イタリアのデニックス社のこの
装飾用レプリカガン、カッコい
いなぁ。
駅馬車の御者たちが持っていた
護身用散弾銃だ。

撃発機能は一切無し。機関部は
ただの亜鉛合金の塊。
バレルは実弾12番ゲージよりも
大きな穴があいている。
あくまで装飾用。火薬撃発がで
きるモデルガンでもない。



こちら実銃の映画撮影用の
ステージガン。



映画では大雨で実弾の雷管
に水が入ってしまった設定
なのか、2発目が不発になっ
てしまう。クマさん相手だっ
たら命取り。それは現代の日
本国内でも。
日本国内は散弾銃は3発まで、
ライフルは5発までしか装填
できない決まりになっている。
水平二連も所持できるが、実
猟で使う人はほぼいない。
日本国内では実用ショットガ
ン実銃は、殆どが上下二連の
ガス圧自動装てん式散弾銃が
使用されている。ミロクの程
度の良い中古で20万円以内。
知人同士の売買譲渡では1丁
7万円ほどが相場だ。
モデルガンや玩具銃ガスガン
長物のほうがずっと遥かに高
い(笑

ミロク上下二連散弾銃。



日本国内では面白い現象がある。
実銃よりもトイガンのほうが高
い、という(笑
たとえば、52年程前、光るクレ
ー的もどきを実際に飛ばして、
光線銃の上下二連ショットガン
で撃って落とすゲームがあった。
ボウリング場の跡地にそうした
光線銃射撃場ができた。
銃には何も接続コードなどはな
く、実弾のようなショットシェ
ルを2個入れる。蓄電式。
そして、ガス圧(CO2?)を利用
して実銃さながらの反動を再現
していた。
そのシステムはあまり普及せず、
ゲームセンターなどでは無反動
のショットガンで、画面上のク
レイを撃つ方式のゲームが大普
及した。銃は可動式水道蛇口の
ような管で機械に接続されてい
た。
今は廃番になったその光線銃の
散弾銃レイガンが市場に出てい
るが、1丁30万円~50万円ほど
する(笑
造りは精巧でまるで実銃の散弾
銃のような出来栄えだ。
私がボウリング場跡地の屋内レ
イガン射撃場に通いまくってい
た時は「これ実銃?」という程
に精巧なレイガンだった。重量
も反動(とんでもない反動)も。
そして、掛け声でクレーが飛ん
で行く。実際に。命中すると
大音量をクレーが発して光った。
スキートとトラップ射撃場があ
った。
私はいつも25点満射だった。
実銃競技をしている方々も多
くやられていたが、皆さん外
していた。
理由は実銃射撃者は光線銃と
違い、リード=見越しを取る
癖がついているからだ。
こちとら小学生なのに常に満
射(笑
素人だから、リードの取り方
など知らないから、単純素直
に飛んでいく的だけ狙ってト
リガーを絞ってガガーンと命
中させていた。
ボウリング場のレーンが射撃
場になっていた。
スキートは難しすぎて苦手だ
ったが、トラップはほぼ毎回
全弾命中の満射だった。
ただし、初めての頃は実銃射
撃と同じ構えと撃ち方はその
実弾射撃の方々から習った。
小学生で熱心にやってるのは
私だけだった(笑
あとは、その射撃場でのプレ
ーヤーは全員実銃練習の為に
プレーしているおじさま、お
ばさまばかりざんした。
プレーフィーもくっそ高かっ
た。モデルガン購入を控えて
小遣いすべてはたいた。
あの、蓄電式シェルを実際に
バレルを折って入れるのはた
まらなかった。
あれで電着装置か何かで中の
充填ガス噴出機能と連動させ
て撃発後に超反動を再現して
いたのでしょうね。
おばさまによると、実銃散弾
銃に近い反動だとの事だった。
霜がいつの間にか降りたかの
ようにトリガーを絞れ、とは
そのおなじみのおばさまに、
肩当てと頬着け(頬が潰れる程
にやる)の基本はお馴染みのお
じさまに教わった。頭を傾け
ずに垂直に保つのも。

そのレイガン射撃場で凄かっ
たのは、もうかなりの高齢の
老人がいつも見ていただけだ
ったけど、ある日、ゲームで
空戦の操縦桿を握ってプレー
していた。私などはほとんど
撃墜できないのに、全機撃墜。
あの人、ぜってー太平洋戦争の
戦闘機乗りの生き残りだって。
1973年時点でかなりご高齢だ
った。

で、その時のレイガンが今玉
数は少ないが、市場にも出て
いて、価格が1丁50万~100万
円台(笑
実銃何丁買えるのか、って話
で何だか面白い。
そのレイガンの散弾銃はよく
出来た玩具銃で、子ども向け
の1970年発売「光線銃SP」な
どとは雲泥の差だったよ。
光線銃SPは横浜時代に持って
いて、よく同級生と射的競技
ごっこで遊んでいたけど。
モデルガンは弾出なかったし
さ(笑
モデルガンは撃発遊びオンリ
ー。まだ黒い金属製の頃。
光線銃はウィンチェスター風
のレバーアクションライフル
とルーレットの的だった。