東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

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ワシの名は

 

 

 

 

 ──天内のこと頼んだ。

 ──もともとそういう任務だよ。

 ──墓を、作ってやらねえと。遺体もなしにじゃ、きっと黒井も納得できねえだろ。

 

 

 早川デンジは、毎年北海道に墓参りに行っている。

 その言葉は、重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:夏油傑】

 

 

 

 『盤星教』の拠点は都内に複数存在する。だが理子ちゃんの頭部が持ち込まれた場所を特定するのに、時間はかからなかった。

 硝子を病院に運び込み、容態が安定するまで付き添った。準備が整い次第病院を出発する。メールに送られてきた座標の建物に、彼らはいた。

 床にこびりつく血痕。穏やかな笑みで喝采を送る信徒に囲まれた悟が、赤く染まる布を抱いて待っていた。

 

 盤星教、時の器の会。純粋な天元様のみを信仰し、星漿体を不純物として排除することを望んだ非術師たちの宗教団体。

 

 彼らの望み通り、天内理子は死んだ。彼女の夢も、心も、何も知らないくせに。その死を心底から喜ぶ集団が、ひどく歪に見えた。

 

 皆殺しを提案する悟を私は制止した。この場にいる教徒は皆一般人だ。呪術界の事情を知る首謀者はすでに逃亡している。そんなことをしても意味がないと。

 

 

 ──意味ね。それ、本当に必要か?

 ──大事なことだ。特に術師にはな。

 

 

 一般教徒達の拍手に紛れ、いつものように声が響く。

 

 

【ははは、醜いのお。クソみたいな顔じゃ】

 

 

 ……そうだな。

 そう思ってしまった『私』を夏油傑は飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

報告

 2006年8月

 星漿体護衛任務

 

責任者

 五条悟

 夏油傑

 

 

負傷者

 家入硝子

 

 

死亡者

 天内理子

 

 

秘匿死刑対象者 逃亡

 早川那由多

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、悟が予想していた通り呪術界は大混乱に陥った。

 特級呪霊『早川那由多』の暴走。天元の結界を揺るがす大事件の犯人が行方をくらませている。責任者の早川デンジの姿も無い。星漿体事件の関係者である私も悟も繰り返し取り調べを受けることとなった。

 数少ない彼らの明確な味方である岸辺からは、何も知らないで押し通せとの連絡が来た。意外だったのは、あの悟が黙って指示に従ったことだ。

 事態が進展したのは約一ヶ月後。早川デンジがインドで目撃されたとのこと報告が入ったのだ。もはや彼らは日本にはいない。ようやく半ば軟禁状態での取り調べから解放された。

 

 

 

 

 私たちは真っ先に硝子の見舞いに行った。自然治癒でしか治せないという呪具でつけられた傷の治療だ。呪術に特化した高専内の設備では不十分とのことで、彼女は傑が連れて行った病院にそのまま滞在していた。

 すでに意識は取り戻している。だが退院にはまだ時間がかかるらしい。

 

 

「ようサイヤ人。また死にかけてからパワーアップしたんだって?」

「うるせー」

「ついでに金髪に染めたらどうだ?」

「しねえわ」

 

 

 個室の窓を開け悠々とタバコを味わう不良患者の姿に息を撫で下ろす。

 ようやくあの事件は終わったのだと。終わってしまったのだと、実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家入硝子は一命を取り留めた。

 一命を取り留めるだけが全てではないということくらいはもう理解できる年齢だった。

 

 

「呪術師から空き巣に転職でもする?」

「……勝手に部屋に入ったのは、すまなかった」

「入ったの『は』、ね。人のもの盗み見てる方の謝罪が欲しいんだけど?」

 

 

 あれからさらに数ヶ月が経った。

 高専の寮。硝子の自室で、対面する。立ち話もめんどうだしベッド座っていいよ、という言葉に甘え、腰を下ろす。

 

 あの日、家入硝子を病院に連れて行ったのは傑だった。容態が安定するまで付き添ったのも傑だった。だから看護婦の会話を聞いてしまった。『かもしれない』程度の、彼女が受けただろう致命的な傷跡を。

