謎の商人ロールプレイ   作:誰かさん

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アストレア・ファミリアの命拾い

「ぎゃああああああ! 死ぬ死ぬ死ぬ!」

 

 生み出した障壁が、この世のものとは思えない音を鳴らしている。異音の片割れであるモンスターは、第二級冒険者が複数いるアストレア・ファミリアの団員からしても、目で追うのが不可能なほどの速度で動いていた。

 獣の姿をした骨だけの大型モンスター、初めて発見されたため、名称はない。仮に『骨の獣』と称するが、それは尋常でない力を持っていた。

 最硬金属(オリハルコン)製の盾を、まるで存在しないかのように両断する爪。Lv.4を歯牙にも掛けない機動力。おまけに、魔法を無効化どころか反射する外皮。唯一倒しうる手段の物理攻撃耐性だけは、Lv.3でも余裕を持って傷つけられる程度ではあるが。そんなものは何の慰めにもならないくらい、『骨の獣』は強かった。

 絶望的な状況でアストレア・ファミリアの面々が命脈を保っていられるのは、ひとえにライラが新しく目覚めさせた能力故である。

 

「おい、もうちょっとなんとかならないのか!?」

「無茶苦茶言うな!」

 

 本人もそうだと分かっているだろうに高望みしてくる輝夜に、ライラは振り向きもせず絶叫した。

 

「アタシがこれに目覚めたの、五日前だってお前も知ってんだろ!」

 

 オラリオでは現在、妙なブームがある。それは、冒険者が夜に一人ないしは少人数で出歩くという事だ。

 今ではアイズ・ショックと呼ばれるようになった、ステイタス外能力獲得事件。これは誰の予想をも遙かに上回って、オラリオへ波及することとなる。

 当初、ロキ・ファミリアは事実の隠蔽に全力を注いでいた(能力を得られる実を独占したかったのだろう)。しかし、その前にかなりなりふり構わない聞き込みを行っている。さすがに隠し通すのは無理だったようだ。

 それ以来、普通なら誰も寄りつかないような場所で、冒険者がふらふらする姿がよく見られるようになった。当然彼らは、「あわよくば」という下心あっての行動だが。それでオラリオの治安が回復しているのだから、肯定的に見るべきだろう。

 ともあれ、ライラもそういった、欲に目がくらんだ者の一人であった。大多数と違うのは、そこで本当に幸運に与れた点だ。現在ではまだオラリオに10人程度しかいない「能力者」の一人として、彼女は数えられている。

 与えられた能力は、「バリアを発生させる」というもの。

 これだけ聞けば、ちょっと便利な魔法程度に思えるが。実際はこの世で最も堅固な障壁を作るという、ライラにとっては大当たりと表現できる能力だった。

 少なくとも、今を生きられる力である以上、そう言うしかない。

 

「わああ!」

「ライラさんもっと頑張ってえぇ!」

「うるせえ! 気が散るだろうか!」

 

 やたらに叫ぶ外野を、再び怒声で退ける。

 実はこのバリア能力、扱いが難しいのだ。

 能力全体の共通点として、魔法のような面倒くさい精神集中は要らない。なんというか、これはあくまでライラの感想だが、能力というのはあくまで『体質』として発現するのだ。最初は戸惑っても、そのうち手足と同じように扱えるようになる。

 しかしそういったものの中でもバリア能力はやや特殊なようで、ある程度の手順というか儀式というか、とにかくそういったものが必要だった。

 伸ばした人差し指に中指を絡め、両腕でバツの字を作る。それがバリアを発生させる条件だ。

 慣れればそんなことをせずに発生させられるのかも知れないが、できたとして一年、二年先の話。昨日今日得た力を、自由自在にと言うのは無理である。

 

「あっ、やっば、指つりそう」

「えーっ!? ライラが頑張ってくれないと、私達全滅しちゃうよ! せっかくリオンを離脱させられたんだから、救援が来るまで堪えないと! がんばれ♪がんばれ♪」

「その妙な癖がある言い方を止めろ! ぶっ飛ばすぞ!」

 

 アリーゼのクッソむかつく声援に罵声を飛ばす。

 現時点で、アストレア・ファミリア全員を守り切る程の広域を覆うバリアは出せない。せいぜいその半分を包む、円形盾(ラウンドシールド)状のものだ。『骨の獣』をライラ以外の9人が全力で観測し、細かく移動させる事でなんとか凌いでいる。

