謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
起きて真っ先にすることは、顔を洗うことだ。
モンスターである彼は、人類のように肌から老廃物を排出しない。故に体を洗う必要があるのは、外的な汚れがついた時だけであり、毎朝洗う必要など無いのだが。習慣とは日頃から行っていないと、どこでぼろが出るか分からない。そのため、欠かさず実行していた。
ただ、人間の習慣というのも案外馬鹿にできない。起きてすぐ顔を洗うようにしてから、目覚めが爽やかになった。
リドが朝の時間を堪能していると、ぽつぽつと仲間も起きてくる。
モンスターは活動時間がまちまちな上、この
「オハヨ! 相変わらずリドは早いねえ」
「ああ。今日は『天上の日』だからなおさらな」
「わお! もうそうなんだ」
仲間の一人が感嘆の声を上げる。リドはそれに対し、にっと笑いながら親指を立てた。
さて。いつもならある程度の人数が起きてくるまで待っているのだが、『天上の日』ばかりはそうもいかない。時間は有限であり、自由になる時間は少しでも多い方がいい。
着慣れない服を着て、中身がパンパンにつまった背嚢を背負う。最後に、剣を腰に下げれば完成だ。
「じゃ、行ってくらあ!」
「待テ」
とっとと出かけようとしたところで、
「ヤハリ、コンナコトハ必要ナイ。我々ハ人間ト関ワルベキデハナイノダ」
「相変わらずお堅い事言うねえ」
このやりとりは何度も……というか『天上の日』が来る度に繰り返してきた事だ。いい加減諦めればいいのに、とグロス以外の皆が思っている。
つまり、毎回となれば、皆もあしらい方を分かっているわけで。即座に仲間が横から口を挟んだ。
「聞いた? グロスは『お土産』いらないってさー」
「ナッ! ソコマデハ言ッテイナイ!」
「はいはい、分かってるって。いつものでいいか?」
「……、ソレト、小物ヲ何品カ頼ム」
「あいよ!」
なんだかんだ彼も楽しみにしているのだから、諦めればいいのに。そう思ってしまうのは野暮なのだろうか。
リドは誰にも見つからないよう気をつけながら
途中、冒険者パーティーに見つかることもあるが……。
「リッ、
「なんでこんな低層に!」
「誰か、助けを呼んできてくれ!」
こんな風に騒がれるが、リドは慌てたりなどしなかった。
この程度、いつものことである。どうと言うこともなく、ましてや慣れてすらいる。特に騒ぐこともなく、手を挙げながら答えた。
「待て待て、そんな殺気立つなって」
「なっ……モンスターが喋った!?」
パーティーのリーダー格であろう男が、驚嘆の声を上げる。手に持った剣を力強く握りながら、少しずつ前に出てきていた。さりげなく自分が囮になろうという動作だ。
人間にはいい奴も悪い奴もいる。だが、本当の意味でろくでなしはあまりいない。元々人間に友好的だったリドが、人間と接触するうちに気付いたことだ。
彼らはモンスターを強く敵視している。が、それは仲間を守ろうという意思の裏返しだ。つまり、自分たちと同じ。
こういう奴ばかりだから、やっぱり人間は嫌いになれないのだ。そんなことをリドは思う。
「ほれ」
と、リドは両手を挙げて敵意がない仕草を続けたまま、
あまりの変容に、人間達がぎょっとしていた。警戒心が完全に解けたわけではないが、とりあえず戦闘態勢は解いてくれる。
「の、能力者かよ」
「へぇー、私初めて見た」
「なんだよクソッ、紛らわしいな! ビビっちまったじゃねーか!」
「そんなカッカするなって。仕方ないだろ、獣型の時が一番強えんだからさ」
「そういえば、赤い
「よく見りゃ、恰好も完全に冒険者だよな」
「お前、能力者なら強いんだろ!? じゃあ地上に戻るときくらいは人の姿しといてくれよ! 心臓に悪いわ! こっちは死ぬ事も覚悟してたんだぞ!」
「ははは、すまんすまん」
と笑いながら、レベル以上のモンスターと接触したとは思えないほどの和やかさで別れる。
実はこれ、リドはわざとやっていた。
目的は
ともあれ、特に問題も無く地上を目指せるというのはありがたい。