 そして今日、『かもしれない』を確証に変える診断書が彼女の部屋から見つかった。

 

 家入硝子は反転術式を拒む呪具で腹部に大怪我を負わされた。生き延びるために、脳以外のあらゆる生命活動を酷使した。

 それは、ある種の縛りだ。

 狙い通り生き延びはしたが、代償はあまりに重かった。そして、彼女の苦悩を男である自分が真の意味で理解できる日はきっと来ない。

 

 

「……すまない」

「なんでお前が私より落ち込んでんの」

「……自力で、治療出来ないのか?」

「んー、やろうと思えば、ワンチャン?」

「ならどうして……」

()()()()()で、賭けに出れる身の上じゃないんでね。縛りで失ったもんだし。別に日常生活に支障があるわけじゃないよ」

 

 

 こんなことなわけがあるか。ならばどうして隠していたんだと。言いたいことは山ほどある。私が、私たちが彼女を連れ回した。だから狙われた。ならば、私達が責任を持って守らなければならなかった筈なのに。

 全てを硝子はばっさり切り捨てた。

 

 

「それでも最終的に選んだのは私。まあ今回のは……うん、今後の戒めにでもするわ」

 

 

 そんなもの、本当なら要らない筈なのに。本当なら背負わなくてもいいはずなのに。

 

 家入硝子の才能が、彼女をこんな目に合わせている。

 どうして、この世界はこんなにも優しくないのだろう。

 

 

「……すまない」

「ん」

「何これ」

「新作のアイシャドウの欲しいやつリスト。どっかの誰かさん達が大ミスしたせいで高専からあんま出られないから、代わりに買ってきてよ」

「ああ、もちろんさ。……おい、どうして笑ってる?」

「デパコス売り場にお前が並んでるところ想像してた」

 

 

 あの日以来、家入硝子が危険な現場に行くことはなくなった。今後もきっとないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 那由多が盾となり、悟が突破口を開き、私がカバーをして、硝子が治す。

 

 今は全て悟一人で出来る。

 

 私たちが少しずつ積み上げていった自信や工夫、そういったものを、悟は全て吹き飛ばした。

 

 

 

 悟は最強に成った。

 

 

 

 もう四人で任務に出ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪霊を祓う。取り込む。祓う。

 あの日見た、非術師の歪な喝采が忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── 一年後。

 

 

 早川那由多から初めて連絡がきた。硝子の電話に表示された名前を見て、その場にいた全員が手を止める。

 

 

「今どこにいるわけ?」

『モロッコ』

 

 

 相変わらず海外をぶらぶらしているらしい。卒業までに帰りたいけど、間に合うかわからないとこぼしていた。なにせ彼らは絶賛指名手配中だ。

 あちらの近況報告が終わると、今度はこっちの番だ。丁度悟の無下限のオート判別処理の練習をしていたところだったのでその説明からはいる。あれより強くなったんだ……と感慨深げだ。

 

 

『あとは……同時に二箇所に存在する練習だね』

 

 

 何を言っているんだお前は。那由多はしごく真面目に無茶振りした。

 

 

「俺お前が何言ってるのか分からねえよ」

『出来ないの…!? 五条悟なのに……!?』

「はぁ!? 出来るわ!!」

 

 

 このレベルの挑発に乗るくらいだ。悟も久しぶりの会話を結構楽しんでいるのかもしれない。

 

 

「傑……どうやったら同時に二箇所に存在出来ると思う……?」

「悟なら頑張ればいけるでしょ」

『ハロウィン!』

「見捨てんな!」

「本気で言ってるよ、私は」

「よし、もう一度死にかけろ。こいつ、復活する度に強くなるサイヤ人だからいけるでしょ」

「いけるか馬鹿」

『五条悟なのに……』

「お前もう黙れ」

『ハロウィン』

 

 

 わいぎゃいと軽口の応酬が続く。悟は本格的に頭を悩ませ始めた。一年前は当たり前だったはずのやりとりだった。

 五条悟は最強だ。だからなんだってできるだろう。投げやりな嫌味を言ってしまった自分も、それが嫌味だと受け取られない状況にも、なんだか距離を感じてしまった。

 

 

『……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪霊を祓う。取り込む。祓う。

 何のために?

