東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

25 / 28
ビーム・ビーム・ビーム

 

 

 

 

【side:東堂葵】

 

 

 新宿・京都百鬼夜行

 京都駅 大階段

 

 

 東堂葵は、一級呪霊どもを薙ぎ倒した先でとうとう目当ての特級呪霊に遭遇した。

 穏やかな光景に反し、生得領域に付与された術式は殺意に溢れている。第一波に巻き込まれた人々はすでに息絶えていた。

 これがかつて、あの五条悟から寿命を奪った海外指定の特級仮想怨霊の実力か。なるほど凄まじい出力だ。簡易領域がなければ、己もすでに事切れていただろう。

 

 

【――百年】

 

 

 『天使』の脅威は寿命を吸い上げるだけではなかった。光の輪から、寿命武器が顕れる。

 たった数人分の命を代償に、一振りで並の術師を纏めて制圧しうる特級呪具が生み出された。破格の変換効率だ。

 もっとも体術は上の下程度。呪具に付与された術式を使われる前に始末するのが最善だ。ある程度の寿命の喪失は必要な犠牲と割り切り、接近戦を仕掛け――繰り出した必殺の一撃は、別の特級呪霊に防がれた。

 

 

■■■■、■■■■■(人の子よ、退きなさい)

「チッ」

■■■■、■■■■■■■■■(私はただ、友人を助けたいだけ)

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■(貴方まで手にかけるつもりはありません)

 ■■■■■■■■■■■■■(ですが彼を祓うというならば)

 ■■■■■■■■■■■■■■■■(貴方は三対一の戦いに挑むことになる)

 

「――!」

 

 

 

 ぼこりと壁に突起が発生する。東堂葵の判断は早かった。道路の向こう側に散らばる寿命武器の残骸を指定し、即座に手を打ち鳴らす。数瞬後、さっきまで己がいたはずの場所は灼熱の溶岩で埋め尽くされた。

 

 ―― 不義遊戯(ブギウギ)

 呪力を纏った二つの対象の位置を入れ替える力を使い回避する。発動条件は手と手を合わせること。シンプルかつ応用性能も高い東堂葵の術式である。

 こっちの単眼野郎は俺を巻き込む気だったな。不意打ちを回避されたからか、不快そうな顔をする特級呪霊が視界に映る。

 

 

【まったく、なぜ儂がこのようなことを……】

【■■■、■■■■】

【言われずとも分かっておるわ!】

 

【──千年】

【【「!」】】

 

 

 今度は手を()()打ち鳴らす。己と呪霊どもをまとめて砲撃の射線から外した。千年分の熱線は、少しでも擦れば致命傷となることだろう。

 こいつらは強い。だが、決して人間の味方ではない。全く厄介な戦力を雇用したものだと、あの老獪の顔を思い浮かべる。岸辺一級術師は、未登録の特級と縛りによる協力関係を結び、前代未聞の共闘作戦を立案した。

 

 特級仮想怨霊『Angel』と、新たに現れた特級呪霊二体。人智を超えた災害と災害が、都心のど真ん中でぶつかり合う。対象の脅威レベルを直接確認し、改めて今回の任務の目標を設定する。

 これは、双方の争いの余波による被害を最小限に抑える撤退戦だ。未登録の特級呪霊二体を、必要があればサポートし、不要な被害を生むようならば妨害し、戦況をコントロールしなければならない。

 怪獣映画のごとき戦場で、ただの人間に出来ることがどれだけあるだろう。だが、この東堂葵に恐れはない。己の為すべきを全うするだけである。

 

 

「相手にとって不足なし!」

 

 

 それに高田ちゃんだって頑張る男の子は素敵だと言っていた。今が勝負どころだと、気合を入れ直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:花御】

 

 

■■■■■■■(貴方がいないと)

■■■■■■■■■■■■■■■■■(火力勝負でどうにもならないのですよ)

【全く、これだけの量の人間を虐殺していなければ儂が手ずから消し炭にしておったわ!】

 

 

 『天使』の術式は人間の寿命を呪物に変換する。シンプルな力だが、真の恐ろしさはその変換効率にある。 五年で二級、十年で一級、百年で特級――人間が人生全てを捧げても届かぬ領域の価値を、彼は一瞬で作り出す。

