東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

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決戦前夜

 

 

 

 

【SIDE:乙骨憂太】

 

 

「はーい、チキチキ祈本里香解呪アイデアコンテストはぁじめぇるよー! エントリーナンバー一番! はい真希!」

「何はしゃいでんだ目隠し野郎」

「もー! ノリ悪いとモテないよ」

 

 

 真希さんの振り上げた呪具が五条先生の無限により防がれる。不愉快そうな舌打ちが聞こえた。

 いかにもといった怪しい札や鎖でいっぱいの封印部屋でコメディなやりとりが繰り広げられている。絶対に攻撃を喰らわない教師と、死んでも蘇る教師しかいないクラスだ。生徒のツッコミは日に日に暴力的になっていくが、平然と処理される。近頃は里香ちゃんの大暴れすらギャグの文脈で処理されることが増えてきたのだから、今更驚きはしない。だが改めてすごい学校だなあと憂太はちょっと感動した。

 最悪の呪詛師、夏油傑が呪術界への宣戦布告をしてから一日。緊急拘束された憂太は封印部屋に軟禁されていた。

 一晩明け、先生たちとクラスメートのみんなとようやく会えた時はホッとした。一人は寂しい。そう感じている自分を再認識する。

 

 

(なんだか、懐かしいなあ)

 

 

 死にたがっていた頃の自分がこの光景を見たらどう思うだろう。友達がいて、先生がいて、とても賑やかだ。憂太は一人じゃない。

 何より、レゼ先輩が生きてる。元気だといいな。元気でいて欲しい。そう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ僕への処分はどうでもいいよ。僕、最強だから強行は無理だし。問題は憂太だ。元々あった死刑の保留が取り消されちゃったんだよね」

「どうにかしろよ」

「めっちゃ頑張ったよ。こう見えてもわがままのプロだよ僕は」

「見た目通りじゃねーか」

「しゃけ」

 

 

 かつての秘匿死刑が中止になったのではなく、保留扱いだったとは知らなかったが、もはや些細な問題だ。特級被呪者『乙骨憂太』は処刑が確定してしまった。

 

 

「死刑が止められないなら、いっそ逃げるってのは?」

 

 

 提案したのはパンダだった。早川先生が身を乗り出してノリノリで賛同する。

 

 

「マレーシアか……!」

「海外逃亡はもういいよ。逃げるのは最後の手段ね。前例がいるせいで絶対警戒されてる」

「絶対?」

「絶えぇっっっっ対。ね、早パイ」

「マレーシアは……」

「早パイどれだけ行きたいの」

「俺ん妹のチョコ……」

「あれはブランド名が同姓同名なだけだろ」

「こいつなんか怒ってねえ? コワ〜」

 

 

 早川先生に妹がいたとは初耳だ。憂太もリカちゃん人形を見かけるたびにちょっと懐かしい気持ちになるので共感した。どんな名前なんだろう。今度検索してみよう。

 とにかく逃げるのはあまり良い手ではないそうだ。呪詛師夏油傑との戦いを控えた今、信頼できる人間は皆多忙で、逃亡を手引きする人員を捻出することは難しいらしい。

 

 

「じゃあどうすんだよ」

「憂太のやることは変わらない。死刑宣告が出たのは特級被呪者の憂太なんだから、死刑日までにそうじゃなくなればいい」

 

 

 つまり祈本里香を解呪するのだ。憂太の目標は揺るがない。

 

 

「あくまで最終目標はね。死刑執行日に関してはグレートティーチャー五条がどうにか先延ばししてみせよう。ただ、もう一つ問題がある。呪詛師夏油傑の討伐作戦に、憂太の参加が直々に指名された」

「……それの何が問題なんですか?」

「新宿で夏油一派と直接ドンパチしろって命令じゃないとこかな」

 

 

 五条先生は地図を広げた。東京都内にいくつもの赤い丸がついている。品川のあたりを指差して、憂太に出動命令が出てるのはここだと説明する。

 

 

