ナニカサレタ生徒の顛末   作:影のビツケンヌ

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これが今度の実験体かね?

 連邦生徒会への照会によって、依頼主の少女が何者であるのかがようやく判明した。

 山野ツネコ。一年半程度前に消息不明となっていた二年生。失踪と前後してトリニティからミレニアムへの転校手続きが行われており、失踪に伴う混乱と双方の学園の温情によって二重に学籍が置かれた状態になっている。二年生というのも出席日数の不足で留年処分を受けているからで、本来は三年生だ。

 二年生への進級とミレニアムへの転校を目前にして、恐らく彼女は何らかの事情により纏まった金が必要になり、当時まだカイザーの子会社だったムラクモの治験に応募してしまった――それが残虐極まる人体実験であるとも知らずに――というのが、推測されたシナリオだった。

 

「私達の危惧した通りだ先生。侵襲部位は大脳皮質の奥深くまで達していた」

 

 ワイルドキャットと共にミレニアムへと空輸されたツネコの体は、エンジニア部に属する部員らの手で慎重にコックピットから()()()()()、明くる今日はエンジニア部の部室の一角、デンタルチェアに似た台の上に寝かされていた。部長の白石ウタハが、ツネコの頭部を撮影したレントゲン写真を先生に手渡す。

 

「金属の部品だらけだからMRIは使えなかった……これを無理に摘出すれば、脳内出血を起こして命を落とすかもしれない」

 

 四方八方から脳の中心に向けて幾つもの電極のようなものが突き刺さる様は、たとえそれが白黒の造影によるものに過ぎずとも、先生の心胆を大いに寒からしめた。小脳や脳幹の付近からも、体の方へと伸びる太い線が見える。

 

「この処置は恐らく、機械信号を脳内で直接処理できる特殊な神経(ニューラル)ネットワークを形成させる為のものだろう。いわば人間の脳を用いた一種のバイオコンピューターだ」

「“……危なくないのかい?”」

「き、機能障害や記憶障害は残ります……ですが、このままでも生存に支障はありません」

 

 いつもは説明過剰な部員の豊見コトリも、今日に限っては妙に大人しい――否、エンジニア部の誰もが顔色を悪くしていた。つい先程も、眠りに就いたツネコの首元からPCに接続して何かを調べていたらしい部員の猫塚ヒビキが、モニターに表示されたデータを見るなり、うーんと唸って椅子の背にもたれ、乗り物酔いでも起こしたかのように動かなくなってしまったのだった。

 

「中枢神経系の一部は有機素材の絶縁体で被覆され、高速化が図られている。手足を切断して直接機体操作に反映させる仕組みには、元々の神経回路を流用する狙いがあったんだろう。自力で食事ができない点は、効率だけで考えれば胃瘻を使うのは間違いじゃない。しかし――」

 

 静かに寝息を立てて横たわるツネコ。エンジニア部による検査にも協力的だった(ヒビキは学習性無気力を疑っていた)彼女だが、心身共に未だ回復できているとは言い難い。ウタハはその姿を見遣り、やりきれない様子で目を逸らして、先生の方を向いた。

 

「……私は、ロマンを大切にしている。他人の趣味嗜好にも、多少理解はあるつもりだ。だが、これは、その……不必要な非合理性を抱えている。非倫理的なんて生易しいものじゃない、もっと悍ましい、他者の苦痛やその惨たらしさに愉悦や快楽を見出すような……猟奇趣味、リョナと言っても過言じゃない!」

「“ウタハ……”」

 

 途切れ途切れの、絞り出すようなウタハの言葉は、己の感じた義憤や恐怖を必死になって言語化し整理しようとする様がありありと見て取れた。銃撃戦が日常茶飯事のキヴォトス故に銃でお互いに傷付け合うことはあるにしても、こうも人間の尊厳を肉体諸共侵し尽くすような事態に直面するなど、尋常ではあり得ないことだ。自分の精神を何とか立て直そうとするウタハの努力を、先生はただその名を呼んで称えた。

 だがウタハはそれでもまだ足りないと言うかの如く、すぐ近くの机上に置かれたファイルをひったくり、その中から一枚の写真のようなものを取り出して、先生に押し付けた。

 

「“っ! これって……!”」

「可能性は幾つかあった。どの道胸の悪い話ではあるが……ある意味、外れていて欲しかったよ」

 

 キヴォトスに来るより前まで遡っても、先生にはまだ()()()()はないが、知識がない訳でもない。黒い背景に頂点の欠けた扇型の枠の中で、白く浮かび上がるその影は、

 

「多分、もう九ヶ月は経ってる」

 

