ツネコからの依頼がシャーレに届いた当日から彼女に関わることになったヴェリタスは、その容体について最も詳しく知る部活の一つと云える。エンジニア部が回収したデータを共に閲覧した彼女らも、ムラクモの凶行を目の当たりにして青菜に塩となっていたが、便利屋の影響からか社会復帰に積極的なツネコを見て元気を取り戻したのだった。
しかし、ツネコとアリスがヒエヒエヘルメット団を相手に大立ち回りを演じた昨日の事件、そこで本人が省みたように復帰を急ぎ過ぎていると判断され、気分転換がヒマリから提案された。現在ツネコはヴェリタスの一年生・小塗マキと共にD.U.へと繰り出している。
「さて、エンジニア部はエルカノに、部長はVCPLに、コタマ先輩はタキガワにそれぞれ出向いている……鬼の居ぬ間に洗濯だ!」
ヴェリタスに一人残った二年生・小鈎ハレは、この絶好の機会に遊び心を爆発させることを企てていた。
ツネコが仕事道具にする為に修復されていたワイルドキャットは、構造上機体パーツの交換が非常に容易になっている。この為スペアパーツを製作して仕事への備えとしていたのだが、それだけでは満足できないのがミレニアムの技術屋の性。ヴェリタス部長・各務チヒロの目を盗み、ハレはスペアパーツで組み上げたワイルドキャットに手を加え、あわよくばその基礎設計を踏襲した別の人型機動兵器を作ってやろうと画策していたのだ。
「うーん……これは、困ったな……」
ところが、開発は初期の段階から暗礁に乗り上げていた。ワイルドキャットのCPUとそこにインストールされたOSは、その大部分がツネコの存在を前提として組み上げられていたからだ。機体の各部パーツに複列分散配置されたバイオコンピューターが、ツネコの脳を中心として高度に連携し合うことで、ワイルドキャットは初めてその真価を発揮する。逆に言えば、それがなければ(且つ非武装ならば)そこらのパワーローダーと性能は大差ない。
ミレニアム製のウイルス対策ソフトに守られていた筈の先生のスマートフォンに対し、未知のセキュリティーホールを突いて情報を抜き取るウイルスを生み出すツネコの技量と‘性能’はチヒロをも唸らせた――それだけの能力が、ツネコの脳内のバイオコンピューターにはあるのだ。その構造と機能を解析できない限り、ワイルドキャットというマシンを超えることはできないだろう。ツネコの生命を脅かすことのない方法ではそれは不可能であり、まさに八方塞がりだった。
ディスプレイを前にして考え込んでいたハレは、背後から近付く影に気が付かなかった。
「手こずっているようだな、手を貸そう」
「……はっ、え、えっ!?」
突如響いた聞き慣れない男の声。飛び上がって振り向いた先には、ハイネックのシャツとニッカポッカの上からくたびれた白衣を羽織る、奇妙な風体のロボットの姿があった。鋭角なシルエットを描く特徴的な頭部は、胴体からかなり前方にせり出した位置に据え付けられており、それは肩を怒らせ猫背で立っているようにも見える。
「これは連中が取った脳機能マッピングデータだ。加工前と加工後、どちらも残っている。これを活かせるかはお前次第だ、せいぜい足掻け」
「だ……誰?」
高飛車で居丈高な態度を隠しもせず、その人物はハレに一つのUSBメモリを投げて寄越した。それをなんとかキャッチしたはいいが、この状況までは受け止められない。生徒でもないどこの馬の骨ともわからぬ者が学園の敷地内にいるというのは、監視カメラだらけのミレニアムにおいては明らかな異常事態なのだ。思わずハレの口から出た問いに、彼はぶっきらぼうに答えた。
「俺はアミダ。ドクター・アミダだ」
あの思い出すことすら悍ましい‘上映会’から一週間。ツネコのシャーレ居住区での生活が決定したことをミネを通じて知ったトリニティ上層部は、一応の落ち着きを取り戻していた。ゲヘナ嫌いのハスミとミカだけが、ゲヘナ出身の便利屋68に世話を任せることに難色を示していたものの、ツネコにとって彼女らが命の恩人――自殺を止めてくれたという意味――であると知って掌を返した。再編されたシャーレ当番のスケジュールに従い、この日は朝からツルギがシャーレに出向している。
先生とツルギが昼食を食べ終え、再び業務に取り掛かろうとしていた時、その生徒は何の前触れもなくやってきた。
「こんにちは。山野ツネコさんはこちらにいらっしゃいますか?」
