ナニカサレタ生徒の顛末   作:影のビツケンヌ

8 / 14
いいか、俺は面倒が嫌いなんだ

「いやーありがとねー! 私の買い物にも付き合ってくれちゃって!」

「構わない……恐らく、これからも……世話になる。借りを、返せるなら……本望だ」

「いいのいいのこれくらい! 腕が出来上がったら、装甲板にもペイントしてあげるからね!」

 

 ワイルドキャットの修復及びスペアパーツの用意に於いては、錆を防ぐ為のコーティングこそされていたものの、基本的には塗装は二の次にされていた。機体のカラーリングやデザインの希望を聞かれてもいまいち要領を得ないツネコを見かねて、マキが塗装に一枚噛もうと手を挙げ、ツネコの散歩ついでに塗料を買いに出かけたのだった――少々情緒に欠けたところのあるツネコの為に、機体にグラフィティもといエンブレムを描いてやろうという、()()()()()()()()()計画だ。

 時刻は正午過ぎ。ツネコと自分の腹が空腹の鐘を鳴らすのを聞いたマキは、帰る前に昼食を摂ろうと、ある中華料理チェーン店の列に並んだ。

 

「今日は一段と混んでるなー大豊(ダーフォン)飯店。ミニマンゴープリンがサービスされる日だからかな? ツネコ先輩は食べたことある?」

「……ない、と思う。記憶が……正しければ……トリニティに、こんな店は……なかった筈だ」

「あー、やっぱベイラム系列だからねぇ……あっちだと自治区のかなり端っこの方にしかないみたいだし、知らないのも無理ないか」

 

 大豊飯店は、山海経自治区に本拠地を持つ大企業、大豊核心工業集団が運営する飲食店チェーン。大豊は重化学工業と食料品製造業、外食産業という複数の顔を持ち、特に加工食品業界に於いて確固たるシェアを築いている。昨日ゲーム開発部が求めていたアイスも、数ある大豊の製品の一つだ。

 閑話休題。

 

「ねえツネコ先輩、何が食べたい? 私があーんってしたげる!」

「そうか……では……炒飯を、大盛りで……餃子と、スープも……セットで、欲しいところだ」

「OK! えへへ、実は便利屋の人達とかウタハ先輩の見てて、一回やってみたかったんだよね」

 

 当然ながら、手足のないツネコは一人では食事を摂ることが難しい。背中の翼にある鉤爪でパンやおにぎりを口に運ぶ程度のことはできたが、箸やスプーンを使うことはどうしてもできなかった。この為、ツネコが移動手段としてフォルタレザを作ったのに対し、ウタハらはQOLの観点から義足よりも義手の開発を優先している。

 義手が完成するまでは、誰かがツネコの食事の世話をする必要がある。マキは自分にその役目が回ってきたことを嬉しく思っていた。直接的にツネコの役に立てるというのは勿論、彼女に‘餌付け’するようなその行為に、幼い庇護欲を搔き立てられていたのだ。

 そんな思いは、昨日出来たばかりの因縁に水を差された。

 

「あーん? 芋虫が並んでやがるなあ? 聞いたぞ、お前うちの連中を酷く痛めつけてくれたんだって?」

「召使いも侍らせていいご身分なこった……」

 

 行列に割り込んできた、ヘルメット姿の少女達。昨日の事件を人伝に聞いただけのマキにも、それが何者かはすぐにわかった――コンビニ強盗に参加していなかったヒエヒエヘルメット団の残党が、敵討ちにやってきたのだろう。聞き逃せない暴言に、マキの頭は瞬時に沸騰した。

 

「誰が芋虫だって?! ツネコ先輩がどんなに苦しんでこうなったかも知らないくせにッ!!」

「おお怖い怖い、怖くてちびっちまいそうだ!」

「召使い様がお怒りでいらっしゃるぞ、ハハハハハ!!」

 

 マシンガンを構えても糠に釘で、ヘルメット団は応戦する姿勢も見せない。口々にこちらを嘲笑う相手のヘルメットの下にどんな下卑た表情があるのかと思うと、マキの腸は煮えくり返る。直前にツネコを貶されていなければ、妙に余裕ぶったその態度が見え透いた挑発だということくらいには気付いた筈だった。

