東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

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再会

 

 

 

 

【side:伏黒恵】

 

 

【じゃあ、私の大脳皮質を蝶結びしてくれませんか】

 

 

 何一つ共感できない代替案により、取引は成立した。

 領域はすでに溶けた。恵が洗面所で二回手を洗って居間に戻った後も、呪霊混じりの男は嬉しそうに結び目を眺めて続けていた。玉犬の牙による負傷を痛がる様子もない。

 

 置き土産ってどういう意味でだ。禪院の顔が好きってそういう意味でか。もうこれ以上は下がることがないだろうと思っていたクソ親父の株が急下降していく。ついでにこんな危険人物を未成年の家に押し付けていった五条悟(あの人)への株も連動して下がっていった。津美紀に直接会わせないで正解だった。

 

 とはいえ得られた情報は有益だった。

 この呪霊は『百鬼夜行の裏で津美紀に術をかけた存在が動いている』と言った。『呪い』ではなく『術』である。短い証言だったが、この情報には想像以上の価値がある。

 呪霊の等級分類は術師に比べアバウトだが、二級と準一級の間には明確な差が存在する。『術式を持っているか否か』だ。

 津美紀の昏睡状態には、最低でも準一級以上の呪霊もしくは術師が関わっている。

 

 

(おまけに「百鬼夜行を企んでる」じゃなく、「裏で動いてる」と言いやがった)

 

 

 新宿京都百鬼夜行の予告は、恵も知らされていた。十二月二十四日は絶対に新宿付近に近づくなと、五条悟(あの人)にしては真面目な様子で厳命されたのだ。

 だが、あの呪霊混じりの男の証言を信じるなら、今回の襲撃の主犯である最悪の呪詛師『夏油傑』は津美紀の昏睡とは関係がない。あるとしても、実行犯ではない。

 恵が考え得るあらゆる可能性よりも、ずっと面倒なことが起きているのだ。一刻も早く大人に相談すべきだ。だというのに肝心の五条悟(あの人)には連絡が取れなくなっていた。ギリギリ日没前だが、百鬼夜行対応で既に帳の中にいるのだろう。副次作用として携帯電波が遮られるのだと、知識として知っていた。

 

 性犯罪未遂呪霊(バカ)を連れて新宿に急行する。流石に帳の中には入れない。周辺を手当たり次第に散策する。

 どうする。どうする。これだけの事件だ。補助監督も複数待機しているはずだ。早く見つけて情報を伝えなければ、手がかりを取り逃がしてしまうかもしれない。恵は五条悟(あの人)以外の呪術師の連絡先を知らなかった。

 

 

【ハロウィン!】

「いい加減離れろ!」

 

 

 腕にしがみつく男をひっぺがす。ベタベタとひっついてくる()()に気づいてから辟易としている。こんなこと知りたくなかった。

 呪霊混じりの居候は、しつこくある方向を指差した。あまり騒がれて注目を集めるのも避けたかったので、仕方なく振り向く。

 

 

【げーーー! このお菓子……草の味がする! ()()()! これ、食べてぇ、………野菜はきらいじゃ……大地の味がするぅ………おい、どこに行った!?】

「……!? おいお前、今なんて言った?」

【んー?】

 

 

 現在進行形で発生している大事件の主犯の名を呼んだのは、黒い三つ編みの少女だった。頭からいくつものツノを生やしている。被り物ではない、本物の異形。バカがそばにひっついていたせいで見落としていた。この女も混ざりものだ。

 そいつは恵たちの存在に気づくと、食べかけの抹茶味のクレープを通行人に押し付けた。

 印を組み、玉犬を呼び出す。日は沈んでいるとはいえ今夜はクリスマスだ。人通りも多い。帳も降りていないこの場所で戦闘を開始すれば、確実に一般人を巻き込むことになる。

 

 

(どうする──!)