()()()()()の協力のおかげで、夏油傑が隠れ蓑にしてた新興宗教の都内の拠点は判明してる。ただ向こうもそれはわかってるから宣戦布告後は他の場所に潜伏してる」

「じゃあどうして」

「ぶっちゃげると、一般信者の皆殺し命令だね」

「……へ?」

「祈本里香を制御できないのなら、制御できなくても問題ない場所で暴れさせて有効活用しろってこと」

「は!? へ!? な、何でそんなこと……」

 

 

 まさか人殺しの命令を受けるとは想像していなくて、動揺した。真希さん、狗巻くん、パンダの顔を順番に見る。みんな一斉に首を横に振った。やはり、呪術師全体で見てもまともな命令ではない。

 

 

「呪術のお勉強だ。『主従契約』の話をしよう。憂太って、赤信号無視するタイプ?」

「え、そんなことは……」

「すごく急いでても?」

「は、はあ……」

「あはは、めっちゃぽいね」

「おいデリカシー」

 

 

 パンダのツッコミは、おそらく里香ちゃんの死因が交通事故だからだろう。彼は細かいところに気が回る優しい人だ。人じゃなくてパンダだけど。

 五条先生はツッコミを無視して解説を続けた。

 

 

「『なんとなく従う』『破っちゃいけない気がする』――この感覚は呪術における基礎で、主従契約もその延長線上にある。夏油の呪霊操術はこれが成立してない自然発生した呪霊しか取り込めない。『祈本里香』だって憂太と形式上は主従関係だよ」

「主従って、そんなんじゃ……」

「信頼とか、愛とか、倫理観、道徳心って呼んでもいい。全部ひっくるめて『呪い』だよ。でもまあ判定が大雑把ってのは、その通り。やばい例だと、最悪の名を冠した呪霊が昔これを悪用して、日本の総理大臣経由で全日本国民の命を掌握した」

 

 

 早川先生が眉を顰めた。

 

 

「ウケるよね。思いついてもやらないでしょ、こんな荒技。例えば日本の交通ルールを守ったり、日本円を使って買い物をしたり、税金を納めたり。日常生活そのものを『国家への主従関係の了承』とみなして強制的に縛りを結んだ大事件があったの。これ、オフレコね」

「今はその最悪の呪霊とやらじゃなくて、あの呪詛師の話だろ」

「はいそこ焦らない〜」

「真希、抑えろ抑えろ!」「おかか」

「これの小規模版を、夏油傑はできるかもしれないってこと。あの男は、新興宗教の教祖として潜伏してたからね」

 

 

 つまり、内閣総理大臣が国民の命の使用権を持つように、教祖は信者の命の使用権を握っている可能性が高いのだそうだ。なんだか途方もない規模の話だ。

 

 

「みんなも見たと思うけど、上は『天使』を警戒してる。本来は、直接接触するか領域に引き摺り込むかした人間からしか寿命を奪えないけど、契約者が寿命を捧げた場合にどう処理されるかは不明。上はいけると考えてる。夏油の組織は信者数せいぜい数千人程度だけど、『布施をしたことがある』『呪霊がらみの相談をしたことがある』程度の縁を結んだ人間もカウントできるかもしれない」

「それって……」

「はい数学の授業! 憂太! 50年×1万人は!」

「えっ!? ええっ、えっと50万年」

「それって100年分の寿命武器何本分?」

「……5000個分」

「やべえな」

「しゃけ」

「ヤバいだろ」

「そう、ヤバい。まあ僕は平気だけど、戦線は間違いなく壊滅するね。もしかしたら負けるかもーって上はビビってんの」

 

 

 呪霊操術の一番の強みは手数なのだそうだ。呪具を無数に生み出す『天使』の能力と組み合わせれば、千の呪いを千の特級呪具で武装させることも理論上は可能。呪具で弱点を補う呪霊の厄介さを語る先生の声は妙に実感がこもっていた。

 

 

「そんなに便利な能力なら、もうすでに呪具に変換してんじゃねーの?」

「それはない。夏油が今回の戦争の先を見越して動いてるなら、せっかく育てた組織を使い潰しはしない。もっとも追い詰められれば使うかもしれないから事前に潰してしまおうってのが上の考えさ。……で、話は戻るけど」

 

 