社員証のようなカードを首から紐でぶら下げ、ゲヘナ学園の制服と略帽を身に着けた少女。深碧の長髪を掻き分けるように額から大きく前方へ伸びた三本の角は、白亜紀後期の角竜トリケラトプスを思わせる。だがそれを支える体は恐竜じみた角の威容とは不釣り合いな程華奢で、レッグホルスターに差したハンドガンすら撃てるか怪しく見えた。対物ライフルでも入っていそうな背中のガンケースなど言うに及ばない。
「“君は?”」
「申し遅れました、私はファーロン・ダイナミクス輜重部門の――」
「あ゛あ゛あ゛?!」
「ひっ!?」
「“ツルギ、落ち着いて……”」
先生に名を問われ、名刺と共に出てきたその答えに、ただでさえ
ファーロン・ダイナミクス――電装部品とロケットブースターの製造で有名な大企業だ。差し出された名刺には、ファーロンのロゴマークである
「い、いえ……大丈夫です、ごめんなさい。先生の前では、生徒は皆平等に子供ですよね。アポなしで来ておいて、出過ぎた真似をしました」
「わかればいい……それで、名前は?」
「ゲヘナ学園三年、
ツルギが怒ったのは、スミカというその生徒が出身の学園や部活ではなく企業を名乗ったことが、彼女の神経を逆撫でしたからだ。シャーレへの直接攻撃という過去の事例もあって、最も信頼できる大人である先生の仕事場という‘聖域’に外部の者の手が伸びてくることには、見かけより冷静なツルギといえど敏感にならざるを得なかった。ファーロンでの仕事とゲヘナでの学業をスミカがどのように両立しているのかは不明だが、小賢しく立場を使い分けようとしたことを反省する、年相応の青さも持ち合わせているらしい。素直に態度を改めたのを見て、ツルギは矛を収め、ショットガンを握る手からも少し力が抜ける。
先生がティーバッグで紅茶を淹れ、人数分ローテーブルに置いて着座する。全員がそれを一口ずつ飲んでから、先生は改めて用件を聞いた。
「“それじゃあ、スミカは何を聞きたいのかな?”」
「話を蒸し返すようで恐縮ですが……私はファーロンの輜重部門で傭兵起用担当を務めています。ツネコさんに宛てた依頼がある時期から受理されなくなったので、ずっと心配していたのです」
「ツネコが傭兵を……?」
「はい、大変お世話になっておりました。傭兵社会では軽く見られていた新米の私が、初めて依頼をお渡しできた人です。重要な作戦をお任せしたことも何度か……」
正実に属していながら傭兵としても活動していたという、ツネコの新たな一面。企業から名指しで依頼を受ける程の信頼と実績があるようだが、それを裏打ちする彼女の実力を、ツルギは目にしたことがない。治安維持組織の一員と企業間紛争の尖兵の二足の草鞋を履くうちに、彼女は後者を選び、そして‘ああなった’。依頼が受理されなくなったというのも、その時期と見て間違いないだろう。
一呼吸入れて、スミカが続ける。その表情は来室時よりも固くなっていた。
「――三日前、ツネコさんの名義で我が社の製品の注文を受け付けました。配送先の指定は、ミレニアムサイエンススクール試験場……それまで利用していたトリニティ自治区内の受け取りスポットではなく他校の、それも校舎内です。登録されていた住所も、正規の手続きを踏まずに改竄された形跡がありました」
「それがここ、シャーレの居住区です」とスミカ。先生をまっすぐに見つめるその目の光に、ツルギは疑いと焦りの色を見た。その視線を追った先の先生は、説明に困ったような渋い顔をしている。確かに男女が一つ屋根の下というのは如何なものか、とツルギも一瞬思ったが、先生に限って手足のない生徒を傷付けるようなことはしないだろうとすぐに考えを改めた。
「……教えてください、先生。ツネコさんは、無事なんですか? 今、ここにいるんですか? どうして今までずっと――!」
「落ち着け」
冷静さを欠いて立ち上がろうとするスミカを、今度はツルギが諫める番だった。スミカが座り直してから、もう一度先生を見ると、彼は瞑目し何かをじっと考え込んでいる。それは恐らく、この事件の部外者にどこまで情報を提供するべきかの選択だろう。供述を基に推測すると、スミカは顧客の個人情報にアクセスできる立場にあり、それを目的外利用して傭兵の安否確認をしに来ている――親しい人を思うが故の過ちと言えば聞こえはいいが、彼女が秘密を守るだけの倫理観を持ち合わせているかという点では、客観的に見て信用の置けるものではないのだ。