 貴方ほど市街地(ホームグラウンド)での戦いに強い呪霊はいない。

 

 

(けれど私は、これほどの力を持ちながら無闇に振るうことを好まない、優しすぎるが故に誰より弱かった貴方を好ましく思っていました)

 

 

 天使の呪霊の恋も愛も友情も全ては無残な結末を迎えた。復讐相手も別の者に倒された。全て終わってしまった物語だった。

 それでも彼はまたこの世に生まれた。

 古い繋がりは断絶してしまっても、新しい出会いがあった。それはかつてのものと決して同一ではなく、かつての悲しみを埋めることもない。

 植物の命を奪う私と人間の命を奪う彼。呪霊らしくない呪霊たちのたった十年の交友だった。長い生におけるほんの一瞬に過ぎない。そしてそれは、彼を救いたいと想うのに十分な時間だった。

 だから花御はここにいる。呪術師たちに存在を知られることになろうとも、彼のためにやってきた。

 

 漏瑚が懐から布の包みを取り出した。

 特級呪物『義指心中立(ギシシンチュウタテ)』――女の小指の形を模った、彼の呪物コレクションが一つ。室町時代の遊郭で堆積した、真実の愛を騙る遊女たちの負の感情が産んだ呪物だ。その効力は『契約の破棄』。厳密には、限られた条件下において過去の契約そのものを偽造であったと仮定し、現在の主従関係を打ち消すというものだ。

 これこそが、呪霊操術に囚われた天使を救う、私たちの切り札だった。

 

 

■■■■■■■■■■■(私の友人を返してもらう)

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:夏油傑】

 

 

 ぎちぎちと肉を挟みながら回転するチェーン。戦場に乱入したチェンソーマンは、私の奈々子を拘束していた。

 

 

「大切な子を傷つけられたくなかったらあ! 大人しくするんだなぁ!」

「ヒーローの風上にもおけないな」

「テロリストに言われたかねえんだよ! 投降しろ投降〜!」

「だが甘い。殺すのではなく、傷つける程度の覚悟ではね」

 

 

 夏油は、彼を消耗させ奈々子を解放させるためにとある呪霊を呼び出した。

 

 

「呪霊操術――『永遠』の呪霊」

「ひっ!?」

「なああああ!?」

 

 

 巨大な肉塊が二人を飲み込んだ。――直後、ひび割れ瓦解する。ふらつく奈々子を優しく抱きとめた。

 

 

「夏油様!」

「お疲れ奈々子。()()()、よく頑張ったね」

「んだよ、もう終わりかぁ〜!? 懐かしいもん出しやがって!」

「ふむ、内部時間は大体一日くらいかな」

 

 

 永遠の呪霊は、空間を歪めることができる。外界時間では一瞬だったが、取り込まれた二人は長時間の戦いを経た筈だ。チェンソーマンは肩で息をしている。明らかに疲労していた。

 

 

「大切な子と二人きりにさせるなんざ、乱暴じゃねーの〜?」

「そこは信頼しました。流石チェンソーマン」

「うげえ、厄介ファンはもうごめんだぜ……」

「夏油様! これっ!」

 

 

 こっそり抜き取ったのだろう、奈々子は早川デンジのスマートフォンを夏油に差し出した。品川拠点の位置に印が付いている。夏油の居場所を那由多が特定し、那由多の居場所をスマホ経由で早川デンジが把握した、という流れらしい。

 端末はカバンごと破壊したはずだったが、複数個持ち歩いていたのか。下手に言及すると社会人の常識云々と演説を始められそうなのでスルーした。

 

 

「奈々子、疲れているところに無理をさせるようで悪いが、今すぐここから離れるんだ。呪霊を護衛につけさせる」

「私も戦えます!」

「分かってくれるね?」

「でも……っ、はい」

 

 

 奈々子の術式は非常に優秀だ。しかし愛用のカメラ無しに彼らを相手取るのは厳しい。他人の道具で戦線に出させる無茶はさせられない。彼女も自覚はあったのだろう。すぐに引き下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 奈々子を乗せた呪霊が小さくなっていく。私が彼女を逃す間に、チェンソーマンは那由多を拘束する呪霊を切り裂いていた。

