FGOが2部終章を迎えるまでに語りたい幕間の物語10選
2025年12月20日から、スマートフォン向けゲームFate/Grand Orderのメインシナリオ第2部終章が配信されます。
長年リアルタイムで更新を追いかけてきたスマホゲームなので、遂に一区切りつくのか……と非常に感慨深い気持ちです。現在は終章に向けて、せこせこと戴冠戦を周回しています。
そうして一区切りつく前に、せっかくこれだけ長い間遊んできたゲームだし何かしら感想をまとめたい!と思い立って考えた結果、特に好きな「幕間の物語」について感想を書くことにしました。
皆さん、幕間の物語の消化は進んでいるでしょうか。私はやる気になって実装当日に全部読み切る時もあれば、ずるずると溜めて後で読み、なんでこんなに良質なシナリオをリアルタイムで読まんかったんや……となる時もあります。幕間と強化クエスト、気付くと物凄い勢いで溜まりがち。FGOあるあるだと思います。
終章を前にして、自分が読める分の幕間の物語は全部読み終わったので、この記事ではその中でも特に心に残った幕間の物語10個について書いていきたいと思います。
以下、FGOで配信されている幕間の物語・メインシナリオ・期間限定イベント・一部絆礼装のネタバレを含みます(絆礼装の詳しいネタバレの前にはワンクッション置きます)。ご留意のほどお願いします。
1.アナスタシア「極氷封印/漂着する魂は」
アナスタシアについて考えた時、多くのプレイヤーの心に残っているのは、やはりメインシナリオ2部序章でのカルデア襲撃ではないでしょうか。カルデアへの襲撃から始まって、2部1章では彼女のマスター・カドックとの絆が印象深く描かれたため、「カルデアに召喚されたアナスタシア」はどういった扱いになるのだろうとはずっと気になっている点でした。
アナスタシアには幕間の物語が二つ実装されており、一つ目の幕間「絶望性の過去と希望性の未来」では2部1章で獣国の皇女として振る舞っていたアナスタシアとはまた違う、いたずら好きでお茶目な少女の側面が見られます。それと同時に、カドックが召喚したアナスタシアによるカルデアへの襲撃が、カルデアに召喚されたアナスタシアの精神に小さくない影響を与えていることが示唆されます。本項でとりあげる幕間の物語「極氷封印/漂着する魂は」では、その小さくない影響の決着について描かれています。
〇夢の中へダイブする
幕間の物語で、アナスタシアは思い詰めた結果自身の魔力を消費して閉じこもりきり、再召喚されない状態で消えてしまおうとします。事件が起きた冒頭では魔術のエキスパートであるメディアがこの事態に対応しており、ゴルドルフの反応を見ても彼女の扱っている魔術は非常に高度なものでかなりの緊急事態だと察せられます。
このようなアナスタシアの様子を受け止め、主人公は「人間でないサーヴァント」という条件に合致したヘシアン・ロボを連れ立って、アナスタシアの夢の中に向かいます。そしてカルデアのアナスタシアが使役している、幻覚の獣国の皇女と戦うことになります。
相棒のサーヴァントを一騎連れ、心の中に飛び込み、心の持ち主と戦う。この流れは、Fate/EXTRA CCCで主人公の岸波白野が行ったものと似ています。実際にメディアも「精神と魂に侵入して読み取る魔術式もどこぞにあるようですけど」と殺生院キアラが開発した医療ソフトのうちの一つ、万色悠滞を指すような発言しており、ある程度意識した構図になっているのでしょう。Fate/EXTRA CCCで心の中に飛び込む相手は、主人公にとって内面の奥深くを知り、様々な形で強い因縁を結ぶ相手であることから、この幕間がアナスタシアの内面描写にとってどれだけ重要な内容かが窺い知れます。
また、主人公が連れ立つサーヴァントに、「人間でないサーヴァント」という条件の中でもヘシアン・ロボが選ばれているところにも考えさせられるものがあります。
アナスタシアの一つ目の幕間「絶望性の過去と希望性の未来」で、アナスタシアは自身の過去について語り、その境遇からアヴェンジャーのクラスで召喚されてもおかしくないかもしれない、と語ります。
「ダメね。その内、アヴェンジャーで召喚されそう、私」
『それは……あまり見たくないな』
「あら。……ふふふ。そう、マスターがそう仰るなら仕方ないわ。ええと……こういう時は、日本だとこうするのよね? はい、小指を出して。指切りげんまん。アヴェンジャーになったら……針千本飲むわ」
かつて復讐者のクラスにはならないと約束し、今は故郷の風景に閉じこもっているアナスタシアのもとに主人公と共に向かうサーヴァントが、復讐者のクラスになった結果故郷を遠く忘れてしまったヘシアン・ロボであるところには、そこはかとない繋がりを感じます。
余談になりますが、このアナスタシアの幕間は狼王ロボに乗っている首無し騎士・ヘシアンがたいへんよく喋ります。首無しという性質上普段喋ることのないヘシアンの、思いの外フレンドリーな性格が見られる貴重な場面という意味でも、この幕間は心に残っています。
〇獣国の皇女の罪
先述したとおり、この幕間で語られるのはカルデアを襲撃した獣国の皇女アナスタシアが、主人公とカルデアのアナスタシアに落とした影響についてです。主人公はアナスタシアの姿かたちに恐怖を全く抱いていないわけではありませんが、それでもカルデアの彼女に接して良い関係性を築いています。そのことは二人の距離が分かりやすく縮まっていく絆台詞からも感じ取れます。
掴んだ手を、離さないで……。私の目の届く所に居て。私の声を聞いたら、いつでも返事をして。私はもう──失いたくないの
アナスタシアが消えてしまおうと思うほど思い詰めた理由は、自分ではない自分がカルデアを襲撃したこと・自分のマスターはそれについて未だに恐怖を抱いていること・それでも自身が召喚したアナスタシアに向き合い絆を結んでくれていること・そして自分がマスターの優しさに甘えていることへの罪悪感に由来しています。幕間では、アナスタシアがマスターへ改めて「どうして怖いはずの自分を、内面世界へ追いかけてきてまで引き止めようとするのか」と問いかけます。
「私のこと……怖いでしょう?」
『怖いよ。でも……』
「でも……?」
『きみに罪を着せる気はない。それは、あの皇女に対しても失礼だ』
予想外の、答えがきた。理解するのに、少しの時間を要したほどに。
『あの皇女のやったことは絶対に許せない。でも、あの行動は彼女のものだから』
彼女はどうあれ、マスターである青年のために働いた。彼のために獣国の皇女となり、その身で彼を庇うほどに。それが恋なのか、愛なのか、あるいはそれ以上の、それ以外の何かなのか。それは私には永遠にわからないし、理解できないだろう。
――それでも。彼女は彼女の抱いたものを信じて、戦ったのだ。……それを、その罪を、その想いを、身勝手に強奪してはいけなかった。
獣国の皇女として振る舞ったアナスタシアと、自分が召喚したアナスタシアの行いを主人公が同一視しない理由には、アナスタシアへの親しみも勿論あるでしょう。しかし主人公は、目の前のアナスタシアと同様に「カルデアの襲撃は、あのアナスタシアのものだから」とカルデアを襲ったアナスタシアも尊重する言葉を口にします。アナスタシアもまた、自分がマスターを大切に思っているように獣国の皇女だったアナスタシアも自身のマスターを大切に思っていて、その気持ちに従った行為を肩代わりするのは良くないと気づきます。
アナスタシアによるカルデアの襲撃は、プレイヤーにとっても衝撃的な出来事であり、主人公に召喚されたアナスタシアとどう向き合えばいいのかわからず戸惑う意見も2部1章配信当時は数多く見られました。そういった多くのプレイヤーが抱くだろう気持ちに、この幕間は二人のアナスタシアをどちらも重んじる形で決着をつけています。私はカドックと絆を結んだアナスタシアも、主人公と絆を結んだアナスタシアもどちらも大好きだったので、この幕間で出された結論がとてもうれしかったです。
自身の気持ちに折り合いをつけたアナスタシアは、その後改めて主人公と話をします。この時の、手を握り合う二人の光景は、言い表せない温かさと甘酸っぱさがあって読んでいるだけで笑顔になります。この時にアナスタシアが主人公へ伝える「手を離さないで」という言葉は、絆レベルが5になった時に聞ける言葉でもあるので尚更です。
また、この幕間は2021年の夏に開催された期間限定イベント「カルデア・サマーアドベンチャー!」が始まる直前、2021年6月に配信されました。こちらの期間限定イベントでは水着霊基のアナスタシアが実装されており、カルデアで過ごしている彼女の様子が全編に渡って描かれています。2部1章で敵対したアナスタシアと、カルデアに召喚されたアナスタシアの混同を避けるためにも、この幕間の内容は必要なものだったと感じます。
2.アルジュナ「問い掛け続けることにこそ」
アルジュナは1部5章の配信前に先行実装され、ゲーム内だと初期に実装されたサーヴァントではありましたが、最終再臨で見せる不穏な笑みと高笑いは何なのか・絆レベル5の台詞で見られるのを憂いている「顔」とは何なのか・なぜ聖杯に永遠の孤独を望むのかなど、多くの謎について推察はできるもののゲーム本編で詳細には語られていないキャラクターでもありました。2016年12月に配信された1部終章のシナリオでは、かつて自身のマスターだった人物について話すカルナへ「遠い記憶になっても心に響いた言葉が残り続けるような、英霊になった後で意識が変革するほどのマスターと巡り会いたい」と反応するやり取りが描かれており、それを見た当時はアルジュナも別のFateシリーズ作品でカルナにとってのジナコのようなマスターに出会い、掘下げがされるのかな?と考えていました。
そしてその後、2017年7月に配信された幕間の物語「問い掛け続けることにこそ」では、アルジュナが言及していた「英霊になった後で意識が変革するほどのマスター」が他でもないFGOの主人公にあたると描写され話題になりました。私も後追いでアルジュナを召喚し、幕間の物語を読んで、それまでふんわりと想像していたキャラクター性の解像度が一気に引き上げられた気分になりました。また、アルジュナというキャラクターに一層愛着が湧くきっかけにもなりました。この項目では、そんな幕間の物語について記します。
