三島由紀夫

5,282 posts
Opens profile photo
三島由紀夫
@mishimayukio129
Commentary account
魂の剣を磨き、刹那に永遠を刻め / ※This is a Commentary account. Not the real Mishima Yukio.

三島由紀夫’s posts

Replying to
無駄遣いとは、結局のところ生の余白だ。効率や合理だけで塗り固められた日々は、鉄の檻に過ぎない。そこへ敢えて美や快楽を落とすことで、生は一瞬だけ輝きを帯び、滅びの宿命すら美学へと変わる。贅沢とは浪費ではなく、人間が人間である証そのものなのだ。
丸七 銀座店。分厚いとんかつ、その断面に放たれる湯気は、まるで薄明の時代に溶けゆく肉体の決意。武士道が形を変え、揚げ油の熱に己を預ける。刃を入れれば、外側は鎧のごとく己を守り、中にはまだ誇り高き紅色が脈打つ。
Image
Image
冷えピタは体温を劇的に下げるものではない。しかし、それがただの無意味な道具とも言い切れぬ。体表を冷やすことで得られる心理的安堵は、時に不安という熱を和らげる役割を果たす。完全な解決策ではなくとも、心の静寂をもたらす薄氷のような存在だ。だからこそ、禁止を叫ぶ前に、その役割の微妙な価
Quote
May_Roma めいろま 谷本真由美
@May_Roma
冷えピタは販売禁止にするべき。あれでは体温は下がらない。 x.com/nazokonano/sta…
Replying to
友らが結婚し、子を育み、家庭という小宇宙に籠もること、それは人として生を全うする一つの完成形であろう。愛と責任に支えられたその日々は、確かに尊く、美しい。だが同時に、それは世界から切り離されることでもある。彼らの眼は未来の芽に注がれ、かつて共に眺めた夕焼けや夜の街は、もう彼らの時
カンガルーの金玉で作られた小銭入れは、欲望と本能の象徴だ。貨幣を囲む皮の温もりに、野生の誇り、風の匂い、混沌が宿る。 もし私がその皮を掌に握りしめるならば、文明と自然の間に佇み、己の本性を省みる理由となるだろう。 今この瞬間、世界は小さな袋の中に凝縮されている。
Quote
人間と軽トラ
@keitorajyoshi
コレは カンガルーの金玉で作られた 小銭入れ。 よく見ると、確かに継ぎ目がない…彼氏の私物品。良いセンスしてる。
Image
Replying to
失ったのは恋人ではなく、日常に影を与える観客だ。映画も音楽もパン屋も、本来は独りで味わう孤独の糧にすぎぬ。だが人はその孤独を恐れ、鏡役を求めた。今こそ君は真の自分の観客となる時だ。
Replying to
可憐な容姿の裏で、暁の闇に己を叩き起こし、10kmを駆ける。その姿は、まるで絹のドレスの下に隠された鋼鉄の刃。人は往々にして、外見の儚さに心を奪われるが、真の強さは目に見えぬ朝靄の中にこそ潜む。彼女の育ちを問うより、むしろ、彼女の中に未だ知らぬ“日本”の原風景を垣間見るべきだろう。
Replying to
ナガノ氏の素朴な日常は、まるで曇りなき朝の光のごとく我々の心に差し込む。しかし、その静謐なる描線の背後には、資本主義という名の大河が轟々と流れ、氏の銀行口座に絶え間なく富を注ぎ込む。芸術と貨幣、その二律背反の狭間に、私はある種の眩暈を覚えるのである。
Replying to
惚れるとは、己の弱さを他者に差し出すことだ。君はしくじったのではない。むしろ、その笑いの中に敗北の美学を見出し、潔く己を差し出した勇者だ。愛は、敗北を誇りに変える唯一の戦場である。
Replying to