 

 

 

 2017年 12月24日 

 京都・新宿百鬼夜行開戦

 新宿南 代々木駅方面 帳外部

 

 

 

 

 いつまで経っても臨戦態勢すらとらない女に、警戒しながら問いかけた。

 

 

「お前は誰の仲間だ?」

【勝ってる方】

 

 

 

 

 

 

 

【side:三輪】

 

 

 京都・新宿百鬼夜行開戦

 同時刻 京都駅 北口方面 帳外部

 

 

 

 

 はねが ふる

 

 ひかりが ふる──

 

 

 呪詛師夏油傑の手札のうち最大の警戒対象である特級仮想怨霊『Angel』が領域を展開した。即座に警備中の術師全員に情報が通達される。京都地区の総責任者である岸辺の指揮のもと、即座に防衛作戦は手際良く進行していく。

 

 呪術師としての経験の浅い三輪にできることはほとんどない。今回の事件対応は領域対策が出来ることが最低条件なのだそうだ。ただでさえ少ない術師の中でも選りすぐりのエリートが集結した。シン・陰流の簡易領域が使用できるということで補助人員として待機していたが、正直場違いだと思う。同じ高専の東堂くんは帳の中に突撃してしまったし、とにかく肩身が狭かった。

 

 

「あのー、岸辺さん。本当に大丈夫なんですか? だって、呪霊なんですよね?」

「三輪、そのリアクションは0点」

「ええー!?」

 

 

 唯一の顔見知りは岸辺さんだけだ。新入りの自分が師範代と仲良くおしゃべりとはなんとも珍妙な状況だが、気まずさには変えられない。隙を見計らって声をかけたというのに、バッサリ切り捨てられてしまった。

 今のはシン・陰流門下生の間で有名な岸辺式採点だ。ミーハーな三輪ははしゃいでいた。

 

 

「いいか、もう一度説明する。絶対に戦闘はするな。『天使』の特級呪霊目当てで来る()()()()()()を監視してる術師達のサポートに徹しろ。具体的には非常時の伝達役」

「……でも、よく取付けられましたね。未確認の特級呪霊の居場所を特定して、接触して、作戦に組み込むなんて。流石伝説の男……! 意味不明! 超ぶっ飛んでます!」

「そうか」

 

 

 ──十二月二十四日、京都における特級呪霊『天使』への三十分の接触を許可する。

 ──2017年が終わるまで、シン・陰流の呪術師への一切の敵対行為を禁ずる。同様にシン・陰流の呪術師側からの敵対行為も禁ずる。

 

 

 師範代たる彼だからこそ結べた大規模な不可侵条約。一般人への攻撃を阻止する縛りまでは結べなかったとぼやいていたが、三輪からすれば何もかもが理解の範疇外で、どう反応すべきか分からなかった。

 単独で秘境に飛び込み、とんでもない相手ととんでもない縛りを結んでとんでもない作戦を実行にこぎつけた。かの伝説ほどの実績と影響力がなければ立案する前に上層部に潰されていただろう。

 

 爆発音が、三輪たちが待機する帳の外部にまで響く。戦闘はすでに始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:レゼ】

 

 

 2017年 12月24日 日没後

 京都・新宿百鬼夜行開戦

 品川──

 

 

 呪詛師夏油の潜伏先の一つである品川拠点作戦は、つつがなく完了した。一般信者たちの中に呪術師はいない。学生とはいえ呪術師として活動している五人にとっては楽な仕事だった。異変があればすぐに対応できるように一箇所に集めて見張る。形式上だけでも脱会させられないかと、アレやこれやと書類手続きを勧めてみるが、当然進捗は芳しくなかった。主従契約を破棄させる力を持つ呪具自体は存在するらしいけれど、信者全員をカバーできる規模となると現実的ではないそうだ。

 残るは上層部が茶々を入れてこないかの警戒だ。むしろこちらが今回の作戦の本命とも言える。巡回のためレゼ&真希コンビと、棘&パンダコンビでチーム分けをした。中距離型と近距離型で、お互いがカバーしあえる組み合わせだ。