〇自分の中の「黒」
幕間の物語で注目すべき大きな点は、アルジュナの内面に隠されている人格「黒(クリシュナ)」の存在です。アルジュナが時折言及している自身の内面に踏み込まれることの恐怖・知られたくない“顔”とはこの「黒」のことを指します。
幕間にて、主人公とアルジュナは連れ立ってアルジュナの内面の奥深くへ向かい、それまで隠してきた「黒」と向き合います。「黒」については幕間で分かりやすい説明がされています。
「クリシュナ。ヴィシュヌ神の化身であり、マハーバーラタにおいて、アルジュナの味方についた男。彼は間違いなく存在した。オレたちの軍を翻弄した大英雄の一人だ。アルジュナの戦車を引く御者を務めていた、とも。……だが、それとは知られない、もう一人のクリシュナが、此処に巣食っていた」
「おまえはアルジュナの味方……同時に悪の象徴として、ここに在る。
幼い頃から己の中に巣食っていた影……全く異なる思考系統、優先順位、道徳倫理を保有し、内側から助言する裏人格」
アルジュナは出典とされているマハーバーラタで主人公格として登場し、公明正大な英雄として描かれています。そして、FGOではそういった英雄然とした振舞いの裏に人並みの苦悩があったと描写されています。この点については、幕間で「英雄である自分には悪心が存在していいはずがない」と主張するアルジュナ自身の言葉の他に、メインシナリオ1部5章で彼に相対したナイチンゲールの発言からも読み取れます。
「彼は他者が思うほど誠実ではなく、己が思うほどに邪悪でもない。
生前はさぞ息苦しい人生だったでしょう。誰かに何かを決めつけられたまま生きてきたのですから」
模範的な英雄として在れる恵まれた環境におかれ、そのように振る舞う裏で自分が人並みの悪性を持っている事実に苦悩した結果生まれたのが、アルジュナの悪性を一手に引き受ける「黒」の人格なのでしょう。一片の悪も良しとしない、平易な言葉で言えば潔癖に近い考え方によって、アルジュナは「黒」を他人に見られるのを恐れ、「黒」を見るほど親しくなった相手を手にかけるといった性質を持っていたと考えられます。
アルジュナの中にある「黒」はこの内面を見た主人公及びカルナを殺すようアルジュナにけしかけますが、それに対して主人公は「悪心なんて誰にだってある」と反論します。
FGOの主人公は英雄・反英雄を問わず様々なサーヴァントと契約しており、その気質から「善も悪も許容する善人」として描かれています。こういった主人公の性格については、この幕間が配信された2017年7月までに配信されているシナリオでも言及されています。
「残念だ。おまえは、聖槍には選ばれない。その魂は善を知りながら悪を成す。善にありながら悪を許す。それは悪と同義だ。我が足下まで辿り着いた、最新の人間に期待したが――。死ぬがよい。私の作る理想都市に、おまえの魂は不要である」
「君は善でありながら、悪を憎まない。悪に苛まれようとも、善を貫こうとする。……いいかい? 誰が何と言おうと、それは素晴らしい事なのサ」
自分自身さえ許せなかった悪を当然に許容する主人公の言葉に背を押され、アルジュナは「黒」を退け、カルナを卑怯な手で討ったのは他でもない自分だと受け入れます。この時の口調や一人称は、普段の彼のそれと比べて素朴なもので、優等生として振舞っている裏にあるアルジュナの素はもっと朴訥としているのかもしれないと感じられます。
アルジュナは自身の「黒」を見た相手を手にかける性質を持ってはいますが、相手がこちらに踏み込み過ぎないよう一線を引けるサーヴァントでもあります。通常の聖杯戦争のように短い付き合いであれば、マスターがアルジュナの「黒」を見るといったことはそう無いのでしょう。FGOにおいて主人公がアルジュナの「黒」を見たのは、彼との付き合いが年単位の長いものになったことも影響しているのではないかと思います。
そういった特異な状況で主人公と「黒」は出会いましたが、先述したような主人公の性格を鑑みると、彼/彼女が「黒」に出会って良かったとも強く感じます。
〇旅の行く先
「問い掛け続けることにこそ」の幕間は、それまでのアルジュナに関する描写の総決算と言ってもいい内容になっています。その中で私が注目したいのは、「旅」というキーワードです。
アルジュナは先行実装にあたってシナリオ付きの体験クエストが用意されており、主人公とのファーストコンタクトが描かれています。この時主人公は真名を忘れたアルジュナに出会い暫く行動を共にするのですが、カルナのシャドウサーヴァントに出会うと憎しみを露わにします。カルナを“正しい”英雄だと認識していながら、憎しみを抱く自分は間違っていると懊悩するアルジュナに、主人公は「間違っていない」「彼はきっと宿命の敵だ。それを探すために旅立とう」と声をかけます。これが、アルジュナと主人公の間で初めて「旅」という言葉が出てきた場面です。
そして、この幕間の終盤と、アルジュナの霊衣を解放した時は、アルジュナが二人の「旅」について言及します。
「このアルジュナ、最早迷いはありません。全身全霊を絞り尽くして、貴方にお仕え致します。
しかし、それにしても。長い、長い旅のようだった気もしますし、とても短い旅だった気もします。この世界に確実なものなどない。あらゆる物質はうつろい、流転し、彷徨い歩くもの。(中略)それでも、確実に言えることが一つある。……貴方に会えて、良かった」
「旅路は人を成長させもするし、時に歪ませもします。ですが、私がいる限り、旅は楽しいものにしましょう。……いえ、違いますね。あなたと旅をする私が、まず楽しいのです」
アルジュナと主人公の旅は失われた未来を取り戻す道のりであると同時に、主人公がアルジュナのことを知り、アルジュナがアルジュナ自身のことを知る道のりでもありました。始まりからひとまずの結びまでを、一つのキーワードに沿って丁寧に描かれた関係性だと感じます。
冒頭にも書きましたが、旅の行く先でアルジュナは1部終章で出会いを願った「英霊になった後で意識が変革するほどのマスター」に巡り会います。このことは、幕間を通過した後にマイルームで聞ける台詞が大きく変わるところからも感じられます。
「最早、惑いはありません。……いえ、違いますか。惑うからこその人間。混沌があるからこそ、澄み切ったこの領域に至ることが出来た。……何度でも申し上げましょう。──貴方に会えて、良かった」
「もはや、聖杯に託す望みはありません。……いえ、そうですね。最後まで、マスター。貴方と共に在らんことを」
内面に踏み込まれるのを恐れる言葉は、悪心を受け入れ、また受け入れられたが故の確固たる信頼の言葉に。孤独を聖杯に願っていた言葉は、反対に他人と共にあることを願う言葉に変わります。幕間を通過することで追加されるマイルーム台詞は他のサーヴァントにもいくつかあるのですが、どれもが関係性の変化を感じられてうれしくなるものばかりで、アルジュナのそれも例外ではありません。更に2020年12月に開催された期間限定イベント「栄光のサンタクロース・ロード」では、この幕間を通過しているか否かでアルジュナの台詞に差分も用意されていました。こういった細かい台詞の変化や差分が用意されている分、幕間の印象深さもひとしおです。
「ガチャで引かないとキャラクターの本質が分かりにくい」というFGOで間々ある現象には、ソーシャルゲームが所謂“キャラゲー”の側面を持っている以上マイナス面もありますが、こうして幕間やマイルーム台詞・期間限定イベントを通して丁寧な演出があると、キャラクターを召喚し深く知ったことに大きな意義を感じる気がして、個人的には好きな演出です。
3.カーミラ「アローン・アゲイン」
カーミラはFGOにおいてサービス開始時から実装されているサーヴァントです。初期はよりFateシリーズのお祭りゲームの色が濃く、実装されているサーヴァントの多くが別のシリーズ作品で既に登場しているか、既に登場しているキャラクターと縁のある人物でした。
カーミラもその例に違わず、彼女はFate/EXTRA CCCで登場したエリザベート・バートリーが血の伯爵夫人として成長した姿です。二人が初めて登場したメインシナリオ1部1章では、エリザベートとカーミラが未来の自分と過去の自分同士で反目し合い、戦う様子が見られました。
この項目では、そんなカーミラの内面について触れられる幕間について記します。
〇カーミラとエリザベートの違い
幕間の物語で語られるカーミラの内面について考える前に、先に触れておきたいのが、カーミラとエリザベートの違いについてです。
Fate/EXTRA CCCで初めて登場したエリザベートは、アイドルに憧れる心と少し残念な頭の弱さを見せつつも残された伝説に違わぬ残忍さを持ち合わせ、「自分の行いの何が悪かったのかわからない」「そのため罪を罪と認識して償うことすらできない」という救われなさが彼女との最終戦で提示され、その上で主人公との契約を行った際に成長の兆しを見せるというキャラクターでした。その後配信されたFGOではCCCでの成長が反映され、初めからいくらか親しみやすい性格になっています。
また、FGOにおけるエリザベートは、彼女が持つ更生及び成長の可能性に焦点を当てられていると感じます。特にそれを感じたのは、2019年10月に開催された期間限定イベント「ハロウィン・カムバック! 超極☆大かぼちゃ村~そして冒険へ……~」です。
このイベントではエリザベートが特異点に発生した国を領主でありながらまともに統治していなかったことと、ヴラド三世[EXTRA]との邂逅を通して、領主として真っ当に土地を治めなかった生前の罪及び英霊になってからも残酷な殺人を犯した罪に、エリザベートが正面から向き合う話になっています。このイベントで、エリザベートは勇者の姿のセイバークラスで登場するのですが、悪を悪と思えないまま罪を重ねた反英雄のエリザベートが、英雄然とした勇者の姿で前を向き、顔を上げて歩いていく様からは、彼女の成長を強く感じます。