 自然、ライラの負担は並ならぬものだった。その場から一歩も動いていないにもかかわらず、全身から滝のように汗を流している。自分の些細なミスで仲間の命が失われてしまう状況。そうでなくとも、いつ反応が遅れてしまうかも分からない。それは、彼女に強烈なストレスを与え続けていた。

 実のところ、ライラは気付いていた。仲間の軽口は、少しでも気を紛らわせようとしていると同時に、まだ()()()()()事を知らせる為のものであると。

 ただまあ、それはそれとして普通に鬱陶しい。特にアリーゼ。

 下らなくも綱渡りのやりとりをしているうちに、上の階層から人が降りてくる気配を感じた。

 

「助けに来た! ガレス、陣を張れ! ラウルはポーションを配るんだ!」

「承知した!」

「はいっす!」

(ちっ)

 

 先陣を切ってやってきた勇者(ブレイバー)の判断は速く、そして指示は的確だ。誰の目から見ても文句のつけようがないそれに、しかしライラは内心で舌打ちをする。賭けに負けた。

 ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリア。かつての最強が消えた今のオラリオで新しく頂点に立った二大派閥だが、実のところ、その表現は正しくない。なにせ、どう考えてもフレイヤ・ファミリアの方が強いのだから。

 とりわけ、ロキ・ファミリアの第一級冒険者(最高戦力)不足は致命的だ。いかに最高の組織力を持つと言えど、これでは片手落ちもいいところである。

 アストレア・ファミリアが危機に瀕する事態という時点で、最強派閥のどちらかが来るのは分かっていた。だからこそ、単騎での最高戦力であるオッタルを期待していたのだが。

 

(心許ないな)

 

 それが、ライラの正直な感想だ。

 Lv.3ごときが言っていい事ではないのだろうが……『骨の獣』の火力と機動力は、Lv.7と同等以上。これでは、下手をすると被害が増えるだけになる。

 果たして状況は、彼女の予想通りの結果になってしまう。

 

「ぐおぉっ!」

「ガレス、前に出すぎるな! これは想定より遙かに強い! 君ほどの耐久力でもまともに食らえば死ぬぞ!」

 

 そしてもう一つ。現在のロキ・ファミリアには、速度に特化した冒険者(プレイヤー)がいないという問題があった。

 ガレスは力と耐久力特化。フィンは精緻な攻撃と指揮能力こそが売りだ。敏捷も低いわけではないだろうが、少なくとも『骨の獣』に対抗できるほどではない。そして三首領の残る一人であるリヴェリアは、魔法を反射する『骨の獣』に対しては、無力どころか害でしかなかった。彼女に関しては、この場にいないのであまり関係ないか。

 

「いやー、これもしかして詰んじゃったかなー……」

 

 さすがのアリーゼも、顔を引きつらせながら呟く。

 現時点で『骨の獣』を打倒しうる手札がなく、またその希望すら見えない。

 ライラは小さく息を吸って吐いた。そこに込められているのは、達観と諦め。

 

「おい、全員聞け」

 

 つぶやきに、顔を向ける者はいなかった。そんな余裕は誰にもない。だが、全員が聞いているという感覚だけはある。

 

「アタシの合図で全員上層へ走れ。何人生き残れるか分からないけど……可能な限り守る。それで到着したら蓋をして可能な限り時間稼ぎをするから。その間に、まあ、なんとか対策を考えてくれ」

「おい、ちょっと待て」

「それでは貴女はどうなるのですか!」

 

 ぎゃんぎゃんと耳障りな声。鬱陶しい。が……これで聞くのも最後だと思うと、存外悪くないように思えてくるから不思議だ。

 

「理性的に考えろよ。もう勝ち目はない。じゃあ後は、どんだけ生かして帰す事ができるかと、どんだけ時間稼ぎできるかだ」

「それではライラが!」

「うるせえ!」

 

 馬鹿だ。本当に馬鹿なエルフ。

 好んで死にたい奴などいない。闇派閥(イヴィルス)に唆された信徒ではないのだ。それでも他に手はないのなら、必要な犠牲を払う。

 多少は理想論が抜けたかと思ったら、まだ甘え癖は取り切れないらしい。まあそういったものは、輝夜がなんとかするだろう。生き残れれば、の話だが。

 

