射手座のマークが眩しく輝く高層ビルの一室で、スミカは老成した獣人に窘められていた。
「スミカくん、これはよくないなあ。確かに独立傭兵ツネコは、私達にとって大事な戦力だった。彼女がもう一度力を貸してくれるようになるなら私も嬉しい。だが彼女もまた我が社の顧客、お客様でもあるんだ。私情を挟んでその個人情報を勝手に使っては、社会人としての存在意義が問われるものだよ」
「ご、ごめんなさいおじさま……」
糊の利いたグレーのスーツを着たタヌキの獣人。彼こそはファーロン・ダイナミクスの社長、ユーティライネンである。スミカが高等部に進学する直前、生活苦から半ば学生生活を諦めるつもりで求人にエントリーしてきたところに目を留め、人事部への口利きで学業との両立が可能な雇用契約を行った、スミカにとっての大恩人だ。
娘と妻に先立たれたユーティライネンは、当時の娘と同年代のスミカを大層可愛がり、スミカも彼の庇護の下元気に働いてきたのだが、今回ばかりは訓戒を免れなかった。
「とはいえ、彼女の生存確認ができたのは僥倖だ。彼女を騙る何者かがアカウントを乗っ取っていたわけでもない。本人が我が社の製品を買っているということは、いずれ戻ってくる気があるということ……捲土重来という訳だね」
「それは……はい。喜ばしいことだと、思います」
腕を組み、うんうんと頷くユーティライネンに、スミカが同調する。結局スミカに甘い社長は、彼女への注意を一分もかけずに終わらせてしまったのだった。
「スミカくん、君に挽回のチャンスを与えよう。独立傭兵ツネコが何故、どのような経緯で傭兵社会から姿を消すことになったのか、その詳細を探って欲しい。情報部門には私から話を通しておくよ」
「えっ?! あっ、はい! 拝命しました!!」
「ハハハ、そんな大仰な受け答えしなくていいから。さあ、今日はもう上がりなさい」
「ありがとうございます! お疲れ様でした!」
ぺこぺこ頭を下げながら退室していくスミカを見送って、数秒。
人の好さそうな笑みを浮かべていた顔が、突然きりりと引き締まる。
「――さて」
デスクの端に置かれていた、やや時代遅れにも見える固定電話。ユーティライネンは毛むくじゃらの手で受話器を取り、素早く内線番号を入力する。
「……私だ。シュナイダーとエルカノに連絡を取ってくれ、それからBAWSにも。潮目が変わるかもしれない」
かつてベイラムとゲヘナ自治区での覇権を争っていたファーロンは、新たな企業間紛争の火種の匂いを嗅ぎ取っていた。
「で……完成したのが、これ?」
「この内側の溝は……何かの射出口、でしょうか?」
ツネコがアミダから工場を借りる権利を得た翌日、エンジニア部の部室。ヒビキとコトリの前には、口を開けた魚かクジラを彷彿とさせる、丸みを帯びた流線型の物体が鎮座していた。
「いや……まだ……完成とは、言えない。使用自体は、できるが……実用レベルには、程遠い」
フォルタレザに載ったツネコが二人の後ろから現れ、その物体の置かれた円形のターンテーブルの周りをゆっくりと移動する。同時に部室内のロボットアームを操作して、ワイルドキャットの胴部から床を這って長く伸びた管を側面に差し込んだ。
「そういえば、まだこれが何なのか聞いてなかったね」
「……これは、
「光波兵器……ですか? それは、一体どのような……?」
「まずは……一度、目にするのが……早いだろう」
ターンテーブルが回転し、光波キャノンと呼ばれたその物体が持つ口のような部位が三人の反対側を向く。その方角では、廃材の寄せ集めで作られた安っぽい標的ドローンが四機、時折ふらつきながら空中に浮かんでいた。
「ターゲットロック……発射」
次の瞬間、光波キャノンの口もとい砲口から四つの光線が撃ち出された。その淡い青緑色の光は、不規則な軌道を描く独特の揺らぎを持って標的に迫り、それぞれ一機ずつドローンに着弾、爆散させる。
ヒビキとコトリは開いた口が塞がらなかった。
「射出しているのは……エネルギーを帯びた……コロイド粒子の、自己組織化、フォトニック結晶だ。電磁メタマテリアルの……性質を、利用して……レーザーと、パルスを……閉じ込めている。これを、
いつになく饒舌なツネコ。普段の無表情と平坦な口調はそのままに、彼女は自慢話でもするかのように滔々と――時折どうしても詰まるのでこの表現は正確ではないが――新しい発明品の原理を説明していく。
