ナニカサレタ生徒の顛末   作:影のビツケンヌ

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いかん、そいつには手を出すな!

「ハナエ、少し席を外してくれますか?」

「え? は、はい、わかりました……」

 

 救護騎士団所属の二年生、鷲見セリナは困惑していた。朝から厭に口数が少なく、何かを考え込んでいるようだったミネ団長が、突然自らの頬を叩き、その場にいた一年生の朝顔ハナエを有無を言わさぬ気迫で追い出してしまったのだ。ミネはセリナがたまたま座っていた丸椅子の前にもう一つ椅子を置き、お互いが向かい合うように着座する。

 

「ど、どうしたんですか団長?」

「そうですね、どうかしていました。こんなことで悩むなど、私らしくもない」

「えっと……どういうことでしょう?」

「セリナ、これから私がすることには、あなたの協力が不可欠です。引き受けてくれますね?」

 

 部室の中はミネの鬼気迫る雰囲気で満たされていた。こうなればもう彼女を止める術はない。せめて荒事にならないことを祈りつつ、セリナは赤べこさながらに首肯した。それを見たミネは、部室のデスクの中、鍵付きの引き出しから一つのファイルを取り出す。

 

「これは、シャーレの関わる案件です。先生からは情報漏洩は慎むように言い含められていますが、厳密な箝口令ではないと解釈し、私の責任においてあなたに情報を開示します。医療従事者としての覚悟を持って閲覧してください」

 

 自覚などではなく、覚悟。それが必要になる情報とは一体何なのか。そんなことを担うシャーレと先生は無事でいられるのか。先生が凶弾に倒れたかつての事件が、セリナの脳裏に去来する。人の命に関わる事態なのだと理解して、セリナは気を引き締め、ファイルを受け取った。

 

「拝見します……」

 

 それは、二日前にシャーレが受けたある依頼に関する報告書と、その依頼人に関わる情報だった。読み進めるにつれて、セリナの顔から血の気が引いていく。覚悟を持てとは言われたが、こんな事例は滅多なことではあるものではない。交通事故程度では指の一本も失うことのないキヴォトス人から四肢を奪うという行為には、それを行うだけの強い意思、想像さえも憚られる悪意が伴ったことは火を見るよりも明らかだ。

 

「だ、団長、これって……!」

「事実です。この場にはありませんが、映像記録も閲覧しました。それら全てが過去のものであることが、私には無念極まりない。ですが、それが我が校の生徒を見殺しにしていい理由になどなりません!」

 

 手袋をしたミネの手が固く握り込まれる――思えば昨日、彼女は両手に包帯を巻いて帰ってきた。他の者には見せられないような何かを目撃し、必死に怒りを堪えていたのだろう。救護の名の下に暴走を繰り返してきたミネにしてはかなり理性的な振舞いにも思えたが、セリナはこれが嵐の前の静けさであるような気もしていた。

 

「要救護対象……山野ツネコさんはミレニアムのどこかにいます。あなたに彼女を探し当てて欲しいのです」

 

 かくしてセリナは、千里眼にも似た己の神秘に導かれ、ミレニアムはエンジニア部の部室へとミネを連れていくことになった。

 

 

 

 

 

「ん……ホシノ先輩、何かあった?」

 

 後輩の勘がよくなったのか、自分が隠すのが下手になったのか。二年生の砂狼シロコに問われて、ホシノは心中で冷や汗を一筋垂らした。

 

「私が膝枕してる時も、窓の外ばかり見ていた気がします」

「またカイザーとかにちょっかいかけられてるの?!」

「何かあるなら相談してください!」

「……うへえ」

 

 シロコと同じ二年生の十六夜ノノミ、一年生の黒見セリカ、奥空アヤネに問い詰められ、どうしたことかとホシノは逡巡する。

 先生からは今回の件をあまり言いふらさないように頼まれてこそいるが、それは情報漏洩がシャーレの仕事に差し障るからというよりも、事情を伝え聞いた生徒の精神的負担を慮ってのことであった。悪い大人に騙された生徒が人体実験の被験者になり、まともな生活も送れない体にされてしまった――これが悪趣味なフィクションのプロローグならまだしも、現実に起こっている出来事をどうして友達同士の話の種にできようか。