 

 

「いーねさっきの。青春って感じ」

「盗み聞きですか」

「聞こえちゃったのさ。むしろそれとなーく憂太くんと二人きりにしてあげたこと褒めて欲しいな〜」

「殴りますよ」

「満更でもないんじゃん?」

 

 

 憂太くんと真希ちゃんの身の上話はとても初々しく爽やかだった。こっそり見守っていたつもりだがバレたようだ。それほど本気で隠れたわけでもないので適当に茶化す。

 真希ちゃんはそれはそれは刺々しかった。パンダくんが気を遣って私にチーム分け変更打診のハンドサインを送ってくる程度には厳しい対応だ。先輩ということで敬語は使ってくれているが余計に距離を感じてしまう。

 

 

「真希ちゃんさ、私のこと嫌い?」

「……演技くさいんですよ、先輩は」

「そう?」

 

 

 禪院真希は天与呪縛で一般人並みの呪力しか持たない代わりに、常人を遥かに凌ぐ身体能力を持っているらしい。肌感覚まで強化されているのだろうか。

 レゼは白髪の男からの嘲笑を思い出した。

 

 

 ──うわっ、キモ

 ──魂と肉体の動きが一致してないのかな。人間ってそんなこともできるようになるんだ。演技? 生まれつき? それとも訓練で身につくもの?

 ──本っ当、気持ち悪いね!

 

 

 どいつもこいつも、勘が鋭くて困る。悲しそうな表情を浮かべながら、心の内ではどこか冷静な自分が状況を俯瞰していた。

 

 

「──!」

「おう、来たな」

 

 

 打撲音が響く。ゴリゴリと硬いものが削られる音と、液体が床にぶちまけられる音。物騒な気配がどんどん近づいてくる。

 

 本当に上層部が干渉しに来たのか。五条先生はああ言っていたが正直半信半疑だったというのに。ここまでされるのはひょっとすると五条先生が各方面から目の敵にされているのがメインの理由なのではとさえ思う。もっとも、彼がそれだけ嫌われる程の立ち回りをしていなければ、レゼも憂太もこんなに呑気に学校生活を謳歌してはいなかったのだろうけど。

 

 憂太くんと別行動をとって良かった。人を殺す程度、私はどうということはないけど、彼はきっと悲しむから。

 向こうがその気なら遠慮はしない。真希ちゃんは呪具を構え、私は髪を引き抜き呪力を練った。

 

 予想通りの襲撃だった。

 予想通りに帳が降りた。

 予想通りに、人が死んだ。

 

 

「「!?」」

 

 

 想定外だったのは、襲撃犯が上層部からの差金ではなく、呪詛師夏油傑だったことだ。

 見知らぬ術師の死体を乗り越えて、そいつは近づいてきた。

 

 

「君たちは生徒だね。内部抗争とは余裕じゃないか。一瞬私の狙いがバレてたのかと思って焦ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 真希ちゃんの奇襲は片手で受け流された。私の追撃も余裕を持って呪力で防がれる。

 操術系の弱点である近接戦でさえ、圧倒的な実力差が存在していた。

 

 

(これが()()呪詛師……!)

「いい術式だ。肉体を媒介にしているのかな。遠距離で使いこなすのには苦労しただろう──まあ、関係ないけどね」

 

 

 無数の蝶が現れる。呪霊操術だ。一匹一匹は大したことがないが、数が多い。たった二人では対処しきれない。

 

 

()()()!」

「棘!」

 

「──命を捧げろ」

 

 

 瞬間、呪霊達が凄まじい威力で爆発した。狗巻棘の呪言で呪霊の動きを鈍らせなければ、あっという間に取り囲まれて致命傷を負っていただろう。ありがたい増援だ。

 

 

「無事か! 真希! 先輩!」

「お前ら何こっち来てんだ!」

「言ってる場合か!? なんで夏油傑がここにいるんだよ!」

「ツナ!」

「素晴らしい! 素晴らしいよ! 仲間のために駆けつけたんだろう!? なんて感動的なんだ!」

「なんだこいつ!?」

 

 

 パンダくんが私を抱えて後方へ退避させてくれた。短く礼を伝えて構え直す。真希ちゃんは自力で避けたようだ。

 前衛二人に合わせて後方から支援する。

 

 

(ダメだ、押し切られる……!)

