翌日。
棗さんは郊外のバス停を指定してきました。そこはトリニティの中でも比較的寂れたところで、かといって治安が悪いわけでもない。密会には最適でしょう。
「すみません、遅れましたね」
棗さんは約束の時間から10分程度で待ち合わせの場所についた。特にこの程度なら問題はないだろう。
「浦和です、今日はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
おそらくゲヘナのものと思われる中型トラックに乗り込みます。互いに無言の時間が続くと少し気まずいですね。
「...浦和さんは、ミナトさんとどういう関係なんですか」
沈黙を破ったのは棗さんでした。
「私は浦和ミナトの妹です」
「やはりですか...何か証明できるものは?」
「これで」
財布に挟んでいた家族写真を出します。白髪交じりの兄さんの隣に私が映ってます。
「今とは少し違いますが...間違いなくミナトさんですね。間違いなさそうです」
「ってことは-」
「ええ。私はこの人を知っています。こっちの様子に関しても、今からお話ししましょう」
そうして棗さんは私の知らない兄さんについて話し始めました。
「はじめはいい先輩だな、と思ってました」
「私が一年生の時には三年生で、すでに学園全体に影響力を持っていました。決して知名度は高くなかったですが、風紀委員とも仲が良く平和なゲヘナを支えてるのは彼とすら言われてましたね」
「ですけど、彼は努力を怠りませんでした。よく言っていた言葉があります。"僕はもっとできるはず、でないと存在価値を失う"ですかね」
...やっぱり。兄さんは私のせいで苦しんでいたのですね。
「ああ、あなたが悪く思う必要はありません。あの人は拗らせすぎたんです。あなたの優秀さを過大なものに、あの人の優秀さを過小なものにしたんです。たぶん今頃はあなたは世界のすべての問題を解決できる連邦生徒会長並みの超人、彼は塵芥以下のものでしょうね」
「...それは」
「あの人はあなたと別方面で優秀なんですよ。私があの人から聞いた話からの推測になりますが、あなたは統治者として。あの人は守護者として優秀な側面を持つんです。つまりあなたは頭が、あの人は体が優秀だったんです。それを発揮する場が与えられなかっただけで」
...思い当たる節はあります。兄さんは確か昔体育の授業では優秀な成績をとっていました。但しクラブチームなどに所属させてもらえなかったのでその実力を示す機会もありませんでした。
「話を戻しましょう、学園でのあの人についてです。彼は万魔殿に所属していて、専用の飛行機から降下する空挺部隊を一人だけでやっていました。私たち戦車隊が地面における最高戦力なら、あの人は空における最高戦力と言えるかもしれません。」
「一人...というのは?」
「もともとは前の議長、通称"雷帝"肝煎りの部隊だったんです。幸いというべきか身長が小さく、俊敏なあの人は空挺部隊のリーダーとして適任だったんです。ですから試験運用という形であの人ひとりが選ばれました。」
...棗さんの言う通り、兄さんは武力に優れているようです。しかし、なぜ一人で?
「雷帝の退陣クーデターに関してはご存じですよね」
「ええ、知っています。内部紛争が圧政を敷いていた雷帝を退陣させるまでに大きくなったとかいう。最終的に戦車隊と風紀委員を中心として武力で退陣を迫られたそうですね」
「それを主導した一人があの人です。」
...兄さんがクーデターを主導?少し想像がつかない。兄さんほど権力争いから遠い人はほぼいないはずなのに。
「雷帝は武力であらゆるものを破壊しようとするタイプの人間でした。当時のゲヘナの未来を担う若い三人、空崎ヒナと羽沼マコト。それとあの人がクーデターを主導しました。理由に関してはあまり教えていただいていませんが、そのうちの一人に直接聞くのがいいでしょうね」
気づくとゲヘナ学園と思しき場所についた。
「行きましょうか、うちの議長が待っていますので」
「よく来たな、浦和ハナコ」
「お初にお目にかかります、羽沼議長閣下」
通されたのは普段ほぼ開けていないと思われる密室。防音も完璧みたいです。
「さて...お前は何が知りたい?」
聞いていた印象とはだいぶ違います。かなり傲慢で抜けたところのある方と聞いていましたが、やはり噂はうわさなのでしょうね。
「私は兄さん、浦和ミナトに関わる全ての事項を知りたいです」
「...やはりか。私としては一向にかまわない。しかし、お前には覚悟が必要になる」
羽沼議長は立って私のほうに歩いてきます。少し緊張してしまいますね。
「お前は今の奴を知ったとき、どのように感じるか私は分からない。だが、それでも。情報を自分だけで判断して行動しないようにしてくれ」
「と、いいますと?」
「今、奴は風紀委員会に所属している。委員長の空崎ヒナはおそらくお前が奴について知ることを好ましく思わない。もしそれを知られたら何が起こるかわからない」
「だから、決して口外せず、奴に関する行動をとる際には必ずこちらへ連絡してくれ」
「わかりました。もちろんお約束します」
「ああ、ありがとう。では...奴、つまり浦和ミナト。それについて話そうか」