 

「この……うわっ!?」

「おら、大人しくしな」

「放して! 放してよ!」

「黙ってろチビガキが!」

 

 怒りで視野狭窄に陥っていたマキは、背後に回り込んでいた大柄な二人に対処できなかった。あっさりと拘束されて身動きできなくなり、得物も取り上げられてしまう。

 

「やめろ……マキは、関係ない」

「安心しろよ、ちょっと静かにしてて貰うだけさ……てめえを甚振るためになッ!!」

「うっ……ぐぅっ……」

 

 そしてマキを庇おうとした()()のツネコは、乱暴に繰り出された足で車椅子ごと蹴り倒された。彼女はとっさに腹だけは翼で庇い、アスファルトの上で小さく呻く。

 

「やめて!! ツネコ先輩はお腹に赤ちゃんがいるのっ!!」

「赤ん坊だぁ? ハハハ、こいつこんなナリでガキこさえてやがったのかよ!!」

「道理ででけえ腹してる訳だ……こいつもお相手もとんだ変態だぜ?」

 

 ギャハハハハ、と哄笑が広がる。知らないからこそ、知ろうともしないからこそ生まれる悪意。マキは奥歯が砕けそうな程に歯噛みした――彼女の脳裏に、ツネコの改造手術の映像がフラッシュバックする。人の痛みに無関心なヒエヒエヘルメット団の態度は、あの手術を行った者達と同列の存在であるようにしか思えない。そしてこの状況は、目の前の出来事に対してどうすることもできないという点で、かの記録を閲覧した時と重なるのだ。

 

「聞こえまちゅか? こんなママから生まれるなんて可哀想でちゅねー……挨拶ぐらいしろよ!」

 

 そして、聞くに堪えない言葉と共にツネコの腹が蹴られるのを、マキは無力に見届けるしかない――かに思われた。

 

「――一張羅が汚れてしまいましたわ」

 

 藪から棒に現れた赤い足が、ヘルメット団員の無慈悲な一撃を難なく受け止めたのである。

 

「この落とし前は付けてくださるんでしょうね? 野蛮なチンピラさん」

「て、てめえは……伝説のスケバン……!?」

「全く、娑婆に出てからしばらくぶりにマンゴープリンが食べられたっていうのに、気分が悪くてしょうがない。ヘルメット団っていうのはヘルメットの被り過ぎで頭が腐ってしまうのかしら」

 

 その正体は七囚人が一人、栗浜アケミ。思わぬ人物が先客となっていたこと、そして彼女がツネコを助けたことに、マキはあんぐりと口を開けた。その筋骨隆々の肉体から想像できる以上の破壊をもたらしてきたという評判からは、およそ考え難い行動であった。

 一触即発の空気が流れ始め、危険を察してその場を離れる者が出る中、アケミに相対するヒエヒエヘルメット団は一歩後退るも、卑屈さを滲ませつつ彼女に嚙みついてみせる。

 

「……へっ、ヒーロー気取りかよ、スケバンの(カシラ)が。カタギに肩入れしたって尊敬はしてくれねーぞ」

「それとも何か? 同じ穴の狢相手にマウントでも取りに来たのかい?」

「脱獄囚ってのは意外と暇なんだねえ」

 

 マキは自分を掴む二人の腕が僅かに震えているのを感じた。冷血のヘルメット団員とて、明らかな格上を相手に恐怖を感じていない訳ではないらしい。それでも尚歯向かう姿勢を崩さないのは、単なる意地というよりも、「お前も()()()()だ」として相手を非難する底意地の悪さの現れだろうか。

 アケミは鷹揚にヘルメット団員らに向き直る。それは丁度、彼女の足元に転がるツネコを庇うような立ち位置になった。

 

「ええ、そうでしょうね。私とて無法者の端くれ。今まで気に入らない奴の百や二百はこの手でぶっ飛ばしてきました。ですが――」

 

 瞬間、アケミの顔が憤怒に歪んだ。

 

「アンタ達みたいな性根の腐った輩と一緒にされたくはないッ!!」

 