その後も何度か驚かれはしたが、そのたびに似たようなやりとりを繰り返す。7階層以上になると人との遭遇率も跳ね上がり、同時に
(こうして
遡ること、およそ一年前――
彼がどうやって隠れ里を見つけ、そして入ってきたかは今でも分かっていない。偽装の壁を壊すこともなく、それどころか通路には何人も仲間が居たのに、隠れ里の中程に陣取っていた。
老人は何をするわけでもなかった。ただひっそりと、広げたシートの上に何点かの品物を置いて座っている。これにはさすがに、リドも動揺したものだ。
『アンタ、どっから入ってきた!?』
『ひっひっひっ、お客さんかい?』
彼はこちらの言葉を巧みにはぐらかしながら、あくまで自分のペースで話を進める。そして、どういう会話の手順だったかはもう覚えていないが、いかにも毒々しい果実を渡された。
彼は、それを食ってみろという。どう控えめに見ても毒が入っているとしか思えないそれを。
常識の上で言うなら、突っ返すべきだったのだろう。しかし、リドは信じたかった。老人を、ではない。人間を信じたかった。だから、迷わずその果実を口に含んだ。
『……まずいよ、じいさん』
そんなつぶやきは、誰に届くこともなく。
いつの間にか老人は荷物ごと消えており、リドの元に残ったのは、歯形が付いた果実だけ。
リドは、もしかしたら夢を見ていたのかも知れないと思った。この果実が、自分を食べさせる為に見せた幻覚。人間が誰にも知られずこんな場所まで来るよりは、よっぽど現実的な回答ではあったのだ。
ただ、そんな考えが否定されたのはすぐのことで、同時に果実は、
なんと、リドが人間へ変身できるようになったのだ。
これには誰もが驚いたし、一時期は危険視すらされたものである。最終的に、フェルズが仲介して事なきを得た。
フェルズの説明は、それなりに長かった。リドの食べた果実は『悪魔の実』と言って、どこかの享楽的な神が眷族と共に作ったものだと推測されている。食べた者は能力者となり、特殊な力を得る。配っているのは一人で、恐らく特殊な魔道具で行き来しているのだろう、とのこと。さすがにダンジョンの中にまで出没するとは思わなかったらしく、そこまでするのか、と呆れていたが。
ともあれ、地上でもそれなりに食べている人間がいるらしく、利はあっても害はないらしい。
能力の説明はいちいちするのが面倒くさいから、これを見てくれ、とONE PIECEなる本を渡された(ついでに、むちゃくちゃ熱心に、読んだら語り合おうと言われた)。その後、現実的なあらゆる問題をそっちのけにして、皆でONE PIECEにドハマリしたのだが、これは完全な余談だ。
意図はどうであれ(何も考えていないというのが最有力だが)、老人には感謝している。一時的にであっても、人として社会に交ざることができるようになったのだから。
「っと。そろそろ獣型にならないとな」
ダンジョンの中ならリザードマンの姿でもごまかしようがあるが、さすがに地上はまずい。へたをしなくとも冒険者から袋叩きになる。そうでなくとも、
「一度試してみても……とは思うが、さすがのオレっちもそこまで酔狂じゃねえからな」
貴重な地上へ出られる『天上の日』、やりたい事もやるべき事も山ほどある。
バベルを出る。と、およそ一ヶ月ぶりとなる太陽の光が目にしみた。ダンジョンの中ならいくらでも疑似太陽光を浴びる機会はあるが、やはり本物は違うな、と一人満足げに頷く。
彼がまず行うべきは、資金調達である。このために、馬鹿みたいに大きな背嚢を持って、ダンジョン内をえっちらおっちら歩いているのだ。
向かったのは、バベルから程近くにある通りの一つ。通称『買い取り通り』。ここでは日用品からドロップアイテムまで、値の付くものは大抵買い取ってくれる。
さすがに、生産系ファミリアの専用窓口へ行くよりは、大分安くなってしまうだろう。しかし、多種多様な、しかもさして希少ではないドロップアイテムを一カ所で処理できるという意味で、ここは重宝されていた。とりわけ中小ファミリアは、ここで依頼品でも貴重でもないドロップアイテムを処理している横着者が散見される。