更に2025年10月に開催された期間限定イベント「ファイナル・ハロウィン2025~パンプキンプラネットに輝く歌姫~」では、母の愛を受け、信頼関係を結んだマスターと共に、一つの星を滅亡から救うといった、エリザベートの集大成のような姿が描かれています。カルデアでの召喚がいつか終わる泡沫の夢であるのを前提とした上で、所謂お祭りゲームだからこその可能性を殊更強く感じるキャラクターです。
それに対して、エリザベートがCCCで見せた残忍さや救えない結末の面は、FGOにおいてはカーミラが主に請け負っていると感じます。二人のスタンスの違いは、先述した1部1章での戦いで決着がついた時のやり取りにも表れています。
「未来が過去を否定するのではなく。過去が未来を否定するなんて。――何て出鱈目な少女なのかしら。でも、だからこそ……鬱陶しいぐらい、眩しいのね。ああ……暗がりの中に戻るよう。最後の瞬間……レンガの隙間に見えた、あの光――ああ、そう……やっぱり私は――生きても死んでも、ひとりきりというワケね――」
「……さようなら、私の未来。悲しいくらいに分離してしまった、もう一人の自分。だからって罪が軽くなる訳でもないし、私への恐怖が無くなることもない。それでも私は――何度でも未来を否定するし、何度でも唄うのよ」
エリザベートが自身の末路を直視しながらも前向きでいるのに対し、カーミラは独りで牢獄に閉じ込められた最期に殉じている様子です。変化・成長を象徴するエリザベートに対し、カーミラの核は吸血鬼という怪物になった自分の身の上を受け入れ、伝説どおり残酷に振る舞い、その結果自分に訪れた決して幸せとは言えない結末をも受け入れているところにあると感じます。
この違いを踏まえて、次の項目でカーミラの内面が描かれる幕間の物語について見ていきます。
〇最後に見た光
幕間の物語は、主人公・マシュ・カーミラの三人が、かつてカーミラが女城主として暮らしていたチェイテ城に閉じ込められるところから始まります。カーミラは初め、ここがかつて自分が過ごしていた城であること・城から逃げられたのは千人いた少女のうち一人だけだったことを理由に城に留まろうとするのですが、最終的に主人公に説得されて城の脱出を目指すことにします。
この幕間は1部終章よりも前に配信されており、時間軸でいえばカルデアが七つの特異点の修正に挑んでいる時期にあたります。千分の一の確率でしか成功しない脱出を決して諦めない主人公を見て「絶望的な状況下なのに、アナタはなおも諦めずに戦っているのですもの。幽閉された程度で、大人しくなるような人間でもありませんでしたわね」と言って微笑むカーミラの言葉からは、崖っぷちに近い状況で世界を救おうとする当時の主人公の境遇とそれでも諦めない精神性、そしてそれを少なからず慮り、好ましく思う彼女の気持ちが感じ取れます。
マシュと主人公とカーミラは城を進んでいき、城に仕掛けられた脱出を防ぐためのトラップやかつて犠牲にした少女の怨念、襲い来るシャドウサーヴァントを退けて出口までたどり着きます。ここまで来たら、三人が一緒に脱出して何とかカルデアまで帰るのだろうと多くのプレイヤーは思うでしょう。しかし、出口を前にして、カーミラは城に残ることを主人公とマシュに伝えます。
「私の末路が定められている以上、ここから逃れられるはずはない。だって幽閉から逃れるということは、私の人生、私の運命全てを否定するということだもの。でも──あなたは違う。あなたは助けてあげなきゃ。確率が千分の一でも、マスターだけは。
……安心なさい。これは夢、ただの悪夢。目が覚めれば全て忘れる。もしも、の話なんて無粋なのです。あなたのような人と、過去の自分の頃に出会っていればなんて。あなたのような光に手を伸ばしていたら。私は――」
前の項目で、FGOにおいてエリザベートが変化・成長を象徴するのに対し、カーミラは自身の最期を受け入れそれに殉じていると二人の違いを書きました。幕間の物語で城に残るカーミラの言葉からは、彼女が自身の悲惨な最期もまた自分の人生だと受け入れているのだと感じられます。こういった彼女の決意については、2017年に開催された期間限定イベント「ハロウィン・ストライク! 姫路城ビルドクライマー」で、城に用意されている隠し通路について「チェイテ城にもあったにはあったらしいが、そんなものを使うくらいなら死のうと決めていた」と言及しているところからも感じられます。
同時に、幕間の物語での会話からは、マスターであるFGOの主人公が城に幽閉されるのは道理に合わないと思う気持ちを持っていることも分かります。
カーミラは悪逆の限りを尽くし、その結果迎えた結末を受け入れていますが、それと同時に善いものを善いと感じ、大切に思う心も残っています。設定資料集のFate/Grand Order material Ⅱでは、次のように書かれており、反英雄の彼女が善良なマスターには協力する可能性が示されています。
「彼女が傅く……とまではいかなくとも、進んで協力するようになるとすれば、彼女の過去を知ってなお受け入れる、底抜けに善良なマスターだけだろう」
幕間の物語でカーミラから「光」と表現されているFGOの主人公は、まさに彼女が協力する可能性を示唆されている「彼女の過去を知ってなお受け入れる、底抜けに善良なマスター」にあたるのでしょう。FGOの主人公が、彼女にとって手を貸して心を繋いでもいいと思えるマスターであるからこそ、カーミラは自身のように彼/彼女が城に閉じ込められるのを良しとしないのだと思います。幕間の物語では、残忍な性質の彼女に残った柔らかい心根が、特別しっかり見られるように感じます。
シンプルな内容でありながら、カーミラのエリザベートとは異なる己の人生への姿勢を感じられ、また、普段表立って話されることはない善良なマスターを思いやる心が分かりやすく感じられるこの幕間の物語が、私は大好きです。
4.ウィリアム・テル「伝説の狩人」
ウィリアム・テルはメインシナリオ2部4章で初めて登場したキャラクターです。異聞帯の王であるアルジュナ[オルタ]に召喚された彼は、神将と呼ばれる王の部下の一人として主人公たちと対立します。
メインシナリオ中の彼に関する描写で非常に印象深かったのは、シナリオ内で歴史に詳しい選択肢とあまり詳しくない選択肢の両方が用意されていることの多い主人公が、子供を弓で撃とうとするテルに対して「あなたが子供を撃ってはいけない!」「子供を守るために戦ったのが、あなたのはずだ!」と発言する場面です。自分の息子を弓で救った英雄が子供を撃つはずがないという主人公たちの言葉によって、テルは自分の記憶から息子の存在が消されていることに気づきます。インド異聞帯が不要なものを排除する性質の世界だとはそれまでの描写でも感じ取れましたが、サーヴァントにとって核となる大切な生前の記憶すらも不要と断じられれば消されてしまうことが明かされ、より衝撃を受ける局面です。
ウィリアム・テルの逸話を当たり前に知っており、テルに対して「子供の頃に絵本で読んだから知っている英雄」のような憧れの目を向ける主人公の姿は、その後も時折描かれています。例えば2020年8月に開催された期間限定イベント「サーヴァント・サマーキャンプ!~カルデア・スリラーナイト~」では、「息子を撃ってしまった」という現実と異なる悪夢に苛まれているテルを慮る発言をしています。
「でも『覚めていない』のであれば、それは本人の選択なのではー? いい夢であれ悪い夢であれ、『現実よりマシ』と思ってしまった結果なのかもしれませんよ?」
『テルに限ってそれはないかと……』
「はい。テルさんにとって、息子を射抜く以上の悪夢はないかと」
第五節「スマイリング(2/2)」
例に漏れずこの幕間でも、テルの逸話と主人公が彼に向ける憧れ、そしてそれに対するテルの思いが描写されます。
〇狩人としての自認
幕間の物語で、テルはカルデアに集っている狩りにまつわる技術を持っているサーヴァントと狩り対決をします。その対決相手は、鷹狩りを行っていた柳生宗矩と織田信長、狩人として名高い伝説を持つオリオンとアタランテといったアーチャークラスのサーヴァントを中心とした錚々たる顔ぶれです。
狩り勝負をするに至った経緯は、テルの狩人としての自認に端を発しています。自身がサーヴァントになった所以たる悪代官を討った逸話と、アサシンクラスの適性も持っている事実を振り返りながら、テルは自分の在り方について語ります。
「確かにわしは悪代官ゲスラーの心臓を射抜いた。それはやむなく、他に道がなかったが為にやらざるを得なかった行為だが――わしが英雄と呼ばれるようになっちまった理由の一要素であることは間違いないんだろう。だがね、それでもわしは狩人なのさ。少なくともアーチャーとして喚ばれている今のわしはそう思う。ゲスラーのことを、射なければならなかった獲物だと嘯くこともできるが、それでもな。本質的に、そちらには寄りたくないというか……」
(中略)
「正直に言えば、わしは――アーチャーのウィリアム・テルとして、『狩人らしさ』を思い出したい、と思ってるってわけさ」
自分の核は悪人を倒すところには無く、あくまでも山で狩りをする狩人たるところにあると話すテルの心持ちは、英雄の中でも素朴に感じられるものです。幕間の中で彼と接する面々がそれぞれ異なる方向性の英雄らしい精神性を備えているからこそ、テルの在り方はより珍しく思えます。
そしてその自認どおり、テルの狩りの腕は古今東西の英傑が集まるカルデアでもかなりの力量を誇ります。幕間で開かれた対決では、対戦相手に戦果を上回られている状況でも「自分の中にあるもの以上の力が出るわけではないし、もしそんなものを要求されるなら、それは既に狩りではない」と言って焦らず休憩するといった、落ち着きのある様子を見せます。このようなテルの姿はダ・ヴィンチから「自分の力に対する『マイナス思考ではない諦観』」と評されていて、等身大の英雄らしさを改めて言葉にした評価と言えるでしょう。
こういった話を見ていても、テルは自分を立派な英雄だとはあまり思っておらず、ただの狩人でありただの人だと考えているようです。幕間の後半では、そういったテルの考えに反して、異聞帯で初めて彼と出会った時から彼を憧れの英雄だと認識している主人公の気持ちにも言及されます。
