東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

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正しい死

 

 

 

【side:五条悟】

 

 

 今度は迷わなかった。

 この手で、全てを終わらせた。

 

 五条悟の、たった一人の親友はその生涯を終えた。

 高専での生活は楽しかったと。けれどこの世界では心の底から笑えなかったのだと言い残して。

 

 

「……?」

 

 

 悟が夏油傑にとどめを刺したのと、同時だった。

 

 足元でネズミが死んでいた。

 鳥が、一斉に飛び上がり、堕ちる。

 体内から突き出した刃に全身を切り刻まれて死んでいた。

 振り返る。膨れ上がりつつある気配を観測する。

 

 

 ――馬鹿な、この距離で?

 

 

 目の前の死体から流れ出る赤い血の水面に、僅かに波が生まれる。

 その呪力を、五条悟は知っている。

 なにせそいつのせいで、己は生まれて初めて死にかけた。

 

 血の呪霊。

 現存する十七の特級呪霊が一つ。性格は最悪で、すぐに記憶を歪めて、縛りも支配も操術も全てを無視して我を通す、血の通うあらゆる生き物にとっての天敵だ。

 

 天内理子の肉体に受肉したそいつは、白か黒かの線引きをはっきりさせることを好む生真面目な友人が抱えた唯一の矛盾だった。

 大切な子。最低の呪霊。尊厳を踏み躙ってしまった相手。意思を尊重すべき相手。家族。仇。加害者。被害者。共犯者にして観測者。

 十年の月日に情は存在したのだろうか。彼と彼女の関係を適切に示す言葉は、きっとこの世界にはまだ存在していない。確かめる術も、たった今己の手で消した。

 

 

 ただ一つ、確かな事実がある。

 

 

 夏油傑は、 血の呪霊(アマナイリコ)に好きなだけ血を飲ませておきながら、決して自由はさせなかった。

 あれ以来ずっと、()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 

 

 

 

 

【ガハハハハハ! ワシの時代! ワシの時代! ワシこそ真の最強なんじゃぁ〜〜〜〜!!】

 

 

 

 

 

 傍若無人の化身が叫ぶ。

 

 ――僕らの、青春が終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:伏黒恵】

 

 

 新宿は地獄と化した。

 白髪のツギハギ男が触れた人間が変形し、化け物に改造された者たちが他の一般人に襲いかかる。被害はねずみ算式に広がり、到底単独で抑え切れるものではなくなっていった。

 

 

【ハロウィン!】

【ああ ぁぁああ はろ   あ   はろはろウィ……】

【へえ! 君も魂に干渉できるのか。面白いね】

 

 

 ハロウィン男が指さした改造人間が、次々と行動不能に陥る。すかさず十種影法術の式神で取り押さえた。一人で戦うよりはいくらかマシだが、この程度では焼け石に水だ。

 ツギハギの特級呪霊が直接攻撃を仕掛けてくることはなかった。殴り合いは苦手なのか、余裕ぶっているだけなのか。どちらにしろ早期決着を狙うべきだ。恵はさらにもう一匹式神を召喚した。

 

 

【……ゲトー?】

「……!」

 

 

 その時だ。

 玉犬に拘束されていた肉塊が顔を上げる。ツギハギ男に形を歪められてしまったおさげ姿の少女だった。

 異変の予感に全員が警戒を向ける。悲鳴が響く戦場で、沈黙する三者の視線が一つに集まる。意味のある言葉など発せられないように歪められたはずの魂が、本来の形を取り戻していく。

 

 ツギハギ男の腹から赤黒い剣が突き出した。大してダメージを食らった様子はないが、ひどく困惑した顔をしていた。

 それよりももっと異様な光景が目の前で繰り広げられていた。玉犬を退避させる。歪められた魂が溢れ出る呪力で覆われる。ねじ曲げられる。外部からの干渉など知ったことかと、理不尽な速度で魂の代謝が進み、主導権を取り戻す。