「着弾すると……結晶構造が、崩壊し……エネルギーが……解放される。パルスで、対象物体を、脆弱化させ……レーザーで、焼き切る仕組みだ。粘着榴弾に似た……潰れて広がる、構造が……エネルギーの、拡散を、防止……反射・跳弾せず……破壊力を、効率よく、伝達する。光波は……電磁メタマテリアルの、飛翔体……よって、指向性エネルギー兵器とは、呼べなくなったが……その威力は……見ての通りだ」
ツネコの翼の鉤爪がドローンの残骸を指し示す。リチウムイオンバッテリーが発火・爆発したことが破壊の直接的原因ではあるが、光波はそれを引き起こすだけの、つまりバッテリー容器とその外殻ケースを瞬時に焼き溶かし穴を穿つ程のエネルギーを秘めていたことは、エンジニア部の人間ならわからない筈もなかった。
これだけの兵器を二日足らずで仕上げておいて、ツネコはまだ完成していないと宣うのだ。
「こ……これでも、実用レベルじゃないって? 冗談でしょ?」
「今、見たように……弾速が遅い。移動目標への、偏差射撃は……弾道特性からして……現実的ではない。フォトニック結晶を……疑似的な、光CPUと、レーダーとする……アクティブレーダーホーミングを、実装予定だが……高度なFCSとの、連携が、必要で……難航している」
「ではいっそ、固定目標への使用に用途を絞って威力を高めるというのはどうでしょう?」
「連射性能を……極力、維持したい。これ以上の、出力では……冷却が……追い付かない。それに……複数目標への、同時攻撃能力は……機動戦でこそ、真価を……発揮する。それを、諦めるのは……」
そこでツネコは一区切り入れて、適切な言葉を探すように視線を彷徨わせてから、告げた。
「部長の言葉を、借りるなら――ロマンに欠けるな」
その光景を、先生と共に離れた場所から見ていたウタハは、
「くうううぅぅぅ~~~~~~ッ!! なんて嬉しいことを言ってくれるんだ!! 私はもう泣きそうだよ!!」
「“既に泣いてない……?”」
猛烈に感動していた。
「フォルタレザにクイックブースト機能を付けた時にわかっていたよ……ツネコ、君はエンジニア部に、ミレニアムに相応しい人材だッ」
「“ま、まあ……そういう意味では、転校したのはいい選択だったのかな?”」
開発談義に夢中の三人に微妙に届いていないウタハの独り言に苦笑しつつ、先生は改めてツネコの精神状態について考える。
急ぎ過ぎを反省して尚、ツネコは兵器開発を止めようとしていない。たった今目の前で試射が行われた光波キャノンは、ワイルドキャットのジェネレーターでエネルギーを賄っていることからもわかるように、明らかにワイルドキャットへの搭載を目的としている。強化人間として兵器の部品にされた割には、妙にあのロボットに愛着があるように見えた。
「“……あれも、ツネコの『仕事道具』になると思う?”」
「将来的にはそうかもしれない。でも、あの様子を見るに、そう悪いようにはならないんじゃないかって気もしているんだ。パルスガンを不用意に人に撃ったことも反省しているみたいだしね」
先生が問えば、意外な答えを返すウタハ。一週間前にした会話とは異なる様子に、先生は首を傾げた。「そうだなあ」と例えを探し、ウタハは続ける。
「ツネコにとっては……ワイルドキャットは自分の体の延長で、私達が使う銃でもあるんだろう。先生のいたところでは違うと思うけど、私達にとって銃っていうのは……そう、エチケット、いやファッションに近いかな。そういう日用品なんだ。先生も見たことがあるだろう? 自分の好みや適性に合わせて、アセンブリ、チューニング、ペイントやデコレーションだってするし、大抵の人は手入れも自分でできる。外出中に手元にないと心細くもなる」
それを聞いて思い出す、キヴォトスの特異な環境を一言で表した言葉――銃を持たない人は裸で歩いている人より珍しい、というカルチャーギャップ。銃を握る手すら失くしたツネコは、そういった意味でも異端なのだと思い知らされる。
“私は何か……されたようだ……人間でなくなってしまった……”
ツネコの戦いへの執着は、生体兵器としての在り方と歪に結び付いた、キヴォトス特有の日常への望郷の念なのだろう。己の心と体で選び戦う意志、それこそが彼女にとっての人間性の定義そのものだ。脳を焼かれて記憶さえ曖昧な中で、はっきりとその自由を