実際、冒険者のほぼ全員がここを利用したことがあるのではないだろうか。なにせ、後ろ暗くさえなければ何でも処理できるのだ。
(オレっちみてえな時間の無い奴にはありがてえ事よ)
彼と、彼の仲間が集めたドロップアイテムは多岐にわたり、同時に規則性がない。必要としているファミリアへ一軒一軒回って交渉するならば、とても一日では終わらないだろう。
これが大ファミリアであれば、査定の人間を呼びつけるなどという事もしているらしい。羨ましいと思う反面、そうじゃないファミリアが多くあるからこそ、自分のような存在が金策をできるのだと思うと文句も出せなかった。
ここから程離れた裏通りには、盗品などが流通している隠れた露天がいくつもあるらしい。だが幸いに、リドがそういった場所のお世話になる事態になっていなかった。
さらに危険な場所では、犯罪組織が運営している店があるのだとか。恐ろしい話だ。
「よっ、ばあちゃん。また来たぜ」
幾度もこうして足を運んでいると、なじみの店くらい、いくつかできる。リドはそのうちの一つ、元冒険者だという、かなり年のいった老女の元へ向かった。
買い取り通りの中では結構高額をつけてくれる、ドロップアイテム専門店だ。彼女はここで一定量のドロップアイテムが集まると、細かくいろんな場所を回って利ざやを稼ぐ中間買い取り業者である。元冒険者だけあって目利きは確かで、こちらがそれなりに誠意を持って接すれば足下を見られたりもしない。
「またあんたかい。そんな大荷物持って」
キセルから紫煙をくゆらせながら、仏頂面で吐き捨てる。
「もうちょい愛想よくすれば、客だって増えるだろうに」
「ふん、阿呆が増えたって、仕事が面倒になるだけさね。あんたみたいに物わかりがいい奴ばかりじゃないからねえ」
態度が悪いのも、変な客を寄せないためと言って憚らないが、単に面倒なだけだろうとリドは思っていた。
彼女がキセルを逆さにして、灰皿を軽く叩く。壺形のそこには、灰がこんもりと山になっていた。以前なぜそんなに稼ぐのかと聞いたら、好きなだけ煙草を吸う為だと言っていた事を思い出す。それを証明するように、彼女はいつも煙草を吸っていた。
まだ早い時間にもかかわらず、かなり早いペースで吸っているらしい。既に壺の底が見えなくなっている。
「もうちょっと自分の体をいたわりなよ」
苦笑しながら言うと、予想通りに老女は鼻をならしてきた。
「あんたは馬鹿だねえ。本当に馬鹿だ。人間は楽しみの為に生きてるんだよ。生きるために楽しくないんじゃ、本末転倒ってものじゃないか」
「ばあさんほど割り切って生きてる奴はなかなかいないって」
こちらの苦言も、やはりどうでも良さそうに様子で流す。そして、軽く手を招いた。荷物を見せろという事だ。
「相変わらず山のようにため込んで持ってくるじゃないか。あたしゃ儲かるから構やしないけどさ、若い時はもうちょっと真面目に生きるもんだよ」
「面目ないけど、こっちにも事情があってね」
文句をつけているように見えるが、しかし老女は手もみしている。
リドが来ると、一日中座って売り込みを待つ必要がなくなるからだ。朝の数時間だけでその日の仕事を終えられるというのは、確かに割がいいのだろう。
慣れた手つきで、手早くドロップアイテムが振り分けられる。全部見終えたところで、ばあさんは一口煙草を吸った後、ずいっと金の入った袋を差し出してくる。
「こっち側は買い取ってやるよ。というか、予算の都合上、これ以上は買えないだけなんだけどね」
「いつもより多いじゃないか」
「そろそろあんたが来る頃だと思ってね。手持ちを多めにしといたんだよ。で、売るのかい?」
「おうとも」
無造作に置かれている革袋を取る。と、老女から呆れたようなため息が漏れた。
「あんたねえ……。ガキの使いでもあるまいに、交渉するそぶりくらい見せたらどうなんだい。それに、中身を確かめず金を受け取るなんて、下の下を通り越してド素人だよ」
「ばあさんを信用してるからな。こんなとこでカモらないだろ?」
「そこが三流未満だってんだい馬鹿ったれ」
ぺし、とキセルで頭を叩かれる。