 震脚――アケミの鋭い踏み込み、そこから発せられた常識外れの衝撃が、アスファルトの舗装をほぼ垂直に捲り上げた。直後の正拳突きで砕かれた破片は、一つ残らず正面の三人にぶち当たる。怯んだ隙に傍らの重機関銃を腰だめに構え掃射すると、ヒエヒエヘルメット団はマキを拘束していた二人を含めて半数が地に伏せていた。

 僅か数秒の出来事に理解が追い付かないマキは、アケミから声をかけられてやっと再起動した。

 

「そちらのお二方、お逃げなさい! ここは鉄火場になりますわよ!」

「……えっ、あ、はい!!」

 

 背後で始まる銃撃戦。キヴォトスの日常風景そのものからツネコを守るべく、マキは必死で彼女を車椅子に乗せ、走りに走った。

 どうやって辿り着いたかもわからないコンビニのイートインスペースで、ようやく二人の会話が再開する。

 

「……ごめんね、ツネコ先輩。炒飯の口だったのに、結局コンビニのピラフで」

「問題ない……元より、一文無しの身……文句を言える……立場ではない」

 

 望み通りツネコの食事の介助ができても、マキの心が晴れることはなかった。大豊飯店でミニマンゴープリンにありつけなかったことや、ツネコにその味を知って貰うことができなかったこと以上に、マキの胸の内に巣食って離れない感情がある。

 

「……やっぱり、キヴォトスっておかしいのかな……私が言えた話じゃないけど、大体皆喧嘩っ早いし、ちょっとしたことですぐ銃使うし……ツネコ先輩みたいな人に優しくないよ」

 

 妊婦であり身体障害者であるという弱い立場にいるツネコから見れば、キヴォトスは彼女を害する暴力性に満ちている。ヘイロー由来の頑丈さ、銃器という共通した規格の武器とその流通が担保する暴力の機会平等が、互いの引き金を軽くしている一方で、ツネコは脆弱な赤ん坊を胎に抱え、引き金を引く指さえ持たない。アケミという闖入者がいなければ、ツネコがどれほど恐ろしい目に遭っていたか、マキには想像することさえ憚られた。

 そしてその暴力性を、同じ生徒である自分も保持しているのだと思うと、マキは背筋が寒くなった。拘束されていなかったなら、モモイ等の味方が複数人いたなら、ツネコに振るわれただけの(或いはそれ以上の)暴力をヒエヒエヘルメット団に向けていなかったなど、誰が保証できようか。機会が許せば、あの場で先に引き金を引くのは自分だったかもしれないというのに。

 

「――私は、そうは思わない」

 

 しかしツネコの方は、そんなマキの不安を一蹴した。

 

「戦いこそが……人間の……可能性、なのかもしれない」

「人間の、可能性……?」

「そうだ……誰もが……生きる為に、戦っている」

 

 マキは心底感服した。ツネコは先程自分に降りかかった火の粉を、まるで子の成長を見守る寛容な親のように見ているのだ。彼女の哲学は、キヴォトスに生きる者の暴力性とそれが巻き起こす戦いを否定せず、むしろそれを一つの生の営みとして信奉するものなのだろう。それ故に、自分が争いの中で傷付くことも厭わない――単なる自棄や自己犠牲、殉教精神とも異なる、達観した一つの境地とでもいうべきか。

 

「人は、人と……戦う為の、形をしている」

 

 平坦でところどころ詰まるツネコの口調に、マキは確かに彼女の想いを見出した。

 

「今の私は……その土俵にも……上がれていない」

 

 戦いを隣人とする人々への憧憬と、そこから遠く離れてしまったという絶望を。

 

 

 

 

 

 先生がチヒロの要請を受けてエンジニア部の部室にやってきた時、そこは物々しい雰囲気に包まれていた。

 

「MDDステルスとは小癪な真似をしてくれますね。ですが全知たる私には通用しません」

「一人でこそこそ忍び込んで、一体何の用?」

「悪いが、大事な後輩を傷付けるつもりなら私も容赦しないよ」

「勘違いするな。俺はお前らと無駄なやりとりをしにここに来たんじゃない」

 

 ヒマリ、チヒロ、ウタハが集結し、三人でロボットの男性を取り囲んでいる。その後ろには、車椅子に乗ったツネコを守るように、マキ、ハレ、コトリ、ヒビキが集まり、その謎の人物を睨みつけていた。

