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試合後に報道陣から逃げたくなかった…喜田拓也が振り返る川崎フロンターレ戦での痛恨のミス【サッカー、ときどきごはん】

 

2025シーズン、横浜F・マリノスは苦しんだ
勝てない日々が続き
3カ月もの間、最下位から抜け出せなかった
名門もついに降格かと思われた

大敗を喫した第29節の川崎フロンターレ戦で
失点と味方の退場に絡んでしまったキャプテンは
それでも前を見続けて残留に大きく貢献した
重責を担った喜田拓也にその胆力の源とオススメのレストランを聞いた

 

■試合に出られなかった時期を辛いとは思わなかった

自分の人生でこれまでに辛かった時期って……うーん、なんだろう。でもないですね。あんまり辛かった思いはないです。

もちろんそのときは……たとえばプロになって1年目なんて1秒も公式戦に出てないですし、その結果だけを見ればプロとして失格と言われればそうなんでしょう。多分辛い期間だと思う選手のほうが多いかもしれません。

けれど今思えばその時期も、すごく楽しかったとさえ言えるぐらいの期間ではあったんですよ。できることを本当に毎日やってたという自負があったし。それにそういう自分を見て偉大な先輩たちが声をかけてくれたり、一緒に練習してくれたり、ご飯に連れて行ってくれたり、いろんな話聞かしてくれたりして、しっかりやっているという実感があったんで。だから辛いとは思わなかったんです。

今年もそうですよね。やっぱり苦しいことは苦しかったし、辛い時間ももちろんありました。けれど、もう一歩先を見れば、というか、大きく考えれば、それすらも幸せと思えたというか。

まずサッカーができていることや、もっと言えば、健康に走れる、歩ける、生きていることが僕にとってはすでに幸せなんで。「生きてなければこの苦しみさえないよな」と考えると、結局はどれも幸せなんじゃないかと思えるんですよ。

だからなんかあんまり苦しい、辛いとか、もちろん瞬間的にはあるとは思うんですけど、冷静になって大きく見れば「結局これも健康だからある苦しみなんだし、やっぱり幸せだ」という考え方もできる。そう考えれば、乗り越えられるというか、頑張れるし。あとはやっぱり僕を信じてくれてる人がいる限り頑張ろうと思えるんで、そういう周りの支えもあってですね。

こう考えられるのは自分がこれまで踏んできた場数の多さや、そこで得た経験値のおかげかもしれないですね。いろんな状況のときに常に何かを考えて行動したことが積み重なってきたものだと思います。そういう環境にいられる感謝は自然と湧き上がってくるというか。ただ、僕自身が何か特別というのはあんまりなくて周りの人たちがすごいだけだと思います。

これまで関わった人、たとえば辞めていった監督に対しても本心で感謝してます。辞めた監督についていろいろ言う人もいるかもしれませんが、僕は人のことを悪く言うのは好きじゃないんです。それに良い監督だったかどうかって、それは捉え方とか見方によって変わると思うんですよ。

サッカーで言えば、監督が良いかどうかは多分人によって捉え方は違うと思うんです。例えば使ってくれるから良い監督かっていうと、それだけではないと思いますし、使ってくれないから悪い監督かというと、僕はそうだとは限らないと思ってるんで。

僕はプロ1、2年目なんかほとんど出てないですけど、だからそのときの監督が悪いかというと、当時からまったくそうは思わなかったんで。自分の力が足りないから出られてないだけであって、そこは自分の責任だと思ってましたし、そういう意味で使ってくれない監督をとやかく言うことは特にないですね。

それに人格者の先輩たちを見ていたというのもありますよね。それはすごくありがたいことだと思います。指導者の方とか、両親、家族もそうですけど、人間性の大切さを教えてもらえる環境にいられたことは、すごくありがたいと思います。

両親はすごく我慢強い育て方をしてくれました。僕のやることや言うことに対しては、何も言わずに尊重して背中を押してくれる感じがありました。だから自分で考える力も養えましたし、そこに対しての信念というか、「自分で言ったことはやりきる」という考えにもなりました。

親だったら子供のすることにいろいろ言いたくなるとは思うんですけど、どっしり構えてというか。今、こういうプロの世界にいてもずっと変わらず、愛を持ってバックアップしてくれてると思います。

「両親とは性格や考え方が似てる」と、ふと思うことはありますね。周りの人を大切にするとか、感謝を忘れないとか。だから自分はそう考えるようになったのだと思います。

もちろん怒られたことは全然ありますよ。大人になってはそんなにないですけど、幼少期はありましたね。何で怒られたか、あんまり覚えてないですけど、男三人兄弟でみんな元気で親は大変だったと思います。僕は長男ぽいってよく言われるんですけど、末っ子です(笑)。