このばあさん、口も態度も悪いが、しかし根っからの善人なのだ。だから、こんなことをいちいち忠告してくれる。
あくまで気に入らないという態度は崩さず、虫でも払うかのように手を振った。
「あんたみたいなのは、一度痛い目を見なけりゃわからないようだね。とっとと行っちまいな。大損こいたら、交渉の基礎くらいは教えてやらんでもないよ」
「そいつはありがたくて涙が出そうだ」
言葉は混じりっけの無い本音だったのだが、どうやら皮肉に捉えられてしまったようだ。老女はつまらなさそうにした後、撤収作業を始める。
他にも数店舗を渡って、なんとかドロップアイテムを全部捌いた。手の上にずっしりとのしかかる重量は、収入が想定より上回っていた事を示している。その事実に満足した。
別に収入が多ければ多いほどいい、などとは思っていない。ただ、余裕がある分はリドが自由に使えるため、「お楽しみ」に使えるわけだ。
この行為ばかりは仲間にも言えなかった。だって、言ったら絶対喧嘩になるし。下手をすれば身内で殴り合いだ。
だからといって、必要の無い事でもなく。つまり、そう。これは仕方がない事なのだ。
「ふんふーん♪」
スキップしながら買い取り通りを出て行く。中央広場を経由して別の通りへ入った。
そちらは買い取り通りに比べて、ずいぶんと明るい場所だった。光量が多いのは当然で、それを上手く道に行き渡らせている。
道幅は大差ないにもかかわらず、なんというか、全体的に華やかだった。清潔感があり、通る人の身なりもしっかりしていた。
あちらが冒険者の為の道ならば、こちらは一般人の為の道。そんな印象である。
こざっぱりとした通りには、いくつもの店が並んでいた。雑貨店やら喫茶店やら、およそ暴力とは無縁なものばかり。当然武器商店や、ましてや胡乱な魔道具店などはない。
それこそ現地人でも目移りしてしまいそうな光景に、しかしリドはまっすぐと進む。向かったのは喫茶店、いわゆるワンピースカフェというやつの一つだ。
「いやー、残っててよかったぜ」
ONE PIECEという作品がオラリオに広がって以降、こういった店は爆発的に増えた。逆に言えば、作られては潰れてというのを繰り返しているという意味でもある。
店内は前に来たときと少し変わっていた。新しく出てきたキャラクターの小物が増え、漫画の新しい場面を想像できる装いになっている。新刊が出る度に小規模な改装をしているのだから、さぞコストがかかっているだろう。
しかし、このワンピースカフェ乱立時代、そういった細やかな気遣いがなければ生き残れない。独自の売りを欠いた店から潰れていく。
(おっと、ぼんやりしてられないな)
紙とペンを取り出し、まずは小物をチェック。どういったものが増えたかを漏らさず記載するのだ。
こんなことをしているとスパイに思われそうなものだが、実のところ注意を受けた事はない。だいたい長く営業している店は特色の出し方を分かっており、表面だけ真似たところで小揺るぎもしないという自負があるのだろう。むしろ、コンセプトかぶりの店から客を奪う機会くらいにしか思っていない。
後は、リドは普通に店員から顔を覚えられていた。毎回大人買いするからである。
実はこの店、隣の雑貨店も同ファミリアの経営であり、店内に飾ってある小物はそちらで売っているのだ。リドは毎回チェックした小物を買っているので、お得意さん扱いされている。これらの小物は仲間と共有され、
注釈しておくが、行動はあくまで『地上の偵察』が目的であり、欲にまみれた下心などではないのだ。そう
やむを得ぬ公務である。ここで得たワンピ情報を持ち帰って、仲間と共有し、再びワンピトークを行う。こうして地上のことを知るのだ。ただ一人だけ地上でお茶を楽しみ、新鮮なワンピトークをしてしまうのも仕方ない。だって人間に擬態できるのは自分だけだし。
これは決して……そう、決して! 私情など介在していない。あくまで皆のため、ひいては、いつか地上で暮らすための下準備。その過程で少しばかり役得があったとして、誰がリドを責められよう。
(……すまんな!)