 

 

【え、ええ……なにこれ】

【ガハハハハハ! ワシの時代! ワシの時代! ワシこそが真の最強なんじゃぁ〜〜〜〜!!】

 

 

 またツノが増えた。

 二対、三対と頭部を覆っていく。腕も二対に。脚は恵の身長よりも長く。肋骨が開き、髪が伸び、それに比例するように呪力が際限なく膨れ上がっていく。いったいどれほどの力を蓄えればここまでに至るのか。

 およそ十年間、人間社会に保護された特級呪霊が無辜の人々を搾取し続けた結果がここに顕現した。

 

 

【……やってらんなーい。俺、帰るね】

「お、おい……!?」

【ニャーコ? ……どこじゃ……どこに隠れた?】

 

 

 ツギハギの特級呪霊の判断は早かった。イレギュラーによる戦況の変化をいち早く理解し、肉体を細く伸ばして用水路の溝の隙間へ逃げこんでいく。どうやら他人だけではなく自分の形も自在に変化させられるらしい。

 特級呪霊を二体同時に相手取るなど不可能だ。これ以上暴れるつもりがないのなら、引き止める理由はない。問題は突然復活し呪力を膨らませ続ける少女への対処だ。

 

 

「おい、お前っ! 意識が戻ったのか!」

【……おい、ゲトー! なぜじゃ! どこじゃ……嫌じゃ……!】

 

 

 変わり果てた姿の少女には、知性はあったが理性の色がなかった。錯乱した様子で、頭を揺らし、あたりを見回している。

 ギロリと金色の瞳が向けられた。ついさっき和解したはずの、猫を思いやる子供の面影を残した明るい色だった。なのに背筋に冷たい死の予感が走る。

 

 

【──ハロウィン!】

 

 

 伏黒恵は突き飛ばされた。そして、そのまま、後ろに倒れながら、一部始終を全て目に収めた。

 血の刃が二ヶ月間共に過ごした彼の全身を内側から引き裂いた。白髪が赤く汚れて、花弁が散るように広がっていく。庇われたのだと気づくのに、一秒も掛からなかった。

 

 通行人が、鳥が、ネズミが、補助監督が、駆けつけた呪術師が、そして()()()が。あの女の目に入った生き物は、次々と内側から弾け飛んだ。自分を含む、あれの視界から外れた僅かな命だけが、被害を逃れている。

 距離など関係ない。呪力によるガードすら意に返さない。

 理不尽の権化がそこにいた。

 

 

 この世は不平等だ。

 だから自分は不平等に善人を救うと決めていた。

 

 クソ親父の置き土産は、欲に忠実で、加減が効かず、他人を慮ることはなく、犬か猫の方がよほどまともなのではないかと思うほどにはた迷惑な男だった。伏黒恵の価値観においては例え目の前で死にかけていたとしても救出の優先度は低いような奴。

 

 そいつに庇われた。

 一切の迷いなく、硬直していた伏黒恵を突き飛ばしてあっけなく地に伏せた。笑っている。嬉しそうに、楽しそうに、恵の無事を確認して。血が流れる。串刺しの体が、僅かに震え──動かなくなる。

 俺はまだ、あいつの名前さえ知らない。

 

 

 彼は、伏黒恵が救うべき人間だった。

 

 

 目の前でまた一人、一般人の首が飛ぶ。形を歪められた改造人間の全身がズタズタに引き裂かれる。悲鳴が、怒号が、数多の人生を踏み躙り蹂躙していく。新宿が血と臓物の海に沈む。

 何もかもが手遅れだ。そして、これからますます悲劇は膨れ上がる。

 

 

「……ごめん、津美紀」

 

 

 どうして俺は、いつも気付くのが遅いのだろう。

 