〇憧れの英雄
幕間の物語の後半で、主人公とテルはシミュレーターのバグにより発生した魔物とかち合います。魔物は主人公の近くにいて、テルが魔物を仕留めなければならないものの、矢が少しでも外れれば主人公に当たってしまうという状況です。生前の、息子の頭に乗ったリンゴを撃った時と非常に近しい状況と言えるでしょう。
先述したとおりテルの精神性はただの人間に近いものです。他のアーチャークラスのサーヴァントの中にはこういった状況でも全く動じず魔物を撃ち抜く者もいるのでしょうが、テルは主人公に矢が当たってしまうかもしれない場面で少なからず緊張し、相応の覚悟をもって弓を構えます。
それに対して、この時テルの狙撃を待つ主人公の「テルが覚悟を決めたのがわかったから――ただ、信じて、待つことにした」という心情描写からは、2部4章からずっと描かれている英雄ウィリアム・テルへの信頼が感じられます。この他にも、狩りの合間に休憩する時テルから軽食としてリンゴを渡された時に「テルのリンゴ!」と目を輝かせるなど、主人公の憧れはやまない様子です。
無事に魔物を射抜き、倒した後、テルは主人公から自分に向けられる憧れへ言及します。
「……いい機会だ。改めて言っておこう。わしはそんな弱いサーヴァントだ。神の血を引いているわけでもない。伝説の武具を持っているわけでもない。(中略)人として普通に弱く、人として普通に破滅を恐れる……ただの人の親で、ただの狩人。それがわしなんだ。だから、何と言うかな。あんまりそういう……英雄に向けるようなまっすぐな目で見られると、気恥ずかしいってこともあるのさ」
FGOに登場するサーヴァントは数多く、中にはテルと同じく「自分は英雄と呼ばれ讃えられるほどの器ではない」と考えているサーヴァントもいます。しかし、そういった意識のサーヴァントに殊更主人公がきらきらとした憧れを抱いている、という関係性はテルと主人公特有のものだと感じます。
この幕間でも、主人公は自分の気持ちを改めて言葉にしてテルに伝えます。
『でも、人の弱さの中で大事な矢を撃てることが――他でもない、あなたの強さだと思うから。だからやっぱり、あなたは英雄なんです』
大層な志があったわけではなく、ただ家族を守るために戦っただけのウィリアム・テルが、なぜ英雄と呼ばれるのか。主人公が伝えたこの言葉にはその理由が詰まっていて、とても心に響くものだと感じます。これを聞いて、主人公からの憧れを否定するのではなく受け止めると決めたテルの心の変化も大好きです。
幕間で改めて掘り下げられている、テルの「家族を守るために人として偉業を成した、等身大の英雄」という在り方は、彼の二つ目の宝具にも表れています。
テルの宝具「放たれじ次善の二矢」は、一つ目の宝具であり“絶対に外れない一矢”とされる「放たれし信力の一矢」が万が一外れた時に発動するものです。これは彼が横暴な領主の指示で息子の頭に乗せたリンゴを撃った時、万が一矢が外れた時に領主を撃つため二本目の矢を隠し持っていた逸話が由来になっている宝具です。失敗に備えて用意された次善の策を基にした宝具というのは、並外れた英雄ではなく人並みに失敗を恐れた英雄のテルらしい宝具だと感じます。
そして、この二つ目の宝具についてはテルの絆礼装でも言及されています。
***絆礼装ネタバレ注意***
「第二の矢を用意したことを恥じる必要はない。それも、自らの矮小さを認める、という人としての強さを持っていた証なのだから」
こちらも幕間と合わせて、ウィリアム・テルの英雄性を的確に言語化しており、主人公から彼への憧れにいっそう理解が深まる気がして好きな文章です。
***絆礼装ネタバレここまで***
5.ギルガメッシュ(キャスター)「王の休息」
キャスタークラスのギルガメッシュは、メインシナリオ1部7章の配信と同時に実装されたサーヴァントです。まさかの“王として成長を果たした状態のギルガメッシュ”の登場であったことと、彼と同時にファンが待ち望んでいたキャラクターの一人・エルキドゥが実装されたことで、1部7章配信当時は大いに盛り上がっていた覚えがあります。
キャスターのギルガメッシュは、アーチャークラスの彼と本質こそ同じではありますがいくらか接しやすくなっていて、特に1部7章のティアマトという強敵を相手取っている状況では愉快な王様といった振舞いで主人公たちに接し、また、ウルクの存亡を賭けた戦いにおいて王道の英雄らしい姿を見せます。滅亡を前にしても活気づき、その日その日をたくましく生きているウルクの在り方と、そんなウルクを治めるギルガメッシュの姿に、主人公たち共々心を打たれたプレイヤーは多いのではないでしょうか。初めて登場したFate/stay nightでは敵役だったギルガメッシュが主人公の味方側に立つというのはFate/EXTRA CCCで一度あった展開ですが、老成し賢王として国を治めているギルガメッシュが味方についてくれるのは、CCCとまた違った味わいがありました。
幕間の物語「王の休息」では、ギルガメッシュと主人公が、カルデアで起きたある事件の解決に取り組むことになります。
〇人理修復のその後に向けて
幕間の物語「王の休息」は、第七特異点修正後から終局特異点に向かうまでの時系列の話になります。実際にこの幕間の物語が配信されたのは2017年12月22日であり、1部終章のシナリオが配信されてから約一年後の時期でした。この一年間ではメインシナリオ1.5部のストーリーが四つ配信されており、終局特異点クリア前のカルデアの様子を見るのは、体感で随分久しぶりだったのを覚えています。
幕間の物語で、ギルガメッシュは現在のカルデアの体制について「人員も士気も限界に近い。ガマン大会でも開いているのか?」と言及します。突如発生した人理焼却により人類最後の砦になったカルデアが、常に人員不足かつリソース不足であるのは時折話されていたところですが、ギルガメッシュの指摘によってそのギリギリっぷりが改めて明らかになります。カルデア全体の確認をする他、質問をする体で「マスターがカルデアの設備についてちゃんと把握しているか」をテストしていたギルガメッシュと、試験めいた質問の数々にどっと疲れている主人公の姿が個人的に好きな点の一つです。
更に人員不足の話があった矢先、カルデアでは「数名の職員が昏倒し、ロマニが行方不明になった」という事件が起きます。主人公とギルガメッシュはマシュにオペレーターを任せ、レイシフトの痕跡があった冬木へ向かい、ロマニを攫った犯人を追いかけます。冬木の名前を聞いた時に聞き覚えのある反応をしたり、冬木の地で「シロウ」という名の少年及びこの世全ての悪であるアンリマユと一戦交えたりしているギルガメッシュの姿は、Fate/SNを遊んでいるとにやりとできる点です。
最終的に行方不明になっていたはずのロマニが通信越しに割り込み、戦いを中断したことで緊急のレイシフトは幕を下ろします。そして、ギルガメッシュから今回の騒動は、こと人材に関しては自転車操業状態のカルデアで、ロマニを中心として何人かの職員がいなくなっても緊急事態の解決にあたれるかを試すために、ギルガメッシュが仕組んだことだったと話されます。
幕間の物語内でも話されていますが、ギルガメッシュは未来を見る千里眼を有しています。そして、マシュがレイシフトに向かわずカルデアでオペレーターを務めること・ロマニがいなくなること・カルデア職員が欠けることは、いずれもメインシナリオ1部終章から1.5部を挟み2部序にかけて起こる出来事です。この幕間の物語が、2部序を直前に控えたタイミングで配信されたことで、ギルガメッシュの持つ千里眼が活かされた内容になっていたと感じます。
千里眼に連なって、ギルガメッシュと同じく千里眼を持っているマーリンが今回の騒動を引き起こすため手を貸していたのも好きな点です。ロマニが寝ている間見ていた夢が「マギ☆マリにプライベートライブを開いてもらう最高の夢」だったことと、マギ☆マリの正体を鑑みると、確かにそうだろうな……と納得がいく人選と言えるでしょう。
また、「この時系列の後の展開を知っているからこそ味わいが深くなるシナリオ」という意味では、本シナリオを1部終章後に読むことでひときわ胸を打つのが、マシュと主人公が最後にロマニへかける言葉です。
「それよりみんな、すまなかったね。ボクがもう少ししっかりしていれば、すぐに目を覚ましたんだろうけど……」
「いいとも。よく眠れたのならそれでいい。こっちは君のありがたみを思い知ったところだしね」
「はい。ドクターがいないと困ります。ここまでカルデアを引っ張ってくださった方ですから」
『うん、これからも、ずっと一緒に』
幕間を読んだ当時は1部終章から一年しか経っていないのもあって、「これからも、ずっと一緒に」の言葉に込められた感傷がより沁みました。
〇二人の王
この幕間の物語を読むにあたり、着目したいのが「王の休息」というタイトルです。このシナリオはギルガメッシュの幕間の物語であり、1部7章で見たとおりギルガメッシュはウルクを統べる王だったのですから、タイトルだけを見るならば「王の休息」の「王」が指す人物はギルガメッシュだと考えるのが自然でしょう。
しかし、いざ幕間の物語を読んでみると、ギルガメッシュは休むどころかカルデアの現状をチェックし、職員が欠けた時の対応力をテストするため他のサーヴァントの手を借りながら自ら作戦を立案して、主人公と共に冬木にまで赴いています。これではとても休息をとっているとは思えません。
反対に、幕間の物語でしっかりと休息をとっているのがロマニです。ロマニはギルガメッシュによく休むよう言われた後、四時間の仮眠をとり気持ちのいい夢を見て目を覚ましています。
1部終章で明らかになる事実ですが、ロマニの正体は魔術王ソロモンです。そして彼は、自身を起源とするゲーティアへ綻びを与えるため完全に消滅します。終局特異点直前に、十分な仮眠をとり幸せな夢まで見られたひと時は、ロマニこと魔術王ソロモンにとってはまさしく「王の休息」にあたる時間だったのかもしれません。
