旅ライターの筆者が、今年注目していた観光地がある。それは「広島」だ。全国で初めて路面電車が駅ビルに乗り入れ、大竹市の美術館が「世界で最も美しい美術館」として話題に。さらにサンフレッチェ広島の新スタジアムは毎試合ほぼ満席という人気ぶりで、街全体が盛り上がっていた。今広島で行きたいスポットを紹介しよう。

わざわざ行く価値のある場所、話題の「下瀬美術館」

広島で今、「世界で最も美しい美術館」として注目を集めているのが広島県大竹市の「下瀬美術館」だ。建築家の坂 茂さんの設計で、2024年12月にユネスコの建築賞で最優秀賞のベルサイユ賞を受賞している。対面に宮島を見渡す海沿いに位置し、エントランス棟、企画展示棟、管理棟の外壁は空間の広がりを感じる「ミラーガラス・スクリーン」で広島の自然を映し出している。

特徴的なのが、カラフルな「可動展示室」。水盤にたたずみ、その配置を動かすことができるという斬新な設計だ。8つの可動展示室は下瀬美術館所蔵コレクションの主軸となるエミール・ガレの作品に登場する花の色から抽出されたカラーガラスで彩られ、青く美しい広島の海との調和も見事だ。

館内ではさまざまな展覧会が開催され、12月14日までは「SIMOSE新コレクション展前期—サム・フォールズ、松山智一(一般2,000円)」開催中。可動展示室では現在ニューヨークを拠点に活動する松山智一さんの作品が展示され、ポップでカラフル、時には現代社会のノイズが交わる独特の世界観が表現された絵画を鑑賞できる。

そして企画展示棟では、松山さんと同じくアメリカを拠点に置くサム・フォールズさんの作品を展示している。サム・フォールズさんは植物をカンヴァスの上に並べて染料を撒き、その場所の太陽の光、雨、風に晒すことで作品を完成させる手法が特徴。高さ3.6m、横幅45mを超える《Spring to Fall》(2023-2024年)はニューヨーク郊外のハドソンバレーの自然環境を映し出したような圧巻の作品だ。ちなみに10月には宮島で同様の作品を制作し、12月18日からはじまる後期展で展示予定となっている。

休憩中も、坂 茂さんの作品にふれられるのが下瀬美術館ならではの贅沢。館内には坂 茂さんの特徴的な筒状の紙「紙管」で作られたベンチやイスがあり、海や建築を眺めながらくつろげる。下瀬美術館にはヴィラやレストランがあり、宿泊して坂 茂さんの建築を存分に楽しむ旅も一押し。

人気ベーカリーも! 広島の地元の人たちと繋がれる「minagarten」

新しい地域活性化のモデルケースとして、注目したい施設が広島市佐伯区皆賀の「minagarten(ミナガルテン)」。2020年にオープンしたコミュニティ施設で、ベーカリー「companion plants」、日替わり珈琲スタンド「watering duty」、シェア型プライベートサロン「salon élan vital」、家具・作品販売「屋根裏の猫」などユニークな店が集まっている。ベーカリー以外はテナントではなく、個人事業主が日によって代わる代わる店番を担当しており、例えば日替わり珈琲スタンドは現在6人のバリスタが運営中。ゲストはその日その日の出会いの味を楽しめるという仕組みだ。

minagartenを運営するのは、東京から広島へとUターンした谷口千春さん。もともとこの地には谷口さんの実家である園芸卸売事業「真屋農園」があったが代表が病気に見舞われ、2017年に閉業。そして約3,000平米の広大な敷地を長女である谷口さんが企画・開発することに。谷口さんは東京で建築やまちづくりなどの仕事をしていた経験を活かし、約2,500平米は住宅エリアとして開発。そのほかの土地を地域に開かれた複合施設としてminagartenを開業した。

元園芸倉庫を活かした建物は1階・2階・3階と分かれ、パン職人、料理人、焙煎士、作家、セラピストなど各々が好きなことを発信する場になっている。店内に広がるのは、「companion plants」の焼きたてパンの香り。東京・代々木八幡「365日」などで経験を積んだ佐藤一平さんが手がけるベーカリーで、もっちりとした塩パン「きゅーこんパン」など(320円)が人気だ。パンのテイクアウトだけではなく、朝8時からのモーニングやランチ、カフェも楽しむことができる。