 

 非術師を守ろうとする自分と、非術師を見下す自分。本音が、心が二つある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話が鳴る。つい最近目にしたばかりの番号だった。

 

 

「早川さん?」

『お〜繋がってよかった。機種変してたらどうしようかと思ったぜ』

「お久しぶりです。でも、国際電話は通話料が洒落になりませんよ」

『お前、相変わらずいい奴すぎるよな……』

 

 

 初めてそういう気を使われたと早川さんは涙ぐむ。

 

 

『今一人か?』

「ええ。何か問題でもあったんですか? 悟を呼んで……」

『いや、いい。えーっとさあ……』

 

 

 那由多が夏油傑の調子が悪そうだからと、相談をしたらしい。同年代に言いづらいことがあればと告げられる。彼女の遠回しな気づかいに笑ってしまった。悟や硝子はかなり図太い。案外あいつが一番繊細なのかもしれない。

 

 悩み。思い当たるものはたくさんある。というかたくさんありすぎて悩んでいる。

 だが早川デンジに相談すべきものと言えば、一つだ。

 

 

「九十九由基に会いました。」

『俺のことを殺そうとしてきた女じゃん……』

「仲悪いんですか」

『いや、別に……』

 

 

 彼女の語る、呪霊を退治する必要のない世界を作るための原因療法。その手段の一つとして挙げられたのは私もよく知る存在だった。

 

 

 ──呪霊は倒したところで復活する。そのマラソンゲームを終わらせた成功例が、君のよく知る早川デンジと『早川那由多』だ。

 

 

 彼らは教育という手段を以って、最悪の呪霊を無害化した。ただ、これを全ての呪霊に適用するのはコスト的にも現実的ではないと締め括られたのだけど。

 呪霊を祓い続けた先には何がある。終わらない戦いに一区切りをつけて、多大な戦功を残しながら呪術師から足を洗ってしまった彼の話を聞いてみたかったのだ。

 早川さんはあー、うーんと悩んでいる。きっと電話の向こうでは百面相をしていることだろう。この兄妹はこういうちょっとした仕草がよく似ている。

 

 

『難しいこと考えてんな……俺が16ん時はマキマさんのおっぱい触りたいとかマキマさんとセックスしてえとかマキマさんの犬になりてえとかんなことばっか考えてたぜ』

「ははは……」

 

 

 欲に忠実な人だったらしい。

 早川さんは、あの時はいっぱいいっぱいで、世界だの社会だののためという大義はなかったと答えた。

 

 

『そういうのは俺より岸辺さんとかに聞けよ。俺ぁもう呪術師じゃねーしな』

「でも、貴方は銃の呪霊を倒したじゃないですか。私はずっと……チェンソーマンのファンでしたよ」

 

 

 彼が有言実行する男だと、ずっと前から知っていた。チェンソーマンは、どんな困難もものともせず乗り越えてしまうヒーローだ。だから彼に憧れた。

 

 

「そういえば、特級術師に昇格したんですよ」

『お〜おめでと』

「お祝いに、銃の呪霊を倒した時のお話を伺ってもよろしいですか」

 

 

 ファンとして、モチベーションになるので。冗談めかして続けたが早川さんの反応は鈍かった。

 

 

「……?」

『それ、どーしても聞きたいか?』

「……いえ、言いたくないのであれば」

『いや、いいぜ。ナユタがさあ、自分のせいでお前が特級に上がるの遅れたって結構落ち込んでたんだ。代わりに今後もナユタと仲良くしてくれよ』

「それは縛りですか?」

『そー思われんのはショックだよ……』

 

 

 特級になったってことはそーいう任務に着くかもだし、変な知り方をするくらいならと彼は結論づけた。

 支配の呪霊に関しては、那由多の口から直接聞いてくれやと前置きをして説明を始めた。

 

