謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
アイズ・ヴァレンシュタインは苛立っていた。それもこれも全部、ファミリア内の皆が彼女の成長を邪魔するためだ。
やれ無茶をするな。やれ突っ込むな。やれチームとしてどうだ。耳にたこができそうである。
アイズもそれなりに分別の付く年齢である(と、自分では思っている)。だから皆が、自分のためを思って言ってくれている事は分かっているのだ。
だがそれは、アイズにとって耳障り――とは言わないまでも、成長を阻害する『悪』である。少なくとも彼女にとっては。
ましてや現在のアイズは成長期。爆発的な能力の伸びが、それこそ彼女の真の目的――
実のところ、彼女はがっつりと反抗期に入っていた。とにかく言われたこと全てに反抗したくて反発したくて仕方ない。
だから、暴発寸前になってホームを抜け出し、街中に繰り出すのも致し方のない事だった。
「ふんふーん」
その辺にあった棒(多分建材の端)を握って振り回す。特に意味は無い。ただなんとなく手に取っただけで、その辺の地面やら壁やらをかりかりするのだ。
もしかしたら、ホームでは今頃騒ぎが起きているかもしれない。いい気味だ、とまでは言わないが。少しくらい焦れば良いのだ。成長の邪魔をしているのだから。
ただまあ。鬱憤というのも時間経過で薄まっていくわけで。暫く街を歩いていれば、別の感想も生まれてきた。
「夜の街、楽しい……」
現時刻は完全な深夜。正直に言って、夜歩きは思っていた以上に楽しかった。
無論、アイズは夜のオラリオを歩いた経験がない訳ではない。例えば『遠征』の帰りだったり、リヴェリアの連れ添いだったり。
しかしそういった場合は大抵夜半程度だとか、もしくは保護者の同伴が必ずあった。一人で好きなように深夜の街を歩くというのは存外心躍るもので、なんだか悪いことをしている気分になる。いや、実際ホームを抜け出しているのだから、悪いことはしているのだが。
今日は満月。月明かりも味わい深い。光源は十分で、それなりに見通しが良かった。
いつの間にか目的と手段が入れ替わってしまった為だろう、足は勝手に前へ前へと進んでいき。まあつまり、アイズは当たり前に迷ってしまった。
いくら土地勘があると言っても、今は昼と全く違う貌を見せている。ましてや何も考えていなかった。変に気分良く進んでしまえば、帰り道が分からなくなるのはあっという間だった。
「……ぐすっ」
暫く強がってはみたものの、当然、それで何かが解決するわけでもない。むしろ余計に見覚えのない場所へ進んでしまい、弱気が顔を覗かせ始めた。
「リヴェリアぁ……」
都合がいいのは自覚していたが、真っ先に、何かにつけて世話を焼くエルフの顔が思い浮かぶ。彼女に二度と会えなくなってしまうかもしれない、そう思うと、思わず涙が出てきてしまった。
なんとか涙はこぼすまいと鼻をすすりながら、どことも知れず歩いていると。
「いひひ」
唐突に、そんな笑い声が届いた。
思わず構えを取る。無手での戦闘能力が高いとは言えないが、それでも無警戒のままであるよりはましだ。
進行方向のうっすらした闇の先、そこにはいつの間にか、露天が広がっていた。粗末な敷物の上に、ほんの数点だけ乗っている売り物。これに関しては、売り物の少なさに寒さを覚えるものの、特筆すべきような事ではない。
視線は店主に集中した。やたらに怪しい。だから、アイズは無警戒にとてとてと近寄っていった。
怪しいから近寄った、というのは矛盾に聞こえるかも知れない。しかしここオラリオでは、珍しいことではなかった。
目の前でこちらに視線もやらず座っている、しかし確実に呼び込もうとしている店主は老人だ。ぶかぶかの外套をかぶり、外に出ている手が不自然に節くれ立っている。フードから僅かに除く顔には深いしわが刻まれており、これまた不自然に鼻が尖っていた。