 体を丸めた人の形をしていた。

 

 

 

 

 

 便利屋を中核とした派遣部隊に破壊された列車だったが、エンジニア部は積荷の残骸の一部から僅かながらデータの回収に成功していた。暫定であっても学籍のある学園双方にその取扱いを決める権利がある、との判断で、ハッカー集団ヴェリタスの手で吸い出されたデータはトリニティにも送られる運びとなった。

 静まり返った視聴覚室には、トリニティの各組織のトップが並んで椅子に座り、スクリーンが明るくなるのを死刑執行前の囚人のように待っていた。回収できたのが何らかの映像データであることを事前に知らされていた彼女らは、それが如何なる悪行の記録なのか戦々恐々としながらも、組織の長としての責任を投げ出すことは叶わなかったのだ。

 

「皆、集まってくれてありがとう。ミカが持ち帰った情報――ミレニアムが纏めてくれたものは共有済みだと思うが、下手人の側からの記録も目にしておくべきだと考えて、招集をかけさせて貰った」

「尚今回、ミカさんは欠席しています。ツネコさんの状態をミレニアムで直接確認した影響からか……とても参加できる様子ではありませんでしたので」

 

 ティーパーティー代表の三名の内二名、百合園セイアと桐藤ナギサが、神妙な面持ちで口火を切った。政治的問題とデータ移送時の安全性・秘匿性を考慮して、先生は残る一名の聖園ミカを運び屋に推薦したのだが、彼女はセイアにデータの入ったUSBメモリを渡すなり真っ青な顔で救護騎士団の部室を訪ね、備え付けのベッドに横になってしまったのだった。

 

「あんな状態になるのも無理はありません。恐らくは私も、直に見れば平静ではいられないでしょう」

「……はっきり言って、私も気分が悪い。この後世話になるかもな、ミネ」

「同感です。人払いをして正解でした」

「そうですね……これを知った生徒の皆さんの精神的ダメージを考えれば、公にするべきものではないのはわかります」

 

 救護騎士団団長・蒼森ミネは、丁度ミカの体調を診た帰り。正義実現委員会のそれぞれ委員長と副委員長、剣先ツルギと羽川ハスミは、忌々しげに眉間に皺を寄せている。シスターフッドリーダー・歌住サクラコも肩を落とし、小さく溜息を吐いていた。

 

「私もここに何が記録されているのかはわからないが……それが酸鼻を極めるものだと予感している。もし視聴を中止したいという人がいれば、すぐに退室して構わない。……私自身、さっきから冷や汗が止まらないからね」

 

 セイアがハンカチで額を拭い、机上に置かれていたタブレット端末を操作する。スクリーンの正面に置かれた小型のプロジェクターが信号を受信し、スクリーンを明るく照らした。白地に黒い文字で『強化人間手術記録Tr024-001A』と書かれた無機質な画面が数秒表示されたのち、映像が切り替わる。

 まず大写しになったのは、ストレッチャーの上に黒いベルトで固定されたツネコの裸体だった。今となっては見ることのできない、五体満足の体。不安げに視線を彷徨わせるツネコを他所に、画面に入っていない研究員らしき二人の男の会話も続けて流れてくる。

 

『これが今度の実験体かね?』

『はい、資料では元トリニティ生だとか』

『なるほど、例のルートからか』

 

 その姿を改めて見て、ハスミは正義実現委員会に入って間もない頃を思い返した。その時ツルギ以外の自分の同期として、確かにツネコが在籍していたのだ。癖のあるベリーショートの黒髪、鳥の足跡に似たヘイロー、鉤爪の生えた指を三本ずつ備えた始祖鳥のような翼が印象的だったのも、名を聞いてやっと思い出したことだ。平気で委員会支給の制服を改造してしまう放埓さと跳ねっ返りの強い性格は、どちらかというと委員会に取り締まられる側に近く、当時の先輩に度々注意を受け、次第に部活動にも顔を見せなくなっていった。

 

『負債は相当の額だったそうですよ』

『夢破れたりか……フッ、だがこの実験で生まれ変わるさ』

『生きていれば、ですが』

『ま、そういうことだな』

 

 委員会の仕事についていけずに落伍したのだとその時は考えていた。例として珍しくはあるが大変なのも事実、その後関わりが自然消滅しても何とも思っていなかった。せいぜいがツネコを取り締まる機会がなければいいが、くらいのもの。そうして自分が記憶から消しかけていた人間が、変わり果てた姿で見つかることになるなど、誰が予想できようか。

 

『では始めようか』

 