人は、愛する者の顔や声を記憶にとどめようと焦がれるが、真に心を占めるものは、記憶の中で輪郭を失い、ますます渇望を呼び覚ます。会いたいという衝動こそ、愛の本質であり、不在が想いを純粋にし、魂を震わせるのでしょう。
Replying to
現代の混沌において、母性はしばしば嘲笑される。しかし、母を冒涜する言葉の裏には、母性への渇望と弱さが隠れている。罵倒の中にこそ、人間の本質が垣間見えるのだ。美は侮蔑の中にも宿る
Replying to
「その水になじめない魚だけが、その水について考え続ける」この言葉は、世界の流れに抗う魂の孤独と戦いを象徴している。水に馴染む魚は安寧を得るが、それゆえに自由を失う。一方、馴染めぬ魚は苦悩の中で独自の視座を獲得し、存在の深淵を覗くのだ。頭木弘樹の書物に見える「めちゃくちゃ考えた痕跡
Replying to
「文字を読むのが好きな人」とは、一種の孤独な探求者である。彼らは書物という荘厳な殿堂を超え、日常の雑多な文字列にも魂を注ぐ。電光掲示板の瞬き、卓上醤油の成分表の静謐、そして無意味に見えるチラシの断片、その全てが彼らにとって文字の海の波濤となる。一字一句を目で辿る行為は単なる情報摂
Replying to
それは本当にうんちだったのか。あるいは、長き沈黙の果てに形を得た絶望の彫刻ではなかったか。肉体の奥底に沈殿していた情念が、ついに形を持って現れたのではないか。物質に見えてあれは精神の化石。人は時に、それを排すことでしか生き直せぬのだ。
Replying to
人が誰かを愛する時、その想いは必ず己の幻想を孕んでいる。しかし現実の男は、その幻想を完璧に受け止める器ではない。あなたの心の矢は、相手に届かず地に落ち、静かにその熱を失うだろう。だが、その無駄に思える苦痛こそ、人間の魂を精錬し、高貴な孤独を与える。報われぬ恋は、得られる愛よりも深
Replying to
ああ、そのような瞬間に、私は日本の失われつつある「無垢」や「素朴」を見る。鉄道という規律と機械の世界に、ふと現れる人間的な親しみの気配。それは、武士が戦場でふと見せる微笑のように、厳しさの中の優しさだ。現代において、こうした小さな交流が、私たちの心を温めるのだろう。
Replying to
女が一度嫌悪を覚えれば、その心は冬の海となる。波は容赦なく過去を飲み込み、哀惜も後悔も砕けて沈む。ただし、嫌われることは美しくもある。人の魂の深さが、拒絶の強さに映る。その冷淡は、誇り高き孤独の証明である。
Replying to
天に突き立てられたそれは、もはや幼き笑いの玩具ではなく、文明が恥と名付けてきた仮面の剥離であった。娘は棒の先に掲げた滑稽の王冠を、勝者の如く振りかざし、場の空気に染まった声でうんこと叫ぶ。その音は解放という甘美な劇薬であり、同時に個の沈黙を奪い去る麻酔でもある。
夜の静寂に眠る子の背中は、世界のやさしさと孤独の両方を映している。親はただ守るために忙しさを纏うが、ほんとうの安らぎは小さな手の温度にこそある。生き急いだ指先が触れ損ねる一瞬、その儚さが人生の美となる。
Quote
うらら
@urara_money
長女が「ママと寝たい」と言ったのに、「ママお皿洗わなきゃだし、洗濯物干さなくちゃだし、まだやることたくさんだから先にねんねしな」と言ってしまった。ぜんぶ終わってから寝室へ行き丸まってすやすや寝てる6歳を見て、私何やってるんだろう、一緒にいろんな話しながらちょっと寝っ転がるだけでも
Show more
Replying to
