kirigoe's ノベルゲーム感想ブログ

ノベルゲームが私のGolden Time

ゲームは新品を買うべきか中古を買うべきか

 ゲーム界でよく起こる論争の1つに、「中古は開発者に1円も還元されないからアウト」という題材がある。中古販売が完全合法かつ1円たりとも還元されない状況を作ったのは偉大なる先人のゲーム開発者たちの側ではあるのだが…。

 

game.watch.impress.co.jp

 

 現在では2002年の判例が元となってゲーム中古販売は完全合法となっているのだが、もちろん開発者たちの中では中古を忌避する動きもあるし、2020年代になっても中古は駄目、漫画村と同一視してまで否定している事例も見たことがある。

 そういうのを見ていると「新品を買わないといけないのだろうか?」といちゲームユーザーは思いがちだが、実際どうすれば良いのだろうか。少し私なりの考察をしてみたい。ちなみに私は金欠などの理由で中古のパッケージ版ばっかり買っている(金欠の原因について詳しくは私のブログのカテゴリ[introduction]を参照)。

 この記事は今後出していく予定の記事もしくは既に出た記事で「中古ばっかり買っている自分」がゲーマーもしくは制作者からどう思われているかを考える過程で生まれた。特に昨今では制作側がエゴサしまくっている現状をよく耳にする。そこで立場上中古を忌避しがちな性質を持ってしまう制作者が私のブログを見て気を悪くする可能性も多少考えてはいるが、それはともかくとして私自身の中古を買う人としての意見「なぜ中古を買うか、そして新品か中古かについてどう考えているのか」を表明することも目的としている。実際の消費行動はともかくとして開発側に1円でも入ってほしいと思っていることは間違いなく、しかもジャンル違いであれど私自身も一応コンテンツ制作者という立場だ(ただしゲームとは全く違うフィールドでありつながりを持たせていない。理由は後述する)。

 

 

最近新品で買ったゲームと中古で買ったゲーム

 

 

 

 

 

 

新品を買うように心がけることは悪いことではないが…

 倫理面を考慮せず事実ベースで語っていこう。新品を買うと開発者にお金がいくし、中古を買うといかないのは揺るぎない事実だ。一方で、中古を買ってクリアして売ってを繰り返すとプレーヤーは懐がほぼ傷まないままいろんなゲームをプレイできる。パッケージを保管する必要もない。といった面で倫理面を抜きにすると、中古を買って売るサイクルを繰り返すことが新品派と比較して非常に有利とも言えてしまう。ただし、中古で買うと開発者にお金は1円もいかない。この辺が感情を抜きにしての事実だろう。感情を出してしまおう。ゲームを作る側に立つと中古が鬱陶しいのはわかるし廃止したい気持ちもわかる。一方でユーザーは、というよりは人間の本能としてお金は余り使いたくないし、(後述するが)ゲーマーとしてはクソゲー遭遇リスクを減らしたい。特に数十年ゲーマーをやっている人は常にクソゲーと戦ってきたし、その戦いは死ぬまで終わらないだろう。

 

押し付けてはいけない論理

 「みんなが自発的にそう考えて行動するならよいが、強制しだすと反発が生まれる」。こういう事例を体験したことがある人は多そうだが、新品を買うべき論はその最たる事例とも言える。善意でやるのは良いが強制はしてはいけない。と私は思う。新品を買うは善意によって成り立つべきなのだ。開発者が消費者に押し付けてもそれはそれで個人の勝手なのだが必ず反発を生む。確かに中古でプレイされても儲かるのは店とプレーヤーだけで開発には1円もいかないが、新品~中古の構造は今更簡単に変わるわけではなく(むしろ開発者側が強固にしてしまった)、中古に流すことで新品を買ってもらえる機会を作っている、また新品購入者も中古売却が前提となっている場合も多いという事情もあるわけで、頑なに否定するものでもないだろうとは思っている。

 

 

定価でクソゲーを掴まされる

 中古のパッケージ版ソフトを買う側の論理として、定価でクソゲーを掴まされたときの絶望感が異常だから中古で買えばリスク分散になるというものがある。これは私自身も痛感しているというか、ちょっと古めのゲームファンなら誰しもが体験したことがあるはずだ。私自身が最後に食らったのは何だろうか。EAが2013年に出したシムシティだったか?それともパワプロ2018か?だいぶ古い話を持ち出してしまったが、2024年に出たゲームもいろいろ物議を醸している。

 2024年7月、シリーズ30周年記念作品として発売したパワプロ2024。クソゲーだった。発売後、あまりのクソゲーぶりに2024の中古はブックオフとかに溢れている一方で2022の中古価格が急上昇していて、2020に回帰している人もいるかもしれない。特に2024のパワフェスはパッチを当てる程度の対策ではもうどうしようもないほど根底から崩壊しているし(仕組みから何から変わってしまった)、パワプロ名物の栄冠ナインもバランスが崩壊している。1万円弱の定価でDL版を買った人は売ることもできず、2026の発売を待つか2022に回帰するしかない。私が2018で食らったことに近いことが2024でも起きているが、2018パワフェスはまだ2024よりは遊べたのではないかと思う。ちなみに私がパワプロをプレイする理由は単純にパワフェスで試合をして仲間を増やしていくのが好きだからなので2024はさすがに買えない…。

