「なんか…色といい仕草といいホシノ先輩が二人に増えたみたい…」
昼食後、ソファに横たわるホシノとその上に眠るカービィ。
「うへ…おじさんに弟ができたみたいだよぉ~よしよし。」
ホシノが優しく背中(?)を撫でると少しだけ目(?)の角度が下がる。
「そういえばカービィちゃんって結局何の生き物なんでしょう?」
カービィの寝顔を見ていたノノミはふとみんなに聞いた。
「確かに…私達の言葉もある程度理解はしてるみたいですが…」
「なんか…人と野生動物の中間みたいな感じよね…」
皆がう~んと悩んでいる時、ホシノの胸の上で眠っていたカービィがおもむろに顔を上げた。
「ん? どしたの、カービィちゃん」
ホシノが覗き込む。
カービィは返事もせず、ただ窓の外をじっと見つめている。
瞳が、先ほどとは違う光を宿していた。
「……何か、見えた?」
シロコが小声でつぶやく。
すると、カービィが見ていた方向で煙が上がった。
黒い煙がまっすぐと浮かび上がっていく。
「ぐえっ」
カービィはホシノのお腹から窓枠へと飛んだ。
そして、そのまま窓を開けて外に出ていってしまった。
「あっ、どこに行くのぉ?」
「行ってしまいました……」
そして背後でもドアを開ける音。
皆が振り向くと、そこにシロコの姿は無かった。
「シロコ先輩!?」
校舎を飛び出した瞬間、乾いた風をまともに受けた。
アビドス特有の砂っぽい空気。それなのに――今は、どこかひんやりしているように感じた。
遠くの中心街方面で、ゆらゆらと黒い煙が立ちのぼっていく。
火災とかの煙じゃない。あれは、さっき見たものと“同じ”だった。
カービィがひたすらまっすぐに走った方向へ、シロコも足を速める。
砂を蹴るたびに、胸の奥がざわつく。
(……この気配、なんだろう。)
普段は何度も通ったはずの道が、やけに長く感じた。
すれ違う生徒たちが驚いた顔でシロコを見るが、気にしている余裕はない。
小さな風の渦が道端の紙ゴミを巻き上げて走り、
電柱の影が妙に伸びて見える。
まるで街そのものが、呼吸を止めているようだった。
「……嫌な感じ。」
声に出すと、余計に空気の重さがはっきりした。
その時、急に背筋を走ったのは寒気か、それとも――。
シロコは息を整える暇もなく、中心街へ駆け込んだ。
「えっ……」
シロコは思わず足を止めた。
中心街へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
砂混じりの乾いた風の中に、何かざらつくような“別の気配”が混ざっている。
普段なら、昼下がりの街は少しだが活気があって、屋台の呼び声や、住人たちの話し声が聞こえてくるはずだ。
けれど今日は――妙に静かだった。
まるで、人も音も、どこかへ吸い込まれたみたいに。
(……嫌な感じがする)
胸の奥に、ざわっと冷たいものが落ちていく。
シロコは周囲を警戒しながら、カービィが走っていった方向へ向かって駆けだした。
角を曲がり、荒れた舗装路を抜け、雑貨屋の前を通り、さらに奥へ。
工事の看板を乗り越え、中心街のビルとビルの間を抜けるようにして走っていくと――
道路を横断するようにかけられた歩道橋の上に、ひとつの丸い影が見えた。
カービィだ。
風に揺れるように小さな体が立っている。
ただ、その視線の先――
シロコの動きが止まった。
カービィの視線の先、同じく歩道橋の上に黒いものが揺らめいていた。
煙とも霧ともつかない、形を保てていない“何か”。
ただ、ひとつだけ分かるものがある。
――あの「黒い煙」の元凶だということ。
ぞくり、と指先が冷たくなる。
直後、耳の奥を掠めるような低い声が響いた。
≪……き、ま……来て……いた、か……≫
(何か喋ってる……?)
単語が途切れ途切れで、距離もあるせいで風に千切られたみたいに届かない。
それでも、カービィに向けて話しているのだけは分かった。
≪……まだ……ふか…ぜん……戦え……ない……≫
“まだ不完全”?
“戦えない”?
そんな断片だけが耳に引っかかる。
黒い煙はゆらりと形を変えながら、なおも言葉を垂れ流す。
≪……いずれ……この……ち……エネル……ぎー……吸収……
……かん……ぜん……なれば……この地も……ポップ…ター…も……≫
最後のほうは、もう聞き取れない。強いて言えばポップスター?という言葉が聞き取れた。
けれど――胸の奥がざわつく。
まるで、この世界そのものに触れるような、嫌な響きだけが残った。
≪……わ……一度…ここ…ら…去…こ…の……相…手…も……し…いろ……≫
(去る?)