 ──そこからの話は、信じられないものばかりだった。どこかの陰謀論じみた国際政治の裏側。相手が彼でなければ信じなかったかもしれない。

 銃の呪霊は、夏油傑が生まれる前に倒されている。ただし死後も肉体は消失せず、各国家が肉片を保有し他国への牽制にしている。

 ……銃の肉片を取り込んだ呪霊がその身を強化することは有名だ。そして多くの呪術師が奴に関係する戦いで未だに命を落としている。

 

 

「なぜ、そんな話をほとんどの呪術師は知らずに……」

『セーキョーブンリとかブンミントーセーとかそういうのだろ、多分。俺もあんまり知らねえや』

「では、貴方の倒した銃の呪霊は……」

『受肉って分かる?』

「呪霊が生きた人間、もしくは死体に取り憑く現象」

『銃の呪霊と、銃の呪霊が受肉した奴と、二回バトルがあった』

 

 

 ……ふと、点と点が繋がった。

 

 天使が呼んだ『アキ』の名は。

 早川家の墓に入っているのは。

 早川さんと同じ苗字を持つ人は。

 那由多の領域にいた銃の肉体を持つ男は。

 

 彼は、()()()()()()()()()()()

 

 だから彼は那由多にも、私たちにもあまり過去を話したがらない。

 聞けなかった。でも気づいてしまった。

 

 チェンソーマンは日本で一番有名なヒーローだ。

 あの日見た、非術師の歪な喝采が忘れられない。

 何も、知らないのに。

 

 早川デンジは、毎年北海道に墓参りに行っている。

 きっと大切な家族だったのだろう。

 

 彼は、誰のために。政治のため? 国家のため? 

 ──その大半を占める非術師のため?

 どうして。

 

 

『──聞いてる?』

「あ……は、はい。あの……」

『何?』

「辛く……なかったですか……?」

 

 

 彼の返答を黙って聞いた。

 彼は良い人だ。

 なのに、どうしてそんな決断をしなければならなかったのだろう。

 

 ……憧れが、裏返っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後輩の灰原が死んだ。

 銃の肉片を取り込んだ呪霊に殺された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2007年 9月

 ■■県■■市(旧■■村)

 

 そこで見た、守るべきだと思っていた存在の醜さと、虐げられている術師の子供たち。

 怯える少女たちを呼び出した呪霊を使いなだめ、喚く老人どもを外へ誘導する。

 

 

「おい」

 

 

 傑は、こんな声が出せるのかと自分でも驚いていた。心底から殺意を抱くことなど、初めてではない。けれど今己の口から出た声は、妙に乾いていて、ざらついていた。

 

 

【ワハハ、さっきの子供の顔! ガハハ! ガハハハハハ!】

「この小屋にいる者以外全てだ」

【ん?】

 

 

 傑が選ばなかった方の本音と決別するのに、血の呪霊(こいつ)ほどふさわしい呪霊もいまい。

 

 夏油傑の呪術師としての力量が、ダイレクトに反映される最低最悪の計測器。

 制御に苦労していた呪霊の、一切の制御を放棄する。

 

 

「この村の非術師(さる)の、血を全て飲み干せ」

【………二言はないな?】

 

 

 虚をつかれ静かになった血の呪霊は、直後にニヤリと口を歪めて笑った。

 一度決めたことに対する行動の速さは、夏油傑の美点だった。

 

 

「……好きにしろ」

 

 

 

 

  ──血の海が、生まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 父さん、母さん。久しぶり。

 うん、ちょっと顔が見たくなって。

 

 

「■■■■、■■■?」

「■■、■■■■■■■■」

 

 

 それじゃあね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──呪霊って、美味しいの?」

 

 

 まだ私たちが友人ではなかった頃。ただの特級呪霊でしかなかった彼女からそう尋ねられた。

 やたらと長い肩書きに、危険極まりない術式。浮世離れをした佇まいに反して、俗っぽい趣味を持っている。腕いっぱいに抱えられた駄菓子もその一つ。

 呪霊の味など、誰にも教えたことはない。深く追及されたこともなかったし、わざわざ自分から主張するようなものでもなかったからだ。下手に知られて同情を買うのもごめんだった。