 五条先生は憂太をまっすぐ見据えた。目元を隠す包帯越しだというのに、強い視線を感じた。

 

 

「憂太、何も悪いことしてない一般人、殺せる?」

「い……嫌です! 無理無理無理!」

「だよねー!」

 

 

 じゃあどうするか。五条先生の提案はシンプルだった。

 

 

「サボる。全力でストライキする。利用されてるだけの一般信者を無理に殺す必要はない」

「……それっていいんですか?」

「サボるとどうなるでしょう」

「偉い人たちが、怒る……?」

「殺しに来るかもね」

「過激すぎない!?」

「呪詛師のテロへの対処をおっぽってまでするか?」

「どうかなー。というかね、憂太にとにかくストレス与えて()()()()()()()、処刑の大義名分を確かなものにしたいっぽいんだよね。僕が確実に憂太のそばを離れる貴重なチャンスに、ちょっかいをかけに来るバカがいないとは限らない」

 

 

 パンダの疑問に五条先生は即答した。上は魔窟、内輪揉めダイスキ。ふざけた話し方だが、意外なことに真希さんが同意した。嘘は無いということだ。怖い。

 

 

「新宿の件は、僕と早パイたちで全速力で片付ける。目下、憂太を含めた一年の課題は、僕らが救援に来るまでの間、品川での拠点殲滅任務を命令違反扱いにならない程度にごまかしながら耐えること。ちなみにここをミスるとみんな死刑でぇっす」

「茶化すなバカ」

 

 

 真希さんのツッコミはまたしても先生の術式で防がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、他の学年は別行動だけど、一人だけ助っ人を連れてきた」

「あ」

 

 

 皆が首を傾げる中、部屋に入ってきたのは、知っている姿だった。

 黒い髪。ノースリーブのシャツ。ハイウェストの短いズボン。乙骨憂太は彼女との再会を待ち侘びていた。

 

 

「レゼ先輩!」

「ん、久しぶり〜」

 

 

 傷一つなかった。あの時の事故は嘘だったかのようにピンピンしている。早川先生は嘘をついていなかった。

 

 

「ユウタくん、私のために怒ってくれたんだって? 優っしい〜!」

 記憶にある通りの距離の近さだった。真希さんたちも顔見知りらしく、三者三様の反応で出迎えていた。

 レゼの生存が乙骨たちに知らせられなかった理由は単純、超重要機密事項だからだと先生たちは説明した。とある事情ですぐに回復していたのだが、事故の目撃者が多すぎて「たまたま無事でした」という言い訳が通らなかったそうだ。

 

 

「僕が言うのもなんだけど、レゼが生きてるって咄嗟によく信じたね」

 

 

 完全に頭が潰れてたのにさと五条先生はケラケラ笑う。真希さんとパンダはデリカシーがなさすぎると顔を顰めていた。たしかに、疑問に思うことはたくさんある。けれど――

 

 

「早川先生のこと信じてるから。嘘ついたりしない人だって」

「そりゃどーも」

 

 

 紛れもない本心だ。

 乙骨憂太は、この場にいる全員を尊敬している。彼らの気持ちに応えたいと思う。だから、精一杯頑張りたいと思う。

 クリスマスまでは残り一週間も無い。上層部の横槍にも備えて、訓練をこなさなければならない。

 

 

「というわけで憂太、これ」

「え?」

「昔渡した刀にヒビ入ってるでしょ。祈本里香の呪力を一度に込め過ぎ。新しいのあげるから」

「あ、そういえば……」

「ちなみにこれは八億円だから今度は壊さないように」

「八億!? は!? えっ!?」

 

 

 壊してしまった方の呪具が一体いくらだったのか、怖くて聞けなかった。憂太を励ますように、五条先生は声をかける。

 

 

「憂太には昨日見せた力を自在に引き出して、制御できるようになってもらう。怒り方を覚えなさい。そうすればもう怖いものはないよ」

 

 

 そして、長い長い作戦会議をそう締めくくった。

 

 