 

www.itmedia.co.jp

 

 ほかの事例もある。2024年8月にPS5で発売されたCONCORDはクソゲーかどうかは不明ながらも(ゲーム面だけを見ればたぶんクソゲーではないと思う)いろいろとミスマッチなゲーム作りをしていて批判ばかりされ、超短期サービス終了となりパッケージ版は回収騒ぎとなった。回収ということでユーザーに金銭的な損失はないのは不幸中の幸いだった。

 

blog.ja.playstation.com

 

 2024年7月に大手のまどそふとが最新作「セレクトオブリージュ」を発売したが、評判がよくなく、フルプライスの定価10,780円が購入場所を選べば中古2,000円台になっている。パワプロやCONCORDと比較すると評判が良くないだけで普通に遊べる分だけだいぶ良いんだが。昨今は中古が定価から極端に下がること自体が珍しく、それ故に短期でここまでの価格変動があったことに驚きもある。

 

 

 という風に、ゲームユーザーには発売日に定価でクソゲーを掴まされるリスクが依然として存在する。この記事を書いている2024年の夏、たった1ヶ月程度で各ジャンルの大手が満を持して発売した3作品の出来がご覧の通りだったのだ。大手だろうと信用はできない。シリーズものも信用はできない。名作だったのに突然クソゲーになったこともある。私自身も20世紀から食らっている。できる限り中古でパッケージ版をという習慣はそこから根付いているのかもしれない。パワプロも2018の教訓から底値になってから買う習慣に切り替えた。怖くて新品では買えない。

 定価新品でクソゲーを掴まされた場合、個人としては言いようのない無力感に襲われる。金がないほど顕著である。しかもゲームというのはプレイ時間が長い。長い時間を付き合うゲームだからこそ、やっぱり良いゲームをプレイしたい。だからこそクソゲーは減らさなければならないが、2024年になっても大手からクソゲーは出されてしまう。新品を買ってもらいたいのならば、大手がクソゲーを出すのは本当にやめてほしい。

 

 

少数のマナー悪い人に目くじら立ててもしょうがないのでは

 古本で買いました!とか中古でプレイしました!と作者に直接言うことがマナー違反と言われれば常識的に考えればその通りと思うのだが、そもそも作者に気軽に直接言える時代が到来したのが2010年代になってからなので、社会が成熟していないと言われればそれまでだとも思う。これまでウン十年ネットなしで過ごした中高年がこぞっていきなりスマートフォンでネット使うようになったんだから、なにか悪い方に起きるのは当然だとも言える。あと誰にも指定せずに不特定多数向けにSNSで「中古買ってプレイしている」と発信することは別に悪いことではないとも思うし、そんなもんを作者がエゴサして見つけること自体がメンタルを自分から削りにいっている行為とも言える(しかし制作者の本能としてエゴサはやめられない)。作者に言ったわけでもないのに中古はやめろと作者が注意するケースもあるらしく、この場合は制作者側がマナー違反と明確に言える。エゴサするのが悪いのだが、制作者の本能としてエゴサはやめられない。

 ところで私自身は「霧越」とは違う、オリジナルコンテンツのみを提供しているYoutubeチャンネルも運営しているが(子供も多く見ているチャンネルのため、エロゲも扱うこのコンテンツとはつながりを一切持たせないために詳細は非公表)、フリーミアムですらない広告収入依存方式でファンの方から直接的にお金が入ることはほとんどない。一応メンバーシップ機能は提供しているのだが、加入者は1桁しかいない。1年半前だったか、非加入者から1回「メンバーシップに入らなくても限定動画見れるようにしてほしい」と要望された。メンバーシップは月額90円。信じられないかもしれないが、こういう人も中にはいる。私自身こういう場で書いていることから本能的には多少の怒りはあるのかもしれないが、こういう人もいるという良い事例にはなっていると思っている。ただそんな非常識的な少数派は文字通り少数であり、多数は常識的だと思うが、そんな事例を公表するだけでそんな人が世の中に溢れていると思ってしまいがち。ただしTwitterなどSNSのタイムラインと一般空間はまるで違うものと認識したほうがよい。SNSのフィルターバブルは強烈だ。

 そして人間社会で人が多く集まったら変な人を0%にすることなどできない。人の意思は100%統一できない。できるのはビッグブラザーだけだ。

 

 