 だがこいつは所詮呪霊だ。意地を張る必要も何もない。黒く丸めた呪霊を取り込んだ後、気まぐれに疑問に答えてやった。

 

 

「クソみたいに不味い。吐瀉物を処理した雑巾みたいな味がする」

「ふうん……」

 

 

 自分から尋ねたくせに、反応は薄い。妙に残念そうな顔をする。

 

 

「どうせならもっと明るい所で食べればいいのに。ドブみたいにまずいものでも、愉快なものを見ながらならいちごジャムみたいだってデンジが言ってたよ」

「別に美味しく食べたいわけじゃないさ」

「私だったら、美味しいものしか食べたくないなあ……」

「君の感想は聞いてないんだよ」

 

 

 デンジって誰だよというツッコミを入れる気力もない。

 

 

「口開けて」

 

 

 ……不意打ちだった。

 食べかけのチュッパチャップスが口に入れられる。ぬるくて甘いコーラの風味が口に広がった。ひどい後味が残る不快感が少しだけマシになる。

 

 

「あげる」

 

 

 ヤンデレ特級呪霊のあだ名を欲しいままにする彼女がなぜ呪霊の味に関心を示したのか、今なら理解できる。だが当時の私には意図が読めず、警戒を強める理由にしかならなかった。

 間接キスだと、照れることもない。あいつは人間ですらないのだから。

 

 

「結局呪霊の味だろうが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなことを思い出すとは、案外感傷的になっているのかもしれない。

 硝子と悟と別れの挨拶を終えてから一週間後。北海道新千歳空港で、目当ての海外便の到着時刻と携帯の表示を見比べる。

 再会の時を待つ。売店で買ったばかりの飴をポケットの中でいじりながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:早川ナユタ】

 

 

 空港の休憩所に、彼の姿はあった。

 

 

「や」

「傑くん久しぶり」

「あれ、聞いてない?」

「ううん、知ってる」

 

 

 デンジたちが今後の手続きのために離れた隙をついて、彼は来た。

 

 

「デンジは、こういう時攻撃を迷わないよ」

「じゃあ、見つかる前に帰らないとだ」

 

 

 つきものが落ちた顔で笑っている友人──夏油傑は、先日民間人百人余りを虐殺し呪詛師になっていた。国家転覆未遂の犯人と、大量殺人の実行犯。お互いひどい肩書きになってしまった。

 

 

「術師だけの世界を作るんだ」

「じゃあ私、死んじゃうね」

「君は術師だろ」

 

 

 彼と過ごした時間は半年にも満たない。なのに、そう思ってくれるのは嬉しいけれど。同時にもう止められないのだなと実感した。

 

 私には心が二つある。人を見下し愛玩する支配の呪霊の感性と、みんなとの生活の中で育った『早川ナユタ』の価値観。

 でも、そんなことは別に特別でも何でもないのだ。誰もが自分の中にいくつもの本音を持っていて、それに折り合いをつけて生きている。そして選んだ本音通りに少しずつ変わっていく。

 彼は選んだ。

 

 

「傑君の選んだ道は、きっとたくさん人が死ぬだろうね」

「死ぬのが人か、猿かの違いにすぎない。それとも私を止めるかい?」

「……わからない」

「これから日本国家の秩序を乱すかもしれないよ」

「すでに乱してるよ」

 

 

 わざわざ支配の呪霊の感性を煽るような言葉選びで、夏油傑は笑っている。

 かつてナユタが暴走した時とは違う。彼はもう、一線を超えてしまった。子供の過ちではなく、そういう大人になるのだと決めてしまった顔だ。

 

 

「これ、返すよ」

「何これ」

「チュッパチャプスコーラ味」

「……」

 

 