 

 

「悟が言ってたこと、ようやくわかったぜ」

「へえ?」

「俺とナユタが同時に戦場に立った時に生まれる可能性ってやつだ」

 

 

 何を仕掛ける気だと警戒を強める。硬い外皮を持つ呪霊と、精神干渉に耐性を持つ呪霊、防御に特化した個体を呼び出し、周囲を固めた。

 那由多の傷は完治していた。早川さんは腕のチェンソーを引っ込め、那由多の手を取り立ち上がらせる。

 

 

「つまり、こういうことだ」

 

 

 そしてそのまま――肩車をした。

 

 

「……うん?」

「俺がナユタ背負ってぇ! 俺が倒れたら! ナユタが俺んスターター引っ張る!」

 

 

 流れるように攻勢に出た彼らを呪霊の壁で遮る。夏油傑の差し向ける数の暴力を意に介さず、チェンソーマンは突き進む。

 

 

「んで俺がナユタんこと守る! 完璧な連携だなあ!」

「そうか?」

「これが兄妹のぉ! 絆ん力だぁああああ!!」

「違うんじゃないか?」

 

 

 いい歳して何をしているんだ? どう考えても二度手間だろ。重いし、邪魔だし。第一それは悟の発想じゃ出てこない。おそらくあいつが言ってたのは、こう、もっと縛りを活用して……能力を共有するというか。

 言いたいことは山ほどあったが、的確な表現が思いつかない。自信満々の仲良し兄妹は二人揃って誇らしげだ。

 

 

「ぎゃーっはっはっはぁ! 俺らん絆が大したことないってんならぁ! 止めてみやがれええええ!!」

「そういうことじゃない!」

 

 

 チェンソーマンは止まらない。那由多を担いで呪霊を次々と切り倒していった。悔しいことに、見た目は間抜けだが、そこそこ意味のあるフォーメーションだ。

 なにせ、那由多に手が出しにくい。あいつは不死身なのでヘッドショットも意味がない。

 祈本里香の支配権を確実に奪うには特級呪霊『早川那由多』の調伏は必須だ。チェンソーマンの火力と機動力は、彼女の拘束難易度を跳ね上げさせた。

 

 

 加えてもう一人。

 

 

(乙骨憂太――治療を終えたか。他人への反転術式使用すら容易に成し遂げるとは、流石だな)

 

 

 背後からこちらを見つめる気配に気づかないふりを続けて立ち回る。乱戦における位置取りは経験がものを言う。安易に割り込ませるつもりはない。

 

 乙骨憂太は底なしの呪力を制御しきれていない。味方を巻き込めない彼の性格からして、下手な共闘は足の引っ張り合いにしかならない。単独で戦う方が彼は強いのだ。

 向こうが攻めあぐねている間に、先手を撃つため牽制用に小型の呪霊を――

 

 

 

「――()()

 

「ギャアアアアアア!?」

「っ、そう来たか」

 

 

 無限の呪力が全方位に放たれる。呪言だ。乙骨憂太は夏油が展開する全ての呪霊を、チェンソーマンごと皆殺しにした。

 呪言は対呪霊特化の術式だ。タイミングを合わせて呪力でガードすれば、術師にとってはそこまでの脅威ではない。だが完全に不意をつかれたチェンソーマンは血反吐を吐いてひっくり返った。すかさず那由多がスターターを引っ張り復活させる。

 

 

「何しやがる!?」

「先生なら大丈夫だと思ったので……」

「悪気ゼロかよ〜!?」

「狗巻君なら、きっと先生たちだけを避けることも出来ました」

 

 

 復活するとはいえ少しは躊躇しろよ、とツッコミを入れようとしたところで那由多からの冷たい視線に気づく。そういえば私たちも学生時代は平気で彼女ごと攻撃していた気がする。妙な校風が受け継がれてしまったようだ。

 

 

「お仲間の治療は終わったらしいね」

「レゼは?」

「無事です」

「ならよかった」

「あの爆弾の武器人間は、やはり貴方の仕業だったか」

 