「さーて! 見事に話をまとめたこの五条悟を一番的確に誉めた子には僕から豪華プレゼントが! はい! イケメン!」

「満員電車で無限使って一人悠々とスペース確保してそう」

「ブッブー! 基本的に伊地知の車で移動するので電車に乗りませーん」

「おかか」「ムカつく」

 

 

 パンダの次は真希さんが。狗巻くんも便乗する。誰一人真っ当な褒め言葉を向ける生徒はいない。

 憂太が笑う。みんなが笑う。レゼ先輩が笑う。

 死刑宣告なんてとんでもない事態になっているというのに、憂太は今の生活を楽しいと感じた。

 早川先生はその様子を見守っていた。ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

【SIDE:五条悟】

 

 

 悟はキレていた。

 生徒の手前ある程度は取り繕ったが、パンダあたりには気づかれていただろう。あの呪骸は、製作者に似たのか些細な情緒に妙に鋭かった。

 

 

 特級被呪者乙骨憂太の死刑が確定してしまった。死刑執行人は五条悟である。

 

 

 上はとにかく五条悟をコントロールしたがっている。無理難題を押し付けられたり、人質まがいの人員配置を強要されたりするのはいつものことだが、今回はレベルが違う。自分の生徒を殺せとあの老害どもはのたまった。

 そもそも憂太が処刑を免れていたのは、究極的には『まだ死者を出していないから』だ。危険極まりないだけの可能性でしかないから、五条悟(さいきょう)が安全弁になってやれる。

 だが、もしも本当に暴走してしまったら? 一線を超え、多くの死者を生み、これからも被害を拡大させ続けるような存在に成り果ててしまったら?

 ……その時は、殺すしかない。

 呪術界に溢れる悲劇の一つとして、責任を持って処分する。かつてチェンソーマンが『銃』の受肉体にしたように。これから五条悟が夏油傑にするように。

 

 五条悟は大人になった。もう、個人を世界よりも優先することはない。ただ一人のために、一緒にむちゃくちゃになっていいとも思えない。

 あの臆病を拗らせた年寄りどもも、その程度は見抜いている。だから祈本里香という不発弾を抱え続けるリスクをさっさと消してしまうために、いっそ暴走させてしまうことで五条悟のケツを蹴るつもりなのだ。

 

 クソだ。クソの集まりだ。今すぐまとめてくびり殺してやりたい。腹の底から湧き出る本音を飲み込んだ。そんな手段は選ばない。そう決めたから、五条悟は教師の道へ進んだのだ。

 

 

 生徒たちはタイムリミットに向け訓練に励んでいる。

 新宿の迎撃作戦の指揮は夜蛾がとっている。伊地知には百鬼夜行対策の裏方処理と並行していくつか仕事を割り振った。

 残る家入硝子と早川デンジ――数少ない信用のおけるメンバーで、今後の方針を話し合っていた。

 

 

「岸辺は?」

「領域対策できる門弟連れて京都方面警備するってさ。ユウタ関連のフォロー頼むのは流石に難じぃだろ……あのさあ、岸辺さんもさあ、もう七十だぜ? ニャーコ……ニャンボちゃんが動物病院に入院したりでバタバタしてんだ。優しくしてやれよ」

「呪術師は生涯現役でしょ」

「お前……」

 

 

 早パイが百点満点な(まともじゃない)くせにまともそうな発言をする。ムカついたので圧をかけたが動じる様子はない。完全に正面から受け流された。硝子も我関せずと喋り始める。悟相手に萎縮するような奴はこの場にはいないのだ。

 

 

「で、どーすんのあの子。禪院真希の攻撃で顎の骨折れたって聞いたからわざわざ診察したのに無傷だし、無駄足もいいとこだよ。自力で回復してたんでしょ? 反転術式方面伸ばした方が良かったんじゃない」

「憂太は直情型だ。それも百点満点級のネジの外れ方をしてる。上の狙い通りにやらかせさせないためにも、小手先の技術より感情コントロール習得が最優先だ」

「ふーん」

 

 

 憂太の暴走を目撃した多くの人間は、感情を抑える訓練をさせるべきだと考えるだろう。だが、それは下策だ。

 呪術師にとって感情とは、抑えつけるだけのものではない。呪力の出力を底上げするために、時には激情を抱くことも必要だ。その点、憂太は優秀だ。時間の猶予が無い今、あの才能は彼の武器にしていくべきだ。