文化を守るという視点での新品・中古

 一般文学作品や一般芸術作品などと比べると、ゲームというジャンルは全般的に文化保護という面でだいぶヤバいことになっている。作ったは良いが残らないし権利者も行方不明になる(この辺は最近になって状況が若干改善された)。また物理メディアにも寿命があるが、寿命がきたゲームを合法的に所有する方法が現状存在しない(寿命到達してプレイ不可になった時点でバックアップとしてPC等に保存されたゲームデータは違法になる)。再び合法になるには著作権切れ(一般的には発売日から70年経過)を待つしかない。昔の作品の合法的な所持は中古流通だけで支えられているのが現状で、この辺改善されればとは思う。これが中古が文化的に有用と言える大きな理由だし、文化を守るためということならば新品やDL販売と比較すると格段に良い働きをしている。ただ新品・中古両方あることが好ましいし、今までもずっとそうしてきた。

 現在のレトロゲームブームの半分くらいはメディア寿命ギリギリのゲームが多いのもあるのではと思っている。20世紀発売のCD媒体のゲームは今後20年以内にすべてCD寿命により合法プレイ手段消失すると思って良いし、あなたの手持ちのPS1ソフトだって既に寿命で読み込めなくなっているかもしれない。PS2なら安心、というわけでもない。私の所持するPS2ソフトは1本使えなくなっていた。PSPはもっと深刻で、UMDロストテクノロジーとなったことでディスクよりもドライブが先に入手困難になるだろう。

 

私の立場は…

 新品がいいか、中古がいいかの私の立場は現状維持派であり、結局のところ消費者が崇高なことを深く考えなくても常識的に賢く消費するのが最も良い結果になるだろうという立場となる。しかし崇高なことを考えてくれる人が増えるほうがゲームに限らずいろんな制作物の総数は増える。金が入らないよりは入る流れになるほうがいい。ただし新品定価でクソゲーを掴まされたときの絶望感は異常なのでクソゲーを出すのはやめてほしい。特に未成年の頃に定価クソゲー掴まされると死ぬまで新品を買えなくなる大人になる可能性が高い。

 重要なことだが、「新品買え」を他人に強制してはいけない。特に虚空に向かって「中古を買った」ってつぶやいている人を作者がエゴサして見つけておいて表舞台に引っ張り出して「中古を買うな、新品買え!」と言ってはいけないとは思う。「つぶやき」サイトの根底が成り立たなくなってしまう。「こいつは敵だから二度と関わらない」と思う程度にしておくべきだ。

 中古を購入しても制作者にお金が入るようになればいいのにとは少し思うのだが、制作者側が裁判で徹底的に闘って妥協案すら飲まず最高裁まで争った結果が今だ。改善は困難だろう。それ故に制作者側は「制作者側に金が流れるように新品で買ってほしい」と呼びかける方法しかとれないし、それが過激化すると「中古購入者を人扱いしない、漫画村と同列扱いするなど事実上の犯罪者扱い」になる。だが最高裁判所で完全に合法と判断されているので中古購入しても特に問題はない。消費者側からすると依然としてクソゲーリスクもある以上、中古新品DL問わず自由にゲームを購入して楽しむのが良いだろうと思う。

 私自身は中古は中古で買うし、新品は新品で買う。安いものは中古で安いなと思いながらハードオフに偶然売っていた「こみっくパーティ」(ドリームキャスト版)を550円で買った一方で、伝説的なエロゲである「抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳(わたし)はどうすりゃいいですか?1+2 Remaster」を発売日に定価(17,800円)で買っている。

 

 

番外・インディーは普通にDL版だけでいいのでは

 インディー作品は普通にDL版だけ出していけばいいと思う。そういう傾向だし、そもそも定価が安い。steamだと返品制度もあり買いやすい。ただ大手が家庭用でDL版しか出さなくなることは忌避されそう。インディーでも値段が高いほどそのゲームがクソゲーな場合に備えないといけなくなるとも言える。

 インディー作品というのはネット時代かつsteamやAppStoreがきっかけで成り立ってるというのがあって、ネット以前の時代だとインディー作品扱いだっただろうものが普通に商業流通に乗って他のゲームと同じくパッケージングされていたと思われる。そして少なくない割合でクソゲーとなっていて定価で買った被害者がいたのだと思われる。ネットがないのでパッチを充てるのも無理だった。それと比較すると今はいい時代とも思う。ちなみに、AppStoreもiPhone3G~5くらいまでの時代は有料ゲームが全盛で今のsteamよりも有料ゲーム多かった感があったが、今ではすっかりソシャゲだらけになって有料が売れなくなった。最初から闇市同然だったAndroidMarket(現GooglePlay)は今でこそクリーンじみているが昔とそう変わっていない気がする。インディーが成り立っているのは2020年代のセキュアな決済環境が前提なので、今後の技術革新でこの辺が瓦解したらまたパッケージのみの時代に戻りそうとは思っている。

 デジタル環境はその前提が崩れたら成り立たたなくなりスタンドアローンもしくはエネルギーに依存しない物理環境が最強になるということは2018年9月の胆振東部地震がきっかけの全道停電で明らかになっている(つまり停電したら物理現金しか使えなくなった)。電気がなければデジタルは使えないし、セキュアな環境が崩壊するとオンライン決済そのものが成り立たなくなる。やはり物理環境は確実に物を所持できていると確定できる手段だけに、それを重視する人が一定数いても特に不思議ではないだろう。