仲間に悪いとは思いつつも、止める気はない。だって人間とのワンピ語り、むちゃくちゃ楽しいし。
目と筆を高速で動かした後は、待ちに待った時間である。店内をふらふらと歩き回りながら、とりあえず知った顔がないか探した。
カフェは、店側が指定したのではない、客層独自の棲み分けがある(たまに店側が指定している所もあるが)。店舗によって、主に語られる内容が違うのだ。そこら辺の区分はリドに難しかったが。とにかく肌に合った店を探す内に、ここに行き着いた。
考察系の店って難しいので行かない。後から聞く分にはなるほどと思えるが、途中で聞くと頭が混乱してしまうのだ。
店内には至る所にテーブルがあり、そこで思い思いに話している。こういった店では、他人の同席は当然に行われるのだ。そして、共通の話題で盛り上がる。当然、座る前に一言断りを入れる必要はあるが。
それなりに混雑している中、一つのテーブルを占拠して重苦しい雰囲気を垂れ流し、ともすれば威圧しているようにすら見える男を見つけた。
「よっ、ヘグっち。同席させて貰うぜ」
「……! おお、我が友リドではないか!」
喜びと、そしてこの店でぽつんとしていた悲しさから強い安堵を見せたのは、語り友であるヘグニ。
彼はあのフレイヤ・ファミリアに属するLv.6。それも幹部であり、
らしい、となってしまうのは、ヘグニから威厳とかそういったものを全く感じないからだ。一見とっつきにくい見た目と性格としゃべり方。大ファミリアの幹部というおまけまでついて、ぼっちが板に付いていた男である。中身は、極度の人見知りと根暗が相乗効果を起こしているだけなのだが。
初対面の人間に対しまともな言葉が出てこないような奴が、なぜ初対面の人間とガンガン話す為の店にいるか。それは、ファミリア内で話が合う者がいないからなのだという。
フレイヤ・ファミリアでは考察派と予想派が大部分を占めており、その他も「解釈違い」だとかで、とにかくすれ違いが起きると嘆いていた。
そして勇気を出して初めて店に来たとき、こちらも同じく初めて店に来たリドと話が合った。リドの物怖じしない性格と陽の気が、ヘグニの陰気を超えたために成立したと言える。それ以来、彼らは顔を合わせてはワンピトークに花を咲かせる友人同士だった。
「もうすぐ海軍と白ひげ海賊団の決戦が始まるな。ほんと楽しみで仕方ねえよ」
「うむ! 四皇初の全力戦闘、今から待ちきれぬ!」
会話に、周囲にいる者のうち何割かが二人を……というか、ヘグニを見る。
実はこれも、割といつもの様子だ。かなりとっつきにくいタイプ(実態はともかく、周囲からはそう思われていた)である彼が、和気藹々と話しているのは、相当に珍しいらしい。
話題は新しい部分からどんどん遡っていき、やがてストーリー全般に及ぶ。そこからさらに能力へと変化していき、その途中、ヘグニが悔しそうに歯噛みした……。
「くぅ……っ! 本当ならば、我が能力を知らしめてやりたいのだが、それはできん! フレイヤ・ファミリアの方針で、可能な限り能力は秘匿する事が決定したのだ! なんとも口惜しい……!」
「分かるぜ、その気持ち!」
それこそリドは、首が取れるのではないかと言うくらいに同意した。
めっちゃ自慢したい! 本当はトカゲ能力なんかじゃなくて、ヒトヒトの実なんだ! 作中まだ四つしかない
それを言うとモンスターだとばれてしまうため、フェルズからも口を酸っぱくして秘密にしろと言われている。でもしょうがないではないか。これ以上に自慢できる事なんてまずないのだ。