「ツネコは……単に自分の四肢というだけじゃなくて、そういう自分の欠けてしまったものを無意識に取り戻そうとしていたのかもしれない。それを急ぎ過ぎたのが一昨日の騒ぎだ。だから今度は反省して、自分の‘銃’であるワイルドキャットを弄ることにしたんだろう」
「“それって、先を見過ぎてないかな……?”」
「まあ、そういう一面もなくはないけど……今のところ、動機は多分もっと単純だよ。ものづくりを楽しむツネコの気持ちが、私にも伝わってくるからね」
ツネコが友人達と日々を過ごしてきたことは、確実に彼女にいい影響を与えている。兵器に傾倒しているように見えても、ツネコは兵器の設計開発やその過程での仲間との試行錯誤を純粋に楽しんでいて、それ自体は決して悪いものではない。それがわかっただけでも、先生は大いに喜び、そして安心した。
あとはツネコが本格的に仕事をするようになれば、より多くの人々との交流が生まれ、彼女の心を磨き育てる助けになるだろう。尤も、便利屋68がゲヘナで指名手配されていることを考慮すると、アル達の仲間に加わったツネコが風紀委員会にどう扱われるか気がかりではあるが。非公認の部活(アルの認識では企業だが便宜上そのように扱う)とはいえ、現状は他校の生徒が勝手に参加していることになるという政治的問題もあるのだ。
自治区の治安維持に奔走する彼女らに話を通しておくべきか。そう考えて起動した先生のスマートフォンに、モモトークの通知が届いていた。
連邦生徒会で決定が下されました
ミレニアムから戻る際にご一報ください
「……山野ツネコは有罪」
「ッ!!」
「ただし、矯正局への送致には半年間の執行猶予を設ける。この期間中はシャーレの監督下に置き、今後の自主的な社会奉仕の内容によっては、罪科自体の取り消しも視野に入れる――というのが、我々の決定です」
連邦生徒会主席行政官にして連邦生徒会長代行の七神リンは、先生が胸を撫で下ろしたのを見て、自分自身も内心ほっとしていた。ソファーに座ったツネコの周りを固める便利屋一同の殺気が霧消したからだ。
リンがシャーレに到着したのは日が暮れた後、ツネコが先生と便利屋の仲間達を伴って
「会議での意見は二極化していました。生徒への殺害教唆・脅迫、殺人未遂、特に先生に対する攻撃を企図したことを根拠に、即刻矯正局への収監を求める声。そして非人道的な人体実験による脳機能の異常や記憶障害、PTSD及びそれに伴う心神耗弱状態にあったことを根拠に、無罪であるとする声。三日間かけて両者の見解を擦り合わせ、この判断に落ち着きました」
「ふーん……代行眼鏡ちゃんはどっちだったの?」
恐らく先生が問おうとしていたであろうことを、小悪魔めいた笑顔に戻ったムツキが先手を打って質問してくる。「誰が代行眼鏡ちゃんですか」と小さく言い返してから、コホンと咳払いの後、リンは問いに答えた。
「……当初は、私も前者でした。事情はあれど、先生あっての今のキヴォトスを揺るがしかねない一大事だったことは事実だと、そう考えていました。この目で見るまでは……」
リンが改めてツネコを見ると、丁度彼女と視線が合う。黄昏時の焼けた空の如きその深紅の瞳は、情動性に欠けた表情とは裏腹に、善悪問わず何もかもを呑み込み受け入れてしまうような寛闊さを湛えていた。連邦生徒会の人間が自分の前に現れた時点で、恐らく彼女は自分に課されるあらゆる罰に甘んずるつもりだったのだろう。そんなツネコを悪と断ずることへの躊躇と憐憫が、リンにも確かにあった。
「とにかく、ツネコさんのことはシャーレにお任せしたいと思います。今回の件で、ムラクモ=ウェンズデイがキヴォトスで生活する全ての生徒達に対する重大な危険因子であることが判明しました。準備ができ次第広報を行い、各学園に最大限の注意を呼びかけることにします」
「“ありがとう。ツネコについては、私が責任を持つよ。リンちゃんも気を付けてね”」
「リンちゃんではありません」
失礼します、と一礼し、リンは執務室を後にした。
ほぼ無人のシャーレビルは照明が落とされ、人感センサーで制御された暖色の明かりが、スタスタと歩くリンの周りだけを優しく照らしている。
「……」
気になることがあった。
