ヤクルト・青木宣親外野手(42)が入団して入団1、2年目の2004、05年に監督だった若松勉氏(77)=サンケイスポーツ専属評論家=が教え子との思い出を語った。
■内角の速い球を引っ張るには…
会見を前に青木から電話をもらった。
「今年でバットを置きます。お世話になりました」。後日、自分の口から発表するので、その前にあいさつをと、仁義を通してくれた。やはり、引退のときが来たかと思った。今季は自分の打撃ができず、もどかしげな表情が目についたからだ。
入団1年目の2004年。監督を務めていた私は、内角の速い球を引っ張ることができないのでプロではどうかな?と感じた。そこで小川2軍監督に預け、内角打ちを磨かせた。秋季キャンプで見るとだいぶ、よくなっていた。
翌05年の年賀状にはこう、したためてあった。
「必ずチームに貢献します 今年も宜しくお願い致します」。宣言通り、春季キャンプから好調。このシーズン、144試合で実に202安打。内角球は右方向、外角球は左方向中心へ安打を量産していった。逆に、1年目(10試合、3安打)からもっと使ってあげればよかったか…と後悔したほど。
■根気と真面目さと気の強さ
身長は175センチで168センチの私より少し高い程度。入団時は体も細かった。苦労は並大抵でなかったろう。徹底した反復練習で、弱点を克服できる根気と真面目さ。監督に年賀状で、自己アピールできる気の強さ。どちらもプロに必要な要素だ。
同じ左打者で外野手の私もつけた背番号「1」を10、11年に継承。メジャー移籍後、ヤクルトに復帰して21、22年の連覇を支えた。私にとっても、球団にとっても、よい選手と巡り合えたものだと思う。
いま、かける言葉は「長い間、ご苦労さま。小さい体で、本当によく頑張った」。それしかない。今後どういう道へ進むにしても、青木ならば、やれるはずだ。(サンケイスポーツ専属評論家)