今回も、俺っちはヒトヒトの実の能力者だぜと言いたいのをなんとか堪える。ああ、でもやっぱり自慢したい。どうにかしてドヤ顔かます手段はないだろうか。そんなことをいつも考えていた。
だって、いくら自分がモンスターで、ヒトヒトの実のおかげで問題なく人間社会に潜り込めると言ってもだ。ワンピース好きなら、俺は原作主役級能力なんだぞ、という自慢をしたくない訳がない。
こういった事を考えているのは、リドだけではない。大抵のファミリアでは、どんな能力を持っているか秘匿されている。ステイタスと同じ扱いな訳だ。ただ、能力とステイタスでは、取れるマウントの次元が違うわけで。大抵の人間がなんとか穏当に能力を公表できないかと考えているし、中には欲に負けて大々的にばらした奴もいる。当然、そういう奴はしこたま怒られるのだ。現在のオラリオで知られている能力は、まだ能力の秘匿という概念がなかった初期勢が大半であった。
周囲の目が刺さるのも気にせず、いい年した男二人が悶絶していると、となりの席が急に埋まった。円形の卓で、特に挨拶も無く。ということは……。
「やっほー、ヘグニ、リド」
気のいい感じの挨拶をしてくる、ロキ・ファミリアのティオナ・ヒリュテ。
やたらに気さくでどこか幼さを覚えるキャラクターは、Lv.5という実力と反して庇護欲を覚えさせる。モンスターであるリドから見ても、愛されるだろうな、という人物だ。
そして、二人の友人でもある。
「よっ。今日はロキ・ファミリアもお休みかい?」
「蛮姫の太陽か。此度も我らと語らおう」
「そだよー。外から二人がいるの見えたから、思わず来ちゃった」
彼女もヘグニと同じ、ワンピトーク仲間である。ちなみにヘグニとティオナを繋いだのはリドだったりした。最初は仲の悪いファミリア同士という事もあって、微妙な関係だったりしたが。まあそこは所詮ONE PIECE好き同士、一度話が弾めば、後はトントン拍子である。
「せっかくだし、今日はオレっちがおごるぜ。何でも頼んでくれ」
「む、いいのか?」
「構わねえよ。……実はな、今回ドロップアイテムが大分いい値で売れてね。懐があったけえのよ」
「ホント? 助かるー! 私今月厳しくってさあ。
いくらかすまなそうにしているヘグニと、手放しに喜ぶティオナ。
……無論、この行動には裏がある。偶然とは言え、オラリオ二大ファミリアの主力級二人と友好を深められたのだ。これを手放す理由はなく、可能な限り近い距離でいたいと思うのは当然の心理だろう。
だから、リドの行動は決して「友達にいい顔したい」だとか「楽しくワンピトークしたい」だとかいうものではない。あくまでこれは、
なお今のところ、このコネクションが役に立ったことはない。同時に、将来役に立つとも思っていなかった。でもいいのだ。だって友達だし。
その後、話は弾みに弾み、昼時を越えてしまっていた。仕方ないので軽食メニューの大皿を複数点頼み、皆でシェアする。食べ終えた頃には、すでにアフタヌーンティーも近い時間になっていた。
さすがに長く居座りすぎたという事で、お開きになる。正直、まだ全員が語り足りなかったので名残惜しいが、リドに限らずそれぞれ用事があるのだ。こればかりは仕方ない。あと座り続けたせいで尻が痛かったし。
「じゃーねー」
「また語り合おうではないか」
「おーう。また今度なー」
カフェを後にしても、リドの今日は終わらない。隣の店で一通りワンピグッズを集めた後に向かうのは本屋だ。
ここからが本番であり、リドが地上に出ている理由と言っても過言ではない。つまり、ONE PIECEの新刊集め。