 その一言で始まったのが、覚醒下開頭手術と呼ばれるものだったというのは、ミネの解説を受けた後で知ったことだった。患者の意識を保ったまま、部分麻酔した頭部を切開して頭蓋骨に穴を開け、体の機能に脳のどの部分が対応しているのかを患者とのコミュニケーションで把握し(これを脳機能マッピングという)、手術を行う。通常は脳腫瘍の摘出の為に実施されるが、ツネコは本来全くの健康体。釘状の巨大な素子が脳に差し込まれていく度に、彼女の体が小さく震え、それを見るハスミ自身も脳を掻き回されるような錯覚を覚えた。

 これだけでもハスミにはかなり堪えたが、そんなものが序の口でしかないとすぐに思い知ることになった。

 

『痛い痛い痛いイタイ゛ぃいいい゛ッやへ゛っやめて、もうやめでぇエエエエエエエッ!!』

 

 手術中に一旦画面が暗転し、『強化人間手術記録Tr024-001B』と表示されてから再び手術室の映像に戻った直後。彼女達の耳に飛び込んできたのは、喉を潰さんばかりのツネコの絶叫だった。

 

「こ、これは……」

『なん、でもっ、なんでもじまず! 何でも言うこと聞き゛まずっ!! 靴でも舐めます、言われればア゛ッ盗みでも殺しでもしますっ! カイザーに忠誠を誓いますがらぁ!!』

 

 天井から見下ろす形でのカメラ映像の中心で、ツネコは裸のまま、変形したストレッチャーに大の字に拘束されていた。開かれた頭は既に縫合が終わっていたようだが、代わりに何本ものコードの付いたワイヤーフレーム状のヘルメットのようなものを装着されていた。その中に混じる数本のチューブが、得体の知れない薬品を送り込んでいるのも見えた。

 

『お゛ッおおっおかねあげますっ、ぜんぶあげま゛す!! 友達も、かっ家族も゛ぉッ! 学校もッ!! しっ処女だっであ゛げまずぅっ!! だからもう、ゆるしてぇ……あ゛あ゛あ゛ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”あ゛あ゛ッ?!』

 

 赤い目を殆ど真円にかっ開き、脂汗を流して身を捩り、涙と涎を撒き散らしながら痛苦に悶えるツネコ。絶望し、むせび泣き、許しを請い、あらゆる尊厳を放棄してでも倒懸の難から逃れようとする姿を見て、誰も正気のままではいられなかった。

 ナギサはぎゅっと目を瞑ってスクリーンから必死に顔を逸らし、ツネコの叫びが強くなる度に体をびくつかせていた。

 セイアは口元を抑えながら退室しようとしたものの、立ち上がり数歩歩んだ先で嘔吐していた。

 サクラコは椅子ごと卒倒し、泡を吹いて目を回していた。

 ミネは目に涙を溜めながら唇を噛み締めてスクリーンを睨み、制服に血が滲む程拳を握り締めていた。

 ツネコの悲鳴に紛れてツルギの持つショットガンのストックがギリギリと軋み、そしてハスミはふわふわとした現実感のない頭で、それら全てをやけに俯瞰している自分に気付いた。

 

『あぐぅ……へ、え?』

 

 そしてツネコの声が一瞬途切れたかと思えば、画面端から何か滑らかな先端を持った棒状の金属体が伸びてきた。先端部は小さく開口していて、ジェルのようなものが塗り付けられていることを示す光沢を帯びている。

 それがじりじりと、大股開きになったツネコの股間へと近付いていき――

 

『ま、待って、そんな、いや……、嫌いやいやいやいやっ、いやァーーーーーーッ!!』

 

 そこで再生が終わった。

 プロジェクターは、ツルギの放った散弾の一射で木端微塵に粉砕されていた。

 

「つ、ツルギ――」

「命はっ!! 人の命はッ!! オモチャじゃねえええええエエエエエェェェェェッ!!」

 

 ハスミですら初めて見た、怒れるツルギの涙。視聴覚室どころか建物全体をも揺るがさんとする彼女の怒号は、その場にいた全員の心を代弁していた。

 ナギサが肩を震わせて啜り泣く声だけがしばらく続いた後、よろよろと立ち上がったセイアが、弱弱しく言った。

 

「……今日は、もうやめよう。私もこんなざまだ……少し、時間が欲しい……」




ドワンゴが攻撃される前に執筆を始めていて本当によかったと思っています。
手術のシーンはガオガイガーFINALのルネの改造手術の回想を参考にしたので、先に資料を動画で見ておけたのは僥倖でした。

にしてもちょっとやりすぎたかな?そんなことない?
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