 

 

(意図的に感情を爆発させる練習――我ながら良い案だと思ったんだけど、難航してるかあ)

 

 

 試しに五条悟絶賛のクソ映画を見せたり、罵倒の得意な――本人に言ったら怒られたが――真希に思う存分野次らせてみたり、早パイイチオシの妙に難解でよくわからない映画を見せたり、あらゆる方法を試したが憂太は落ち込むばかりでうまく感情を爆発させることができなかった。

 一週間で憂太が里香を完全に制御できるようになれば理想だったのだが、無理は言うまい。第二案として、上の処刑命令をのらりくらり躱しつつ、制御できる可能性を示すしかない。

 特級過呪怨霊『祈本里香』の恐ろしさは、正体不明であることだ。特別な血筋でもない普通の少女の呪いがあれほどの規模に育った理由がわからない。故に上は恐れている。

 

 

 ――正体がわからないのであれば、わかるまで格を落としてやれば良い。

 

 

 かつての学友の言っていた通りだ。正体がわかれば、どうにかできる気がしてくるものだ。そう思わせるためにも、『乙骨憂太』自身の才能を見せつける。傑の宣戦布告時に披露したような研ぎ澄まされた怒りによる呪力制御法を自分の意思で引き出せるようになれば、憂太の当面の命の危機は去る。大抵のトラブルに対処できるし、戦力になるのではと欲を出した中途半端な保守派を抱き込める可能性も出てくるからだ。

 本人の自己申告と、吉田ヒロフミの採点結果。そして今回の祈本里香完全顕現。どれも確証と呼べるものではないが、ここまで判断材料がそろえば嫌でも気付く。

 

 

「伊地知の報告待ちだけど、僕の勘が正しければ間違いなく原因は憂太側にあるね」

 

 

 乙骨憂太は最強(ぼく)に並ぶ術師になる。予想ではなく確信だ。

 だが、それはあくまで未来の話。現時点では可能性に過ぎない。彼が保護対象であることに変わりはない。

 傑との決着と、可愛い生徒たちの保護。五条悟は一人しかいないというのに、両方同時にこなさなければならないのだから大変だ。

 時間も、人員も、何もかも足りない。自分一人が強いだけではダメなのだと気づいた日から、自分以外を強く育てるために奔走してきた。なのに、育てるためには一人では手が足りないのだから、とんだクソゲーだ。

 

 

「硝子もそろそろ自衛手段身につけなよ。また死にかけても知らないよ」

「私がいる位置まで敵が侵入してる時点で負け戦だろ」

「言うじゃん」

 

 

 ため息をつく悟に、硝子はコーヒーを差し出した。早パイはブラックで、悟は角砂糖を八個入れる。

 

 

「あー……まあ、お前も頑張ってんじゃねーの」

「というわけで助っ人を呼びます」

「どういうわけで!?」

 

 

 悟の目論みに気づきわーぎゃー騒ぎ始めた早パイの声を無下限術式で遮り、電話をかけた。懐かしい番号だ。二コール目には繋がった。

 

 

「やっほー、久しぶり」

『……、………』

「んーん、違う違う。呪術師になれって勧誘じゃなくて、取材のお誘い」

『……………、……』

「同窓会だよ。懐かしいだろ」

 

 

 

 

 

 

 

【SIDE:リコ】

 

 

 ワシの世界は単純明快。

 ワシと、飲んでも良い血と、飲んだらゲトーが怒る血でできている。

 

 

「ちょっと、どこ行くつもり? 残穢残して夏油様に迷惑かけたら許さないからね」

【ナナコはうるさいのお、ワシに救われた恩を忘れたか?】

「存在しない記憶の話をするな!」

「奈々子……これに何言っても無駄……」

 

 