 

 

 夏油傑は強かった。強すぎた。日本にたった四人しかいない特級術師。五条先生がぶっ飛んだ規格外なら、こいつは()()()()()()()()()()()。勝てるイメージが少しもわかない。分厚い壁を感じる。もっと強力な一手がなければ話にならない。

 

 

「……」

「しゃけ?」

「うん、大丈夫。サポートお願い」

 

 

 思い出せ。最適な動きを、戦い方を。かつて骨の髄まで叩き込まれた、人の殺し方を。

 足の裏に呪力をためて、爆破する。右と左の中指の爪を犠牲に加速して、顔面に飛び蹴りを叩き込んでやった。

 

 

「っ、──!」

「レゼ先輩、近接苦手って言ってなかったっけ!?」

「動き方は今思い出した」

「なにそれ!?」

「けほっ、その武術……軍仕込みかな? 日本のじゃないな……アメリカ……ソ連! あたりだな」

 

 

 肘を爆破する。反動で拳を加速させる。腕がもがれる。都合がいい。後輩ちゃんが慌てている。心配をかけてしまったかな。問題ないと告げて、人体の二十%分の爆破をお見舞いする。

 まだ足りない。あの呪詛師には届かない。中途半端な攻撃は、呪霊の肉壁に阻まれる。

 

 

「あああああああああ!」

 

 

 近づく。近づいてみせる。こいつは今ここで倒さなければならない。

 私が過ごしている『普通の生活』を、きっといくつもの悲劇と奇跡の上に成り立っているこの平穏を、守らなくてはならない。

 私は、この学校に通うためならなんだってする。

 

 

()()()

 

 

 棘くんが喉を潰しながら呪言で呪詛師を足止めする。パンダくんが支え、真希ちゃんが繋ぐ。この隙は絶対に逃さない。絶対に繋げて見せる。

 

 『焔硝呪法』──嘘の生徒として嘘の名前で登録した私の力。爪や髪を媒体に、爆発を起こすことができる術式。もっと効率の良い使い方を、ずっと前から知っていた。肉を、骨を、全ての臓器を代償に捧げ──呪詛師の男に抱きついた。

 

 

 

 

 レゼは、不死身だ。

 頭が潰れようと、腕が吹き飛ぼうと、何もかもを忘れてしまっても、肉体だけがこの世に留まり続けている。

 

 母国語は多分日本語じゃない。目の前の男の推測を信じるなら、ロシア語の方が馴染みがありそうだ。レゼって名前も、しっくりこない。本当はもっと違う名前だった気がする。

 

 憂太くんは怒っていたけど、あのツギハギ男の発言をレゼは否定できなかった。

 

 何もない。何も覚えてない。それらしい演技で取り繕っている。私は嘘ばかりだ。

 そんなの、私が一番よく分かってる。

 

 

 ──学校に通わねえか? ()()がやじゃなきゃだけど。

 

 

 でも、先生が日本語で話しかけてくれたから。レゼと呼んでくれたから私は今ここにいる。そしていつか夢に見ていただろう大切な『普通』手に入れた。

 だから私はレゼを選んだ。これから私はレゼになる。

 

 

 ──自信は、ないや

 ──だから、成功させるんだ。それから手に入れる!