毎月月末に『天上の日』を定めているのはこれこそが理由である。可能な限り発売タイミングに合わせているのだ。そう、つまりONE PIECEという本の最新話を読めるからこそ、『天上の日』と名付けられた。
「おっ、今月は新刊が二冊も出てるぜ。でも、三冊ずつしかおいてないな……」
新刊のノルマは十冊だ。これはそう決めているのではなく、仲間内で奪い合いにならない冊数から、自然とそうなった。
基本的に、ONE PIECEは販売元が無限に供給するらしい。ここら辺の事情は詳しく知らないし、多分誰も分かっていない。なんでも欲しい本を連絡しておけば、次の日には箱詰めしておいてあるのだとか。
だから、基本的に奪い合いは発生しない。あくまで基本的には。
ファミリアの人数分買いそろえるだとか、保存用も求めるだとか、理解しがたいが初版を集めてるだとか。そういった事情があって、発売日直後はとにかく品薄である。かつては本屋を十店舗以上はしごした上で涙する者もいるくらいだ。それこそ裏では、即読みたい勢に対し転売屋が相場の100倍で売っている、などという事も起きる。まあそういった奴は、大抵がボコボコにされて身をひいているのだが。
発売から何日か経っているとはいえ、十冊も集めるのは結構大変だ。運が悪いと、日が暮れても街を走り続ける羽目になる。
今回は運良く、四店舗目で十冊を揃えられた。小物と本でずっしりした重さを感じながら、しかしリドの任務はもう少しだけ残っている。
「よし、もう一踏ん張りいきますか」
その場で読みたい気持ちを抑えるために、わざと口に出す。いくら役割が多い分の役得があると言っても、さすがに一人で先に読むのは不義理だと思っていた。
買った本を、纏めて布にくるむ。背嚢の中には荷物が大量に入っているため、こうしないと、読むのに支障が出るレベルで折り曲がってしまうのだ。一度それで悲しい思いをしたことがある。
今までダンジョンの遺留品ばかりを使っていた彼らが、初めて『ものを大切にする』という文化を得た瞬間だった。
『天上の日』最後の仕上げ。といっても、本屋巡りの間に注文は済ませておいたので、後は受け取るだけだ。
「ちゃーっす。ミアっち、来たぜー」
豊穣の女主人のドアを開いて、元気よく挨拶する。時間か、それとも日付の問題か、この日はまだ人の入りがまばらだ。そのため、こちらを振り向いた者は少ない。
「よく来たね。準備はできてるよ」
店主のミア・グランドはひらひらと手を振りながら、カウンターの後ろ側におかれていた大量の料理を取り出す。全て使い捨ての容器に入っており、まだできたてだという事が分かった。
「これこれ! へへへ、ミアっちのメシがないと一月が終わった気がしないんだよな」
表へ出られるようになった当初、リドはいろんな店のテイクアウトを持ち帰っていた。その中でも仲間からの評価が高かった店をピックアップしていき、最近では豊穣の女主人ばかりである。
この店、なかなかいいお値段がするものの、一品の量が多い冒険者向けな店である事もあって、実は料金表記ほど高価な店という訳ではない。高いと言っても、あくまで一般人レベルでの高級店なのだ。これならリドでもギリギリ手が届く。
贅沢な金の使い方ではあるが、しかしここで使い切った方がいいという事情もあった。
なにせリドはモンスター。金をダンジョンに持ち帰ったところで使う当てはない。むしろ使い切ってしまった方が安全まであった。