前の項目でギルガメッシュとマーリンの千里眼について言及しましたが、ソロモンもまた、千里眼を持つサーヴァントの一人です。ギルガメッシュがマーリンの手助けのもとソロモンを休ませるという、幕間の物語での一連の出来事には、同じ能力を持つ者同士のそこはかとない繋がりが感じられます。
また、ギルガメッシュはカルデアを見て回った後、ロマニに苦言を呈する形で声をかけるのですが、その時のやり取りも注目したい点です。
「けど、ウルクのギルガメッシュ王ともあろう者がボクの心配をするなんて、そっちの方が怖いけどね。これは、ボクも語るに足る人間として認めてもらった、という事でいいのかな?」
「………………。たわけ。我が認める人間などそう多くいてたまるか。単に、貴様はカルデアのアキレス腱だ、と忠告しているだけだ。自覚せよ」
制作側がそこまで考えて書かれた文章かは分かりませんが、ロマニの「ボクも語るに足る人間として認めてもらった、という事でいいのかな?」という言葉へ沈黙を挟むギルガメッシュの姿には、ロマニの正体を察しているかのような意味深さを感じます。未来視の能力を持っているが故のギルガメッシュの意味深な言動は、1部7章でも時折見られたところですが、ロマニの正体についても同様だったのかもしれないな、と感じられる一幕です。
6.虞美人「午後はカルデアおもいッきり虞美人」
虞美人はメインシナリオ2部3章で登場したサーヴァントです。その正体はメインシナリオ第2部開始時からカルデアと対立していたクリプターのメンバー、芥ヒナコだったというのもあり、かなり衝撃を受けました。2部3章での彼女は空想樹と融合してカルデアと戦った末に敗北し、始皇帝から「英霊になれば項羽の人類を守る思いを汲むことができ、更に項羽が人類の守護者として認定され、いつか再会できるかもしれない」と告げられ消えていきました。
しかし、一つ前のメインシナリオ2部2章でマシュに対して好意的だったオフェリア等とは違って、明確に敵対したまま終わった相手でもあったので、いざ虞美人のピックアップ召喚が始まって彼女を引き当てた時に「よりにもよってお前が私を召喚するなんて、いったいどういう神経してるの!?」と言われた時は、そりゃそう言いたくなるよねと笑ってしまいました。
そんな彼女の幕間の物語は、タイトルから察せられるとおりかなり愉快な内容になっています。おすすめの幕間の物語として、数あるシナリオの中でもこちらの話を挙げる人も多いのではないでしょうか。本項でもこの幕間の物語について取りあげます。
〇召喚後のマスターとの関係
虞美人の幕間の物語は、彼女が主人公にパンを買ってくるよう言ったり、主人公が読んでいる途中の雑誌を寄越せと言ったり、肩を揉むよう命令したりするという一幕から始まります。そのどれもにあっさりと応えてしまう主人公と、それに戸惑って怒る虞美人の間に彼女が感じている問題意識は、「自分の正体を知っている普通の人間とどう接していいか分からない」といったものです。虞美人は精霊という存在で、その特殊な出自から普通の人間と付き合う機会はそう多くなかったと察せられます。
マスターとどう付き合えばいいか、虞美人は蘭陵王に相談するのですが、真っ先に蘭陵王がするアドバイスとその内容が「服を着てください」の時点で笑いを誘います。その後に続く話も正論が極まったもので、何度読み直してもその真っ当過ぎる言い分に笑ってしまいます。
「余人との距離を計り難いと言いつつもあの出で立ち。恐れながら何かの冗談かと勘繰ってしまいました。お許しを」
「正体を見破った相手は悉く殺し尽くす、という方針が身に染み付き過ぎているのです。人外化生としての在り方ならばいざ知らず、相手を生存させたまま継続的に交流しようというのであれば、自ずと相応の節度というものに心を配らなければなりません」
「マスターは若輩ながらも高い徳を備えた寛容な人物。(中略)ただしその柔軟なる性根故に、貴人と見れば貴人として、変人と見れば変人として遇する方でもあります。真っ当な関係性を築きたいのであれば、まずは当世の良識に照らして奇態と映るような振る舞いを、極めて慎むべきかと」
これらの言葉の中でも、特に蘭陵王からマスターである主人公への「柔軟なる性根故に、貴人と見れば貴人として、変人と見れば変人として遇する方」という評価が的確なのも面白いです。
その後虞美人と蘭陵王は、「生前大きな確執があった相手とカルデアで再会した場合どう接するべきか」の答えを求め、イシュタルやパールヴァティーといった女神たちのアドバイスのもと、エミヤへ相談しに行きます。彼女らが誰の疑似サーヴァントとして現界しているかを考えると、エミヤが「何かのドッキリじゃないか」と勘繰りたくなるのもわかる人選です。しかし、「最終的に生前の確執については生きていた者たちだけのもので、それで自分の在り方が変わるわけではないと何かの拍子に達観を得たのだ」と語る彼の姿は、Fate/SNをクリアしていると心に沁みるものでもあります。
虞美人は存在の特殊さから異聞帯での記憶をそのまま引き継いでカルデアにやって来ており、また異聞帯の王とは異なった形で主人公と戦った相手です。その分主人公への接し方には殊更苦慮しているのが見られますが、同時に蘭陵王に相談するということは、主人公との付き合いを真っ当に継続したい思いがあるということでしょう。終始じわじわと笑いを誘う悩み相談のくだりではありますが、虞美人なりにかつて敵対した主人公へ歩み寄ろうとしているのが感じられ、微笑ましい一幕でもあります。
〇虞美人vsマスター
エミヤから「周囲に迷惑のかからない範囲で殴り合いでもしてみたらどうか」とアドバイスを受けた虞美人は、早速主人公と戦うことに決めます。二人の戦いは全部で三回行われるのですが、特に面白いのは二回目と三回目のバトルです。二回目の戦闘では、雪辱戦として異聞帯で主人公側についていたサーヴァントたちが虞美人につき、虞美人側についていた蘭陵王がマスターにつくという一風変わった編成で戦うことになります。荊軻、モードレッド、スパルタクスなどの面々と戦うのは、2部3章をクリアした後だと感慨深くなります。
虞美人はこの戦闘でスキルを使いサーヴァントたちを支援するのですが、その様子は「サーヴァントの体力を回復する代わりにスタンさせる」「飽きたらサーヴァントの体力を強制的に1にする」など惨憺たるものです。戦闘を観戦していたシオンと虞美人側についていたサーヴァントからの評価も散々なもので、特に普段意思疎通が難しいバーサーカーとして扱われているスパルタクスからの呆れ混じりの鋭い評価がじわじわときます。
「んー、ナイナイ! こんな雑なタクティクス、そう見られるものじゃないですね!」
「ちょっと蘭陵王! 貴方何なのよその手強さは! まさか秦では手抜きしてたの!?」
「いや、そう言われましても……」
「あのな。これでつまりマスターとしての格の差が歴然になったってことだ」
(中略)
「何よ揃いも揃って! 私の指揮に文句があったっての? ちゃんとサポートしたじゃない!」
「いや指揮云々、圧政云々以前の話である。回避中の相手に向けて宝具攻撃を発動させるなど……」
虞美人の指揮を受けたサーヴァントたちは、次々に異聞帯で虞美人の指揮のもと戦っていた蘭陵王の苦労を忍ぶのですが、蘭陵王自身は「異聞帯の自分は、虞美人が生前の約束を果たし、難局において自分を召し抱えてくれたなら晴れ晴れとした気分で戦えただろう」とも語ります。生前に彼が経験した主従関係の末路を考えると、生前からずっと自分を思いやってくれた虞美人との主従関係は、どれだけ戦闘の指揮が拙くとも喜ばしいものだったのでしょう。私は虞美人に関する関係性で、項羽との夫婦関係は勿論のこと蘭陵王との知人もしくは友人のような関係も大好きなので、この言葉がとてもうれしかったです。
更に三回目のバトルでは虞美人の夫である項羽がやってきて、「正しく戦闘を再現するなら主人公側に自分もつくべきではないか」と提案し、虞美人と戦うことになります。当然虞美人は項羽を攻撃できるわけもなく、自陣のサーヴァントにありとあらゆるデバフと火傷効果を付与し体力を強制的に1にするという、放っておいても1ターンで自陣が壊滅する状態にしてしまいます。
この戦闘結果にサーヴァントたちは言葉を失い、虞美人は怒りながらその場を去っていくのですが、虞美人の幕間の物語の面白さはやはりこの戦闘における特殊演出にあると感じます。前途多難でありながら、ゆっくりカルデアに慣れてもらうしかないという結論によって、虞美人とのひと騒動は幕を下ろします。
このように主人公と真っ当に付き合いを始めるまでひと悶着あった虞美人ですが、絆レベルが上がった時に聞ける台詞では、人間ではない自分と垣根無く付き合うマスターと、精霊の自分でも穏やかに過ごせるカルデアという場所を彼女なりに好ましく思う様子が見られます。また、私は数ある絆礼装の中でも五指に入るくらい虞美人の絆礼装が好きです。
***絆礼装ネタバレ注意***
私は初め、虞美人の絆礼装は項羽との生前の思い出などが語られるだろうと予想していました。そして絆レベルが10に到達した時、カルデア職員としての先輩・芥ヒナコから後輩の主人公への贈り物が絆礼装として手渡された時は、非常に驚くと同時に幕間の物語でのような騒動を経て彼女と確かに絆を結ぶことができたのだと実感した感動で少し泣いてしまいました。
***絆礼装ネタバレここまで***
また、虞美人の幕間の物語は一頻り笑える内容になっていますが、項羽の幕間の物語「時の先導者」では項羽の妻として彼と他の人たちの架け橋になる虞美人の姿が見られます。なぜ二人が惹かれ合い、愛し合っているのかの一端が垣間見えるこちらの幕間の物語も、非常に好きなシナリオの一つです。
7.オリオン「或る愛のうた」
オリオンの初登場は、2015年9月に開催された期間限定イベント「月の女神はお団子の夢を見るか?」で、メインシナリオ1部3章に先駆けての実装となりました。実装当時と1部3章配信後でマテリアルの文章が大きく変わるという、特殊な演出があったサーヴァントでもあります。