 

 

 私はレゼ。

 みんなと一緒に学校に通ってる、呪術高専のレゼ。

 私は嘘だらけで、こんな楽しい生活に見合っているかなんて分からない。

 だから自信はこれから手に入れる。いつか彼が魅せてくれたように。

 

 

 狙うは呪詛師の首ただ一つ。

 訳の分からない思想を語る悪人に邪魔をされてたまるか。

 

 これは、私たちの青春と矜持をかけた戦いだ。

 

 

「っ、これは、素晴らしいね!」

 

 

 全身を捧げた一撃だ。相手も無傷では済まない。火傷を負った手のひらで、埃を払っている。──油断、している。

 命懸けの一撃を、潰したと思い込んで慢心している。その隙こそが狙いだった。

 レゼは不死身だ。再生した新しい手と足で、呪詛師の後頭部目掛け必殺の一撃を繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──なるほど、すでにピンを抜いていたわけだ」

「え?」

 

 

 意識の外からの一撃のはずだった。

 腕が切り落とされる。粘液状の呪霊が腕を、首を、絡めとる。体を動かすことができない。

 不意打ちは不意打ちとして成立していなかった。完全に予測されていた。なぜ。

 

 

「どう……して……」

()()()()()()()()()、私といえど少しはダメージを負っていたかもしれないね」

「な……」

「経験の差というやつだよ」

 

 

 男は無傷だった。

 狗巻棘が切り開き、パンダが支え、禪院真希が繋いだ全ては、容易に潰された。

 巨大な呪霊が現れ、物量で押し切られる。新しく手札を切る程度で、決着のつく勝負だった。

 

 

「私は今猛烈に感動している! 呪術師が呪術師を! 自己を犠牲にしてまで! 慈しみ! 敬う! 私の望む世界が! 今ここにある!」

 

 

 ()()呪詛師。

 知恵を巡らせ、創意工夫を重ね、完璧な連携で挑み、命を捧げた程度では埋められない圧倒的な差が、そこにはあった。

 

 

「──さて、次は本命だな」

 

 

 狂気じみた演説は、次の瞬間には消え失せた。表情の抜け落ちた顔で足をすすめる。

 私たちが男の独り言を聞くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 補助監督たちの死体に手を合わせ終わると、その女性は静かに門を潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:乙骨憂太】

 

 

 

「遅いな……」

 

 

 正体不明の帳が降りるや否や、一緒に待機してたパンダと狗巻くんは飛び出していった。お前はここで待っていろと、憂太に強く言いつけて。誰かが信者の人たちを見張っていなければならない。それに一度は納得した。

 

 

 ──爆発音が響く。

 

 

 何が起きているのだろう。

 ただ待つというのは、もどかしい。

 

 

 信じている。

 

 

 ──ねえ、憂太くん。お願いがあるの。

 

 

 信じている。

 

 

 ──もし、命がけで戦わなきゃいけないぐらいのことがあったら、

 

 

 信じている。

 

 

 ──私のこと、見ないで。

 

 

 別れる前のやりとりを思い出す。

 どうして、レゼ先輩はあんな顔をしていたのだろう。

 

 

 

 

「やあ!」

「は……?」

 

 

 帰ってきたのは、友達でも、先輩でも、上層部の人たちでもなかった。

 夏油傑──今、新宿で先生たちと戦っているはずの呪詛師だった。

 

 

「えっ、な、どうして……」

「ああ、ここにいたのが分かった理由? 君たちに落ち度はないよ。残穢の処理は完璧だった。でも残穢以外にも人間の痕跡はたくさんあるものだ。何のために宣戦布告をして、君と接触したと思う?」

 

 

 夏油傑は一匹の呪霊を憂太に見せつけた。憂太の匂いを覚えさせたのだと、追跡手段について解説を続ける。

 

 

「今回の百鬼夜行とか全部ね、君に憑いてる『祈本里香』を奪うためのブラフだよ。本当に申し訳ない。呪術界の未来のために死んでくれ」

「……みんなは、」

「心配しなくていい。私は呪術師は殺さないよ。()()()()()()()()()()

「──そうか」

 