店があるのは住宅街ながら、いつのまにか遠方からも人が訪れる人気店に。谷口さんは「土地の記憶を残しながら、余白を残して進化したい」と話しており、今年8月には「皆賀カレー食堂」がオープンした。今後も来るたびに新しい発見を楽しめそうだ。

広島の食材に舌鼓 - コンクール入賞者のイタリアンレストラン

「gruta」(広島市)は広島県の食材をイタリアンで堪能できる、2021年オープンの小さなレストラン。シェフの鶴田直也さんは広島のホテルに約10年勤務後、広島県主催「第4回ひろしまシェフ・コンクール」で成績優秀者となり、イタリアの2つ星レストランで修行をしたあと、「gruta」を開業した。旬の食材に合わせてその日のメニューは決まり、ランチはアラカルトもしくはおまかせコース(3,500円)を楽しめる。

鶴田シェフが特にこだわっているのは、顔の見える生産者から仕入れる広島の食材を使うこと。例えばこの日のランチコースの「前菜盛り合わせ」と「大野あさりとカラスミの黄色いトマトソース」で使われていたトマトは、広島市安佐南区「上野園芸」の空中で栽培している「空中トマト」だ。

トマトは送ってもらうのではなく、鶴田シェフが自ら取りに行き、生産者との交流も深めている。時には味は変わらないが形の悪いトマトも、「生産者さんの助けになれば」と仕入れているそうだ。鶴田シェフがこだわって仕入れた広島の野菜は味に深みがあり、さまざまな調理法が取り入れられた前菜盛り合わせは食べるのが楽しくなる。

そしてgrutaでは「ドルチェ」も見逃せない。鶴田シェフはホテルでさまざまなポジションを経験したが、イタリア留学中の1年間は特に「ドルチェ」の技術向上に力を注いだという。この日のドルチェは「ピオーネとシャインマスカットのメレンゲ ヨーグルトソルベ」。ローズマリー香るソルベも自家製で、メレンゲのサクサクとした食感やブドウのコンポートとのハーモニーが絶妙においしかった。

牧歌的な風景が美しい - 牛乳のおいしさを再認識する「サゴタニ牧農」

魚、肉、野菜。すべてがおいしい広島だが、「牛乳」もおいしい。広島市湯来町の「サゴタニ牧農」は1941年創業の歴史ある牧場で、約35万平米・マツダスタジアム約7個分の広大な敷地で乳牛を約120頭育てている。サゴタニ牧農は現代表の久保正彦さんの父である久保政夫さんが、はるばる八丈島から故郷の広島へと乳牛23頭を連れてきたことがはじまり。今から80年以上前に船+列車と徒歩で牛たちを連れてきたというのだから驚きだ。牧場では牛にエサをあげたり、カフェでゆっくりしたりと楽しめる。

広島の美しい山々に囲まれながら、草をモグモグと自由に食べる牛たちーーここにいるのは、初産を迎える妊娠中の牛だ。「放牧の風景は美しく、牛の目もキラキラしている気がするんです」と、代表の長男である副社長の久保宏輔さんは話す。今はほとんどの牛が牛舎で過ごしているが、毎年放牧地を広げていく予定だという。

カフェでは「牧場ミルク」(160円)や、牛乳を使った「ジェラート」(シングル420円)が味わえる。65度30分で低温殺菌した「久保正彦の低温殺菌牛乳」は上品な味わいで飲みやすく、スッキリしているのが特徴。牛乳本来の味を活かしたジェラート「まーさんのミルク」も、ぜひチェックしてみてほしい。

下瀬美術館をはじめ、新しい観光地や話題のスポットが盛りだくさんの「広島」。広島駅から下瀬美術館までのアクセスは約1時間強かかるが、それでもわざわざ訪れる価値のある場所だ。これからの季節は牡蠣はもちろんのこと、上質な脂がのる寒サワラも旬となる。次の休みは美食と新しい観光スポットを楽しむ、冬の広島旅を計画してみては。

取材協力: 広島県