何が言いたいのかと言うと、彼は怪しい
この手の人間はオラリオで、実は結構な頻度で見る事ができる。神様は割と頻繁に怪しい人ロールプレイをしているし、後は魔法関係の施設も、そうしなければいけないルールでもあるのかと思うほど必ず怪しい演出をしている。
つまり、彼女はそういう類いの人だと思った。
「なに売ってるの?」
「アクセサリーだよ、お嬢ちゃん」
やっぱり魔法関係の人だ、とアイズは当たりをつけた。
しゃがんで商品を見てみると、手作りであろうアクセサリー類が並んでいる。知識に乏しいアイズでは、これらにどういった効果があるのかは分からなかった。
ぱっと見は、どのアクセサリーも古びた印象がある。これは年代物という意味ではなく、デザインが流行のものではないという事だ。エルフが好きそうだな、というのは、恐らくアイズの勝手な印象ではない。
正直、立てていた腹は大分収まっている。だから、リヴェリアにお土産くらい買っていってあげてもいいかも、と思った。
「これいくら?」
「全部100ヴァリスだよ」
「やすい」
ジャガ丸くんをお腹いっぱい食べるより、ちょっと高い程度の値段だ。
リヴェリアは、オラリオの食料品は外に比べて大分高いと言っていた記憶がある。なんでも、バイトの時給が一食分より安いのはかなり破綻しているとか。そういう意味では、安飯二食分で何かしら魔法に関わりある道具が売っていると思うと、余計に安く感じる。
実際、表通りの露天で何ら魔法に関係ないアクセサリーですら買おうとすれば、軽くこの三倍はするだろう。まああそこは席料が高いため、物価が高くなるのだが。一見さんむけ、とはガレスの弁だ。
置いてある品は十点もない。これなら全部買っちゃってもいいかな、と思って懐に手を入れて……。
はっとアイズは思い出した。勢いで出てきたために、お金を持ってきていない。
「忘れて来ちゃった……」
「おやおやお嬢ちゃん、お金を持ってないのかい。そいつぁ残念だったねえ」
ひっひっひっ、と老人が笑う。分かっていたが、やはり彼から嫌な印象は受けなかった。ただひたすら作られた妖しさがある。
「しょうが無いねえ。じゃあお嬢ちゃんには代わりにこれをあげよう」
言いながら、老人が脇に避けてある背嚢から取り出したのは、箱だった。それを開けると、中から果物のような何かが取り出される。
ような、となってしまうのは、それがあまりにも毒々しかったからだ。やたらめったら食欲を減退させる色に、変な模様。正直に言って、果物どころか、およそまともな食べ物とは思えない。
なのに、
「さあ、食ってみな」
そう、自信満々に差し出される。
アイズは恐る恐ると言った様子で、その果物(もどき)を突いた。特におかしな感触はしない。ただ奇妙な果実というだけで、他に特徴はなさそうだ。少なくとも、いきなり果物が口を開いてかじりついてくるとか、そういった事はない様子である。見た目は、人を頭からばりぼり食っていてもおかしくないのに。
「これおいしい?」
「くっそまずいよ」
アイズは無言で立ち上がった。
「待て待て待て待て」
老人が飛びついて、アイズを引き留める。声はなんというか、やたらと若くなっていた。予想通り、今までのはただの演技であり変装だったらしい。
「一口。一口でいいから食いなって。な?」
「だってまずいんでしょ」
「そうだけど」
知らない人から貰ったものを食べてはいけません、という言葉を抜いても。わざわざまずいと太鼓判を押されているものを食べたくない。当たり前の心理だった。
腰あたりにひっついてくる老人を押すと、思っていたより簡単に押し返せる。