 

 焔硝呪法の使い手だった彼女の正体を、夏油傑は知っている。かつて那由多の領域で見た特級呪霊の化け物の一人だ。名前を聞いた時点でまさかとは思っていたが、記憶に残る通りの戦法を使って来たので驚いた。どんな経緯で今更高専の生徒として通っているのか。

 

 

「レゼはさ、学校に行けない女の子だった。それを知ったのもずーっとあとだ。親と子供くらい歳離れてからで……でも、俺はあん時俺に泳ぎ教えてくれたレゼが好きだった」

「彼女のような子供を二度と生み出さない、そのための大義と言えば乙骨憂太を引き渡していただけますか?」

「するわけねーだろ。憂太だって大事な生徒だ。俺ぁこいつらを守るためだったら死ぬ以外どんなことだってしてやるぜ」

「そう、残念」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏油は特級呪具『游雲』を取り出した。乙骨憂太が攻撃を迷わない以上、これ以上雑魚をぶつけても意味がないからだ。

 

 

「……他勢に無勢だな。三体一か」

「投降する気になったか?」

「うん、じゃあ、仕方ない」

「へ?」

 

 

 帳を、解いた。

 市街地に向け、呪霊を解き放つ。

 

 

「なっ、おまっ、まさかっ」

「本体がガラ空きだよ」

「お、おおっ!?」

「っ……!」

 

 

 遠方に意識を逸らした隙をついて、呪力を込めた一撃を食らわせる。全員まとめて吹き飛ばした。

 『遊雲』は特級呪具で唯一術式が付与されていない純粋な力の塊だ。十メートル、二十メートル、勢いよく移動する。特級術師の手にかかればこの程度の威力は容易く生み出せる。

 正義のヒーローと甘ちゃんには厳しい、市街地戦の始まりだ。

 

 

「ひ、きゃあああ!? 何あれ!?」

「あっ ああああ!?」

「化け物ぉ!?」

「助けてぇえええ!」

 

 

 あちこちから悲鳴が上がる。周囲の非術師(さる)を巻き込み、道が、ビルが、街路樹がひび割れる。

 

 

「待て待て! おまえ、これは無しだろ!」

「人質作戦をしておいてよく言うね」

 

 

 予想通り、早川デンジは防戦一方となった。那由多の小動物によるサポートも、一般人を守るための運用に全て割りさかれた。このまま市街地防衛に行ってくれればありがたいのだが、そこまでの甘さは期待していない。

 

 

「チェンソーマンだ……」

 

 

 誰かが呟く。

 その声を皮切りに、思い出したように人々はその名を呼んだ。

 

 

「チェンソーマン!」

「助けてくれ」

「死にたくない」

「チェンソーマン…」

「お兄ちゃんが」

「かあさん」

 

 

 四方八方から響く嘆きと祈りに、夏油傑は軽蔑の眼差しを向けた。いつか見た喝采を思い出す。ガリガリと脳味噌の容量が削られるような感覚が不快だ。

 

 

「醜いと思わないか。何も知らない非術師(さる)どもが、今の今まで忘れていたくせに、何も知らないくせに、都合よく貴方を使い潰そうとしている」

「知らねーよ! 俺ぁな! 顔のいい女からの声援ならなんだって大歓迎なんだよ!」

「……今夜プロポーズするとか言ってなかったか?」

「それはそうとしてモテてえだろぉ!」

 

 

 そんな軽口を叩きながら、老若男女の区別なく、チェンソーマンは身を挺して民衆を守る。そこまでの価値など、こいつらにはないと言うのに。

 一方の乙骨憂太は私の陽動に見向きすらしなかった。真っ直ぐに夏油傑だけを見据え追撃する。だが、一般人を気にしていないと言う訳ではなさそうだ。打ち合う度に刀に込められた呪力が増していく。お前さえ殺せば全て解決するとでも言いたげだ。単純な世界を生きているようで羨ましい。私の大義を懇切丁寧に語ったというのに聞く耳を持たない。

 

 