 

 呪詛師からは、血の香りがした。

 

 狗巻くん、パンダ、レゼ先輩。

 

 ──真希さん。

 たくさん苦労してきた筈なのに、何でもないように笑った人。呪霊が見えないからと落ちこぼれ扱いをしてきた実家を見返してやるんだと、強くまっすぐ立ち続けていた人。

 ああなりたいと、憧れた。

 

 それを、こいつは、この男は、二度も侮辱し傷つけた。

 

 部屋の壁に亀裂が走る。信者の人たちが逃げ惑う。柱が、天井が、音を立てて剥がれていく。

 

 

 ──怒りを制御しなさい。そうすれば、憂太に怖いものはないよ。

 

 

 これは、どんな映画を見ても抱けなかった感情だ。だってどの作品も僕の大切なものを傷つけたわけじゃない。どうしてこんなものを見せられているのだろうとずっと困惑していた。

 

 今なら、わかる。

 先生は間違っていなかった。

 

 僕は、こいつをぐちゃぐちゃにしたい。

 

 かつて五条悟が死の淵で掴んだように、呪力の核心を知覚する。

 激情こそが乙骨憂太のトリガーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:夏油傑】

 

 

 想定よりも多く配備されていた呪術師を手早く処理しながら、哀愁に浸る。

 

 決別の日から、十年が経った。

 猿は嫌い。非術師は皆殺し。術師だけの優しい世界を作ってみせる。

 夏油傑は選んだ本音通りの大人になった。

 

 

 新宿京都百鬼夜行。勝てるかどうかは五分五分だった。

 ミゲルに25万年分の寿命武器を与え、京都で『天使』の領域を展開し、一般人から寿命を補充する。

 ミゲルは強い。夏油傑をして、五条悟の足止めが可能だと判断させる程に。運が良ければ撃破すら可能だと踏んでいた。

 

 だが、まだ足りない。

 

 五条悟は、死の淵まで追い詰めれば必ず強くなって帰ってくる男だ。その理不尽さを、私は誰より近くで見てきたのだ。殺せば、必ずそれ以上の暴力を以ってねじ伏せられることとなる。

 

 

(一対一の戦いにおいて、君に勝てる者はいないだろうね)

 

 

 五条悟は最強なのだから。

 だが、私たちが今しているのは多数対多数の戦争だ。勝ち筋ならばいくらでもある。いくらあいつが強くとも、たった一人では複数の場所を同時に守ることはできない。

 五条悟という戦力が、新宿や京都という小さな戦場で勝ったところで、大局的な勝利は手に入らない。

 

 そしてそれは夏油とて同じ。

 途方もない夢を叶えるために、夏油傑は馬鹿みたいな戦争(ブラフ)を仕掛けたのだ。

 仮の目的を与えてやる。そうして相手を都合よく動かしてやる。学生時代は常に迎撃する側だった。まさか将来襲撃を仕掛ける側の経験として活かされることにとは思わなかった。

 片方の目的は既に果たしている。あとは呪いの女王たる『祈本里香(無限のエネルギー)』が手に入れば、もはや悟すら障害にならない。私の夢は目前だ。

 

 

「まさか、千年分の寿命武器が容易く破壊されるとは思わなかった。是非手に入れたい」

「ぐちゃぐちゃにしてやる」

 

 

 乙骨憂太は激昂した。抜刀し、かつてリコに向けたように今度は夏油に殺意を向ける。

 経験の少なさを補って余る呪力量。格闘センスも悪くない。迷いもなく判断が早いのも素晴らしい。

 

 だが夏油と戦うにはまだ足りない。

 

 例えば、位置取り。

 例えば、フェイントの掛け方。

 場所を変えて正解だった。彼は攻めあぐねている。コントロールを放棄した単純な呪力でごり押しするには、彼の大切なお友達が近すぎる。

 

 

