ナニカサレタ生徒の顛末   作:影のビツケンヌ

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面妖な、変態技術者どもめ

 その夜、エンジニア部の部室は静寂に包まれていた。

 インスピレーションに任せて研究開発一直線の彼女達は、普段ならその為に徹夜も辞さない。しかしツネコの一件で心的外傷を負って考えるのも億劫になり、前日より抱えていた作業も手に付かず、気分転換のつもりでとった休憩時間でそのまま寝入ってしまったのだ。それは殆ど不貞寝や泣き寝入りに近かった。

 

「……む……」

 

 空調とPCの冷却ファンの音だけが響くその中で、デンタルチェア様の台の上で寝ていたツネコが八時間ぶりに目を覚ました。手足のない身では上体を起こすだけでも精一杯だが、ツネコは何とか頭をもたげ、周囲の状況を把握しようとした。

 

「……寝ている」

 

 起きているのが自分だけだということにはすぐに気付いた。デジタル時計は二十三時を示している。接続されたままの胃瘻チューブと頸部のプラグからして、引き抜いたり電源を切るのも忘れて寝てしまったのだろう。

 

「うーん……じょ、冗談じゃ……」

 

 ツネコはすぐ隣の椅子で苦しげな寝言を呟くヒビキを見遣り、次いで彼女がツネコの首に接続したままのPCを注視する。

 

「……」

 

 PCのブラウザが勝手に起動し、モモトークのダウンロード画面が表示される。同時にCADと3DCGの描画ソフトが立ち上げられ、何かの平面図とポリゴンの集合が同時に構築され始めた。

 

 

 

 

 

 どんなにショッキングな事件があっても、シャーレの仕事は休みなく続く。ツネコの受けた凄惨な仕打ちを知る者は、現状では連邦生徒会、便利屋68、エンジニア部、ヴェリタスの他、ティーパーティー、正義実現委員会、救護騎士団、シスターフッドらの上層部数名と、依頼に同行したホシノ――こうして列挙すると多いように見えるが、数千の学園の集まりである学園都市キヴォトス全体からすれば氷山の一角に過ぎない。生徒達の精神衛生上、必要以上に情報を公開することは憚られたのである。何も知らない大多数の生徒達はある意味では罪深く、また幸福だ。

 つまるところ、シャーレに助けを求める生徒達の声は止むことなく、先生の業務は一日十二時間以上に及ぶことさえある過重労働が常態化していた。

 

「“お、終わった……”」

『『お疲れ様でした、先生!』』

 

 最後の書類を仕上げ、盛大な溜息と共にぐったりと背もたれに倒れ込む先生を、シッテムの箱のメインOS、アロナとプラナが優しく労った。傍らにうずたかく積まれた書類の山は、先生がツネコの様子を見にミレニアムに行った後の時間で何とか終わらせたものだ。

 

「“ありがとう、アロナ、プラナ。二人もお疲れ様。今日も何とか日付が変わる前に終わらせられたよ”」

『昨日も帰ってから大変でしたからね。先生が寝る時間がちゃんと確保できてよかったです!』

『誤字脱字、文法等のチェックは私が行います。完了までしばしお休みください』

 

 トップ(連邦生徒会長)の失踪以来続いている連邦生徒会の機能不全や、現場主義でデスクワークが苦手な先生自身の気質も、膨大な案件の蓄積速度に拍車をかけているところは否定できない。それでも仕事をきっかり八時間で切り上げることをよしとしないのは、ひとえに先生の遍く生徒達への愛故であった。

 

「“……ん? またメールだ”」

『先生いいんですか? もう夜も遅いですし、明日に回しても……』

「“大丈夫、チェックするだけだから”」

 

 だから、だろうか。生徒から遊び半分に盗聴やハッキングを仕掛けられたことがあるにも関わらず、彼は無防備に、差出人の名が文字化けしたそのメールを開いてしまった。

 

「“あれ、空メールだ――”」

『あーーーーーーーーーっ!! 先生、大変ですっ!!』

「“わっ、何アロナ、どうかしたの?!”」

 

 件名のないそのメールを開封し、本文も存在しないことに先生が首を傾げた、僅か四秒にも満たない時間。直後に上がったアロナの素っ頓狂な声に、先生は驚かされた。そして何があったのかと問うて、彼は肝を潰すことになる。

 

『ウイルスメールです! 今の一瞬で先生のモモトークの連絡先と履歴を全部抜かれました!!』

「“な、なんだってー!?”」

 

 どこぞの社長よろしく白目を剥いて叫ぶ先生。冗談のようだが全くもって冗談ではない。大切な生徒達の秘密を漏らしてしまうというだけでなく、その会話記録がシャーレに敵対的な人物或いは組織に渡れば、どのように悪用されるかわかったものではないのだ。

 一体何者の仕業なのか。それはすぐに、確認作業を中断したプラナが調べ上げてくれた。

 

『発信源のIPアドレスを特定しました。場所はミレニアム研究棟、エンジニア部の部室です』

「“エンジニア部? 特異現象調査部とかヴェリタスじゃなくて?”」

『精査します……これは……!?』

『これって、バイオコンピューター……ツネコさんの頭の中です!!』

「“そんな……じゃあこの状況は……!?”」

 