「やるべき事をやる。アタシも、お前もだ。聞き分けろ」

「ッ……!」

 

 リューは強く歯を噛んでいた。青白くなった唇の端から血が流れる。堪えて噛みしめて進むべきだ。それが生きるという事なのだから。

 だが、そんな事をしている内に、一人の少女が前へ出た。

 背は小さい。一瞬半小人族(ハーフパルゥム)かと思ったほどだ。しかし彼女の幼さから、単に若いのだと気付く。

 

「アイズ、下がるんだ!」

「私なら倒せる」

 

 進み出た彼女の横顔を見た。なるほど、これが『最初の能力者』か。

 普段であれば横っ面を殴った後、無理矢理後方へ引きずり倒してやる所だが。あいにくと今は、両手が塞がっている。そのため、心の中で罵声を浴びせる程度の事しかできなかった。

 誰が止めるより早く、少女はバリアの外に出てしまう。

 

「馬鹿! 誰か止めろ! アイツ死ぬぞ!」

「くそっ……! 無鉄砲な小娘が!」

 

 真っ先に動いたのは輝夜だ。アイズを引っ張り戻そうと手を伸ばす。だが、どうしたって、『骨の獣』の方が早い。

 彼女の自己中心的な単独行動で、ロキ・ファミリアの隊列まで崩れてしまった。一瞬気を取られたガレスが、致命的な攻撃を食らい倒れ伏す。

 無意味な全滅――そんな言葉が頭をよぎる。

 だが。それはアイズ・ヴァレンシュタインを、ひいては『能力』というものを安く見積もっている。そう言わざるを得ない現実を突きつけられた。

 

震拳(しんけん)

 

 アイズが空に拳を叩き付ける。そこから鏡をハンマーで叩いたように、空間がひび割れた。

 目に見えないので恐らくとなってしまうが、振動はほんの僅かな遅滞もなく浸透し、破壊的な力で空間を満たした。

 『骨の獣』は反応すら許されず全身を揺さぶられ、四肢を半壊させる。振動は遙か遠方にある壁を叩き、あっさりと粉砕して崩れ落ちていた。

 

(嘘だろ……“静寂”の全力(フルパワー)福音(ゴスペル)と同等……いや、それ以上だ)

 

 アイズが同レベル帯だったならば分からなくもない。しかし彼女はLv.2だか3だか4だか……正確には知らないが、どちらであれ遙か格下であることは間違いないのだ。

 攻撃力特化の能力とはこれほどのものかと、能力への不理解を恥じる。同時に、自分が能力を全くもって扱えていない事も。

 少女は動きを止めた『骨の獣』に対し、剣を抜き放った後、一言呟いた。

 

割断層(かつだんそう)……」

 

 一瞬。世界が上下に分断されたかと思った。それは全くの妄想という訳でもなく、つまり、能力というのはそれだけのポテンシャルを持っていたという事だ。

 『骨の獣』の体が分断され、崩れ落ちていく。

 あっさりと終わった戦いに気を抜かれ、今更になって指が悲鳴を上げてくる。

 

「……あの子つっよーい。ちょっと……いえ、すごくびっくりだわ」

「そんな言葉で済ませていいのか……?」

「私はもう、助かったのならば何でもいいという気分になってきました」

「アタシの覚悟は何だったんだ……」

 

 今更になって、クソみたいな自己犠牲を発揮してしまったのが恥ずかしくなってくる。

 しばらくの間、誰もが唖然として動きを止めていたが。やがて理解が現実に追いつき、のそのそと事後処理を始める者が出てくる。その動きすら、普段より遙かに緩慢なものではあった。

 怪我人の治療が行われる中、勇者(ブレイバー)はアイズにげんこつをかましていた。少女は半泣きになって叱られている。

 当然のことだし、あれでよかった。なにせフィンがやっていなかったら、恐らく輝夜あたりがすっ飛んでいき、歯が折れる勢いでぶん殴っていただろうから。

 結果よければ全てよし、など簡単に言えることではない。彼女の動きは、間違いなく皆を危機に晒す行為だったのである。たまたま上手くいったからといって、味を占められては困るのだ。

 

「あっ」

 