 彼は、ひどく生真面目だ。だからこんなものまで用意している。私はそれを受けとった。簡素な包装用紙を開封し、口に含む。甘い。

 きっと、次会うときは殺し合いだ。だから級友としての言葉を届けられるのは今が最後になるだろう。

 何が正解なのか、自分一人で考えて決めるのはひどく難しい。たった数ヶ月の学校生活の思い出を論拠に、ナユタは夏油傑の背中に声をかけた。

 

 

「……君に、伝えておきたいことがある。急いだほうがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早川ナユタは思い出す。かつて北海道で彼と交わした約束を。

 

 

 ──もしも私が、悪い呪霊になったら、私のことちゃんと食べてね。

 ── 一応覚えておこう。悪い呪霊を退治するのは呪術師の仕事だからね

 

 

 あの約束は、きっと叶うことはない。

 遠ざかる姿を眺めながら、飴玉を転がした。

 

 

「もう、悪い呪霊にはなれないなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:夏油傑】

 

 

「天内理子のこと……まだ、大切……?」

 

 

 空港を立ち去ろうとした傑を、早川那由多は引き止めた。時間稼ぎだろうか。そんな邪推は、振り返って彼女の表情を見た瞬間に消え失せる。

 

 

「……」

「あの子には本当に申し訳ないことをしたと思ってる。だから、伝える。傑くんが一番あの子のこと気にしてそうだから。天内理子の墓の場所、知ってる?」

「何を……」

「私は、下等生物の耳を借りることができる。だから聞こえたの。君が嫌がりそうなことが、もうすぐ起きる」

 

 

 早川那由多は、出会ったばかりの頃と同じ潜め眉で告げた。

 

 

「……急いだ方が、いいよ」

 

 

 空を飛ぶ呪霊を呼び出した。すぐさまその場所へ向かう。罠の可能性は考えなかった。早川那由多は米粒のようなサイズになっても、ずっとこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 都内最大の霊園の一画。悟が金に物を言わせて購入した、彼女だけが眠る場所だった。

 かつて、見逃したはずの一般人がいた。

 かつては殺すべきではないと、守るべきだと思っていた/思いたかった猿だった。

 

 

「■■■■■■■■■■■、■■■!」

「■■■■、■■■■■■■!」

「オマエら、何をしてる」

 

 

 その信者は、残党は、猿共は、理子ちゃんの、墓を、死体を、骨を、何を。

 

 ──なんて、醜い。

 

 すでに一度越えた一線だ。再び越えるのに迷いはない。

 悲鳴が聞こえる。耳障りだ。必要以上に残酷にいたぶった。

 

 

「これ以上、彼女から、何も奪うな」

 

 

 小さな木箱(理子ちゃん)を取り返す。

 殺す。殺す。一匹も逃さない。

 駐車場の方にもまだいる。金を受け取りこんなことを黙認した警備員も殺す。ぐるりと霊園を歩き回り、一人残らず殺していく。

 

 

 

 最後の猿をなぶり殺すため、新たな呪霊を呼び出した。

 猿共はひどく怯えていたが、傑を見ていなかった。傑のさらに背後を見つめ、あり得ないものを見る目をした。

 

 

(……は?)

 

 

 つられて私も振り返る。猿共の視線の先を確認する。……信じられないものを見た。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 いくつものツノを生やし、ニヤリと笑う。骨しか入っていなかったはずの箱が開き、血と肉を纏った姿で立っている。そのまま歩いて、天内の墓に供えてあった花を口に含んで、眉をひそめて吐き出した。

 

 

 

「お前は……何だ?」

【オウオウオウ! なんじゃその顔は!】

 

 

 馬鹿な。なぜお前がそこにいる。猿にすら見える、肉の体を持っている。

 それの肩を強く握る。幻ではない。

 

 

【冷た! 何をする!】

「なぜ、オマエがそこにいる」

【好きにしろとそう言ったはずじゃろ。ウヌは嘘つきか?】

「あ、ああ……そうか……」

【顔色が悪いのォ。そうめんの食べすぎか? ワシの分まで食べるとは許せんのう……】

 

 

 いっそ、私を襲って来ればいいのに。大義名分さえ与えてくれない。

 あの子と同じ顔で、あの子と同じ声で、生きて、動いて、あの子が絶対にしない振る舞いを繰り返す。

 