「素晴らしい。君は今、呪術師の友人を心配しているね? 巻き込まないように手加減している。ああ、本当に素晴らしい。これこそ私の求める世界だよ」

「黙れ」

 

 

 変幻自在の無限の呪力が練り上げられていく。あれをまともに受ければ、特級術師である己とてただではすむまい。祈本里香の全力は既に目撃している。警戒するに越したことはない。だから、馬鹿正直に受けてなんかやらない。

 

 

「だけどね、私の理想の世界にこの猿は不要なんだ」

 

 

 乙骨憂太と夏油の間に、呪霊が割り込む、牙の隙間から血が滴る。意識を失った禪院の落ちこぼれの(さる)だ。

 振り下ろされかけていた刀が止まる。自力では間に合わなかったのだろう。祈本里香に物理的に止めさせていた。

 

 

「っ──!」

「おや、止めるのかい? そのやり方は肉体への負担が大きいから控えたほうがいいよ」

「真希さんに触るな」

 

 

 乙骨憂太の判断は早かった。呪霊に突撃し、人質を奪還する。あの猿にそこまでする価値は夏油には見出せないが、鮮やかな手際には百点満点を与えたくなった。

 ごほうびだ。二級呪霊を呼び出し、命令を下す。術式を持っていないだけで呪力量だけは段違いのそいつに命令を下す。

 

 

「──命を捧げろ」

「里香っ、守れ!」

 

 

 もう遅い。

 巨大な呪力が、呪霊の命そのものと引き換えにさらに数十倍に膨れ上がり弾けた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。貫通力に特化した、暗殺特化の戦術だ。

 乙骨憂太は強い。だが対人戦闘の経験が足りなさすぎた。不意打ち、騙し、フェイント、嘘、人質──意地の悪い戦い方を知らない。

 

 

「……?」

 

 

 煙がはれる。目の前に広がる赤。広がる血と臓物が、逆再生で元に戻っていく。ありえない現象なのに、懐かしくてたまらない。

 

 

 

 

 

「──よかった」

 

 

 

 

 

 

 スーツ姿の女性が、乙骨憂太たちの肉壁になっていた。

 

 

「君たちが頑張ってくれたおかげで、定時退社で間に合った。うちの会社の偉い人たち、急用で有給取らせてくれないんだもん」

 

 

 夏油傑は知っている。目の前のスーツ姿の女の正体を。

 人のふりをして、人のように生きている。日本で唯一、人間に対して友好的だと認定を受けた呪霊にして、社会に適合した成功例。五条悟、家入硝子に並ぶかつての学友──

 

 

「誰ですか……?」

「君と話がしたくて。まずは好きな子の名前を教えてくれる?」

「──早川那由多!」

 

 

 忘れるわけがない。

 あの頃と寸分違わぬ潜め眉で、彼女は立ち塞がった。

 

 

「久しぶりじゃないか。何をしにきた?」

()()

 

 

 

 




1000人の虎杖悠仁
25万年分の呪具
1000万体の呪霊

クソデカ呪術廻戦



【キャラ紹介】
岸辺さん
 シン・陰流の伝説の師範代
 このクロスオーバーのMVP。デンジを呪術師の世界から遠ざけたり、ナユタを高専に通わせる手伝いをしたり、幼少期の五条悟の武術指導をしたり、天元支配未遂騒動の後始末をしたり、シン・陰流の後進指導をしたり、特級呪霊のコミュニティに単身踏み込んだり、ニャンボちゃんの体調不良にショックを受けたり、死ぬほど忙しい日々を送っている。引退したいけど若者が死ぬのを見る方が辛いのでまだ現役をやっている。

三輪ちゃん
 シン・陰流の期待の新人
 岸辺に対して、口に傷があるしピアス開けまくりだし何考えてるかよくわからないしシン・陰流の先輩はみんな恐れ敬ってるしで最初は怖がっていたが、携帯の待受がニャンボちゃんなことに気づいてから爆速で打ち解けた。良い子。
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