 覚悟を決めた。

 あの少女は、責任を持って自分が殺す。どうすべきだったのかなんてわからない。だが己の判断の積み重ねが、今の惨状を生み出した。無抵抗のまま死ぬわけにはいかない。これは、伏黒恵が命を賭して挑まなければならない戦いだった。

 あの化け物に対する唯一の勝機。自らの命を引き換えとした切り札を使うために、両腕を前に突き出した。

 

 

布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら) ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストップだ、伏黒恵」

 

 

 ヒールの音が響く。白衣を羽織った女性が近づいてくる。何故俺の名前を知っているのだろう。津美紀の病院の医者だろうか。その女は、近づかないように警告しようとした恵の肩を抱き、唇の前に指を出して静かにするように指示を出した。

 

 

「君が命をかける必要はない。あの子は死んでない」

「誰だ……?」

「家入硝子だ。反転術式は分かるか?」

 

 

 女は恵の同居人を物陰まで移動させていた。そのまま手のひらをかざすと、内側から内臓を突き破る血の刃が、徐々に輪郭を失い、肉体に戻っていった。負の感情である呪力とは異なるプラスのエネルギーが、あいつの肉体を癒していく。

 

 

「君の友人は生きてる。私が治す。この家入硝子を舐めるなよ」

「いや、だから誰ですか」

「キミ、ノリ悪いって言われない? 会ったことあると思うんだけど」

 

 

 ヒールに白衣。長い髪。気怠げな瞳に怯えは無い。

 ようやく彼女の正体を思い出した。津美紀が意識不明に陥った時に、五条悟(あの人)がツテで呼んだ医者の一人。

 家入硝子。五条悟の同期の友人にして、反転術式で他人を癒せる奇才である。

 

 

「君たち、大人に黙ってここに来ただろう」

「説教ですか」

「別に。ただね、今ここで君たちが死ねば、それは……子供の過ちで終わってしまうだろう。だから、生きのびる手伝いをしてやる。あの時は馬鹿なことをしたと、結果オーライだったと笑うことすら出来ないなんて、つまらないと思わないか」

 

 

 誰もが怯えて逃げる戦場には似合わない、子供っぽい笑みだった。彼女は確かにここにいるはずなのに、ここにはないものを見ているような、そんな目をしている。

 

 

「本当は高専で待機しておくはずだったんだけど、旧友から連絡があってね。呪詛師侵入の兆しあり、注意されたし──なんて言われちゃ、おちおち引きこもってもいられない。だからこっちに来た」

「……新宿はもっと危険ですよ」

「おいおい、私はこれでも替えられない人材ってやつだ。一人で出歩くわけないだろう。彼に護衛を頼んだよ」

 

 

 振り返る。そこには、血の呪霊の視界に身を晒しながら一滴の血も流さず悠然と歩く姿があった。

 

 

「今度はしくじるなよ、五条」

「誰に言ってんの」

 

 

 五条悟。伏黒恵の後見人にして、当代最強の呪術師である。

 少しだけ息を吐く。切り札を出す必要がなくなった。

家入硝子が呪霊混じりの友人の治療を始めた横で、恵はようやく握りしめた拳を降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:五条悟】

 

 

 呪力の大元まで、そこまで場所は離れていない。隠す素振りも見せない血の呪霊の元へ悟は即座に駆けつけた。

 無下限術式を応用して新宿に戻った時点で、現場は血の海に沈んでいた。四方八方、どこを向いても視界のどこかが赤い染みで汚れている。ここまで酷い戦場は、自分も目にするのは初めてだ。

 

 

 血の呪霊は、視界に入る者全てを無差別に攻撃していた。相変わらずの法外な能力を再び六眼で観察する。

 そして、長年の疑問が解けた。

 こいつの生得術式は間違いなく赤血操術だった。赤血操術は術者自身の血液のみを操る技だ。なのにかつてあいつの術は無下限を突破し直接悟の血を操った。

 あの呪霊は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分の領域内だとみなしている。だから操作そのものを防ぐことは誰にもできないのだ。