「知らないよ! 何が、お前をそこまでさせてるのかなんて知らない。でも僕は、僕が生きてていいと思うためにオマエを殺さなきゃいけないんだ!」

「自己中心的だね」

「だから――」

「憂太ァ!!」

 

 

 一般人を追い払ったチェンソーマンが叫び、何か決意をした様子の乙骨憂太の言葉を遮った。彼が何をする気だったのか、おそらく彼は気づいていた。

 那由多の支配した鳥が間に割り込む。回避のために夏油は乙骨憂太と距離をとった。

 

 

「生きてていいって自信が欲しいっつってたな。本当にそれだけか?!」

「先生……?」

「パンダと! 狗巻と! 禪院と! レゼと! たった半年の学校生活で満足かぁ!?」

 

 

 乙骨憂太は、初めて動揺した表情を表に出した。僕は、と呟いたきり沈黙し、瞳を揺らがせている。

 

 

「……」

 

 

 攻撃の手を止める。意図が読めない。

 

 

「は……初詣に行きたい!」

「はぁ?」

 

 

 葛藤の末彼の口から出たのは、特級術師同士の殺し合いの場にはあまりに不釣り合いな、幼稚な願望だった。

 

 

「してえよなあ!」

「本当はクリスマスパーティもしたかった! よりにもよってなんでこんな日に来るんだよ!」

「里香とはぁ!?」

「し、したい! 里香ちゃんと色々したい!」

【憂太 ぁ……?】

「花火とか、海とか、……あと、水着! 水着も見たい! 五着……十着くらい見たい!」

「他にはぁ!?」

「結婚式もしたい!」

「いいなあ!」

「美味しいご飯を作ってあげたい!」

「そんでえ?」

「ハネムーンで世界一周したい!」

「それからあ!?」

「友達にいっぱい自慢したい!」

 

 

 祈本里香が震える。呪いの女王の愛が、街を覆う。全世界を襲ったかつての呪いのように、有象無象に本能的な死を悟らせる。極限状態の中で、本来なら呪霊に気づけない筈の非術師(さる)の目にすらその玉体を晒していく。

 そして、一世一代の告白は成された。

 

 

「ずーっと、ずーっと一緒にいたい!」

【憂太ぁ…… あ ぁああ あ゛っ】

「愛してるよ」

【大大大大大大大大大大大好きだよぉ!!】

 

 

 

「彼女だって本当はいっぱい欲しいよなあ!」

「――不誠実だぞ」

「あ、はい……」

 

 

 突然ゴミ以下を見る目を向けられた早川デンジは黙る。デンジはデンジ、乙骨憂太は乙骨憂太で譲れない一線があった。

 

 一息置いて、気を取り直した様子でチェンソーマンは刃を掲げる。乙骨憂太も額の汗を拭い、再び構えを取った。

 

 

「……じゃ、()()()

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、話は終わった?」

「ちゃんと待ってくれるあたり、いい〜奴だよお前は。その優しさをちったあ広く向けてやれよ」

「断る」

「だよなあ」

 

 

 夏油とて、ただ黙って見ていたわけではない。よほど鈍くない限りわかる。彼らはこれ以上被害を広げないため、短期決戦を仕掛けるつもりだ。ならばこちらも相応の手段で迎え撃つ。その準備をしていた。

 

 

 特級被呪者 乙骨憂太

 特級過呪怨霊 呪いの女王 祈本里香

 地獄のヒーロー チェンソーマン

 元最悪の呪霊 早川那由多

 

 それに対するは

 最悪の特級呪詛師 夏油傑、ただ一人。

 

 多勢に無勢を許さない、戦況をひっくり返す切り札を呼び出した。これこそが呪霊操術の真骨頂。無限の手札を、最高火力のために組み合わせる。

 

 4000以上の呪霊を一つにまとめてぶつける、呪霊操術極ノ番『うずまき』。現存する十七の特級呪霊が一つ、特級仮想怨霊『化身玉藻前』。そして――

 

 

「それは……!?」

「本当は、隠しておきたかったんだけどね」

 

 

 呪霊操術により夏油の体内に格納されていた、推定複合特級呪霊。この九年間で回収した肉片と、呪術高専内に封印されていたのを強奪した分――合計約40kg。かつて日本の公安が保有していた量をはるかに超える断片に、夏油傑は呪力を注ぐ。