 と、誰が呟いたかは知らない。しかしその言葉が何に対して発せられているかは分かった。怒られすぎたアイズが泣いちゃったのだ。ぽろぽろ涙をこぼしながら、やや俯いて唇を尖らせている。完全にふて腐れた子供だ。いや、子供なのだが。

 

「すまんのう、あの子も年頃でな」

 

 回復薬(ポーション)でいくらか回復したガレスが、まだダメージが抜けきらないのか、ややおぼつかない足取りでやってくる。

 

「ぜんぜんいーよ、しょうがないって! 大人だってああいうことはたまにあるんだもん」

「そこまで肯定的には取れないが、アストレア・ファミリア(うち)にも血気逸っている者はいるからな」

「エルフで正義正義とうるさくて、ちょっと前までしょっちゅう独断専行なんのそのだった困ったちゃんとか」

「なっ!?」

 

 流れ弾を食らったリューが愕然とする。

 何か言い返そうと言葉に悩んでいたが、まあ口には出せないだろう。過去の行いを棚上げして否定できるほど、彼女は図太くも図々しくもない。

 アイズは確かに困った子ではあるのだろう。しかし実のところ、それも昔のリューほどではないとファミリア内の誰もが思っていた。それこそ入ってきたばかりのリュー・リオンは典型的クソエルフであり、団員との仲がこじれまくって、あわや退団という所まで行ったのだ。突撃癖があるくらい可愛いものである。

 

「それより誰かアタシを慰めてくれ……」

「何? どうしたの?」

「指つった……めちゃくちゃ痛え……」

 

 そんなことをぼやくと、周囲が一斉に頭をなで始める。求めていたのとは別の労り方だが、指が痛いので気にしてられなかった。本当にめちゃくちゃ痛いのだ。涙が出そう。

 とりあえず危機は脱し、地上へと向かう。闇派閥(イヴィルス)の襲撃を警戒していたが、階層をまるごと吹き飛ばすような爆発までが策略だったのだろう。状況から考えるに、『骨の獣』は完全なイレギュラーか。

 道中、『骨の獣』について話をしたが、有力な説は出ず、どれも想像の域を出ない。新種の魔物、それも第二級冒険者でも上澄みのパーティーを軽く一蹴するようなモンスターが、なぜこんな低層にいたのか。闇派閥(イヴィルス)の反応から見るに、あちらですらも把握していない存在だったのだろう。

 バベルで軽く報告を済ませ、外に出る。なんだか一年ぶりくらいに空の下へ出たような感覚に襲われた。『骨の獣』との戦いは、それほど濃密なものだった。実際、ライラが『能力』を得ていなければ、アストレア・ファミリアは二度と地上に踏み入れられなかっただろうし。

 

(いてて……)

 

 やっと筋肉のひきつりが引いてきた指を、引っ張ったりして解しながら考える。

 

(あークソ、完全にやらかした)

 

 今回の危機は、まあ仕方ないと言える。しかし、その後に捌けなかったのは完全にライラの落ち度だ。バリアの発生という飛び抜けた力を得ていながら、持て余している。

 実践で、覚えたのがつい最近だから、などという言い訳は通用しない。治安維持を旨としているならばなおさら。

 

(アイツ、アタシより遙かに能力を使いこなしていたな)

 

 思い出されたのは、『骨の獣』と戦うアイズの姿。

 戦って負けるとは思わない。バリアが振動を防げるかどうかによるが、勝機はいくらでもあるだろう。ただそれはそれとして、力を垂れ流すだけのライラと、指向性を持たせて射出しているアイズには、天地の差がある。多分、センスだけの問題ではない。どれだけ真剣に能力と向き合っていたかがそもそも違うのだ。

 

「と言ってもなあ……」

「どうしたのですか?」

「いや、なんでもねえよ」

 

 ぼやきをリューに聞かれたが、それは適当にごまかす。

 根本的に、ライラには想像力が足りない。バリアという力を守るために張る以外の使い方が思い浮かばないのだ。

 これに比べれば、スキルなど楽なものだ。スキルの説明欄に基本的な運用方法が載っているし、性能も大抵はレベルに比例する。術者が考えるのはその運用方法で、そもそも使い方がどうとか自由度がどうとかいう考え自体がない。

 

(せめて参考になるようなもんがあればな)

 

 それは、どうということのない小さな願望だったが。

 それが叶ったのは、暫く後のことであった。

 

 

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