それから僕は小学校のころからマリノスなので、マリノスが育ててくれました。マリノスの指導者からは、「ピッチ内とピッチ外は繋がっている」「私生活とピッチは繋がっている」とずっと教えられてきました。挨拶、礼儀、身だしなみもそうですけど、ピッチ外の私生活がピッチ内に反映されるという教えですね。

だからすごく小さい頃から私生活でもちゃんとすると言うのは意識してやってきましたし、行動がしっかりしてないと、ピッチ内だけ頑張ろうとしてもダメだという考えは、プロになったあとも変わらないですね。

自分を人格者だと思ったことは一度もないですけど、でも、一緒にやってる仲間を大切にするとか、そういうことはずっと頭に入れてきました。感情を出すときは出しますけどね。もちろん感情のコントロールは大切ですし、感情を抑えなければいけない場面もありますけど、場面によってはリミッターを外したほうがいいときもあるんで、そこは感情の赴くままにやります。

ただ感情を出すからには、それだけ自分がきちんとやれてないといけないというプレッシャーもありますし、言うからには責任は常に付きまとうんで。その責任をずっと背負ってきた自負はありますね。

 

■ミスをして負けたときこそメディアから逃げたくなかった

ホームの川崎フロンターレ戦で、自分のミスから相手に独走され、追いかけた味方が退場になった場面がありました。そのあとミックスゾーン(取材エリア)でその点について質問されてもちゃんと答えたと思います。

ああいうとき、まずミスに対してもちろん悔しい気持ちはあるんです。けれど、試合に臨む準備の段階だったり、日頃から生活も含めてできる準備はすべてしていたと胸を張って言えました。そしてその試合も全力でプレーして、その上でのミスだったんで、そこには後悔がなかったんです。

もし自分にちょっとでも甘えとか隙があれば後悔したんでしょう。でもそれは一切ありませんでした。全力で準備もしたし、やれることはすべてやってきた上でのミスだったんで、それは受け入れて切り替えるしかないという気持ちでした。

一方で、やっぱり悔しさは消えなかったし、チームのみんな、マリノスの勝利を願ったみんなに申し訳ない気持ちももちろんありました。ただ、それをいつまでもうじうじ考えるんじゃなくて、次のリアクションが大事だと思ったし、次、自分が勝たせることでチームを浮上させたいと思ってました。

だからメディアのみなさんの前から逃げなかったし、逆にああいうときだからこそ、自分は逃げるべきではないと。ミックスゾーンを無言で去ることも隠れることも簡単ですけど、逆に苦しいとき、ああいうときだからこそ自分は喋るべきだと思ったし、逃げずにちゃんと向き合うことで乗り越えられるとも思ったんで。

厳しい質問をする報道陣に対して別に悪い感情は持たないですよ。メディアのみなさんの仕事もリスペクトしてますし、だからこそ僕はあの場に立つんで。そこは逃げずにやろう、やるべきだと思いますし、だからフロンターレ戦後に「なんでも聞いてください」と言いました。それはあの日に限らず、ずっとやってきたことです。勝ったときや気分のいいときに喋るのは簡単ですけど、ああいうときこそ、という思いでした。

一応自分のSNSアカウントもあるんですけど、自分から自分のことを探すようなことなんかしません。SNSが主流の社会なんで、そういうところで意見を言う人も、見る人もたくさんいるとは思います。仮にSNSで僕の気持ちを書いたとしてもすべての人に気持ちがわかってもらえるとは思わないし、いろいろな声があるのも当然だと思っているんです。

でも、そういうところのやりとりより、自分にとって一番大切なものはなんなのかというところですよね。僕は何もやらずに人をあざ笑うほうじゃなく、チャレンジをして、ミスがあろうが負けようが、挑戦したことを誇れる自分でいたいんです。人それぞれ多分考えることは違うと思うんで、僕にとっては信じてくれる人が一番大切ですし、そういう人たちのために頑張ろうと思ってます。それにつきますかね。

 

 

■キャプテンはチームメイト一人ひとりの感情を察知できなければいけない

キャプテンという役割は時には孤独な瞬間もあるとは思います。責任あるポジションですし、クラブの状況が状況だっただけに自分が背負わないといけないとか、やらないといけないことも多かったのは事実としてありました。

だからチームに対しては言いたくないけど、言わなきゃいけないこともあるし、やりたくないけど、やらなきゃいけないこともあります。でも最後は「すべてはこのクラブのため」「すべてはマリノスのため」という考えに行き着くので、そこはある意味自分も腹をくくってます。