目を開いた先生が、おもむろに語り始めた。
「“ツネコがここに住んでいるのは、事実だよ。一時的にだけど、便利屋68の子達と一緒に暮らしていて、ここから転校したミレニアムに通っている。ただ……今の状態を
「えっ……ど、どういうことですか……?」
「“ツネコは……とても辛い経験をしたみたいなんだ。そのせいで、まともな生活もできない体になってしまった。一週間前にツネコ本人がシャーレに依頼を出した時に、便利屋の子達と一緒にツネコを助けて、今は彼女が自立した生活を送れるように、皆で協力し合っているところだよ”」
「そんな……じゃあ、あれから一年以上……?!」
かなり慎重に言葉を選んだ上での先生の説明。それだけでもスミカを絶句させるには十分だった。顔を真っ青にした彼女の想像の中で、ツネコはどんな状態になっているのだろう。少なくとも、脳を侵され、四肢を奪われ、望まぬ子を孕まされた惨状でないことを、ツルギは願う他ない。
そしてもう一つ、心苦しいが伝えておくべきことがある。
「お前は、今ツネコに会うべきじゃない。気持ちの整理を付けるという意味でもそうだが……恐らくあいつは、お前のことを覚えていない」
「“記憶障害が出ているんだ。今朝ツルギと会っても、初対面みたいな挨拶だった”」
ミネから伝え聞いたツネコの様子――エンジニア部の機材と資材を勝手に使ったり、先生のスマホをハッキングして連絡先を盗み出したりしていたらしい――から、人騒がせなところは変わっていないのだと、ツルギは呆れながらも懐かしさを感じていた。だがいざ直に対面すると、その感情は粉々に打ち砕かれた。
“正義、実現、委員会……委員長……剣先ツルギだな。山野ツネコだ……ミネには……世話になっている”
“……覚えていないのか”
“……モモトークの……内容なら……口外しない。誓約書を……書くべき、だろうか?”
自分と相手との間に繋がりがあったこと自体に考えが及んでいない、辿々しく的外れな返答。泣き叫ぶツネコを嘲弄するかのように苦痛を与え続けたあの手術の中で、彼女は己の記憶さえも差し出してしまったのか。山野ツネコという生徒との間に生まれた断絶は、大事にかまけて彼女の失踪を深刻に捉えなかった自分達への罰なのかもしれないと、そんな考えまでも浮かんだ。
「“ツネコに会うなら、落ち着いて話せる時の方がいい。ビジネスパートナーとしてだけじゃなくて、一人の友達としてね”」
沈痛な面持ちで俯くスミカを諭すような先生の言葉には、あくまで彼女を生徒として扱う心配りが滲んでいた。職権を乱用してでもツネコの状態を確かめようとしたスミカの精神性は、ツルギから見ればミネにも通じるものがある。自覚があるか否かに関わらず、そうした未熟さを否定しない心根こそ、先生が先生たる所以なのだろう。
スミカはしばし目を瞑り、それから両手でぴしゃりと自分の頬を叩いて、「わかりました」と言うなり勢いよく立ち上がった。
「私、ツネコさんに何があったのか調べてみます」
「“え?”」
「は?」
「ツネコさんのような信頼と実績のある傭兵がそんなことになっているのは、きっと何か事情がある筈です。企業の暗部に触れることになるかもしれません」
決定事項かのように告げるスミカ。それに先生とツルギが面食らっている間に、彼女はてきぱきと帰り支度をして、自身の身の丈程はあるガンケースをよろけながらも背負い直し、執務室の出入り口まで歩いていく。
「“それって、大丈夫なの?!”」
「情報部門にかけあってみます。ファーロンのおじさまにはお小言を貰うかもしれませんが……何とかします。ありがとうございました! 紅茶、美味しかったです!」
それはお前の心配をしているんだ、とツルギが言おうとした時には、スミカは晴れやかな決意と共に風の如く執務室から消えてしまっていた。
どうしたものかと頭を掻く先生のスマートフォンに、モモトークの通知が入った。
特段害意はないみたいだけど
オリキャラを二人登場させました。本当はこの話で更に四人出すつもりでいたのですが、尺が足りなくなるのと出番がそれっきりになるのとで、断腸の思いでボツにしています。
キアヌ・リーヴスのAC楽しみですね。ナハトライアーにあるまじき近接火力で笑いが止まらん。ゲームでも右腕ブレード解禁されねーかなーっ!