 アルが依頼人に救いの手を差し伸べ、またエンジニア部の協力もあって、あの場では解決に向かいそうな雰囲気はあったが、その後どうなっているのか心配なのも事実。とはいえ、関わりのない後輩達の気分を害することは避けたかった。

 

「んー、そうだねえ……ちょっとだけ、心配なことがあってさあ」

 

 そこで今回は、刺激の強い部分を隠しながら相談に乗って貰うことにした。

 

「心配なことですか?」

「うん。一昨日はおじさん、先生に呼ばれて便利屋の子達とシャーレのお仕事についていったんだあ。そこで会った子のこと、成り行きでコテンパンにやっつけちゃったんだよね。今はミレニアムで診て貰ってるけど、色々あったからさー……」

 

 嘘ではない。先生の指揮で、ワイルドキャットは手も足も出ずに叩き潰された。パイロットの状況が悲惨な有様であることに変わりはない――それをやったのが自分達ではないというだけのこと。

 

「だったら、お見舞いですね☆」

 

 ノノミのその提案に乗ったことを、ホシノはミレニアム本校舎の校門に着いた辺りで半ば後悔することになった。道中で先生に連絡を取り、校門前で待ち合わせたことが、先生と救護騎士団とのニアミスを引き起こしていたと知るのは、ずっと後になってからだ。

 

「うへえ……これまた、一悶着ありそうだなあ……」

「“まさか、ツネコ……!?”」

 

 実験棟の方角から、二度三度と爆発音が響いていた。

 

 

 

 

 

 時は救護騎士団のミレニアム到着より数分前まで遡る。

 

「内装と駆動系を最優先に、装甲も最低限修復しておいた。少々不格好だが、テストには十分な筈だ」

「……世話になる」

「いいんだよ、折角現れた新入部員の為さ」

 

 ヘヴンズロックの戦いで破損したワイルドキャットは、ウタハ達の手で速やかに修復が行われた。被弾して剥げた塗装はそのままだが、動かす分には支障はない。エンジニア部はツネコの仕事道具(これには作ったばかりのパルスガンも含まれている)の稼働テストを兼ねて、彼女がワイルドキャットに接続されている時の体への影響を調べようとしていた。

 直立したワイルドキャットの周りにはキャットウォークが仮設されている。簡素ながら、ツネコを車椅子に乗せたまま移動できるよう、小さな昇降機も併設されたものだ。ツネコはウタハの先導でアルに車椅子を押され、コックピットハッチへと近付いていった。コトリとヒビキはその下で分析機器を忙しなく調整し、アル以外の便利屋メンバーは離れた位置からそれらを見守っていた。

 

「それにしても、カイザーもなかなかいいロボットを作るものだね。機体の各部パーツがユニット化されていて、取り付け・取り外しがスムーズに行えるようになっている。破損した部位のスペアを用意しておけば、すぐに交換して戦線復帰できるんだ」

「こっちはムラクモじゃないのね?」

「ああ、どうやらハードウェアに当たる機体そのものはカイザーが製造したらしい。ジェネレーターにロゴが入っていたよ。ムラクモが担当したのはソフトウェア、つまりツネコと、彼女が機体を動かす為のOS(オペレーティングシステム)なんだろう。この辺りの関係も気になるところだが……今はツネコだ」

 

 問題は山積している。襲撃を受けたムラクモだが、実際には研究に必要な機材や資材が失われたのみで、本社であろう研究所の場所は判然としていないし、この先どんな動きをしてくるかもわからない。ツネコの復学に伴うセミナーへの手続きだって済んでいない。とはいえ、自殺未遂で助けられたツネコを放っておくことはできない。今は彼女の心身をケアし、自立して生活できる環境を整えることが先決だ。先生との話し合いで、ウタハは彼の方針に同意していた。

 機体の胴部を前にして、ウタハは目立たない位置にあった開放スイッチを引っ張る。脱気音と共にハッチが開き、ツネコの玉座とも墓場ともいえるコックピットが露わになった。

 

「よし、じゃあアル、手伝ってくれ」

「ええ! さあいくわよツネコ、よいしょっと」

 

 鉤爪の生えたボロボロの翼だけが残ったツネコの体を、ウタハはアルと協力して車椅子から持ち上げる。足場を踏み越え、アルが開けた弾痕が残る座席に乗せようとした――

 

「救護ッ!!」

 