 ツネコの頭の中のバイオコンピューター。先生の脳裏に、今日説明されたばかりのウタハの言葉が過る。

 

“この処置は恐らく、機械信号を脳内で直接処理できる特殊な神経(ニューラル)ネットワークを形成させる為のものだろう。いわば人間の脳を用いた一種のバイオコンピューターだ”

 

 ツネコの改造された脳は、彼女の()るロボットを動かすだけに留まらず、コンピューターウイルスの送信すら可能だというのか。ひょっとして、自分(シャーレ)がツネコを助けようとすることはムラクモの想定の範囲内で、彼女はウイルスの運び屋(ベクター)として送り込まれた駒だったのではないか。

 悪い想像が膨らむが、丁度送られてきたモモトークのメッセージで、不安は一気にしぼんでしまった。

 

MomoTalk

_螻ア驥弱ヤ繝阪さ

◀︎
こちらワイルドキャットだ

◀︎
ヘヴンズロックでは世話になったな

◀︎
皆先生とつるんでいると楽しそうだ

これからも相手をしてやってくれ

◀︎
用件はそれだけだ

じゃあな

 

『……ユーザー名が文字化けしていますが、変換すると「山野ツネコ」になりますね』

『と、友達登録まで済ませてる……』

 

 どうやら杞憂だったようだ。ツネコは単純に、シャーレの先生の人となりを調べ礼を述べる為にハッキングを仕掛けたらしい。

 先生は、悪意によるものではなかった、という安堵と共に、困った生徒がまた増えた、という溜め息を飲み込んだ――とりあえず、ツネコが元気を取り戻した後で一度(お説教)をする必要があるだろう。それがいつになるのかは、今はまだわからないが。

 尚翌朝、

 

『おはよう先生。名前が文字化けした人から社長のモモトークに“ミレニアムで話がしたい”って連絡があったんだけど、何か心当たりある?』

 

 カヨコからの電話を受けて、先生は思わず頭を抱えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 起き抜けのエンジニア達が目にしたのは、起動した覚えのない3Dプリンターが何かの部品を出力し、ロボットアームが出来上がった部品を使ってそれを組み立てている様だった。

 

「……部長、何か作った?」

「いや、私もついさっき起きたばかりだ」

「わあ、凄い恰好で寝てる……寝違えちゃいますよーツネコさーん」

 

 ツネコが寝かされていた台の頭側は、丁度3Dプリンターのある方角だった。そちらを覗き込むような形で眠っているツネコを見て、一足先に起きたコトリが彼女の姿勢を正し、胃瘻チューブのバンパー周辺をアルコールで消毒してからブランケットをかけ直す。あまり働いていない頭のまま、その光景をぼんやり見ていたウタハは、丁度コトリの背後、ヒビキが使うPCのモニター画面に目が留まった。

 

「おや、これは……?」

「何だろうこの図面……そもそも、このソフト立ち上げた覚えないし……」

「そういえば、ツネコさんとPCが接続されっぱなしですけど……もしや、ツネコさんが? いやそんな……」

 

 セキュリティ上、夜間は部室にオートロックがかかるようになっている。鍵の持ち主が全員中にいた以上、外からの侵入者というのは考えにくい。ハッキングするような手合いの心当たりはあるが、彼女達なら遠隔で描画ソフトを起動するなどという回りくどいことはしない(作ってほしいものがあればまず直接頼みに来る)し、それ以外の外部勢力だったとしても同様だ。つまり今部室で起こっていることは、自分達が眠っている隙にツネコがヒビキのPCを操作して行った可能性が非常に高い。三人はツネコの方を見て、それから顔を見合わせた。

 その時、短いブザー音が組み立ての完了を知らせた。信じ難い状況も今は後回し、興味を抑えきれないウタハらは我先にと完成品の元に殺到する。

 

「これって、アンテナかな? でもなんで持ち手が? それにやたら大きい」

「いや、多分受信機ではなく発振器だろう。焦点位置にあるこれは一次放射器に見えるが、コンバーターが付いていない」

「となると、これは何らかの電磁的なエネルギー波を照射する為の装置と考えられますね! 持ち手が大きいのは人間の使用を想定していない設計とみていいでしょう。もっと大型の、それこそツネコさんが乗っていたロボットのような――」

「……それは、パルスガンだ。アサルトアーマーに……ヒントを得て……私が、開発した」

 

 聞き慣れない第三者の声に、すわ侵入者か、と思って三人が振り向くと、先程まで寝ていた(ヘイローが消えていた)筈のツネコが背中の翼を支えに起き上がっていた。エンジニア部はこの時初めて、ツネコの頻繁に詰まるハスキーな肉声を耳にしたのだった。

 

「機材と、資材を……勝手に使って、すまない……仕事に必要だ。私は……山野ツネコ。入部届と……追加予算、申請書……借用書を……印刷した。利子を付けて、返済を……約束しよう。協力、してくれ」

 

 

 

 

 

