時はさかのぼること二時間前。
「ヒナ委員長、コーヒーです。」
「ありがとう、アコ。」
二人の口からこぼれる白い息が、室内の寒さを物語っていた。ヒナは書類から目を離さず、アコが差し出すカップを受け取る。
ゲヘナでは突然、大雪が降り始めた。
今まで多少積もることはあっても、ここまで積もったのは前代未聞だ。
そして、今の季節が冬ではなく"夏"ということもおかしさに拍車をかけていた。
(……本当に、何が起きてるのかしら。レッドウィンターじゃあるまいし……)
万魔殿からは対応を丸投げされ、風紀委員会はここ数日ずっとてんてこ舞いだった。
「はぁ……こういう時ほど問題行動が減らないの、どうしてなのよ……」
小さくため息を落としたその時――。
バンッ!
勢いよく扉が開く。
「失礼します!昨日脱走した温泉開発部が、山奥でまた温泉を掘っているとの報告が!」
そう言っている間に問題がまた舞い込んできた。
「……ほんと、タイミングが最悪ね。アコ、イオリに指示を出して。私も出るわ。」
「はい!すぐに!」
そして時間は、現在へ――。
「おやおや…こんな場所までご苦労さまだねぇ、イオリちゃん。」
カスミが軽く手を振るが、イオリは眉ひとつ動かさず銃口を向けてくる。
「温泉開発部……!この状況で、よりによってまた脱獄して問題行動……反省という言葉を知らないのか!?」
「いやいや、だって寒いじゃあないか。だからこそ温泉掘り当てて皆を暖めてあげるべきではないかい?」
「年がら年中掘ってるお前たちが言うな!!ここは風紀委員会の管轄内だ。全員、抵抗せずに拘束されろ!」
雪を踏みしめる音も凍るほどの怒気。
そして銃先はカスミから、隣に立つ巨体――デデデへ。
「そこのでかいの!誰か知らんがお前もだ!」
「ワ、ワシのことか!?」
デデデがビクッと肩を揺らす。
「お、おいカスミ、あの娘はなんだ?お前の知り合いか?」
「いやぁ…あれはね、私たちの活動を邪魔する人たちなのさ。せっかく温泉を掘り当てたのに……タイミングが悪かったねぇ。」
「はぁ……」
デデデが再びイオリの方に視線を戻す。
「しょうがない、各員、戦闘準備!」
カスミが声をかけると部員たちが次々と銃を持ち出す。
「風紀委員!用意!」
イオリが立っていた岩の陰からぞろぞろと風紀委員が現れる。
「「かかれっ!!」」
イオリとカスミが同時に号令をかけ、瞬く間にこの場は戦場と化した。だが、慣れない雪の足場にお互い苦戦する。
「痛っ! ちょっと誰よ今撃ったの!」
「うわっ!雪で何も見えない…!」
「ちょっと!踏んづけないで!!」
雪が舞い上がり戦場は白色に染まる。
そして岩陰に避難していたデデデはカスミに問う。
「こ、こんな銃撃戦が当たり前なのかお前たちは!?」
「そうともさ。ゲヘナ、引いてはキヴォトスじゃ銃撃戦は日常茶飯事みたいなもんだよ。まあ外から来たキミは――あ」
言い終わる前に、デデデの額へ銃弾が直撃した。
「いたっ!?な、なんだ!?」
「うむ、まぁ痛いだけで済むなら問題ないだろ――ハッ!!!」
カスミの言葉が急に途切れた。
唇が震え、額に冷汗が滲む。
「きゅ、急にどうしたんだカスミ?」
「や、奴が来る...!間違いない...!」
「奴?そんな悪魔が来るみたいに...」
次の瞬間、空を裂くように鋭い紫の光弾が流星群のように落ちてくる。雪面が爆ぜ、白い欠片が舞い上がった。
「うわぁっ!?」「ぎゃあ!」「なんだぁ!?」
弾丸が雪を抉り、温泉開発部の部員たちを吹き飛ばしながら着弾する。
風紀委員も一斉に動きを止め、同じ方向へ視線を向けた。
「まったく……何度言えばわかるのかしら」
風を切る羽音。戦場を覆っていた白をかき消すように羽を動かしている。
小さな影が雪面に落ち、そこへゆっくりと降り立つ白髪の少女。
「ひっ……ひいぃっ……!!」
カスミの顔が青ざめ、全身がガタガタと震え始める。
「今日こそは、きっちり反省してもらうわよ。――温泉開発部」
一歩、また一歩。ヒナはカスミに歩みを進める。
カスミは震えながら後ずさるが、足が雪に取られ逃げられない。
だが――。
「ちょいと待ちな。」
ズシッと地面が沈むほどの重量感で、デデデが二人の間に割って入った。
ハンマーを肩に担ぎ、ニヤリと笑う。
「この嬢ちゃんは俺様の恩人だ。犯罪者かどうかなんて関係ねぇ。手ぇ出すってんなら、まずは俺様を倒してからにするんだな。」
ヒナは無表情のまま、デデデに視線だけ向ける。
「誰かは知らないけど、風紀を乱す者は全員同じよ。怪我をしたくないなら、そこを退きなさい。」
「はっ、言ってくれるじゃねぇか!その余裕な態度、叩き壊してやるぜ!やらいでかぁ!!」
デデデが雪を蹴って飛びかかる。
ハンマーが唸り、空気が震える。
1分後....
デデデは再び地面に埋まっていた。
「イオリ、温泉開発部の護送をお願い。今度はしっかり逃げ出さないようにね。」
「りょ、了解!」
風紀委員たちが再び現れ、倒れていた温泉開発部の部員たちを次々と拘束していく。
「やっと温泉が掘れたのにぃ……」「くそぉ……」「また牢屋行きかぁ……」
護送車の中へ次々へと入れられていく。
「さてと……」
ヒナが埋まっているデデデを片手で引っこ抜く。
「へへっ...あんた、小さいのにやるじゃねぇか...」
土と雪にまみれた顔でデデデは苦笑いした。
「小さいは余計よ。あなたにも来てもらうわ。」
そのままデデデは、ヒナに連行されていった。
※デデデが弱いわけではありません。ヒナが強すぎるだけです。