マリオカートDS(MKDS)を振り返る ~2008年3月(黒歴史時代)
こんにちは、ばななのしっぽ/PKRSです。
マリオカートDSが今年で発売20周年らしいので覚えてる範囲で語ります。
(見出し画像のバトルがおかしな事になっているのはWifiの戦績を5桁表示する改造コードによるものです)
そもそもマリオカートDS(MKDS)って?
マリオカートDS(MKDS)は2005年11月14日(日本では12月14日)に発売されたニンテンドーDS用のマリオカートです。
Mario Kartの頭文字であるMKにゲーム機のDSをくっつけて"MKDS"と呼ばれています(マリカDSとも呼びますが、以降はMKDSで統一します)
このゲームを語る上で欠かせないテクニックが二つあります。
ひとつは直線ドリフト。直線やカーブなど、レース中ずっとドリフト&ミニターボを出し続けることができます。
もうひとつはPRB、悪路無視とも。最長のロケットスタートを決めたあとにその加速が途切れないようにミニターボを出し続けるハードな技です。
特に後者は任天堂が予期していなかったであろうバグ的なテクニックです。
奇しくもこのテクニックがMKDS界を盛り上げる事になったのです。
著者はどんな活躍をしたの?
私は当時、別のHNを使用していました。
2007年までのHNは伏せますが、色んな意味で有名になってしまいました。
(上記の内容に関しては後述します)
2008年の中頃からは"way"と名乗り始め、途中で"miti"に変更しました。
今でもMKDS仲間からは"道さん"と呼ばれるのは、このHNで活動していたからです。
思い出せる範囲でどのような功績を残したのか簡潔に書いておきます。
・100ccTAの最適化および新走法の開拓(DSのWifi対戦は100cc限定でした)
・150ccTAで世界記録を4回更新(チョコ島2、マリオサーキットのFlap等)
・当時のWifiで世界トップ5に入るほどの速さと強さを獲得
・当時世界一だったTB1氏のノーアイテムの20レースで引き分ける
他にもあった気がしますが思い出せる範囲だとこんな感じです。
今では当たり前となった国際交流ですが、この頃から英語もまともに話せないのにTB1氏やAbel M氏など欧州を始めとするいろんな方々と交流してました。
~2007年は何をしてた?
そんな功績を書いておいてアレですがこの頃はというと…
改造機器(以下PAR)を手に入れてしまい、上級者に憧れるクソガキだった私はWifiで上級者を装ったり、こっそりとアイテムチートやドリフトチートなどを使っていたのです。
本当に恥ずるべき行為ですし、この頃から真面目にMKDSと向き合って
いれば、もっとはやく上達していただろうと考えると勿体ないです。
当然上級者の一部にはバレていたのですが、プラネタウンというサイトでは熱心に交流していた上怪しまない方も少なくなかったようです。
当時私と走ってくださった方々、本当に申し訳ございませんでした。
そんな私にも転機が訪れます。2007年末にPARが壊れてしまったのです。
2008年の年始からは中級程度の走力で普通に走っていたのですが、当時の私は言動があまりにも稚拙だったりそれまでの悪行が積み重なっておりその走りは全く信じてもらえず。
憧れであった☆スレ(当時2chにあった上級者向けチーム、後の統合スレ)にも入ろうとしますが、とあるコテハンを始めいろんな方に素性がバレて脱退を余儀なくされてしまいます。
そして意を決した私はHNを"way"とし、データもリセット。
同時期にTAやWifi対戦の動画も投稿しはじめて、改造していないという証明をしながら再び☆スレに参加することとなりました。
この時はまさか自分が数年後に世界を取るなど思いもしませんでした。
2007年当時の写真ってないの?
当時はよいカメラを持っていなかったため、ピンぼけしまくったこの写真くらいしかありません。動画もたったの15秒しかとれなかったです。
2007年はまだマリカWiiの発売前とあって古参の方も多く繋いでいました。
ちょうど自分が真面目に走り始めた頃にマリカWiiが発売したため、一部の猛者以外とは走る事がありませんでした。うーん惜しい事をしたなぁ。
いきなり衝撃的な記事となりましたが、次は2008年編です。
数々の猛者を相手にまったく手が出なかった私はひたすら100ccTAをやり込んで、とんでもない勢いで実力を伸ばしていくことになります。
当時お世話になったプレイヤーも主観で紹介する予定なのでお楽しみに!


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