 

 

「呪霊操術――『銃』の呪霊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 1984年11月14日午前10時、そいつはたった26秒間で5万7912人もの日本国民を殺害した。被害は日本だけに留まらず、全世界で合計120万人以上の被害を出した。こいつの特異性は全世界を射程距離に収めた点にあった。アメリカ、ソ連、中国、日本、その他全主要国家に単独で同時多発的被害を出したのはおそらくこの世でこいつだけだ。

 『銃』の呪霊は、広大な射程距離を持ちながら、射程に収めた人間を皆殺しにはしなかった。そういう縛りがあるのだ。同時刻同じ場所にいたのに、生存者と死亡者がいる。生年月日や性別、出身地、言動。何が生死の分かれ目になったのかは後から調査でもしない限り分からない。

 

 要するに、『銃』は条件付きの広範囲殺戮を可能とする呪霊なのだ。

 

 ――全世界の、全ての非術師を殺す。

 

 銃の選別型広域殲滅能力と、私の呪霊操術によるコントロール、ここに祈本里香という無限のエネルギーが揃えば、私の夢は絵空事ではなくなるのだ。

 所詮、この世にたった一人しかいない五条悟に、この殺戮は止められない。

 

 その力の一端を、今ここで一度披露する。

 

 

 

 

「『銃』の呪霊よ、『私の教団のすべての信者の寿命』と、『天使の呪霊が蒐集した、五条悟と家入硝子を除く、全ての寿命』を与える。チェンソーマンと乙骨憂太を――殺せ」

 

 

 肉片が供物により形を結んでいく。黒い筒型の手と頭部。この世で最も人を殺した近年最大規模の呪霊が、薬莢を纏い、顕現した。

 

 

「……愛してるよ里香。一緒に、あれを倒そう」

【憂太ぁああああああ!!】

「す、すげえ……! イケてる………!」

「静かにしてください」

「はい」

 

 

 乙骨憂太が祈本里香に愛を囁き、全ての力を引き出した。凄まじい呪力が刀に込められていく。

 だが、それでは足りない。

 祈本里香は無限の呪力を秘めているが、乙骨憂太という生きた非呪者を介する以上、一度の攻撃で運用できる呪力には限界値が存在する。

 うずまきへの対処だけならば、叶ったかもしれない。だが『銃』の呪霊は別格だ。伊達に単独で世界をひっくり返してはいない。例え全盛期の数パーセントの出力だろうが、あの程度なら単純な物量で押し勝てる。

 そんな私の目算を見透かしたように、沈黙を貫いていた那由多が笑った。

 

 

「どいつもこいつもビーム出しやがって! ズルだろズル!」

「お兄ちゃん」

「んだよ」

()()()のこと、ちゃんと見ててね」

「……おー、いいぜ」

 

 

 那由多がまっすぐ指をさす。目の前で練り上げられる三つの呪力。術式順転、術式反転。()()()()()()()()()()()()()

 

 

「それ、は」

 

 

 夏油傑はそれが何なのか知っている。たった三年、されど三年。一番そばでそれを見続けてきた。

 

 あれは無下限術式だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔、加速度的に強くなる悟に対して那由多は言った。

 

 

 ――あとは、同時に二箇所に存在するだけだね。

 

 

 彼女の発言は冗談ではなかった。強者故に対策を取られる側であり続ける彼の、()()()()()()()()()()()()()()()を突こうとする敵が現れることに、ずっと前から気づいていた。

 その対策が『教育』だと思っていた。次世代の成長に希望を託す、長期的かつ確実な手段。半分正解で、半分間違いだ。それは解決法の一つだが、彼ら自身が自己研鑽を怠る理由にはなり得ない。

 

 彼女の支配術式は、支配した相手の術式を利用することができる。まさか、悟を? 浮かんだ仮定を夏油は即座に否定した。論拠は私の思い出の中に腐るほどある。

 術式の解釈を広げたのだ。もっと広く。もっと自由に。

 術式の徴収ではなく共有を。出力、手数、戦術、政治――かつての■■■よりあらゆる点で劣る早川那由多が、彼女だけの学生生活で掴んだ彼女だけの可能性。ただ一つの頂点をつくらず、共に秩序を守る仲間としての枠を用意した。