 

「“……MDDステルスって何?”」

『回答。MDDとはモニター表示欺瞞(Monitor Display Deception)の略称であり、光学迷彩の一種です。ただし、物体が放射及び反射する可視光を含んだ電磁波を操作するのではなく、それを検知するセンサーを持つ機械に対して光信号によるプロンプトインジェクションなどを用いて干渉し、‘検知されなかったことにする’技術です。肉眼では見えているのに機械には表示されない、幽霊のような状態を作り出すことができます。監視の目を機械に頼った環境には、ある種天敵と言っていいでしょう……』

『プラナちゃん、物知りですね……わ、私も解説できましたよ?』

 

 質問内容をコトリに聞かれないように、先生がこっそりとシッテムの箱に問うていると、彼の姿に気付いたロボットがようやく全員に身分を明かした。

 

「……()()()も揃ったようだから改めて自己紹介するぞ。俺はドクター・アミダ。お前らが無許可で回収・修理したワイルドキャットの開発者であり、カイザーインダストリー生体兵器開発部門の最高責任者だ」

「……!!」

 

 緊張が走る。ツネコのことを知っている相手らしいとチヒロから聞いて、彼女の関係者だと当たりを付けてこそいたが、彼女を改造した存在に近しい人物が自分から姿を現すとまでは、先生は考えていなかった。

 

「……なるほど、ワイルドキャットのシステムにバックドアを作っていた訳ね」

「そういうことだ。アビドスでテストされていた筈の俺の発明品の機体信号が、何故かミレニアムから送信されてきた。パイロットの生体情報と一緒にな」

 

 「だからわざわざ時間を作って来た」と面倒臭そうに言うアミダ。先生は無思慮にワイルドキャットを持ち帰る判断をした(させた)ことを悔やんだ。ツネコをアミダに会わせることは、彼女のトラウマを刺激してしまう可能性が高い。アミダの地位の高さ故の多忙さで、即時の訪問が避けられたのは不幸中の幸いだろうか。

 その憂慮を知ってか知らずか、アミダは正面に立つウタハを避けるように首を傾げ、その向こうにいるツネコに向けて顎をしゃくった。

 

「そこのお前。登録番号Tr024……いや、山野ツネコだったか? お前には同情するぞ。雇い主が違えば、もう少しまともに生きられたろうに」

「……何の、話だ……?」

 

 雑に話を振られたツネコは、雇い主という単語が出てもそれが何を指すものかわかっていないように見えた。少なくとも、アミダの言うそれが便利屋68のことではないのは確かだろう。恐らくはより以前の、彼女がムラクモの人体実験を受けざるを得なくなった経緯に関わる何かだと、先生は推測した。

 

「何を白々しい……ツネコをこんなにしたのは、あなた達カイザーやムラクモだろう」

「俺を下劣なムラクモの連中と一緒にするな。今度同じことを言ったらこいつらの餌食だ」

 

 自分越しに話をされたウタハが、眉間に皺を寄せてアミダを詰ると、部室に着いた時からどこか不機嫌そうだった彼の声色が一層刺々しくなる。白衣の裏に隠れていたらしきカプセルボール大の何かが素早く床に飛び出し、バッタのように跳躍してアミダの肩の上に乗った――最初の一つに続き、それが数体。

 

「ひぃっ?! む、虫っ?!」

「俺が完成させた生体兵器――上の連中が付けた『AMIDA』とかいうネーミングは気に入らんが、ひとまずそう呼ばれている。至近距離で自爆すればヘイロー持ちでも丸一日意識を失う代物だ」

「うえ、気持ちわる……」

 

 樽型の体の前方に向けて六本の脚が生え、幾何学型に並んだ六つの単眼を備えた、クモともノミともつかない奇怪な蟲。開発者と同じ名を冠した、見る者に生理的嫌悪感を抱かせるその生き物達は、一斉に前脚を振り上げて大顎を広げ、キュイー、と威嚇するかのような鳴き声を上げた。きっとアミダが命じれば、それらは一気呵成に飛び掛かって主を守ろうとするのだろう。

