の原典に当たる必要があることはいうまでもない(なお影

我んだ場合には,心神喪失が認められることは,まずまちがいないであろう。このような

定例については,村松常雄=植村秀三·精神鑑定と裁判判断(昭50),石田武編著·刑事精神鑑定例な

事例は枚挙にいとまがないが,参考までに,比較的最近のものをあげると,統合失調症

(平2)のほか,懸田克躬他責任編集·現代精神医学大系(24)〔司法精神医学〕〔中田〕7頁に紹介さが

直激に重症化し,高度の幻覚妄想状態にあった上,幻聴に支配されて,その圧倒的な影響

ている鑑定書集が参考になる).

統合失調症は,躁うつ病と並ぶ二大内因性精神病の

にあった被告人が,自殺の道連れに通行人を殺害しようと自転車に乗車中の被害者5名

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(2) 精神病

(a) 統合失調症

対して自己が運転する自動車を激突させ,2名が死亡し,3名が負傷した場合(大阪地

1つであり,病型としては,現象に着目した場合,破瓜型,緊張型,妄想型,単純型なと

で19·2·28判タ1278号334頁),重度の緊張型統合失調症に罹患していた被告人が「お前以

に区分され,経過に着目した場合,比較的急速に人格荒廃にいたる経過型,多彩な精神候

は思魔だよ,とにかく全員殺せ」という幻聴に完全かつ直接に支配されて15分間の間

状を呈しつつ慢性的に経過する型,反覆発症するがその都度快癒する型などに分かれる

※再親に対する殺人未遂,4名の通行人に対する殺人傷害の無差別連続殺傷に及んだ場合

(前掲事典388頁).概していえば「司法精神医学者は,精神分裂病者(注:統合失調症患素

警高部霸支判平16·11·25高検速報(平16)205頁),重度の破瓜型統合失調症に罹患していた

の行為を原則として責任無能力とし,ごく軽症の分裂病,潜在分裂病者や著しい宽解態
436 〔島田=馬場〕

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