「では、改めて……自己紹介する。山野ツネコ……ワイルドキャットの、生体CPU。今は……何もできない、達磨だが……ネットワークに繋ぐか……ワイルドキャットに載れば……暴れてみせる」

「うんうん、やる気があるのはいいことよ。早速仕事……が、ないんだったわね……」

「まーいいじゃないアルちゃん、先生にがっぽり貰ったワケだし、家賃とか払ってもしばらくは遊んでられるよ!」

 

 ツネコに呼び寄せられた便利屋68は、先生の顔パスで難なくミレニアムの校舎内に入ることができた。彼女らはエンジニア部の部室の一角に集まって、ささやかながら歓迎会を開いている。その様子を、先生はウタハと共に眺めていた。

 

「仕事に必要、か……」

「“何が必要なの?”」

「……ツネコはあのロボット――ワイルドキャットを修理して欲しいそうだ。便利屋68で働く為の仕事道具にしたいと」

 

 小さな呟きを先生に拾われ、ウタハはおもむろに語り始めた。

 

「あそこに置いてあるパルスガンを見たかい? あれは、私達が寝ている間にツネコが作ったものだ。ワイルドキャットに持たせる為のもので、機体のジェネレーターからエネルギーを供給するらしい」

 

 パルスガンなるその発明品は、部室に入った時から不思議な存在感を放っていた。‘ガン()’というだけあって武器なのだろうが、パラボラアンテナや人工衛星を思わせる形状は、とても武器には見えなかった。普段生徒達が使う銃のような、実弾を発射するものではないというのは素人の先生でもわかる。

 

「あれは……恐ろしい兵器だよ。とてもじゃないが、人に向けていいものではないね」

「“そんなに危ないものなの?!”」

「ああ、さっきコトリが出力を絞って一発だけ受けてみたんだ。痛いなんてものじゃなかったそうだよ」

 

 見れば、コトリは涙目になりながら手に氷嚢を当てている。ライフル弾がワンマガジン直撃しても気絶する程度で済み、大した怪我も残らないキヴォトスの人々の頑丈さを以てしても、たった一発受けただけで大袈裟に――先生にとっては心配ではあるが――痛がる程の威力ともなると、実戦で撃たれればどれ程の怪我になるか、想像するだけでも恐ろしい。その恐怖は、ウタハの説明で更に増幅されることになる。

 

「高周波振動する電磁場を投射し、対象物体を構成する原子を取り巻く電子雲の波動関数を量子デコヒーレンスによって収縮、同時に孤立した電磁パルスに集中したエネルギー自体が、分子同士の結合を電気的に分断する」

「“えっと……つまり、どういうこと?”」

「理論上は、十分な照射時間さえあれば機械的強度を無視してあらゆる物体を破壊できる。分子レベルでバラバラに分解されるんだ。この電磁パルス弾を、毎分約六百発の速度で高速連射する。攻撃時の発熱が大きい分フルオートで数秒しか撃てないことと、集弾性が悪いことは大きな弱点ではあるが、その瞬間火力は文字通り破壊的だ」

 

 先生は絶句した。兵器の部品にされてしまったツネコ自身が、()()()()()危険な兵器を生み出している。脳改造で造られた彼女の脳内のバイオコンピューターの如く、まるで彼女の心までも兵器に変わってしまったかのような――その懸念は、ウタハも同じく持っていた。

 

「でも真に問題なのは、そんな兵器を作ったツネコの心の方さ。彼女は、まだ戦いに囚われている。戦うこと、壊すことにしか自分の価値を置いていないんだ」

 

 アルが便利屋の社員として引き込んだことは、確かに自暴自棄になったツネコを思い止まらせることはできたのだろう。だが、それだけでは不十分だった。殺す為の戦いで生かされたツネコは、戦いの中に己の生きる術と道を見出してしまったのだ。そこには、便利屋の一同が持つ青春など認識されていない。

 

「彼女に才能があったのもタチが悪い。戦いだけじゃなく、機械設計やプログラミングの知識がそれなり以上にあったから、ここに転校するつもりだったんだろうね。そして彼女に施された強化人間手術、脳内に設けられたバイオコンピューターが、眠っていた才能を開花させた……自分が操るロボットの武器を自分で作れてしまう程に」

「“……皮肉な話だね。ツネコの人生を奪ったものが、ツネコに生きる糧と目標を与えているだなんて……”」

 

 一つ希望があるとすれば、便利屋68やエンジニア部との交流だろう。先生は、アル達の撃ち合う以外の仕事やそれを離れた日常、ウタハ達の趣味に走った発明が、ツネコの冷え切った心を照らし融かしてくれることを願わずにはいられなかった。

 

「ああ、本当に……面妖な、変態技術者どもめ」

 

 ウタハの視線はツネコを貫いて、その向こうにいるものを睨んでいた。




今回は難産でした。パルス武器にMGRの高周波ブレードの原理で説明をつけてみたりとか、モモトーク風のレイアウトを探してみたりとか、やりたいことが色々あった割には前回前々回と比べてパンチが弱過ぎる…(初手からやり過ぎたとも言う)
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