シロコが疑問に思った次の瞬間、黒い影の背後に大きな裂け目が現れた。
「あれは……!?」
裂け目の奥から、巨大な影がゆっくりとこちらへ迫ってくる。
次の瞬間、アビドスの乾いた空気を震わせ、巨大な体がが裂け目から押し出されるように姿を現した。
姿そのものは見慣れたゴリアテに似ている。けれど、部品の継ぎ目という継ぎ目から、黒い煙が滲み出し、波のようにゆらめきながら漏れ続けていた。
それはまるで、内部に何かが潜んでいて、外へあふれ出しているかのようだった。
ゴリアテの巨大な足が歩道橋へ触れた瞬間――
柱がひとつ、ふたつと折れ、建材が崩れ落ちる。
本来ならゆっくり倒れるはずのコンクリートが、黒煙に侵された部分から砂のように崩れ落ち、
まるで腐った建物が自重に負けるように、一気に瓦解していく。
崩れ落ちる歩道橋の破片の中を、ピンク色の小さな影が軽やかに跳ねる。
まるで重力から解放されているかのように、ふわりと落石の間をすり抜け――
カービィはゴリアテの正面へ、ふわっと着地した。
砂埃が低く舞い、二者の間に張り詰めた空気が広がる。
一瞬の静寂。
風の音すら遠のく。
その静寂を――破ったのはゴリアテの咆哮にも似た駆動音だった。
次の瞬間、両腕の機関銃が唸りを上げ、雨あられのような銃弾を吐き出す。
頭部の砲身よりは小さい弾だが、カービィにとっては建物の破片が飛んできているような迫力だ。
カービィは小さな体で地を蹴り、左右へ駆け抜ける。
跳ねるようなステップで、弾幕の隙間を正確に、しかし紙一重ですり抜ける。
そして――軽く跳んだ、その瞬間だった。
ゴリアテの頭部砲台が、不気味な光を帯びる。
「――危ない!」
それはカービィの回避先を読んでいたかのように、
“着地するであろう一点”へ、一直線に光弾が撃ち込まれた。
地面が爆ぜ、破片が四方へ弾け飛ぶ。
爆風に巻き上げられた砂が視界を白く染めた。
その白煙を切り裂くように――
物陰から飛び出したシロコが、カービィを抱きかかえて転がり込む。
爆光の余韻が背後を照らす中、ギリギリで掠めた衝撃波が二人の髪と体を揺らした。
「……大丈夫?」
シロコは腕の中のカービィをそっと確かめる。
カービィは丸い体をぴくりと震わせたあと、小さく頷いた。
そのわずかな反応にシロコは息をつき、
視線をゴリアテへ向け――わずかに瞳を鋭くした。
二人の真横の地面は削り取ったように地面が露出していた。
地中に埋まっている配水管が水を垂らしている。
銃を握る手に、無意識に力がこもる。
シロコは息を一度だけ深く吐き、視線をゴリアテへ戻した。
「あいつ……ただ撃ってくるだけじゃない。普通に正面からやり合っても勝てないタイプ……」
ゴリアテが踏み鳴らすたびに地面が揺れる。
その震動に合わせて、周りの建物が軋みをあげた。
視界の端で、割れたガラスがぱらぱらと崩れ落ちる。
折れた信号柱がまだ火花を散らしていて、焦げた匂いが風に混じって漂っていた。
昨日まで普通に人が歩いていた街が、
ほんの数分でこんな状態にされている。
(……許せない、でも、どうやってあいつを……)
胸の奥が熱くなる。
ふと、胸の奥で何かが“噛み合う”ように、ひとつの策が浮かんだ。
(……これなら……行ける。)
シロコは呼吸を整え、腕の中のカービィにそっと視線を落とす。
「カービィ、聞いて。……。」
短く、淡々と、けれど迷いのない声で作戦を伝える。
カービィはぱちりと目を瞬かせ、すぐにきゅっと表情を引き締めた。
「ぽよっ。」
力強い返事と共に、しっかり頷く。
シロコもまた、小さく頷き返す。
「ん。……行こう。」
カービィがシロコの腕の中から離れる。
それとほぼ同時、ゴリアテの照準がカービィを捉えた。
機械の駆動音が低く唸り、砲身がわずかに持ち上がる。
それでも――
シロコとカービィの目には、もう迷いの影はなかった。
ただ巨大な敵だけを、まっすぐ射抜いていた。