 瞬間、珍妙な掛け声と共に入口の扉が吹き飛んだ。透明な防弾プラスチック製の盾とショットガンを携えたトリニティの生徒が、ずかずかと倉庫内に踏み込んでくる。やや遅れて、トリニティ生がもう一人、申し訳なさそうな顔をしておずおずとそれに続いた。

 

「……何の用? 随分手荒な入室だけど」

「山野ツネコさんの容体を確認しに参りました」

「トリニティ総合学園救護騎士団団長、蒼森ミネさんですね。そちらは同じく救護騎士団所属の鷲見セリナさん。ツネコさんが心配な気持ちは察するに余りありますが、今は精密検査の途中で――」

 

 穏やかでない気配を感じ取り、ヒビキが眉を顰めて牽制するように問うも、きっぱりとした返答で突っ撥ねられる。毅然とした態度で対応しようとするコトリもスルーされて、じろりと見回したミネの目はキャットウォーク上の一点で止まった。

 

「何をしているのですか!! 身重の患者を戦わせようなどと!!」

「え、ちょっ――」

 

 その鋭い視線と怒号が自分を狙うショットガンの射線と重なった時、ウタハは抱えていたツネコの重みが自分の手から独りでに離れ、同時に軽く突き放されるのを感じていた。ツネコを抱えたままのアルが操縦席の方向につんのめって倒れ、両者の間を散弾の群れが通過する。

 

「いかん、そいつには手を出すな!!」

 

 それは、どちらへの警告か。咄嗟にウタハが叫んだ時には、コックピットハッチは固く閉ざされていた。

 

 

 

 

 

「いっ……たたたた……」

「社長、悪いが……体を浮かせてくれ」

 

 アルは自分が覆い被さる形になって座席に収まっていたツネコの言葉に従い、そっと体を浮かせた。額を座席の縁に強か打ちつけていたアルは、その痛みに悶えながら、もぞもぞと体を動かすツネコを見下ろす。狭隘なコックピットの暗がりの中で、アルの顔はツネコの顔と至近距離で向き合っていた。

 

「というか、ツネコあなた……身重って、妊娠してたってこと?! どうしてそれを言わないのよ!! 私はてっきりそのお腹も改造手術のせいかと……」

「問題ない……仕事に、支障は出さない」

「そういう問題じゃ――」

 

 アルの叱責も聞かず、ツネコは翼を座席後方の固定器具に叩きつけた。途端にラッチが下りて翼が固定され、同時に周囲に垂れ下がっていた無数のケーブルが、仕込まれていた人工筋肉の働きでうねうねと動き出す。それらは迷うことなくツネコの四肢の跡に素早く伸びて、適合する規格の穴に端子を差し込んだ。その度にツネコの体がぴくぴくと痙攣し、最後に首の後ろに刺さって大きく跳ねる。

 

「だ……大丈夫なの!?」

「勝手に動く、だけだ」

 

 アルの心配を他所に、ワイルドキャットのジェネレーターがゴウンと唸りを上げ始めた。少しずつ暗順応してきたアルの目は、

 

「私の、上司に、恩人に……手を出したこと。後悔させてやる」

 

 無感情と憤怒を両立させた、不気味に見開かれたツネコの目を捉えた。

 

『「メインシステム、戦闘モード起動」』

 

 

MAIN SYSTEM

COMBAT MODE ACTIVE

■■■■DISPLAY LATENCY……NORM(表示遅延:標準)■■■■

■■■OVERBOOST CAP……IDLE(オーバーブースト抑制機:駆動解除)■■■■

WPN FCS……NORM(武装及び火器管制システム:標準)■■■■

EN RECYCLING……ON(エネルギー回生:起動)■■■■

 

 

 ツネコの言葉と機内に流れたアナウンスが無機質にシンクロする。直後にコックピット内が俄かに明るくなり、アルが背にしていたディスプレイに文字列が流れて消え、外部の情報が映し出された。メインカメラからの映像ではなく、自機の真後ろからくる映像――その構造にアルが驚いたのも束の間、ディスプレイの中心にミネが捕捉されていた。彼女はショットガンを構えて突撃してくるハルカを盾で器用にいなし、自分のショットガンで返礼を叩き込んでいる。

 機体外部のマイクが、ハルカの叫びを拾った。

 