 

 

「私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 すまし顔で、とんでもない術式の開示をした。

 

 那由多の鼻から血が垂れる。目と、口と、耳の穴からも。想定外の負荷に脳みそが焼き切れている。それでも迷うことなく呪力を練り続けた。死ぬほどの痛みなど、彼女にとっては慣れ親しんだ代償に過ぎない。唾液と血の入り混じる泡を口の端からこぼそうが、術式を構築する手は止まらない。

 

 五条悟(さいきょう)の術式による負荷は、那由多の限界をとうの昔に超えていた。脳の過剰使用(オーバーフロー)だ。

 

 無下限術式は原子レベルに干渉する緻密な呪力操作が求められる。彼女は不死身だが、一度死んで復活するまでの空白は間違いなく術式を暴発させる。しかし目の前で練り上げられる二色のらせん模様は、稚拙ではあれど乱れは無かった。

 

 彼女が借りているのは無下限以外にもう一つ。

 

 

(――硝子!)

 

 

 ()()()()が、彼女の死を食い止める。死からの復活ではなく、死なないための延命治療。だから無下限術式は途切れない。発動を一度も止めることなく、見知った術式は完成する。

 

 早川那由多は首を刎ねられても死なない。

 ありえない光景に慣れすぎたせいで、目の前の現象を見誤った。

 彼女は最初からずっと家入硝子の反転術式を借りていた。彼女は死から復活していたのではなく、反転術式による真っ当な手段で回復していただけだった。誰にも死を肩代わりさせることはない。だから平然とチェンソーマンはここまでやってきた。

 

 那由多が盾となり、悟の無下限術式が突破口を開き、硝子の反転術式が治す。

 そしてチェンソーマンが隙を補う。

 目の前で構築されるのは、かつてほんの数ヶ月だけ存在した、私たちの闘い方そのものだった。

 

 

 五条悟の全力の十分の一にも満たない未熟な一撃が、銃の呪霊の攻撃を引き受ける。ここに、完全なる拮抗状態が生まれた。

 

 乙骨憂太が語る純愛と、夏油傑が殉ずる大義。

 そして早川那由多が体現する友情。

 

 

 

 

 

 

 

「―― 虚式『茈(ばん)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが、弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:早川ナユタ】

 

 

 月が美しい夜だった。瓦礫の隙間で仰向けに倒れ、ぼんやりと空を眺める。

 硝子ちゃんのおかげで、いち早く回復することができた。彼女はすごい。反転術式の理屈は、ナユタには未だにさっぱり理解できない。

 乙骨憂太とデンジは意識を失い、地に伏せている。夏油傑は逃げてしまった。やはり彼は強い。この場にいた誰よりも上手だった。

 

 だが、もうすぐ最強がここに来る。逃げられはしない。

 

 早川那由多の青春の体現たる『術式の共有』は、相手からの了承がなければ使えない。虚式の使用許可が下りた時点で、新宿での決着はついている。

 

 痛む身体に鞭打って、寝返りをうつ。

 意識を保っているもう一人の女の子に話しかける。

 

 

「祈本里香」

【ぁ   あああ  誰 ?】

 

 

 早川那由多は支配の呪霊だ。乙骨憂太と祈本里香が、どちらから支配(あい)した関係かなど、一目で見抜いていた。

 刀に呪いを込める訓練も何も、そもそも彼には必要なかった。

 

 折本里香が乙骨憂太を愛しているように。

 乙骨憂太は最初から祈本里香を支配(あい)していた。

 

 でも、それは彼が自力で気づくべきことだ。告げ口をする気はない。

 ならば、私から言うべきはただ一つ。

 

 

 

「君の純愛に敬意を払って、取材をさせてほしいの」

【        いいよ  】

 

 

 

 

 

 やったぜ。

 

 

 

 

 




乙骨がやろうとしてたこと:自分の命と引き換えにした呪力の制限解除
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。