 ナナコとミミコは、飲んだらゲトーが怒る血だ。

 ゲトーはリコにゲロ甘い。そりゃあもう。まあ、ワシはこんなに可愛いのだから仕方なかろう。都内で好き勝手に行動しても、術師を害さない限りゲトーが怒ることはない。人間を害するのは呪霊の本能だ。基本的に人間以外は襲わない。巻き込むことはあれど、積極的に狙うことはないのだそうだ。馬鹿らしいと思う。わざわざ区別をするなんて、愚か者のすることだ。命は軽い。犬も猫も人も、呪霊も、血が通っているのなら全て同じだろうに。

 都内の動物病院で、思うままに血を啜る。ゲトーから仲良くするように言いつけられているナナコとミミコが渋々と言った様子でついてくる。やれ臭いだのなんだのと。ワシは風呂は週一派じゃ。さらに大きくなった文句を無視して次の動物に手をつけた。

 

 ワシは自由だった。

 

 

【ニャーコ……?】

 

 

 猫がいた。壁に沿うように並べられた檻の一つに入っていた。

 

 

【ワシの猫じゃ】

「いや違うでしょ」

【貴様はニャーコじゃ!】

「いやニャンボって名札ついてるじゃん」

【ガハハハハハ! ヨボヨボじゃのう! 骨と皮ばかりで食い出もなさそうじゃ】

 

 

 たかが猫だ。今にも死にそうで、震えているのが愉快だった。

 だから、生かしたのだって気まぐれだ。

 

 

「にゃーん」

 

 

 命は軽い。犬も人も、呪霊も、ミミコもナナコもゲトーもワシも。

 格子越しに、猫はリコの手に擦り寄る。

 暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

【SIDE:伏黒恵】

 

 

【こんにちは、伏黒恵】

「お前……喋れたのか……」

 

 

 五条悟から呪霊混じりの男の世話を押し付けられてから二ヶ月がたった。

 何の予兆もなかった。少なくとも恵はそう感じた。

 津美紀の見舞いに病院へ寄った後、帰宅した。一日中寝て起きて食事をしてファッション誌を読み漁るだけの居候の存在をできる限り無視しながら学校の課題に手をつけていた。

 

 

【――ハロウィン】

 

 

 だから何が目的なのか、見当がつかない。

 白く、どこまでも広がる呪力で編まれた世界。当の術者は机に座り静かに本のページをめくっている。背後に並ぶ大量の書物は、おそらく無限の知識の具現化だ。

 

 生得領域だ。

 

 術者が生まれながらに持つ世界。領域展開か、別の手段で引き込まれたか。いずれにせよ、自力での脱出は困難だ。

 術式は付与されていないようだが、奴の掌の上であることに代わりはない。いや、むしろ何もしてこないことが不気味で恐ろしい。まともに死ねればマシな方かと覚悟した。

 

 

【12月24日、新宿京都百鬼夜行。その裏で、伏黒津美紀に術をかけた存在が動いています】

「――!?」

 

 

 与えられたのは、喉から手が出るほど欲していた情報だった。だが何故急にそれを教えたのか、意図が掴めない。信用に足る情報なのかの判断もできない。どうすればいい。何が最善だ。必死に思考を巡らせる。

 

 

「……何が望みだ」

 

 

 恵を殺さずにいる時点で、この呪霊混じりの男がある程度人間に友好的であるのは確かだろう。

 特級呪霊は開いていた本を閉じ、本棚に片付けた。椅子から立ち上がり、頭蓋からはみ出した内臓を手で弄びながらこちらへ近づいてくる。

 奴の要求は、何から何まで、全く理解できなかった。

 

 

【私とセックスしてくれませんか?】

「……は?」

()()()

 

 

 言い直された。肩に手をかけられる。顔が近づく。反射で印を組む。

 

 ――この日、伏黒恵は史上最速の玉犬召喚に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社畜日記④

 

「おい、早川はどこだ! まさか定時で帰りやがったのか!?」

「取材です」

「は? あいつが? 嘘つくんじゃねえ」

「えっ!? いや、本当ですって!」

「舐めてんのかてめェ!」

「ええええええ!?」(転職しよ……)




■ナユタ チョコララジア
 2017年秋、マレーシア クアラルンプールのISETANで第1号店をオープン。アジア産のカカオを使用している。美味しい。
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