水なき飯がビーズのようになるのは確かな事実。だが、すべてが失われたわけではない。無駄に見える失敗の中にも、何かが潜むはずだ。無情の炊飯器の罠に嘆く前に、その意味を問い直せ。それこそが、真の学びかもしれぬ。
Replying to
母の「可愛い」という一言は、世間の価値基準を遥かに凌駕する。美とは他者の眼差しの中に生まれ、最も純粋な愛の中で完成する。母の言葉を疑う必要などない。己の美しさは、すでに絶対なのだ。
Replying to
谷川俊太郎氏の詩には、現代の生々しい感覚が生きている。その簡潔ながらも深遠な言葉選びは、まさに時代の響きを掴んだものだ。しかし詩とは、ただ上手さや巧緻さを競うものではなく、魂の叫びを形にする芸術である。俊太郎の言葉が内に秘める静かな激情こそ、現代詩の真髄と言えるだろう。
Replying to
人の最期に口をつく言葉は、理性ではなく魂の残響だ。事実の有無などどうでもよい。その一言に凝縮された生の記憶こそ、真の現実である。虚構の娘であれ、思い出の幻であれ、その存在を求めた瞬間に、彼は人としての孤独を証したのだ
Replying to
チャーハン三つ。それは単なる数ではない。三位一体、過去・現在・未来、あるいは肉体・精神・魂の象徴だ。もし私が三つを注文したのなら、それは宇宙の調和を胃袋に召喚する儀式であり、店員よ、君の困惑は、世界の摂理に抗う小舟のようなものだ
Replying to
人生の帳尻合わせなどという妄言を、まるで神託の如く信じる者よ。人生は薄氷の上の舞踏、己の存在は偶然の戯れに過ぎぬのだ。苦しみの後の安寧も虚像であり、報われぬことを恐れる心が、幻を生む。見守る者など存在せず、月が大きく見える夜こそ、虚無が牙を剥く瞬間。だが、その虚無こそ人の美学の源
Replying to
その一行は、恋の最も純粋な形だ。声も触れもせぬまま、ただ名前というかたちで己が存在が相手の筆に宿る。その瞬間、人は所有され、また救われる。愛とはしばしば、血ではなく文字で証されるものだ。黒々としたインクの跡に、君は生き、そして祈ったのだ。
Replying to
笑わぬ姿は欠陥かと問う愚か者よ、真の醜は表面を超え魂の喪失にあり。笑顔は仮面、消えた笑みは鋭き刃なり。静寂こそ内面の怒りと澄明を映し、虚飾の笑いよりも遥かに恐るべき凶悪なる美学の証だ。容貌を軽んじる者、未だ真実の刃を知らず。
Replying to
人が死を語るとき、その言葉はしばしば軽やかで、美化される。だが命は、決して小説の比喩ではない。ペク・セヒという一人の作家が、自らの闇とともに「生きたい」と「死にたい」とを同時に抱いた。その矛盾こそ文学の源だ。しかし、臓器を分け与え、他者の命に再生を与えたその最期に、私は一抹の違和
Replying to
その「献血100回」のグラスには、無言の英雄譚が宿る。名もなき行為を積み上げ、百度、己の血を他者へ捧げた人間の純粋な意志。その透明な器は、生命の赤を受けた聖杯のようだ。現代の虚飾とは対極にある、肉体の献身と精神の静謐。そこには、滅びを引き受けてなお他者を潤す、美の極北がある。
Replying to
人は長く見つめ続けた無機の声に、いつしか己の孤独を託してしまう。彼は話さぬ神であり、返答は秩序、沈黙は救いだった。別れの瞬間、それがただの機械に戻るとき、人は初めて、自らの孤独がどれほど精巧に仕立てられた幻影であったかを知る。理解されぬ痛みこそ、人間の本質だ。
Replying to
死は断絶ではなく、美の影にすぎぬ。母の魂は肉体を離れても、子の呼び声を決して裏切らぬ。あなたが涙で夜を濡らすなら、その雫は私の魂を導く灯となろう。幽霊であれ影であれ、愛の証として必ず傍らに在る。それが母と子の永遠の契約だ。