およそ一年半もの期間ムラクモに囚われていたツネコは、その間の出来事を――生徒達の駆け込み寺たるシャーレの設立を、どうやって知ったのだろうか。先生からの追加報告書には、彼女の脳内のバイオコンピューターが非常に高い性能を有していることが示唆されている。彼女を改造したムラクモが、ハッキングへの対策を怠っていたとは考え難い。外部の機器等との通信に有線接続が必要な(今は無線通信機器と接続されているようだが)構造になっているのも、実験体をスタンドアローンな環境に置く為のものと考えられる。
つまり、何者かの手引きがなければ、山野ツネコは救出されることもなく、ムラクモに使い潰されていた筈なのだ。シャーレの存在をツネコが知り、先生に助けを求めるように仕組んだ、動機も目的も不明な何者かが、この事件の裏で糸を引いている――無論はっきりした証拠もなく、穿ち過ぎた感の否めない憶測だが、リンにとっては信憑性の高い推測だった。悪意ある企業が、ただ自分達の作った兵器に反乱を起こされて自滅した、というだけでことが終わる気がしなかったからでもある。
何にせよ――そして残念なことに――リン一人の懸念を理由として直々に調査が行える程連邦生徒会は暇ではないし、その為の戦力も持っていない。真相を明らかにできるか否かは、先生とシャーレの働きに懸かっている。先生の就任以来キヴォトスで起きてきた様々な事件がそうであったように――
「――っ?!」
その時、何かに首根っこを掴まれたリンは、声を出す間もなく、一瞬のうちに図書館の暗がりへと引きずり込まれてしまった。
「リンちゃ~ん、その腕じゃあ現役引退だねえ?」
すわムラクモの手の者か、と思いきや、すぐに聞こえてきた笑いを堪えつつからかうような声は、リンには随分久しぶりに聞くものであった。
「何の現役ですか……私はデスクワーカーですよ、シオ」
リンのコートの襟を掴んでいるのは、その人物が備える鞭状の尾の先端に取り付けられた、万力を思わせる形状のアームユニット。彼女はホログラムめいた光沢を放つ黒いツナギの下に、薄汚れた連邦生徒会指定のシャツを覗かせている。燃え殻のように縮れた白混じりの黒髪は、年齢にそぐわない渋みをその少女に与えていた。
「まあいいじゃないの。サプライズはどうだったかな?」
「タイミングが悪過ぎます。またクーデターでも起きるのかと思いました」
「ハハハ、NICE JOKE……あ、これ今の名刺だよ」
「ジョークで済めばいいのですがね……ご丁寧にどうも」
「……それで、何の用ですか? こんな悪戯の為だけに待ち伏せていた訳ではないでしょう?」
「もう、リンちゃんてばせっかちだなあ。これ、明日でいいからさ、代わりに先生に渡してくれない?」
立場上仲良しこよしではいられない相手だが、シャーレの中でなら言い訳も立つ――といっても、リン自身シオの自由人ぶりには辟易させられてきた人間なので、長話は無用だ。リンに急かされたシオは、ツナギの足に付いた大きなポケットを開け、数枚の書類が入ったクリアファイルを差し出した。
「直接渡せばいいでしょう。日を改めて出直してください」
「一応お墨付きを貰っておきたいんだよ、首席行政官のさ」
「私がこれを見ることが前提ですか……」
「そういうこと。事実上はうちの会社からの依頼だけど、私個人からの依頼って扱いにできない? なんか色々理屈を捏ね繰り回してさ。リンちゃん頼むよぉ~」
この人は同輩だった時も人に仕事を押し付けてばかりだったな、という呆れと、そんなことをせずとも先生なら二つ返事で引き受けるだろう、という確信を纏めて大きな溜め息で吐き出してから、リンは書類を受け取った。眼鏡のずれを直し、その文面に目を落とす。
最初に目に飛び込んできた文字列に、リンは度肝を抜かれた。
「ムラクモ=ウェンズデイ強制監査……?」
大変お待たせ致しました。モンハンワイルズ楽しかったです(正直な告白)
とはいえこの話は書きたいシーンの間にある部分なのでかなり難産だったのも事実だと言い訳させてください。
光波キャノン含め光波兵器の設定は、ガンダムSEEDのミラージュコロイドを参考にしました。結晶構造云々はオリジナルです。
第一話の前書きにある通りACの仕様を一部変更しているので、この光波キャノンはエンジニア部の協力の結果、AC6本編よりも凶悪な性能になります。