ただし老人もしぶとく、服に指をひっかけてなんとか食らいついてくる。いくらか攻防した後、折れたのはアイズの方だった。
「わかった。一口だけね」
「ひっひっひっ、それでいいのさ」
もう素は知られたのだから辞めればいいのに、と思うのだが。まあこういうものだと知ってはいたので、口には出さない。この手の人は指摘すると、不機嫌になるか怒ってくるかの二択だと、経験で知っている。
皮をむいてかじりつく。老人の言っていたとおり、果物はまずかった。
まず匂いがしない。そして味がない。妙にもったりとした食感で、舌触りが非常に悪かった。吐くほどまずくない所に、微妙ないやらしさを感じた。
「まじゅい」
歯形の付いた果物を突き返すが、それでも老人は満足そうに頷く。
「これで十分さね」
また、怪しげな笑い方をする。
そろそろ帰ろうと思って、自分が迷子だったことを思い出した。おろおろ迷っていると、荷物をたたみ始めた老人が声を掛けてくる。
「来た道を戻って、三つ目の分かれ道を左に曲がると通りへ出るよ。ちゃんとおうちへ帰りな」
「うん、ありが……」
言葉を途中で途切れさせてしまったのは。お礼をしようと振り向いた時、すでに老人がいなかったからだ。
いつのまに消えたのだろう、と当たりをきょろきょろ見回す。この辺に隠れられるような場所はないし、そもそも直前まで会話していた。いや、それを言い始めたら、隠れる理由からしてない。
なんだか、狐につままれた気分だ。
結局、あの老人が何だったのか分からず、アイズは帰路へついた。見知った道まで出られれば、後は簡単にホームまでたどり着ける。
家へ着いた時には騒ぎになり始めており、平気な面で戻ってきたアイズはしこたま怒られた。戻っていた機嫌をまた曲げてしまい、ぷりぷりしたまま寝床へ付く。
そして一晩明けて。
アイズをたたき起こしたのは、轟音ととてつもない振動だった。
「!?」
ぎょっとして跳ね起こされる。起きる、ではなく起こされる、だ。まるで全方位から思い切り体を揺さぶられるような感覚。
起きがけ一発目で視界に入ったのは、凄惨な姿となっている私室であった。
とにかく、四方八方全てがぐちゃぐちゃに粉砕されている。天井や壁に至るまでだ。破壊跡の深さから、建物の基幹部分にまで届いているのが分かる。これを元に戻すには、周囲を解体しなければいけないだろう。
これが一方面だと言うならば、まだ納得できる。何らかの攻撃があったのだろうとか。しかし、部屋がまるごとまんべんなくというのは意味が分からなかった。中心に居たはずのアイズが無傷であればなおさら。
「アイズ! 何があった!?」
ドアを蹴破って(建物の構造が歪んでしまった上に、扉自体も半壊してるため開けられなかった)リヴェリアが転がり込んでくる。
彼女は呆然と、部屋の中を見回した。それこそ言葉もないといった様子で。当然だろう、こんな部屋を見たらアイズだって驚く。
リヴェリアの様子を見てとりあえず安全だと判断したのか、同ファミリアの仲間が恐る恐ると顔を覗かせた。ひとしきり部屋を見回して、リヴェリアと同じように呆けた顔をした。
そんな中、半壊したベッドの上で、寝癖もそのままに上半身だけを起こしているアイズ。
「あー……あーあーあー」
なんと言っていいか分からず、リヴェリアがうなっている。
ぐるぐると思考が巡っているのは、傍目からも分かった。怒ればいいのか、それとも詰問すればいいのか。いや、なにをするにしたって、まず状況が分からなければ質問すらしようがない。
「……無事か?」
「たぶん」
悩みに悩んだ末、出てきた言葉はなんとも要領を得ないものであり。
結局、妙に煮え切らない質問をされて。アイズもまた、歯切れの悪い答え方をするしかなかった。
「あはは!」
ずこん。ばこん。どっごーん。
ダンジョンの中が粉々に粉砕されていく。そこら中ががたがたに変形し、もはや原型は残っていなかった。