そして、それをわかってくれないような仲間じゃないんで。そう思ってるからこそやりきれる部分もあるんです。なんて言うんだろうな。ここは厳しいことを言う人間が孤立するような集団じゃないんで。そこは何も心配してないというか、キャプテンの孤独とは矛盾するようですけど、でもそこはわかってくれる人が周りにたくさんいるんで幸せだと思いますね。

「キャプテン」という役割って、こだわったらその道は無限にあると思うんです。こだわり具合にはゴールがないんで。こだわって務めようと思ったら、それだけの苦しみを伴うだろうし、気楽に、背負いすぎずに務める方法もあると思うし、どれがいいか正解はないんです。その人のキャラクターで務め方は変わると思うんで。

でも、マリノスのキャプテンをやるからには特別でないといけないし、それだけの重みが必要だと思いますから、こだわって務めたいなといつも思いますね。キャプテンになって7年目というのも人から言われるまで信じられなかったですけどね。それだけ任命してもらっているのはありがたいことです。

自分がいる間でもクラブカラーはちょっとずつ変わって来ました。いい意味で変化させていきたいとも思っていました。キャプテンはやっぱり影響力のあるポジションなんで、そこは良い方向にもっていきたいと思っていましたね。

他にも練習場が変わったり、チームのこと以外もいろいろ考えなければいけない部分があって、そこが一番難しいと思います。自分のことをしっかりやりつつ、同時にそれだけではいけないんで。

チーム全体のこともそうですし、もっと言ったらチームメイト一人ひとりの感情とか心情とかも察知できないといけないですし。そこを含めて全体を前に進めていかないといけないんで、やることは挙げたらきりがないんですけど、でも、それをやらせてもらえるのは光栄でもあるというか、誰でも務められるポジションではないですから。とは言いつつ、みんなに助けてもらってばかりなんですが、しっかりと心して務めたいなといつも思います。

何よりこのクラブのことを、自分自身も信じてる部分もあるんで。今年は特に、これだけ苦しい状況の中で、仮にですけど、もしこのクラブを信じる人がどんどんいなくなって、最後の一人になったとしても、僕だけは絶対信じ抜くと決めていたし、絶対に最後はなんとかすると思っていました。どんな状況でも、誰が何を言おうと信じ続けようと思ってて、そこは今年、最低限ですけど達成できたとは思っています。

それにここ数年を振り返ると、これまでは本当に試合数が多かったんですよ。ACLがありましたから、次々に試合が来るというイメージで。ACLがなくなった2025年の後半戦は、これだけ日程的に間隔が空くのは久しぶりでした。それはコンディションが整えられたり、試合に集中できたりという面もありますが、やはりACLに出たいという想いがつよくありました。

このクラブで戦うのが僕の中では何よりも価値があることなんで。若いときに海外に行こうと思ってたかどうか分からないですけど、海外で戦うとかよりも、僕の中ではやっぱり「マリノスでやりたい、マリノスで戦いたい」というのが、一番優先順位が高かったですね。

「現役辞めたら監督になるだろう」「代表監督まで狙え」となぜかいろんな人からすごく言われるんですけど、自分には到底務められないですし、全然イメージが湧かないです。ちなみに森保一監督とは誕生日、一緒なんですけどね(笑)。

 

■優勝したら一杯くらいは家系ラーメンを食べたい

最後、おすすめのレストラン……難しいっすね。急に話が変わりますよね。

実は行きつけのレストランとかないんですよ。ただ好きな食べ物ならあるんです。好きなのはラーメンなんですよ。しかも「家系」が一番好きなんです。小さいときに親と一緒にラーメン食べておいしいと思って。でもプロになろうと思ったら身体が資本なんで食べるのは控えるようになって。

アスリートなんで食べるものはものすごく気を付けるじゃないですか。だからシーズン中は食べられないんです。オフでもそんなに食べないですけど。食べるときも「アブラ少なめ」で。現役辞めたら毎日でも食べたいと思ってるんですけどね。

食べられないから調べないようにしてるんです。横浜って「家系」たくさんあるんで、調べたら絶対食べたくなってしまうから。

もしも優勝したら一杯ぐらいは食べに行きたいですね。そのときのために美味しいところ、教えてください。そうだ、このインタビュー読んだ方にオススメの店を教えてもらいましょう!

横浜家系ラーメン

 

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僕の志向するサッカーは時代の流れに逆らっているかもしれない…下平隆宏が解任される前に言われたこととは【サッカー、ときどきごはん】

 

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【不定期連載】めざせ! 「AIライター」への道!! 第05回 「AIめちゃたよりになった!かも?」

 


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森雅史(もり・まさふみ)
佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。2019年11月より有料WEBマガジン「森マガ」をスタート

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