 思わず悲鳴を上げるヒマリや正直に感想を述べるマキを気にもせず、アミダは話を再開する。

 

「いいか、俺は面倒が嫌いなんだ。移動しながら話すぞ……」

 

 訪問者である筈のアミダに、その場にいた面々がぞろぞろと付いていく形で、一行は研究棟の外に向けて移動していく。道中の警備ドローンなどは案の定、校内を我が物顔で歩く彼に全く反応していない――悔しげに唇を噛むチヒロに、先生は無言で肩に手を置いて慰めた。

 

「――カイザーインダストリーでの生体兵器の開発は、元々ムラクモと、俺が社長を務めていたキサラギの二つの子会社に指示されたことだ。設計要件も要求性能も具体化されていない、全くの白紙。カイザーは文字通り一から自由に研究させるつもりだった。ムラクモは随分好き放題やったようだし、それはキサラギも同じ。程度の問題だ」

 

 左腕のデバイスから投影されるホログラムを操作しながら、アミダは生徒達に見向きもしないまま語る。そのある種直接的・直情的な態度の悪さは、これまで先生が対峙してきた大人(黒幕)の持つ性質には当てはまらないものだった。言葉の端々から滲む、擦れて斜に構えた若者のような皮肉っぽさと、それ以上のムラクモへの敵愾心。それでいて腹芸は不得手なようで、見てくれは大人でも精神的には生徒の方に近い。敵の敵は味方、などと安易に決めつけることはないが、この誘いは罠ではないと先生は確信していた。

 

「キサラギが俺のものになる前、俺はカイザー傘下の秘密設計局で兵器開発を行う技師だった。ワイルドキャットはそこで作った。当時のお粗末なACSの性能では、クイックブーストと動的防弾制御の両立が実現できないせいで絵に描いた餅に過ぎなかったが、それのお陰で今の俺の地位がある……話が逸れたな」

 

 辿り着いたのは正門前。そこには既にアミダが手配したらしき無人の自動運転車が待機していた。後部ハッチが開いて降りてきたリフトによって、車椅子のツネコもヒマリも難なく載せることができた――アミダはそれを急かすこともなく、じっと腕を組んで観察していた。

 全員が乗り込み、電車のように向かい合った座席に座ると、車は微かなモーターの駆動音と共に発進。ハンドルのない運転席に座っていたアミダは、椅子を反転させて生徒達に向き直った。訝しげな視線が彼に集中する。

 

「キサラギが志向したのは、遺伝子操作によって生み出した人工生命体での物量戦だ。兵器としての性能を発揮するのに必要な形質、それを発現させる遺伝子配列を特定するのには無駄に多くの時間と金を費やした……その成果がこいつらと、キサラギのカイザーインダストリーへの吸収だ。対して――」

 

 肩の上で蠢く蟲達を指した後、アミダは数拍間を空け、その間にツネコに視線を遣った。

 

「ムラクモは、外科手術で人間を生体CPUに改造し、汎用性の高い人型兵器、つまり技術進歩で実用化の目途が立ったワイルドキャットを制御させる形でアプローチした。ブラックマーケットを中心に、食い詰めた無所属の生徒を被検体として湯水のように使うことができていたらしい。だが、視察に来た親会社の社員が開発の実態を本社に報せたことで、連中はトカゲの尻尾切りに遭った」

 

 「いい気味だ」とアミダはくつくつ嗤う。応報感情の面では同意できるが、実情を聞いた上では先生を含め誰も笑う気にはなれなかった。先生自身考えないようにしていたこと――ツネコ以外に多くの犠牲者が存在する可能性が、関係者の言葉で現実のものだと判明してしまったからだ。

 

「登録番号Tr024――山野ツネコの載っている機体は、設計図上の存在でしかなかったワイルドキャットの記念すべき一号機であり、ムラクモへの手切れ金だ。俺が奴らに作ってやったのさ。これを持ってとっとと失せろとな。本社からの支援もなく、その上被験体に貴重な備品を持ち逃げされて、連中は今まさに泣きっ面に蜂という訳だ」

 

 ヘヴンズロックでの一件以降ムラクモが動きを見せないのは、資材や機材、そして資金の不足によって身動きがとれなくなっているからなのかもしれない。ツネコのような生徒がこれ以上増えないことを、先生は祈る他なかった。