 術式の解釈を広げるにも程がある。どういう性格をしていればそんな考え方ができるのか。

 そんな暴論を押し通すからこそ、認識したすべての血液に奴の術は必中(あた)る。徹底して身を隠さなければ、勝負すら成り立たない。

 まさに夏油傑の鬼札としてふさわしい。血の通う人間である限り決して勝てない、特級の名に恥じぬ化け物だ。

 

 とはいえ五条悟の敵ではない。

 

 遭遇と同時に仕掛けられた血液操作は、体内の無下限術式使用により即座に無効化される。血管の保護は完璧、血液凝固による血栓リスクにも対処済みだ。

 高校生の自分にすら倒せたのだ。今なら間違いなく瞬殺できる。

 

 問題はそこではない。

 

 悟には()()()()()()()()()()()()()()()()がある。

 

 

 

【ゲトー? ゲトーの臭いがする……】

 

 

 

 金色の目玉が五条悟の姿を捉える。五条のことは覚えていたのだろう。その瞳が一瞬恐怖に染まり、やがて敵意に満たされる。

 かつてのように、怯えて屈服してくれれば楽だったのだがそう上手くはいかないようだ。

 

 五条悟がデンジの身柄を高専の監視下に置くために結んだ縛りは二つ。

 一つは、レゼに義務教育と人権を与えること。

 もう一つが、血の呪霊と早川デンジを生きた状態で引き合わせることだった。

 

 

「恵、ちょっとおつかい頼まれてくれる?」

 

 

 この無茶苦茶な戦場で、これ以上被害を増やさないよう立ち回りつつ、あれを決して攻撃することなくこの場に留めなければならない。下手な強敵との戦いよりも、余程面倒な時間になりそうだ。

 

 

「鵼って壊されてないよね」

「? はい」

「連れてきて欲しい馬鹿がいるから、よろしく。詳細は硝子に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【どこじゃ! どこじゃぁ! どこにいる!】

 

【ゲトー! ニャーコ!】

 

【ニャーコをどこへ隠した!】

 

【だって、こんなに近くからニャーコの匂いがするんじゃ!】

 

【ウヌは嘘つきじゃ! ウヌからゲトーの血の匂いがする! どこじゃ! ゲトーは、ワシのじゃ!】

 

 

 

 

 

 

 

「──悪ぃな、悟。俺んために無理させて」

「僕のこと舐めてない? そういう縛りでアンタを高専の教師に勧誘したんだから、当然のことだろ」

 

 

 恵が彼を連れて戻ってくるまでそう時間はかからなかった。

 連戦に次ぐ連戦にすっかり疲労しているだろうに、平然とした顔で血の呪霊に向かっていく。

 

 

「よう、久しぶり。ったく、相変わらずだなお前は」

【なんじゃあ貴様! ワシはウヌなんぞ知らん!】

「……ああ、そーだろうな。だから……」

 

 

 男は胸元から伸びるスターターを勢いよく引いた。

 

 

「これは契約だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:早川デンジ】

 

 

 思い出す。

 

 

 かつて結んだ約束を。

 

 

 かつて共に過ごした家族の名を。

 

 

 早川アキが死んだ。

 ──俺が殺した。

 

 パワーが死んだ。

 ──俺が殺した。

 

 父親が死んだ。

 ──俺が、殺してた。

 

 

 大切だと思ったものの全ては、好きだった人の手により与えられ、好きだった人の手により奪われた。

 

 

 

 

 ──俺ぁもういいんだ、パワー。ウマいもんたくさん食えたし女といちゃいちゃもしたし一緒にみんなでゲームもできてお前と一緒に寝て。借金地獄ん時のオレからしたらさ、ホント夢みたいな生活ができたんだ。だからもういい、もう生きてもいい事ないしな。パワーもいないだろ?

