この時の、一晩で25万円が入ってきたの、
私が今入っている吉野経営塾の塾長さやちゃんからの爆弾のような応援購入があったのでした
その時に交わしたDMがきっかけで、
吉野経営塾内で対談しようとなり大仕事を果たしてきたところです
6年間憧れ続けた人と、
夢にも思わなかった対談だったので対談中は口が今まで経験したことないほどにパサパサなって、
M-1でよく演者が口がパサパサになってるのを見てたけど、これかぁ!!!口がパサパサになるほどの緊張の経験を自分に与えられたことが本当に誇りです←
何はともあれ、6年間、
夢にも思わなかった対談。交わす内容は、万トレアカウント作りでも、商品写真講座でも、ハンドメイドでも、不登校児でも、生活ビジネス講座でもなくて、
自分的にはどーでもいい魅せていきたいわけではない、私が借金女王滞納女王
なところってのがまた。私らしくて、背伸びせず等身大で話せました。
対談でお話ししたことは、私みたいな借金女王、滞納女王にすごく希望の道筋を見せられる話ばかりだったのでまた別記事にするとして、
どうして私がそんなに借金苦なのかって話をします
高校3年生の後半くらいに、突然学校に行けなくなって何日か休むようになった。それが今思うと「引きこもり」の前兆だったと思います。
学校の先生からは私は真面目な優等生だったのに、よく学校をサボるようになったから裏で皆んなに「ダークホース」だって笑いに変えられたりしてたらしいです。ダークホースって競馬の言葉なのかな。知らない人は調べて下さい。
大学は普通に希望校に受かりましたが、四年生の頃から急にまた通えなくなって
単位が取れなくなりそうで友達に代弁出席してもらったり(いない私の代わりに出席で名前を呼ばれたら「はい」って言ってもらうこと)
その時の友達は、自分のノートをコピーして「藍実ちゃん、テストでここ出るって言ってたよ」と郵送してくれたり「配送料かえすよ!!」って言っても「要らないよ
元気になるまで学校で待ってるよ」って言ってくれ、単位を取るのを手伝いまくってくれました。
その頃私は、奨学金を借りまくって、一人暮らしの生活費も全て自分でバイトして稼いでいたのでバイトにだけは行く毎日。
でもバイトも後半は当日欠勤が多くなり、よく休んでいた。
卒業してカメラマンと編集の仕事を始めた時も会社まで行けなくなることが増えてきて、納期に間に合わないって他の従業員からクレームが入り、部長みたいな人から皆んなの前で叱られたり。(ほんで泣いてしまったり)
でもこの時、私が真面目で仕事を「納期」以外はちゃんと大切に頑張ってるのを見てくれてた先輩カメラマンさん達からは、信頼されて可愛がられたり、評価されたり、仕事を他にもらったりして支えてもらってました。(納期以外にもダメなとこはあったと思うけど
そして結婚して子供が産まれてからも、その仕事は続けて一年くらい赤ちゃんを連れて電車に乗って会社に週一で納品だけしに通っていました。
だけどそれが怖くて怖くて出来なくなり、電車にもバスにも乗れなくなり、旦那さんに片道一時間半の道のりを車で運転して週に一度連れてってもらったりしてました。3年くらいその生活を続けたかな。
そのあとは、次男を産んでから、公園に連れて行くことも身体が動かない
「もう外に出なきゃ出なきゃと思わずに、うちの中で育てよう!」って初めてここで、うちの中にいるっていう選択肢を自分に意識して与えられたように思う。まだ“引きこもり”だと言う言葉は、自分に当てはめてはいなかった。
そこから、おうちにいながらの赤ちゃんとの生活をSNSに投稿し始めて、色々文章に自分のありのままの気持ちを呟いていきました。
投稿がバズって、一晩で800人もの人からフォローが相次いだときは、「私、才能あったんだ!」って思った。
色々端折りますが、自分に引きこもりを許したのがそこからで、世間を見ると外で仕事を持つママ達が眩しかった。どうやったらそんな大人になれるんだ??と心から不思議、というか憧れた。
なんで私は出来ないんだろう???って。
自分ビジネスに出会い、引きこもりながら働けるって概念に出会った時は「これだ!!!!」と思ったんだ。お金が要ったのです、当たり前だけど。
お金が使えない間、(自分が働いてないっていう申し訳なさと、実際ほんとに旦那さんの給料だけで生活するの厳しかったのとで)いつもいつもいつも、働き方のことで悩んでいたのです。化粧水さえ買えなくて。
長男と歩く散歩道に生えているドクダミを摘んで、家にあるアルコールに浸して手作り化粧水を作れた時の喜びをまだ覚えてます。
だから、
自分ビジネスに出会ってからは、
世間から言われようと、
旦那さんから言われようと、
母から言われようと、
絶対に外に働きに出なかった!!!!
そして、自分ビジネスがお金を連れてきてくれていた安心感からか、今まで我慢していたものを買いまくるって暴挙に出た。身体からのツケがたんまり残っていたことにビックリした。
最初は母にお金を借りていましたが、最後、自分の葬式代として貯めていた100万円をあなたに貸すから全部借金やリボ払いをあなたの分だけは返しなさいって言われて、借りて全部返したのに、
気が付いたらまた、リボ払いで毎月ヒーヒー言っていて馬鹿すぎて目もあてられなかったのですが、
吉野経営塾の対談があって、こうやって自分の歴史を振り返る機会を今いただきましたが、
ちゃんと、ちゃんと、生きてきてくれたんだねって自分に涙が出ます。
母からは借金はもうしない。
したら馬鹿です。それは本当の大馬鹿者。
だけど今、自分を真ん中にした自分が作ってきた人脈の中で借金を返したり、「引きこもり主婦パートに出る」章を今私は紡いでいる自覚があって、そのお金で借金を全て返そう、全て、全て清算しよう、と決めています。
レールを外れたあとの生き方に
希望の道筋を指し示したい。背中を見せたい子供たちがいるから。大丈夫大丈夫!って言える経験と、綺麗事ではない経済力をつけたいのです、この道で
だから先に、
お金を借りて自分が生き延びる道を選んできた。
そんな自分を、今愛おしいと思えることがありがたい
長くなりましたヽ(´o`;
吉野経営塾長、対談してくださりありがとうございました
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絹 -Kinu-
2025-12-12 10:31:42
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