 目の前の少女が血の刃を生み出した。最後の猿が、息絶える。

 天内理子を踏み躙ろうとした猿を、天内理子の姿をしたそいつが踏みにじる。

 

 

【ふふふ、ワシは機嫌が良い。特別にいいことを教えてやろう】

 

【血は、暖かくて、心地いい】

 

【ワシの名は──】

 

 

 夏油傑の腕を掴んで、血と臓物の海に触れさせる。暖かかった。そうじゃろうと少女は得意げに笑う。あの子ならば絶対にしなかっただろうことだ。

 

 

 どうして。

 どうしてこの世界は彼女達に優しくないのだろう。

 

 ニコリと歯を見せて笑う姿だけが、あの時と同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、あー、皆さんお待たせしました。それでは手短に」

 

 

「今この瞬間からこの団体は私のモノです。名前も改め、皆さんは今後私に従ってください」

 

 

「困りましたね。そうだ! 園田さん、よろしければ壇上へ。そう、アナタです!」

 

 

「おやどうなさいましたか? まるで死人でも見たような……生首? あはは」

 

 

「さ、自己紹介を」

 

 

【オウオウオウ! こいつ、頭にボタンがついておるぞ! はー? 自己紹介ぃ? ワシに指図をするなよ。えー……】

 

【ワシはぁ、セイショータイのぉ……】

 

【……】

 

 

()()()()()()()!】

 

 

【今宵のワシは血に飢えておるぞ!】

 

 

 

 黒い三つ編みが揺れている。せっかく用意してやった台本を投げ捨てて、少女は園田という名の男を殺す。

 場が静まる。笑い声だけが響いている。逃げようとした者は皆すり潰した。

 

 

 

「──私に従え、猿共」

 

 

 猿は嫌い。これが私の選んだ本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

    懐玉編 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:早川ナユタ】

 

 

 結局、早川ナユタが呪術高専に戻ることはなかった。

 日本国内を転々とし、大学は帰国子女枠で滑り込んだ。デンジは非常勤講師枠で仕事を続けながら、ナユタたちのために頑張ってくれた。本当に頭が上がらない。

 

 家入硝子は医学部に進学した。ズルで二年で医師免許を取るつもりらしい。今までずっと無免許で治療を行っていた方が問題なので、一刻も早く取得して欲しいと思った。

 五条悟はなんと教育学部に進んだ。教育実習は何をどう企んだのかわざわざデンジのいる学校を指定したらしい。世界を六回くらい救ったわだの真顔で言っている。飲み会の度に回数が増えたこの戯言は五条悟にしては真偽の判別が難しく、詳細は謎のままだ。

 デンジはある日ふらふらの状態で朝帰りした。仕方がないので血を飲ませてあげたのに、うーうーうめきながら寝落ちした。「俺、高専に異動になっかも……」なんて言い残して。

 

 そして早川ナユタは──

 

 

 

 

 

 

 2017年、春。

 都内のとあるオフィスビルの一角。

 電話の音と怒号が部屋いっぱいに広がっていた。

 

 

 

「バカ!」

 

「グズ!」

 

「ノロマ!」

 

「使えねえ!」

 

「やる気あんのか!」

 

「ゴミ」

 

「取材ってのはなあ! 相手への敬意がなきゃダメなんだよ!」

 

「オマエにゃそれがねえ!」

 

「口先だけかてめーは!」

 

「やる気がないなら帰れ!」

 

 

「……帰ったら怒るくせに」

「なめた口を聞いてんじゃねえぞ早川ァ!」

 

 

 

 ──社畜になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    次回 最終章 純愛編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決別の日から、長い時が流れた。

 

 これは。

 血の特級呪霊との戦いで死者が出るまでの、私たちの青春の物語だ。

 

 




・チュッパチャプスコーラ味
ゲロの後味にぴったり。
デンジはあの時の飴を未だにクッキーの空き缶の中に大切に保管している。ナユタはちょっと引いてる。
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