 ──アホアホアホアホ、アホー そんなイジけるくらいワシが恋しいか!?

 ──恋しいよ

 

 

 愛していた。

 本当だった。

 たった一年足らずの、『デンジ』を『早川デンジ』にしてくれた大切な思い出だ。

 

 

 ──デンジ、血の呪霊を見つけに行け。見つけてどうにか仲良くなって血の呪霊をまたパワーに戻してくれ。そうすればまたデンジのバディになれるじゃろ?

 

 

 彼女はデンジに頬擦りした。暖かかった。愛おしかった。

 

 

 ──これは契約じゃ。ワシの血をやる、かわりにワシを見つけに来てくれ

 

 

 

 

 

 二十年前の約束を、果たすときだ。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 チェンソーの音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:天内理子】

 

 

「帰んぞ、天内」

 ──帰ろう、理子ちゃん

 

 

 かつて聞いた言葉。かつての思い出。かつての青春。

 もう二度と戻らない、大好きだった時間を思い出す。

 

 抱きしめる。抱きしめられる。とても暖かかった。

 

 

「デ……せ………、わた…………」

 ──ありがとう。好きだよ。

 

 

 うまく、伝えられただろうか。それすら、もうわからない。

 

 2017年12月24日。

 天内理子は死んだ。もう二度と蘇ることはない。

 

 きっと、「正しい死」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は彼女に優しくなかった。

 

 縛られ、弄ばれ、踏み躙られ、暴かれ、利用され、手を汚し、幾度と形を変え、陵辱され続けた。

 

 天内理子は死んだ。

 かつて、早川アキが死んだように。

 たくさんの人が死んでいくように。

 

 それが許せないと憎んだ人がいた。

 そういうものだと受け入れた人がいた。

 そして、変えてみせるのだと足掻き続ける人がいる。

 

 

 優しくない世界は、それでも続いていく。

 繋がり巡り廻るのだ。これからも、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃーん」

 

 

 死体の山の中に、ひしゃげたカゴが落ちている。

 血で汚れた老猫が、退屈そうに首を伸ばして鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──よかったの。血の呪霊との再会を諦めて。

 

 ──諦めちゃいねえよ。でも、リコはちょっと人を殺しすぎた。俺はよくてもみんなは許さねえだろ。だから待つ。何度でも、何度だってパワーに会いに行く。

 

 ──欲張りだね

 

 ──なんたって約束したかんな

 

 

 

 

 

 

 

 

────────

 

 

【新宿京都百鬼夜行 関東方面 報告】

 現場:新宿駅周辺、品川北部周辺

 

 戦功者

  五条悟

  乙骨憂太

 

  早川デンジ

  ……

  ……

  ……

  ……

  ……

  ……

  狗巻棘(準一級昇格)

  レゼ(準一級昇格)

  ……

  ……

  伏黒恵(二級昇格)

  ……

  ……

  ……

  ……

 

 

 死亡

 主犯

  夏油傑

 

 被害者

  ……

  ……

  ……

  天内理子

  ……

  ……

  ……

  ……

 

────────

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:五条悟】

 

 

 血の呪霊は倒された。

 俺たちの青春が、終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「涙とか、出てこなくてさ」

 

 

 どうしてこの男に明かしてしまったのだろう。

 

 全てが終わった後の霊安室。

 主犯の男/唯一の親友の目の前で。

 悟はデンジに声をかけた。

 

 

 かつて、五条悟は早川デンジが嫌いだった。大人の権利を振り翳す、子供のことなど何も分かっていない奴だと思っていたからだ。

 今では特別好きでも嫌いでもない。

 この男もそれなりに苦労していたのだなと察するに留まるのみである。

 

 それでもこうして隣にいるのは、五条悟よりほんの少しだけ早く、このクソッたれな呪術界をぶっ壊そうとしていた先輩として一定の信用とほんの少しの尊敬を抱いているからだ。本人にきっとその気はないのだろうけど。