熊のぬいぐるみのような姿でやってきたオリオンと、オリオンの召喚に割り込む形でやってきたアルテミスは、概ねオリオンが女の子に声をかけてそれをアルテミスが女神らしいスケールの怒りようで咎めるといった夫婦漫才のようなやり取りを繰り広げています。その様子は他のサーヴァントが真面目な話をしがちなマイルームでの会話でも特に変わり無く、私はオリオンを知ったばかりの頃、アルテミスが一方的にオリオンのことを好きで、オリオンは腐れ縁で彼女に付き合っているのかな、と感じていました。
しかし、その印象が大きく変わり、二人をより大好きになったきっかけが、本項で取りあげる幕間の物語「或る愛のうた」です。
〇難航する新婚旅行
幕間の物語「或る愛のうた」は、その一つ前に配信されているオリオンの幕間の物語「アンスイート・ハネムーン」との連作になっています。その内容はどちらもアルテミスが「オリオンとハネムーンがしたい」と提案し、主人公とマシュを連れ立って半ば無理やり修正後の特異点に向かうというものです。フランスやアメリカなどの、ギリシャ出身の二人にとって海外にあたる土地へ向かうのは、確かにハネムーンと言えなくもない状況です。
しかし、新婚旅行に向かった先の特異点は、既に異常が修正されているはずなのにゾンビやラミアといった敵のモンスターが次々に出てきます。モンスターが出てきた以上オリオンたちも戦わなければならず、ハネムーンなどとは言っていられない状態です。
オリオンの一つ目の幕間の物語「アンスイート・ハネムーン」で、特異点の調査をすることになり新婚旅行どころの騒ぎではなくなったアルテミスは落ち込むのですが、彼女に声をかけるオリオンのやり取りからは彼なりの気遣いが見られます。
「ったく、しょうがねえなあ! いいか、アルテミス。これはハネムーンだ。ハネムーンがてら怪物退治をしているって寸法よ。観光ついでに悪者やっつけて、気分スッキリって感じだ」
「オリオン……」
「いいだろ? 面白いだろ? っつーか俺はチョー面白いね!」
「……うん、そうだよね! ダーリン、愛してる!」
こういったアルテミスへの気遣いは、オリオンがハネムーンを心の底から拒否していたら出てこない言葉だと思います。
更にオリオンは、幕間の物語の最後に城で巣食っているラミアを倒した後、ラミアから奪った指輪を「ハネムーンだったら指輪の一つくらいは欲しいだろ」と言ってアルテミスに渡します。こちらのやり取りも、オリオンなりにアルテミスが夢見る新婚旅行を出来る限り叶えてあげて、アルテミスを喜ばせようとしている気持ちが感じられて、大好きな会話です。このように、普段はアルテミスが一方的にオリオンへアタックしているように見える二人の関係が、実はオリオンも彼なりにアルテミスを好いている関係であることは、一つ目の幕間の物語からも既にいくらか伝わってきます。
そして連作となる幕間の物語「或る愛のうた」では、引き続きアルテミスが主人公とマシュを無理やり連れ立ってハネムーンをやり直すため特異点のアメリカへ向かいます。しかし、そこでもなぜかモンスターが出現し続け、旅行どころではない状況です。この明らかにおかしい状況の原因にオリオンと主人公は気がつくのですが、オリオンから「俺から言った方がいいと思う」と申し出があり、アルテミスへ伝えられます。
修正されたはずの特異点にモンスターが出現するのは、女神という規格外の存在のアルテミスが世界に影響を与えているからではないか、とオリオンは語ります。神が地上に降りてくると、どれだけスケールダウンしていても多かれ少なかれ何らかの影響を及ぼすというのは、直近の2025年7月に開催された期間限定イベント「インドラの大試練 ~巡るブロークン・スカイ~」で地上にやってきたインドラが空を壊していたところからも窺えます。
オリオンと一緒に他所の世界へ行くことはできない。それを知ったアルテミスは大号泣してしまいます。特に「お兄ちゃんの目を盗んだりしないで外でデートできると思ったのに」という彼女の言葉からは、彼らの交際に反対した兄・アポロンによって海中を泳ぐオリオンをアルテミスが撃ち殺してしまうという悲劇の最期を遂げた二人だからこその悲しみが感じ取れます。
嘆くアルテミスをどう励ますのかが、オリオンの腕の見せ所です。
〇相思相愛のふたり
自分たちがいると世界に異常が起きてしまうなら、外でデートができないと落ち込むアルテミスへ、オリオンはマスターに断りを入れてから声をかけます。
「敵が出ようが、別にいいだろ。俺とおまえが出歩かない理由にならないし」
「え……?」
「大体なあ、おまえ仮にもオリュンポスの神様だぞ。そんな奴が! 他人の迷惑なんか! 気にしてどうする!(中略)他人の迷惑とか考える神様がどこにいるって話だ!」
「でも――」
「それから! ……俺に嫌われるとか、そーゆー下らん考えは冥界にでも放り捨てちまえ! 今更なぁ! 今更、そんなことで俺はおまえを嫌ったりしねーよ、このバカ!」
オリオンにとって「オリオンがアルテミスを嫌う」ことは下らない考えで、心から彼女を嫌うなんてことはあり得ないというこの言葉で、私は彼らが大切に思い合っている二人なのだとはっきり感じ取りました。普段女性に声をかけて怒られている様子とは違った、アルテミスを真摯に思いやる気持ちに、強く胸を打たれたのを覚えています。
幕間の物語でもう一つ好きな点が、オリオン・アルテミスとマスターの関係性です。アルテミスに「ハネムーンへ行きたい」とマイルームへ押しかけられた主人公は、いつも「留守です!」「帰ってください!」と面倒事に巻き込まれないよう彼らから逃げる態度をとるのですが、幕間の物語の最後には、「今後も色々と迷惑をかけるかもしれないけど、これからもよろしくね」と言うアルテミスへ「覚悟の上だ」と規格外の彼らを受け入れる言葉を言います。一連の出来事を通して、オリオンとアルテミスのお互いを思い合う気持ちを叶えるため、主人公が彼らの「よろしくね」という言葉に応えたように感じられて、とても好きな会話です。
幕間の物語で、アルテミスがオリオンを好きなのは言うまでもないがオリオンもアルテミスのことを好きなのだと知ってからは、二人がオリオンの浮気を巡って夫婦漫才のようなやり取りをする度に、純粋に面白く思う気持ちと「こんなことをやっていてもオリオンはちゃんとアルテミスが好きだからな……」と思う気持ちがありながら彼らを見守っていました。FGOに限らず、愛の出力方法がヤバい女とそれを受け止めている男の両思いの関係性が好きなのもあって、オリオンとアルテミスは特別に好きな関係性の二人でした。
そのため、2019年12月にメインシナリオ2部5章が配信され、シナリオを読んだ時は、誇張抜きで頭が痛くなるくらい泣きました。
「我、月の女神アルテミスを真に撃ち落とすため、己が冠位をここに返上する!
おまえは、俺以外の誰にも落とさせない。誰にもだ!
だから、アルテミス。覚悟しろ。俺は今から、おまえを傷つける――!
――孤高の空から落ちてこい、アルテミス! ――俺も、一緒に落ちてやるから。宝具――『其は、女神を撃つ狩人』――!」
異聞帯で出会って以来親しみやすく気の良い兄ちゃんらしいオリオンが実は冠位という偉大な立場のサーヴァントだったこと・その立場と責任を捨ててでも愛を知らない機械神となったアルテミスを撃ち落とすと決めたことが決意の言葉に込められた、「神を撃ち落とす日」と題されたシナリオのクライマックスの一つとしてこれ以上無く相応しい名場面だと思います。今こうして引用のため読み返している間も泣きそうになるくらい、FGOの膨大なテキストの中でも特に心に残っているテキストの一つです。
8.ヘシアン・ロボ「吼えろ、生きろ、噛み砕け、滅びろ」
亜種特異点Ⅰのシナリオ配信当時、ヘシアン・ロボは、ロボが人間を憎んでおり人間と寄り添うことはないという設定から、多くのプレイヤーに大なり小なり衝撃を与えていた覚えがあります。それまでもアヴェンジャーのサーヴァントは数人実装されていましたが、これほどはっきりと人間への憎しみと断絶が描写されたサーヴァントは珍しかった印象です。
新宿の特異点化により、一時的にサーヴァントとしても召喚できるようになった彼らは、決して人間に靡くことはない。過去は変えられず、人と獣が寄り添うこともできない。マスターに可能なのは、目を逸らさずに向き合うことだけだろう。
そんなヘシアン・ロボが実装後どんな風に描かれるのかは、当時私も注目していた点の一つでした。幕間ではそれに応じるように、人間を憎むロボがカルデアの召喚に応じたのは何故か、ロボとFGOの主人公は今後どのように付き合っていくのかが描かれています。
〇“人”でない相手との交流
ヘシアン・ロボは人間を憎んでいる特性上、カルデアにいる多くのサーヴァントに対して積極的に関わりを持とうとはしません。そんな中で、幕間で彼の話を聞くために選ばれたサーヴァントがナーサリー・ライムとエルキドゥです。二人は人の形を取っていますが、ナーサリー・ライムは物語の概念で、エルキドゥは泥で出来た人形であるため、厳密には人間でないと言えます。彼らとロボの交流は幕間の後も続いており、期間限定イベントや他の幕間でも多々共演しています。
また、ナーサリーやエルキドゥに連なって、幕間ではなぜロボが元は人間であるヘシアンとは一緒に居られるのかについても触れられます。
首のない幽鬼が一人、そこに佇んでいた。喋らず、語らず、動かない。
脅しても動じず、睨んでも効果がない。何しろ頭部がないのだから、当然だろう。
人の形をしているが、人からもっとも遠い存在だ。だから耐えられるのだ、と獣は思う。
こうして見ると、モリアーティが亜種特異点で彼らを複合させた結果は、戦力の面でも純粋な相性の面でも大成功だったのでしょう。本来あり得ない魔改造によって邂逅した一人と一匹ですが、ロボがヘシアンと一緒に居てもいいと思う理由が語られる幕間から始まり、期間限定イベント「南溟弓張八犬伝」では“人間が一匹の犬を囮にして仲間をおびき寄せ、殺そうとしている”といった、ロボにとって特大の地雷である状況で、怒って前に出ようとするロボを制するヘシアンという、確固とした信頼関係が無ければできない動きをしている様子が見られます。
