パソコン音楽クラブ『hikari』のMVを批判する

2025/11/28 追記を行いました。

2025年11月25日、パソコン音楽クラブの『hikari feat. Hakushi Hasegawa』のミュージック・ビデオがYouTubeにて公開されました。

平牧和彦の監督のもと、GoogleのAI「Gemini」を用いて作られた映像であるとのことです。

この曲は私も大好きで、2019年のリリースから6年越しのMV公開に期待を寄せていました。

しかし、私はこの映像があまり好きになれませんでした
(当初はもっと激しい嫌悪感だったのですが、何度も見るうちに好きなところや評価したい点も出てきて、ちょっと穏当な感想になりました)

YouTubeのコメント欄を見ると、称賛の声が多い一方、あまり高い評価を与えないコメントもあるようです。

生成AIそのものに反感を持つ向きが一部の人々にあることも関係しているのかもしれませんが(私自身もそうでないとは言い切れません)、このMVにはそれだけではない問題があると感じています。

それは、映像が楽曲のリズムを軽視している、ということです。

もともと好きな曲であるだけに、このMVに対する低評価の声が「生成AIそのものについての反感」だけに回収されてしまうとしたら嫌だなと思い、この記事を書いています。

このnote記事の執筆者は、映像に関しては素人ですが、音楽をやる者として、MVが音楽とリンクしているのか評価できるだけの耳は持ち合わせているという自負があります。

そのような者による感想/批判として、以下の文章はお読みください。

概観

この映像の具体的な問題点を(良いと思ったところも)いくつか挙げていきます。
なお、当該のMVをご覧になっていることを前提として、映像の内容自体についての記述は最低限に留めます。ご容赦ください。

0:00~

楽曲の開始とともに、画面上に同じ構図でたくさん映し出された2つのコップが跳び上がったり、倒れたり、水を噴き出したりします。

このコップたちのいろいろな動きは、本楽曲イントロの印象的なピアノのリフのリズムに合わせて、おおよそ左上から右に向かって起こっているように見えます。

しかし、実のところこの動きはリフのリズムにあまり合っていません

下の譜例は、本楽曲のイントロのリフを採譜したものですが、「↓」でマークした音符は映像のコップの動きに反映されていません。

画像

最後の音(レ)に関してはまだしも、他の2つの音のスキップは、私たちの試聴体験に明らかな違和感をもたらします。

また「↓」でマークしなかった音符についても、音と映像のタイミングの一致が微妙で、どの音とどのコップの動きがリンクしているのかが把握しにくくなっています。

(例えば、4小節目4拍目裏「ミファ」から5小節目3拍目「ソ」までの音には最上段のコップが対応していますが、それぞれの音の長さは全てが均等ではないのにもかかわらず、それぞれのコップの動きはほぼ均等な間隔で起こっているように見えます)

0:28~

歌の入りからドラム/パーカッション無しで曲が進行する中、キックの一発とともにコップが持ち上がり、ズームイン、コップの奥側から光が差し込んできます。

ここは曲名や、歌詞の情景とも呼応していて美しいなと思います。

0:53~

ここからは0:00~(およびここの直前までの間奏)とは逆に、画面が分割されず、2つのコップ(とテーブル)のみの動きで映像が進行します。

コップやテーブルは、動いては静止、動いては静止を繰り返します。静止は曲の1拍目と3拍目におおむね合っています。

しかし、1:08頃にコップどうしが「コツン」と当たる点は曲の拍点より明らかに早く、視聴者は音楽にはなかった映像独自のリズム点を感じざるを得ません。
(その直後、拍点に合わせてコップが静止するので、理屈は理解できるのですが)

また、その後の3回の静止は、本来あるべきタイミングよりも8分音符1個分ほど早くなっています。

これは調整不足なのではないでしょうか。

1:16~

サビ直前のスローモーション、それからサビに入った瞬間からのダイナミックな映像表現は、曲の盛り上がりとマッチしていて素晴らしいと感じました。

私がこのMVで一番好きな部分かもしれません。

分割されていなかったはずの画面がいつの間にか3分割され、次には6分割、その次にはまた3分割に戻り……という辺りは、私が良い意味で「AIらしい」と思うところです。

2:23~

サビに向かう、間奏の最後の部分です。

MVの最初から用いられてきた「動いては静止の繰り返し」によって、たくさんの、音楽になかった、映像独自のリズムが導入されています。
これは私にとって無視できない違和感を生じさせます。

ただ、歌の本当に直前のスネア8連打の部分は、ぎくしゃくした動きがむしろ癖になる感じがします。(これに関しては、何が違うのか、私にとっても謎です)

3:18~

それまで鳴っていたスネアが止むことで、ピアノのバッキングの
○○●○○●○●
というリズムが浮き出ます。
(○と●が16分音符のパルス、●が発音点、と考えてください)

2つのコップの動きは(おそらく)このバッキングのリズムに合って起こりますが、イントロ同様、必ずしも合っているとは限りません。
例えば3:22辺りとか。

考察と結論

私は先ほど、このMVの問題は楽曲のリズムが軽視されていることだと書きましたが、これは2つの問題に切り分けられると思います。

ひとつは、そもそも映像と音楽が合っていないこと
もうひとつは、映像が音楽のどこを拾っているのか明らかでないことです。

もちろんMVの全てがそうであるわけではなく、音楽に合っていて気持ちいいと感じるところも多々あるのですが、上記のような部分も多いことで、私は映像を試聴していて「冷めて」しまわざるを得ません。

パソコン音楽クラブは、このMVに寄せたコメントの中で、制作への生成AIの活用について以下のように述べています。

今後映像においても音楽制作においてもAIは基本的な手法となっていくと思いますが、AIはあくまで人間の用いる強力で便利な道具の一つであり、使い手にヴィジョンがあればあるほど、むしろ人の個性が強調されるのかもしれない。[太字筆者]

「パソコン音楽クラブ、Google AIと共に制作した“hikari (feat. 長谷川白紙)”MV公開」Spincoaster。https://spincoaster.com/news/pasocom-music-club-hikari-ft-hakushi-hasegawa

生成AIらしい「不気味さ」を生かしつつ(これは私の勝手な感想かもしれませんが)、非匿名的な、作家性のある、「人の個性」が浮き出た作品を作るという挑戦は面白いですし、ある部分では成功しているのだと思います。

監督を務めた平牧和彦は、このMVの制作で重視したことについて以下のように語ります。

AIがまだできてないことはなんだろうと考えてみると「音楽に合わせて映像が動く」という、シンプルかつ映像作家が昔からやってきたことが、まだそこまで得意ではないのかと思いました。そんな映像の気持ちよさを企画の念頭に置きつつ、画像から動画を作るGeminiの機能を使って、しりとりのように動画を繋げたら面白いのではと考え、最終的にこのような形のMVになりました。[太字筆者]

同前。

では実際に、平牧の言う「音楽に合わせて映像が動く」という「気持ちよさ」が、このMVで実現されているのかというと、非常に微妙であると、私はどうしても言いたくなります。

映像が、2つのコップのみに主題が絞られた、「切り詰められた」構成であるだけに、余計にそう思わされます。

MV本編(再掲):

Google Japanから公開されている舞台裏映像:

2025/11/28追記:平牧和彦氏による制作ノートが公開されました。
私からもシェアします。


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コメント

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AIへの嫌悪感が先行した認知バイアスによる批判としか思えない 人間が作ったMVで音楽のリズム拾えてないものなんか無数にある

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パソコン音楽クラブ『hikari』のMVを批判する|うごくぼーる / UgokuBall
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