この悩み実は、新人さんの連載の打ち切り原因トップ5に入るあるあるですね…。
大前提として、「作者として書いてみないと解らない(or気が済まない・気持ちが悪い)シーン」と「読者に読ませる必要があるシーン」の見分けがついていないと無駄にページ数が長くなります。
見分けがつくようになるには、プロの作品で使われている素晴らしいテクニックに気づく目を持つ必要があります。
たとえば大ヒットしている映画『国宝』は3時間もありますが、
「観客に見せる必要のないシーン」は徹底的にカットされていました。
物語序盤、ヤクザの息子である主人公の少年・喜久雄が、父の死をきかっけに名門の歌舞伎役者の家に引き取られることになります。
その家には同い年の御曹司・俊介がいるのですが、喜久雄を一目見たとき、俊介は怪訝そうな顔をします。
観客はその表情を見て「あ、仲違いするのかな…」と思うわけですが、
そこから数年後に時間が一気に飛び、ヤクザの息子である喜久雄と、歌舞伎の御曹司・俊介はすっかり親友になっています。
つまり、「最初は色々あったかもしれないが、後に二人は仲良くなる」という過程のシーンは描かれなかったのです。
鑑賞後、二人が大好きになった気持ちで振り返ると、「二人の間になにがあったのか観たかったな…」と思う人も少なくなかったかもしれません。
が、物語全体を通して考えた時、序盤に必ず
「天真爛漫に芸に打ち込み、仲良くしていた少年時代の二人」は絶対にしっかり見せる必要があり、
それに比べると「最初は仲違いしていたが後に仲良くなる」というシーンは必要ありませんでした。
なぜなら、その後、二人は決定的に袂を分かつエピソードが控えていたからです。
そして、二人はもう一度手を取り合う流れ。
つまり、超弩級の「仲違いしていたが、後に仲良くなるエピソード」がこの数十分後に待っているわけで(漫画の長期連載などでもっと時間が空くならともかく)、小規模の同じようなシーンは「観客に見せる必要のないシーン」だったわけです。
さて。
読者や観客に見せる必要のないシーンが存在するというのは解ったとして、
ここからが創作の難しいポイントなのですが、
「読者には見せる必要のないエピソードだが、作者として書いてみないとキャラクターの関係性がつかめないエピソード」というのが存在するのです。
一番よくあるのは、キャラクター達の出会いやなれ初め、設定とかですかね。
描いてみないと作者自身が解らない部分だから、どうしても描きたい。
それを描いて初めてキャラに入り込めるようになったから、作者にとっては大切なシーン。
これはね、だから絶対描く必要があるわけですよ。
が。
これこそが、新人さんの連載で
「最初が全然面白くなかったせいで人気が出なかったけど、数話目からめっちゃ面白くなったのに、打ち切りになってしまって勿体なかった…!」
という事案が発生する原因です!!!
作者が話を理解するために、エピソードを実際に描いてみる必要があるなら、それは絶対に描かねばなりません。
が、そのエピソードを読者に見せることで物語が停滞するなら、それは読者に見せる必要がない。
解りますか?
創作の過程において、
「作者にとって一度描いてみる必要があるが、本編からはカットした方がいいエピソード」というものが存在してるんですよ!!
絵を描く時にも、人体の骨や関節、重心といった「描かない部分」を意識して描く必要があるじゃないですか。
あれと同じで、キャラの人間関係やその物語の世界を描くために、作者はその関係性やどうしてこの世界はそんな制度になっているのかなどの土台を理解している必要がある。
「理解するために一度描く必要があるけど、それ自体を話の中に入れ込む必要のないもの」
これがあるんですよ。
『助走ネーム』と私は呼んでいます。
世の中にはプロットやキャラ表のみで連載の骨組みを作り、助走ネームなど描く必要がない作家さんは沢山います。
が。
自分の頭の中にある骨組みを知覚するために、脳から降ろしてくる作業というか、描いてみて初めて自分が考えていたことがハッキリ解る!というタイプの作家さんも一定数いるんです。
言葉ではなく映像でものを考える所謂ビジュアルシンカー系の方に多い印象です。
「描いてみたら思いのほか長くなってしまった!」
「エピソードにどれぐらいのページ数が必要か見当もつかない」
なんて感じてらっしゃる新人さんがもしこれを読んでいたら、一度「自分は助走ネームが必要なタイプの作家かも」と思ってみてください。
助走ネームの存在に気付くと、
ストレスを感じることなく、連載を作るための助走エピソードを描くことが出来るし、その上で「どこから始めるのが一番面白いかなー」と考えることが出来るようになります。
が、自分が描いているエピソードがあくまで助走だと気付いていないと、
連載のために100ページ以上描いたのに編集者から「設定説明ばかりで話が始まってない」と言われてショックを受けたり、
読み切りを描いても「ページが長い割に、やっと面白くなりそうなところで終わってしまった」など言われて傷ついてしまいます。
ページ数がないと面白いものが描けないということは絶対にありません。
試し読みの5頁読むだけでも、面白い作品は面白いじゃないですか。
誤解して欲しくないのは、70ページを描いてはいけないと言ってるわけじゃないです。
長くても全然いいですよ。
例に出した『国宝』だって3時間あるわけで。
ただ、プロの漫画家の描く70ページは、最初の35ページだけでもべらぼうに面白い出来になってるってことを理解して欲しいのです。
「とてつもなく壮大な物語が描きたいのでページ数が必要なんです」という場合でも同じです。
連載になった時に、何話目から面白くなるつもりですか?
「5話目からです!」なんて言ってたら、打ち切りまっしぐらです。
人気作は1話目冒頭からめちゃくちゃ面白いですよね。
1話だけで素晴らしい作品として成立している。
1話目から読者をつかんで離さない。
プロの作家を目指すなら、1ページたりとも読者を退屈させてはいけないんです。
助走ネームは一旦描いても必ずカットする必要がある。
そうやって一切の不要を廃し、磨き上げた35ページ、ないし70ページならば、編集者や読者にこう言われると思いますよ。
「この続き、読ませてください!!」
それがあなたがプロの連載作家になる瞬間です。