まあいざという時のために多少の蓄えはあるが、そんなものは本当に少額でいいのだ。そのそも料理というものが、彼らにとってはあくまで嗜好品。ならば高くともおいしいものを食べよう、という事で意見が纏まっている。
飛び込みで大量注文を受けてくれる店というのも少ない。そういった意味でも、豊穣の女主人は重宝している。
いそいそと仕舞うリドを見て、ミアは小さく嘆息した。
「あんた、たまには店で食べて行きなよ」
「悪いね、飯は皆で食うって決めてるんだ」
「なら予約すればいいじゃないか。うちは予約だと席料を取るなんて、せこい真似はしてないよ」
「諸事情あって外に出られない奴もいるんだ。一人で食えってのはかわいそうだろ?」
「ま、よそのファミリア事情に口出すつもりはないし、うちは儲かってるからいいけどね」
そう言って、彼女は肩をすくめた。
「ただね、こっちにも料理人のプライドってもんがあるのさ。温かいうちに食べて欲しいんだよ」
「そこら辺は心配ご無用」
リドは自信を持って胸を張りながら、背嚢を軽く叩いた。
「こいつは特別製でね、保温をしてくれる上に、食べ物が傷むのを遅くしてくれるんだ。これで、新鮮な料理をお届けって訳さ」
実はこれ、魔道具なのである。あまり表沙汰にできることではないため、聞かれたらぼかして答えるようにしているが。
制作者は当然フェルズで、作って貰った時はかなり無理を言ったものだ。必要なドロップアイテムは自給できたために通った無茶である。
「アホだねえ……それだって安くなかっただろうに。ま、それくらいここの料理が好きだってんなら、悪い気はしないけどさ」
彼女も、道具の価値はなんとなく理解していたのだろう。こちらへ向ける視線は、呆れ半分という様子だった。
全て詰め込み終えて、リドは早々に退散の準備をする。
「じゃ、また来るぜ!」
「あいよ。ごひいきに」
荷物は、朝と同程度まで膨れていた。リドは、これを勝手に、勝利の重みだと思っている。
夕方、というか午後のバベルは、途端に人が少なくなる。入るときは大体同程度の時刻に集中するが、出るときはまばらだからだ。窓口に立つ職員も少なくなり、つまり比較的ダンジョンに忍び込みやすい。
たまに、この時間から入ろうとすると、注意してくる職員もいたりした。そういった者がいる場合は、誰かが窓口で処理を行っている隙を狙う必要がある。
こうしてみるとギルドの管理がガバガバに見えるが、実はそうでもない。
彼らが一番気にしているのは、あくまでモンスター。冒険者の出入りは、それほど優先順位は高くないのだ。究極的に言ってしまうと、冒険者がダンジョンの中で死んでも、それは自己責任として片付けられる。
だからこうして、人間に見える者は割と自由に出入りできた。
するするとダンジョンの中を通っていき、さほど時間が経たず隠れ里にまで戻る。ダンジョン内に住んでいれば、近道や隠し通路の一つや二つ知っているものだ。
「ただいまー!」
「おかえり!」
「待ってたヨォ」
「うおー! 新刊! 早くくれ!」
「待て待て。まずは飯だって、な?」
早速飛びかかってくる仲間を止めて、押し戻す。気が逸るのは分かるが、まずは食事、そういうルールだ。
いつもはまばらにしか集まらない
「じゃ、まずは食おう。いただきます!」
おのおのに配られた料理が、一斉に食べられていく。ダンジョンの中では辛いことも不満もあるが、こういった瞬間があるからこそ、自暴自棄にならず耐えられる。ましてやリドがヒトヒトの実を食べてから、状況は劇的に改善した。
飯食って、みんなで笑って、明日に希望が持てる。リドにとって悪魔の実は、まるで天からの贈り物だ。
こうして