バブル期に「許永中に唯一対抗できた男」がやったことがヤバすぎて…山口組五代目と山段芳春の会談の真相《同和のドン 人権と暴力の戦後史》

同和のドン

永田町(政界)、霞が関(官界)、経済界、任侠界を縦横無尽に飛び回る部落解放運動家──通称「同和のドン」と呼ばれるフィクサーがいる。1945年生まれ。現在も存命の上田藤兵衞(うえだ・とうべえ)氏(「自由同和会」創立メンバー)だ。写真は2022年6月、亡くなる1ヵ月前の安倍総理とともに写る上田氏だ。
自民党政経文化懇談会(2022年6月)で、安倍晋三元首相とともに
骨太ノンフィクション『同和のドン 上田藤兵衞 「人権」と「暴力」の戦後史』は、ジャーナリスト伊藤博敏氏が、上田氏の激しく蠱惑的なパーソナルヒストリーに迫る。いよいよ2月10日に発売された本書には、自民党の歴代総理大臣経験者や経済人、広域暴力団の親分衆の実名がこれでもかと躍る。マスメディアでは報じられないアンダーグラウンドな戦後日本史のエッセンスを紹介しよう(以下、文中敬称略)。

『同和のドン 上田藤兵衞 「人権」と「暴力」の戦後史』連載第4回後篇

同和事業によって築かれた基盤

自民党中枢にもヤクザにも太いパイプをもつ許永中は、政財界と闇社会に「旋風」を巻き起こす。関西で許永中に対抗できる人間は、もはや上田藤兵衞しかいなかった。

〈伊藤寿永光の許を評する造語に「空想のディズニーランドをつくる天才」というのがある。華やかなプロジェクトを次々に立ち上げ、多くの企業、人物を巻き込み、金融機関からカネを引き出し、旋風を巻き起こすが、地道な事業実態を伴わない「空想の産物」で、プロジェクトはやがて雲散霧消。カネは溶かされ、企業も人も散り散りになる。伊藤はそれを「許永中旋風」と呼んだ。

許が、最初に基盤を築くのは同和事業によってだった。

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1947年生まれの許は、大学中退後、無頼の生活を経て、東京のフィクサー大谷貴義のもとで秘書を務めて、政治家と経済界と暴力団とのトライアングルを知る。20代半ばでそれを切り上げ、大阪に戻った許は、大淀建設という土建会社を支配した。

そのうえで同和とは縁もゆかりもないものの、「在日」として「差別を受けたもの同士」という理屈で、部落解放同盟西成支部の「支部長付」という肩書を得て、同対法施行後の’70年、大阪に設立された同和建設協会(同建協)の会員となる。やがて大淀地区の同和事業を独占するようになり、予算面で2〜3割高の工事を丸投げして利益を得て、電気・ガス・上下水道といった分野にも進出した。

だが、「同和系土建屋の親父」に満足する男ではなかった。彼が京都で巻き起こした旋風により、「陰の支配者」といわれた山段芳春(さんだん・よしはる)京都自治経済協議会理事長、内田和隆・KBS京都社長、白石浩子・京都新聞社会長、福本邦雄・KBS京都社長、(略)太田清蔵【※東邦生命社長】などが巻き込まれていく。

そんな彼らがこぞって頼った相手こそ、上田藤兵衞だった。

この頃、許は無敵の力を誇った。「同和」と「在日」というマイノリティに基盤を持ち、暴力団社会には西にも東にも兄弟分がいる。大阪ではフィクサー・野村周史、東京では「政界動物園の切符切り」という存在の福本邦雄を通じて、竹下登、渡辺美智雄といった大物政治家にもパイプがある。

京都でこの許に対抗できる唯一の存在が、「政」「官」「財」「暴」に人脈を持つ上田だった。〉(『同和のドン』205〜206ページ)

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