『許さない、許しません絶対に!! ツネコさんは私に初めてできた便利屋68の後輩なんです! これから一緒に仕事をして、アル様と一緒にお金を稼いで、普通の人生を始めるところなんです!! それを邪魔する人は、神様や先生が許しても私が許さない!! 死んでください死んでください、死ね、死ね死ね死ねェーーーーーーッ!!』

「ハルカ……」

 

 耐久力だけならキヴォトスでも一二を争うハルカは、何度撃たれても打たれてもミネへとむしゃぶりついていく。いつものように頭に血が上って暴走しているのかと思いきや、その行動はどこまでもツネコを思う心に基づいていた。

 アルは考える。妊婦であるツネコに仕事をさせ、ワイルドキャットで戦わせるのは、確かに安全とは言い難い。だが、便利屋の社員になったツネコを無理に戦いから遠ざけることが、果たして彼女の幸福になりえるだろうか。人間でなくなってしまったと嘆き死を望んだ少女に、少しでも人間らしく生きられるように手を差し伸べることこそ、真に必要なことなのではないか。誰に従わされるでもなく、自立した生活の為己の意思で戦うのなら、それはきっと悪いことではない筈だ。

 

「……ええ、そうね」

 

 ならば、やる気のある社員を止める理由はない。アルは努めて自信に満ちた振舞いで、ツネコに号令をかけた。

 

「ツネコ! 遠慮は要らないわ、蒼森ミネを蹴散らしてやりなさい!!」

「勿論だ、社長。掴まれ」

 

 ブースターを噴かし素早く方向転換したワイルドキャットは、挨拶代わりとばかりにミサイルの発射管を開いた。猟犬の群れの如く襲い掛かった四発のミサイルは、しかしミネの持つ盾に直前で防がれる。その向こうから覗くライトグリーンの眼光が、スクリーン越しにツネコを射抜いた。

 

『……あくまで救護を拒むおつもりですか、ツネコさん』

「黙れ。お前は……俺の、敵になった」

 

 この戦いが、双方の思いの致命的な擦れ違いによるものだということにアルが気付いたのは、先生がホシノを伴ってこの場に現れてからだった。

 

 

 

 

 

 ボワワワワ、とでも表すべき聞き慣れない音と共に飛来した、球形をした半透明な光の膜、その数二十と少し。普段通りに構えた盾が、内側から弾けるようにしてあっさりと砕けた。

 

「なっ――」

 

 その一瞬が明暗を分けた。飛び上がった空中で受け身も取れないまま、鋼鉄の蹴撃が炸裂する。壁に叩きつけられ、ミサイルとガトリングキャノンが容赦なく追撃。ここまでは耐えたが、盾を砕いたあの攻撃には為す術もない。

 

「あああああああああああっ?!」

 

 全身を嬲る力の波動、神経を直接刺激する猛烈な痛み。気付けばミネは床に倒れ伏し、身動き一つ取れずに朱赤の駆体を見上げるしかなかった。

 そのロボットは、カタログスペック上ではカイザーのゴリアテの上位互換程度の能力なのだろう。装甲は厚いが攻撃が通らない訳ではなく、ブースターでの三次元機動は脅威だが速過ぎるということもなく、個々の武装は強力だが単体で扱っても雑に強くはない。だが、それらが搭乗者であるツネコと歯車のように絶妙に噛み合い、トリニティは勿論キヴォトスに於いても上位に位置するミネを遥かに凌駕した戦闘能力を発揮させている。

 戦うつもりのないセリナのみを連れてきたのは失策だった――圧倒的な暴力を前に、ミネは選択を誤ったことを悟った。便利屋とアビドス対策委員会の長が、先生の指揮を受けてまでして倒した相手だ。単独で相手にするなど愚の骨頂だったのだろう。

 

『――これで決める』

 

 そして、左前腕のレーザーブレードに青い灯が宿り、掬い上げるように斬り上げ――

 

「“ ホシノ!!”」

 

 ブレードの基部に撃ち込まれたショットガンがエネルギー供給を寸断し、何もない腕が振るわれるにとどまった。

 

「……ふう、間に合ってよかったよ~。ツネコちゃん、ちょっとお話しようか」

 

 肩で息をする先生と、件の小鳥遊ホシノが視界に入ってきたところで、ミネの意識は沈んでいった。




つい数日前にようやくブルアカを始めました。なんか怖くてメインストーリーを触ることができません。とりあえず水着アツコは可愛かった(小並感)
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