モンスターが逃げ惑う光景というのは、非常に珍しい。何せ彼らは、人間に対し飽くなき憎悪を持っている。基本的に引くことをしないし、人を見逃すこともないのだ。たまに格上の冒険者
故に、視界に入るモンスターの全てが逃げ惑う光景というのは、アイズに万能感を与えるに十分だった。
「あはははは!」
剣を振るう。拳を振るう。そのたびに空間が割れたり、断層が生まれたりなどして、その後に振動が発生した。
はっきり言って、この『振動の力』は『
「凄いもんだのう」
「凄いの一言で片付けていいのか、これは……」
「これは無邪気に喜んでいいのか、判断に困るなあ……」
大暴れするアイズを、ガレスが感心し、リヴェリアが戸惑い、フィンが額を指でもんでいる。その間も、少女の非常に珍しいテンションマックスな笑い声が響いていた。
あの日――
アイズの扱いは、ファミリア全体の頭を悩ませてしまった。
いろいろな検証の結果、とりあえず彼女の部屋を破壊し尽くしたのは、アイズが無意識で行ったことだと判明する。しかしここからが問題だった。力の正体を、誰もつまびらかにできなかったのだから。
ステイタスの更新は真っ先に試したことだ。しかし、結果は不明。スキルと発展アビリティに変化がなければ、数値だって一つとして動いていなかった。
これに頭を抱えたのはロキだ。さすがに、下界の未知という言葉では片付けられない。
何か変わったことはなかったかと問い詰められて、変な露天商の老人に出会ったこと、彼から奇妙な果実を渡された事を白状した。いや、白状と言っても、彼女にとっては特に隠し立てするような事ではなかったのだが。
ちなみにこれを口にしたら、リヴェリアだけでなくガレスやフィンにまで怒られた。知らない人から貰った食べ物を口にするんじゃありませんと言ったじゃないか、と。
ともあれ、それが原因である事はもはや疑いようがない。ロキ・ファミリアが総出で怪しい老人の聞き込みをしたら、意外にも目撃証言は結構な数見つかった。なんでもアイズに対するのと同じような事をオラリオ中で繰り返していたらしい。フィンの予想では、そんなものに引っかかる人間がいなかったため、たまたま若年のアイズが狙われたのではないか、という考えだ。
それからしばらくは、アイズにとって退屈な日々が続いた。妙なものを食べた影響がないか、結構な期間調べられたのだ。
とりあえず体から振動が出せるようになった事以外は特に影響がないとして、久方ぶりにダンジョンアタックの許可が出たわけである。
「あー……アイズ、手助けはいるか?」
「いらない」
「だろうなあ」
リヴェリアの言葉は、短く切り捨てる。
普段は先行しすぎるなとかお小言を貰うところだが、今日はそうならなかった。当然だろう。なにせモンスターなど鎧袖一触である。アイズと同レベル帯がパーティーで挑む適正階層でだ。
「うーむ、あの力だと、そのうち儂らがすることなくなってしまいそうだな」
「あれ、リスクがないならボクも欲しいなぁ、いいなぁ……」
「ああああああ、またあんなに無茶をして……。いや、あれは無茶なのか? まだ指一本触れられていないし……いやしかし、あんな戦い方を続けられるわけがない。なあフィン、私は指摘するべきか!?」
「うるさい奴だのう。少しくらい好きにさせてやってもよかろうに」
「まだいいんじゃないかな。今回は、アイズの新能力がどれだけの性能があって、どこまでが限界かを見に来たんだし。しかし、やっぱりいいなぁ」
「お前のう、いい加減諦めろ」
後ろで
アイズ・ヴァレンシュタインの飛躍とロキ・ファミリアの聞き込みを結びつけて、能力者が少しずつ増えていくが、これはもう少し先の話であり。
アイズは、今が絶頂期だと信じて疑わずに戦っていた。