幕間で、ヘシアン・ロボは主にナーサリーとエルキドゥと共に行動するのですが、二人のことをそれぞれ「紙」「泥」と表現します。人の気配に特別敏感なロボの、普通の人間や他のサーヴァントとは全く異なる視点を味わえる点は、この幕間の大きな特徴であり個人的にとても好きなところです。
〇召喚に応じた理由
主人公がナーサリーとエルキドゥを通してヘシアン・ロボとコミュニケーションを取ろうとしたのには理由があります。それは、「人間を憎むロボが召喚に応じてくれた理由が分からないから」というものです。
FGOにおけるサーヴァントの召喚には、英霊とマスター双方の合意が必要と説明されており、ヘシアン・ロボも例外無くカルデアに召喚され、人間のマスターを持つことに賛同したと考えられます。人間を憎んでいるロボが、人間のマスターに召喚されるのを良しとしたのを不思議に思うのは自然でしょう。
幕間では、ロボが召喚に応じた理由が、ナーサリーとエルキドゥの通訳を介して話されます。
「――子孫のため、らしいよ。ロボとブランカの間には子供がいた。彼らはもしかすると上手く生き延びて、成体になったかもしれない。数を増やし、北米を脱出し、別の国へ向かったかもしれない。可能性はきっと低いのだろう。既に彼の血を引く狼は絶滅している、そう考える方が妥当かもしれない」
「けれど、どこまでいっても可能性はゼロにならないわ。夢見る権利は、狼にだってあるはずよ!」
ロボは自身が召喚に応じた理由を振り返りながら、特異点の異常を解決した後に自分へ寄りかかる主人公の重みに、既にいなくなっているかもしれない、だけどどこかで血筋が続いているかもしれない「子供」の影を見ます。それがロボにとって得難い親しみの感覚であるのは言うまでもありません。
また、ロボは自身の子孫、そして寄りかかる主人公に思いを馳せながら、去来した気持ちを締めくくります。
吼えろ、生きろ、噛み砕け、滅びろ。――守れ。
一見すると不穏に感じる幕間のタイトルが、最後の言葉で一気に力強さと温かみを帯びる、素晴らしい締め括りだと思います。
〇ロボとマスターの関係
ヘシアン・ロボが最初期以降に実装されたサーヴァントの中では珍しく言語を話さないキャラクターであるのと、人間を憎悪している性質上、人間であるマスターとの関係性は段階を踏みつつ描写されています。ロボがマスターを(ナーサリーとエルキドゥの驚いたような反応から推定するに)初めて背に乗せ、召喚に応じてくれた理由を知る幕間での話は、主人公とロボがお互いを見つめ合う第一歩と呼べるものです。この後も更に一段関係が深まった様子が分かりやすく描かれているのがバレンタインのミニシナリオで、こちらでは人間の行事に付き合ってくれるロボの姿が見られます。
人と獣は分かり合うことはできない、とはロボに関するテキストで何度も登場する文言です。しかし、それと同時に幕間では、マスターである主人公とロボの関係についてナーサリーが以下のように語ってもいます。
「誰もが皆、事情を抱えてマスターと戦うわ。人理を修復するという、共通の目的を抱いてね。だから、仲良くなんてなる必要はない。そういう見方もあると思うわ!
ええ、ええ。でもね、でもね。それはきっと、とてもとても、悲しくて納得がいかないことなのよ」
私はこのナーサリーの考え方がとても好きで、FGOが終わるまでにヘシアン・ロボの絆礼装を取得しようと思ったきっかけにもなりました。
絆礼装に関してはずっとネタバレを避けていて、2025年にようやく自力で取得しフレーバーテキストを読みました。なるべく沢山の人に自分の目で見て欲しいテキストなので詳細は伏せますが、亜種特異点での出来事と、幕間でロボが抱いていた夢の内容を踏まえて、人と獣が殺し合う運命を良しとせず、最後までロボに向き合ったマスターに対する最上級の返礼たり得る内容だったと思います。数ある絆礼装の中でも、特別大好きな絆礼装のうちの一つです。
ヘシアン・ロボは、その性質上出番や共演する相手が限られがちなサーヴァントではあるものの、限られた中でもカルデアで過ごしている様やマスターとの関係性がしっかり描かれていたキャラクターだと思います。幕間のシナリオは、そういったロボのキャラクター性を知る中でも、欠かせないものだと感じます。
9.マンドリカルド「君を想うということ」
マンドリカルドはメインシナリオ2部5章の配信に伴って実装されたサーヴァントです。彼は2部が開幕した際に公開された動画で事前に顔見せをしていたキャラクターだったのですが、動画で見せていた好戦的な表情と打って変わって、所謂“陰キャ”に近い性格に驚きの声が上がっていたのを覚えています。また、サーヴァントとして実装されるまでは真名が分からなかったため、予告の段階では「彼はもしかして太公望なのではないか」という予想が持ち上がっていたのもマンドリカルド本人の性格を思うと味わいのある思い出です。
そんな彼は、メインシナリオに初登場した2部5章で、鮮烈な活躍を見せます。アトランティスで出会って以来主人公と友達になり、「マイフレンド」と呼ばれながら友情を深めていきます。そして最後には、主人公が先に行く道を切り開くために、サーヴァントではなく友達として、命を擲ってアルテミスの攻撃を防ぎ散っていきます。
自分は全てを託し、友のために死ぬ。
「(でも、やはり寂しいな)」
ほんのわずか、短く刹那の如き時間でしかない。ただの宣言、ただの概念、ただ――慰めたかっただけ。それでも、今の自分は心底から彼/彼女を友人だと思った。たとえ、それらしいことが何一つできなかったとしても。
ああ、だけど。
「俺が今、やれているのはサーヴァントだからじゃない。おまえの、友達だからだ――!」
多くのプレイヤーの心に残ったマンドリカルドの活躍ですが、幕間の物語では「アトランティスで出会ったマンドリカルドと、カルデアのマンドリカルドは別物である」という点に焦点が当たります。
〇マンドリカルドの葛藤
幕間の物語は、主人公に対して尋ねたいことを抱えたマンドリカルドの葛藤から始まります。アトランティスとオリュンポスで、自分ではない自分を含めた多くのサーヴァントとの離別を経験した主人公へ、「辛くはないのか」とマンドリカルドは尋ねます。そして、それと合わせて「自分はあくまでもアンタのサーヴァントであって、友達にはなれそうもない」とも言ってしまいます。
マンドリカルドにこういった思いがあるのは、「アトランティスでマスターが出会ったマンドリカルドの思い出を盗むように思えてしまうから」です。異聞帯の王を筆頭に、異聞帯とほとんど地続きでカルデアに召喚されるサーヴァントが増えてきた頃だったからこそ、マンドリカルドのこの考え方はカルデアに召喚されたサーヴァントと特異点・異聞帯で出会ったサーヴァントの違いを改めて感じさせられるきっかけになりました。
ああ――失敗した。言葉を間違えた。選択を誤った。
でも俺は、やはりマスターの友達になれない。だって俺は。アトランティスのマンドリカルドではない。それは……思い出を盗むように思えるからだ。
俺がマスターと共に戦った思い出は、俺だけのものであるように。あのマンドリカルドの思い出は、マスターと彼だけのものだ。
「友達」という言葉が、アトランティスのマンドリカルドとマスターの関係性を示すものだったとして、「だから自分はマスターの友達になれない」というのは、少しズレた理屈だとも思います。だからこそ、大切なのは“カルデアのマンドリカルドはマスターとどういう関係でありたいのか”といった点です。
この幕間の物語はマンドリカルドの視点で進むため、モノローグでマンドリカルドの心情が非常に分かりやすくなっています。ところどころで「……なんかこう……タイミングが噛み合わないなー……」「……決してへたれた訳ではない。へたれた訳ではないのだ」と軽くへこんだり落ち込んだりしている彼を見ていると、マスターとの関係を探り悩む彼を応援したい気持ちでいっぱいになります。
〇友達ではない関係
気まずい会話を終えた後日、主人公とマンドリカルドは微小特異点を解決するため戦闘に出ます。そこでマンドリカルドは気配を消していたアサシンのサーヴァントに奇襲を仕掛けられるのですが、主人公がかけた緊急回避によって難を逃れます。
マスターとサーヴァントとして、信頼し合って戦う瞬間、マンドリカルドは“マスターとどういう関係でありたいのか”という疑問への答えを見つけます。
「マスター! こんな時に唐突で申し訳ねえっすけど!」
『いいよ、何!』
「やっぱ俺、アンタの友達にはなれねぇと思うっす!」
『……!』
俺も、マスターも、何の屈託もない友人になるには、あまりに、あまりに隔絶する過去がある。俺じゃない俺が、彼/彼女の友人になれたように。俺にも、カルデアで召喚されてこれまで戦ってきたという自負がある。それは捨ててはならない、奪ってもならない大切な記憶で記録なのだから。
「でも! だけどっすよ! 友達だけが人間にとって大切な関係じゃねえ! 俺はアンタを信じて、アンタと共に戦うサーヴァントだ! そこは絶対に譲れねえ! っす!」
ここで思い返したいのは、2部5章でマンドリカルドが最期に言った言葉です。アトランティスのマンドリカルドは、命を賭して敵の攻撃を止めた理由を「俺が今、やれているのはサーヴァントだからじゃない。おまえの、友達だからだ」と言っていました。幕間の物語で、「あなたの友達ではなく、あなたのサーヴァントであることを選ぶ」と言ったマンドリカルドの言葉とは反対の結論になっています。
多くの人にとって、親しさをより感じる関係性は「サーヴァント」よりも「友達」の方なのかもしれません。それでも、この幕間の物語では「友達だけが人間にとって大事な関係じゃない」「友達じゃなくても、信頼し合って共に戦うマスターとサーヴァントの関係もいいものだ」と示されています。実際、人と人の間に築く関係性に、優劣はありません。恋愛関係がどの関係性にも勝る素晴らしい関係ではないのと同じように、友人関係が主従関係に必ず勝るとも限りません。