 やがて車は郊外の工業地域に入っていき、その一角にある大きな工場の敷地内で止まった。先に下車したアミダは、相変わらずツネコとヒマリをきっちり待ってから、建物の中へと歩を進める。

 

「ここは俺が個人的に所有している工場だ。無人で動くよう完全に自動化したが、人工生命体の開発がメインになってからは三割も稼働していない。このままでは宝の持ち腐れだ」

 

 一行はエレベーターで二階に上がった。工場内を望む部屋の窓からは、自動車工場の生産ラインに似た構造の工作機械が林立しているが、アミダの言う通り全く動いておらず、水を打ったように静まり返っている。彼はデバイスのホログラムとその向こうのツネコを代わるがわる確認し、「認証完了」と書かれたポップアップが出てからそれを閉じた。

 

「山野ツネコ。今、お前のバイオセンシングデータを、この工場のシステムにセカンドユーザーとして登録した。お前の脳内のバイオコンピューターにアクセス権限が付与されている。今後は好きに繋げて使え」

「……確認した。感謝する……」

「え……いやいやいや、待って。何のつもり? 一人語りしながらここまで連れてきてすることがそれ? というか、ツネコも無警戒に接続しちゃ駄目でしょ!」

 

 アミダの真意を測りかね、騒ぎ出したのはチヒロ。それはツネコを除く、この場にやってきた全員の心境を代弁するものだ――ドクター・アミダの行動をただの善意や気まぐれだと信じるには、その肩書に問題があり過ぎた。

 組織に不都合な内情を惜しげもなく曝したことから、道中の供述そのものに相違はないと先生は思っている。だがツネコを守ろうとしてアミダを疑ってかかっている生徒達には、倫理に悖る研究を行っていた時点で、キサラギもムラクモも(カイザーグループに属するという意味でも)同根の存在でしかない。信頼できないのも無理からぬ話だった。

 

「ムラクモの研究成果を合法的且つ人道的に奪取し観察する――奴らへの嫌がらせ、自己満足だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「“ツネコや他の生徒達に被害が及ぶことはないんだね?”」

「カイザーPMCのCEOが破滅させられた相手の逆鱗に触れる程、俺は馬鹿じゃないつもりだ」

 

 敵対する意思がないことを確認した後、アミダはツネコの方を一瞥した。ツネコはどこからか現れた小型ドローンの投影するホログラムで何かの情報を確認しながら、淀みなくその操作を続けている。その傍らにエンジニア部の面々が集まり始めると、「手綱はしっかり握っておけよ」と先生に言い残して、アミダは部屋の外に出て行った。

 不審なロボットがいなくなってから、ヒマリとチヒロが先生に申し出た。

 

「先生、帰ったらドクター・アミダの情報を洗っておきます」

「この工場も、怪しい動きがないか調べないと……」

「“うん、お願いね”」

 

 それを二つ返事で了承しつつも、先生の意識はその場を去ったアミダではなく、ツネコの方に向いていた。

 

「うーむ……確かに私だと弾かれる。やはりツネコしかアクセスできないようだ」

「工場一つの使用権貸与か……ぐぬぬ」

「羨ましい……羨ましいですツネコさん……!」

 

 同輩に囲まれ、ホログラムを見つめるツネコの顔――普段より生気に溢れて見えるその表情の理由が、エンジニア部での活動に新たな道が開けたことへの喜びか、その発明で自分を恐るべき戦闘マシンに変えることへの期待か、判別できなかったのだ。




キアヌの愛機がナハトライアーかと思いきやシュリーカーとかいう別物だったビツケンヌです。節穴アイ。
またしても文字数増えまくってびっくり。平均文字数5000〜6000字を目指しているつもりが、書きたいことを予定の話数に詰め込むとどうしてもこうなってしまう…

ヒエヒエヘルメット団の所業は当初もっとボコボコにツネコを虐め抜くつもりだったのですが(鬼畜)、自分の表現力の限界で腹を蹴るところまで行きませんでした。
でもそこまでいくと曇らせっていうよりリョナの域なのかしら?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。