 

 

「別に、それがお前の普通なんだろ」

「那由多が死んだって勘違いした時、硝子ですら泣いた。あいつがだよ?」

「知るか。人それぞれだ。だけど、少なくとも俺ん時は……初めて()()()のは二週間後だった」

 

 

 早川デンジは語る。

 かつて夏油傑に告げ、五条悟も書類上の情報としては把握している、彼自身の過去を。

 

 

「直後はなーんも考えられなくて、そこからはずっと書類とか……手続きとか……お金とか口座とか名義とか……バタバタしてて。で、ようやく落ち着いて、寝て起きて食ってまた寝て……何かしなくちゃって思ってゲームしまくったりするんだけど、なんか……面白れえはずなのに……あんま分かんなくて……ある日気づくんだ。何やっても、もう返事が来ないって。もう二度と叱る声も、飯食ってる時の音もしねえ。

 

 ()()()()()()()()

 

 

 それは学生時代に知った名前だった。ずっと前に亡くなった、早川デンジの家族だ。かつて、銃の呪霊は早川アキの肉体に受肉した。市街地で暴れ回っているところを、被害を広げないために自ら手にかけたのだと聞いている。

 突然こんな話を始めた意図が掴めない。黙って先を促した。

 

 

「野菜も袋売りじゃなくて一個ずつ買えばいいんだって気づくまでに2回くらい腐らせて…それで……高い出前とっても誰も叱ったりしなくて……何も分かんねえんだ。脳みそにずーっとモヤがかかった感じがして……美味い飯のはずなのに「美味い」以上の感想も出ねえ……気づいたらゲロ吐いてた。そういう生活が半年くらい続いた。まあそっからも色々あったけど……あ、いや、俺ん話じゃなくて……まあ……その……なんだ」

 

 

 ぼりぼりと頭の後ろをかく。少し気恥ずかしそうに、誰よりも真剣に告げる。

 

 

「お前は、ちゃんと頑張ってっからよ。しばらくゆっくり休め」

 

 

 言葉を丁寧に選び、長々と要領を得ない話を続けた割には、早川デンジの結論はシンプルだった。

 とりあえず、妙な同情ではないのは確からしい。

 

 

「いやあ、そういう訳にはいかないでしょ。だって僕は五条悟だよ? 引く手数多の特級呪術師なんだから──」

()()()()

 

 

 彼の名は早川デンジ。現在日本に滞在する、たった三人の領域展開の使い手の一人。男手ひとつで特級呪霊の妹を育て切った、不死身のヒーロー、チェンソーマン。

 

 

「これから三ヶ月間、お前がやらなきゃならねえ事は全部俺が引き受ける。だから休め」

 

 

 もしかしたら、それはいつかの彼自身が言って欲しかった言葉なのかもしれない。

 

 五条悟はいつも生き残る側で、数多の人々の願いを受け止め、死者の遺言を聞く側の人間だった。それはきっと、これからも変わらない。

 だから、引き受けるなんて言われたのは初めてだった。

 五条悟がこなす任務を代わるのなら、相応の箔が必要だ。のらりくらりとかわしてきた特級術師の座に就き、今後は立場相応に行動を制限されることになる。

 全部分かった上での宣言だった。彼は、決意表明も兼ねて過去を明かしていた。

 無茶でも何でもないのだろう。彼はやると言ったらやる。だから悟の親友はこの男のファンだった。

 

 

「お前にゃレゼとパワーの恩があっからな。()()同士、持ちつ持たれつで行こうぜ」

「………本気?」

「ま、なんとかなんだろ」

 

 

 ニヤリと笑ってピースサインを掲げる。

 それがあんまりにも同級生のふてぶてしさに似ていたから、悟は心の底から笑った。笑いすぎて涙が出た。久しぶりのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 0巻/純愛編 完

 次回、エピローグ

 

 

 

 

 

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