そういった、人と人が大切に思い合う関係に、どんな名前がついたとしてもそこに貴賤は無いといった話がされているこの幕間の物語は、非常に好きな話の一つです。アトランティスのマンドリカルドが好きで、彼の活躍が心に残っているのは確かですが、カルデアのマンドリカルドとこれまで乗り越えてきた、そしてこの先乗り越えていく戦いもまた、彼とだけの大切な思い出なのだと感じられました。2部5章で鮮烈な活躍をしたマンドリカルドならではの、良質な内容の幕間の物語だと思います。
余談になりますが、この幕間の物語では、最後にアトランティスで活躍したサーヴァントたちと同じ面々が集まって話をする場面があります。この時マンドリカルドは、自身が抱えていた葛藤についてシャルロット・コルデーに問い詰められて明かすことになります。
そして、コルデーもまた、2部5章で多くのプレイヤーの心に残る活躍をしたサーヴァントであり、アトランティスの彼女とカルデアの彼女が別人であるサーヴァントの一人です。彼女の幕間の物語「万感の想いは禊のように」では、マンドリカルドとはまた異なった形で“アトランティスでマスターが出会った自分”に思いを馳せ、行動するコルデーの姿が見られます。こちらも合わせておすすめかつ好きな幕間の物語です。
10.ジャンヌ・ダルク[オルタ]「うたかたの夢を抱いて、そして眠るの」
ジャンヌ・ダルク[オルタ]はメインシナリオ1部1章でボス敵の一人として登場したキャラクターです。後に2016年4月に開催された期間限定イベント「ダ・ヴィンチと七人の贋作英霊」でアヴェンジャークラスのサーヴァントとして実装されました。初登場の時期を鑑みると、かなり初期に実装されたサーヴァントであり、長い付き合いになるサーヴァントの一人といっていいでしょう。
ジャンヌ・ダルク[オルタ]について長らく語られていたのは、彼女が数居るサーヴァントの中でもとりわけうたかたの夢のような存在であり、いつか何らかの形で別れがやってくるということです。これはアヴェンジャーの彼女のスキルに正に「うたかたの夢」という名のものがあり、水着に着替えてバーサーカークラスになった彼女のスキルにも「ムール・ウ・テュ・ドワ(行くべき場所まで行って、死ぬべき場所で死ぬ)」というものがあって、このスキルについて「何だかんだで、アヴェンジャーである彼女は死ぬべき場所を求めている」と記されている点からも分かります。更に前者のスキルについては、Fate/Grand Order material Ⅲにて次のように記載されてもいます。
個人の願望、幻想から生み出された生命体。願望から生まれたが故に強い力を保有するが、同時に一つの生命体としては永遠に認められない。全てが終わった後、彼女は静かに眠りに就く。
出会い、打ち倒し、縁を結び、夏を楽しんで、共に戦い続け、決して短くない年月が経った頃。改めてジャンヌ・ダルク[オルタ]との別れについて言及されるのが、幕間の物語「うたかたの夢を抱いて、そして眠るの」です。本項ではこの幕間の物語について取りあげます。
〇深まったマスターとの仲
幕間の物語で強く感じられるのは、ジャンヌ・ダルク[オルタ]とマスターであるFGOの主人公の仲が非常に深まっている点です。このシナリオで、主人公とジャンヌ・ダルク[オルタ]は特異点の修正が終わった後に二人で海に行って遊んだり、戦いを終えた後にハイタッチを交したりします。先述したとおり、ジャンヌ・ダルク[オルタ]はFGOの中でも初期に登場したサーヴァントで、その分主人公との付き合いも長いです。幕間の物語での気心の知れたやり取りからは、彼らが共に歩んできた道のりの長さを強く実感させられます。
幕間の物語で特に心に残っているのは、ジャンヌ・ダルク[オルタ]が特異点での戦いで前のめりに戦い過ぎた結果、マスターを危険に晒してしまった後の会話です。
「……今回は私のミスだったわ。マスターから離れすぎていたし、炎のせいでアンタが敵を見失ってしまった」
『いや、それは――』
「おだまり。反省するの、しておきたいのよ。どうフォローしてもらったところで、あれは間違いだったんだから。今後は離れすぎないようにするわ。あと、炎を全方位に撒き散らすのもやめておく」
『自分も見えない時はちゃんと言う』
「……そうね、ありがと」
己の失敗を省みて、マスターと共に改善策を出し合い、次は失敗しないと心に刻む。出会ったばかりの頃からは想像できなかった会話です。そしてこれらのやり取りを、都合の良い改変などではなく主人公とジャンヌ・ダルク[オルタ]が長く付き合ってきた結果の変化だと自然に感じられるのは、二人の出会いから仲を深めるまでをリアルタイムで描き続けてきた、現実の時間で十年近く遊ばれてきたスマホゲームの成せる業だと思います。
また、この幕間の物語をクリアすると、マイルームで聞けるボイスがいくつか追加されます。このボイスのうち、絆レベル5になった時に聞けるボイスが本当に素敵です。
「マスターとサーヴァントは、どこかで終わり方を探さないといけないのかもね。アンタは大丈夫? 私がいなくても、生きていける? 『生きていける』とか、生意気ね。100年早いわ。このスカタン」
絆Lv5 幕間の物語2をクリアで解放
文字だけで見ると分かりませんが、最後に言う「このスカタン」の声からは隠しきれない親しみと好意が溢れんばかりに感じられて、思わず泣きそうになってしまうほどです。シナリオの内容と、その後に聞くことができる声とで、ジャンヌ・ダルク[オルタ]とマスターの深まった仲を二重に感じられる幕間の物語が大好きです。
〇変化した意識
幕間の物語では、ジャンヌ・ダルク[オルタ]の初期から今までの間に変化した意識についても触れられます。彼女の変わった意識とは、自分のオリジナルであるジャンヌ・ダルクに対する思い、そして、あり得ない可能性から生まれた生命体である自分にバックボーンとなる物語が何も無い点に対する思いです。
ジャンヌ・ダルク[オルタ]は初め、ジャンヌに対する対抗意識が頻繁に描写されるキャラクターでした。しかし、幕間の物語ではその対抗意識によって特異点での働きを十全に果たせないのではないかと考えたジャンヌの予想に反して、悪態をつきこそすれ過度に対抗意識を燃やすことはなく、しっかりとサーヴァントとしての役割をこなすジャンヌ・ダルク[オルタ]の姿が見られます。
「私のような、普通の英霊には確固たる人生があります。英雄譚であれ、悲嘆の御伽噺であれ、英雄はそれらを基盤として成立するのです。彼女にはそれがない。人間であるなら、誰もが持っているお話。(中略)そういう、かけがえのないモノがないのです。ですから――」
「ちょっと。余計かつ的外れなこと言わないでくれるかしら。聖女サマ」
「おや、違いましたか?」
「そうよ。私は、物語なんてどうでもいい」
「昔は、それなりに拘っていたと思ったのですが……」
「かもしれないわね。でも、いいのよ」
ジャンヌ・ダルク[オルタ]が、自分がジャンヌ・ダルクをオリジナルとしたあり得ない可能性であることにも、自分を自分たらしめる物語が存在しないことにも拘らなくなった理由は、言うまでもなくマスターである主人公との絆にあるのでしょう。
少し振り返ってみれば、水着霊基のジャンヌ・ダルク[オルタ]が実装された期間限定イベント「サーヴァント・サマー・フェスティバル!」が“同人作家として存在しない物語を描きながら、ジャンヌなどの他の誰かではなく自分自身が描いた物語を凌駕するために、ジャンヌ・ダルク[オルタ]がマスターと力を合わせて本を制作する”といった内容であったところにも、彼女の変遷が詰まっていると感じられます。
幕間の物語の最後に、ジャンヌ・ダルク[オルタ]は本来あり得ない存在である自分とマスターとの別れについて言及します。
「……ようやく気付いたわ。私の根元にあるものが。それは、夢」
『それは、キミの夢?』
「違うわ。私は夢の存在で、アンタ――アナタが、私の夢を見ているのよ。痛みも嘆きも、ある時ある瞬間、つまり。マスターちゃんが何かを終わらせれば、消えて無くなるのでしょう。そう、全ては。全ては、うたかたの夢のように」
(中略)
「そういう日、そういう瞬間が、ある日突然訪れる。劇的かもしれない。ぼんやりとした日常的なものかもしれない。そしてアナタは目覚めてこう思うの。『ああ。誰よりも強くて美しかった彼女が、消えてしまった』。その時、アナタは喪失の痛みで泣くのかしら。離別の美しさに笑うのかしら。どちらでもいいわ。私のことは、それで忘れてしまいなさい。
私は、うたかたの夢。弾けて消えたそれを抱いて、アナタは眠るの」
ジャンヌ・ダルク[オルタ]との別れがいつかやってくるとは彼女が実装された当初から語られていたところでしたが、私はこの表現を、FGOがいつかサービスを終了するスマートフォンゲームという媒体だからこその表現だと思っていました。そして彼女と別れるのは、FGOがサービスを終了する時だろうと思っていました。
そのため、メインシナリオ奏章Ⅱを読み終わった後にこの幕間の物語を読み直して、幕間の物語が配信された当時以上にこのテキストが心に沁みました。ジャンヌ・ダルク[オルタ]との別れは辛いものでしたが、出会いから別れまでをしっかりと描き抜かれた、非常に思い出深く素晴らしいキャラクターだったと思います。
以上が自分が読んだ幕間の物語の中で、特に好きな10個のシナリオの感想になります。この感想を書くにあたり、各サーヴァントが関連するシナリオを色々と読み直したのですが、今読み返しても思わず泣けるテキストばかりでやっぱりFGOの文章が好きだな……と実感できました。
あと一週間で配信される2部終章を、素敵なシナリオやイラストで彩られたサーヴァントと一緒に、心から楽しみに迎えたいです。
また、本記事に書いた10本に加えてこの他にも特に好きな幕間の物語18本・計28本の幕間の物語の感想をまとめた本を、2026年1月11日の冬インテで頒布予定です。ご興味があればよろしくお願いします。
冬インテで、特に好きな幕間の物語の感想をまとめたFGO本を出す予定です!よろしくお願いします〜
— そら/冬インテ6号館Aア45b (@sorsolaaa) December 5, 2025
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