東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

17 / 28
五条悟と式神達一億二千六百十万人斬り

 

 

 

【side:家入硝子】

 

 

 腹が熱い。反転術式がから回る。傷を塞ぐことができない。体の芯が冷たい。反転術式が練れない。血とともに意志が、力が、抜けていく。黒く染まる意識の中で、思考だけが明瞭だった。

 

 家入硝子は狙われた。

 無用心に出歩いてしまったせいで。

 

 大人しく、大人のいうことを聞いていれば、こんなことにはならなかったのに。

 

 

(……ふざけんな)

 

 

 段々向かっ腹が立ってきた。

 

 楽しかった。

 楽しかったのだ。楽しかったらなんなのだ。

 身の安全とやらのために、つまらない日々に甘んじろというのか。

 

 ふざけるな。屈辱を、恥辱を、全てへの怒りを呪力に変換する。

 

 この家入硝子を舐めるなよ。

 

 あの旅行は、学園生活は、私の友達は、何一つ間違ってはいない。

 

 だって、すごく楽しかった!

 

 私は、私の青春を肯定する。

 誰にも間違いだなんて言わせない。

 そのためだけに、なんとしてでも生き延びる。

 

 

 考えろ。死を回避するために、今できることは何だ。

 ……そもそも、死とは何か。

 思い出の中で生きているだなんて話は、今は置いておく。

 生物は、死ぬ。心臓が止まれば死ぬし、血を流しすぎても、臓器が損傷しても死ぬ。ちょっとした傷で簡単に死に至る。いくつもの要素が複雑に絡み合い形成されている肉体が、システム不全を起こすからだ。その余波に巻き込まれて脳がやられる。

 

 結局のところ、脳が死ぬと人は死ぬのだ。

 あらゆる傷は、脳の死への道筋に過ぎない。

 逆に言えば、脳さえ無事なら他がどれだけ傷つこうと問題はない。

 

 あの呪具のせいで傷口が癒せないのなら、それ以外の全てを癒してみせる。

 私ならそれができる。

 

 私は家入硝子(わたし)を全力で生かす。

 反転術式を使用する。肺で酸素濃度を、骨髄の増血機能を、心筋の自己免疫機能を。脳を生かすためだけに、脳以外のあらゆる生命活動を酷使する。

 

 あの五条悟(バカ)が二度も脳味噌をダメにしやがったのを治してきたのだ。やり方はすでにわかっている。

 

 正門での戦いと薨星宮での戦い。そして校舎内の片隅で最も小さな三つ目の戦争が、密かに繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:五条悟】

 

 

 五条悟は天才だ。

 大抵のことはできるし、手本があればなお習得は早い。

 

 『蒼』も『赫』も、歴代のどの当主より早く会得した。領域展開も成し遂げた。呪術に限らず、体術も、国語も数学も物理も、IQテストも、格闘ゲームの腕も、なんだって誰より得意だった。

 なのにただ一つ、反転術式による治療だけが成功しない。

 『赫』は使えるというのに。どれだけ人体の構造を学んでも、うまくいかなかった。人生初のスランプに、これでも結構真面目に悩んでいたのだ。

 

 

(あ、これ、やば──)

 

 

 一瞬の攻防。俺は判断を間違えた。何度も味わったはずの死の予感。襲撃者の攻撃はどれもが致命傷に至る一撃だ。ミスったな、と冷静に状況を分析する。

 

 ああ、本当に、やばいなこれ。

 だってここには硝子がいない。無茶をしても、誰も助けてはくれないのだ。

 

 思えば、ここ数ヶ月はずっと四人の任務ばかりだった。

 硝子がいるから限界を無視して全力を出せた。傑がいるから目の前の敵だけに集中して全力が出せた。那由多がいたから……いやあいつは別にたいして役には立ってないな。領域展開も今は自力で出来るし。

 

 まあともかく。

 俺には無意識下で、自分が成し遂げられなくともどうにかなるという甘えがあった。

 

 人生初のスランプの理由を知る。

 原因は、家入硝子(ともだち)の存在そのものだ。

 

 誰かに治してもらえるのなら自力で回復する必要は無い。欠けていたのは危機感だ。

 周りにどれだけ仲間がいようとも、死ぬときは独りだろ。みんなで遊ぶのが楽しすぎたからかな。こんな簡単な真理をすっかり忘れていた。

 

 

 死の淵で、孤独が、五条悟の最後の枷を外した。

 

 

「はは、あはははは」

 

 

 全てを知る。全てを理解する。全ての歯車が噛み合う感覚に浸る。

 天上天下唯我独尊。今はただただ、この世界が心地よい。

 

 ああ──最っ高の気分だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:夏油傑】

 

 

 チェンソーマンは強かった。

 かつて四十四体いた特級呪霊を十七体にまで減らしたという話は本当なのだろう。

 

 チェンソーマンと襲撃者の男は、息のあった連携で七人の武器の呪霊たちを次々に斬り伏せていく。

 

 

「呪霊操術」

 

 

 そしてトドメ役は傑だ。粘液状の呪霊を呼び出し、動かなくなった肉片を片っ端から飲み込んでいく。こいつらは不死身だが、無条件に復活することはできない。チェンソーマンがスターターを引かねばならないように、右腕を、左腕を、指を、口を、脊椎を、目を起点に特定の儀式が必要だ。それさえ封じてしまえばいい。

 

 チェンソーマンが、最後の武器人間と対峙した。爆弾を模した少女だった。

 

 

「……なあ、レゼ。俺、結構頑張ったんだぜ」

 

 

 おそらく■■■の領域は、かつて支配の呪霊が支配したことのある存在を式神として再現している。だから彼女はいつかどこかに存在していた特級呪霊で──きっと早川さんの知り合いなのだろうと思った。

 

 

「学校行くの、楽しかった。大学受験も就活もやったし、今じゃ毎朝ブラックコーヒー飲んでんだぜ? ……こいつは出血大サービスだ。俺の成長をしっかり目に焼き付けやがれ」

 

 

 チェンソーマンはスターターを引っ張った。モーター音が鳴り響き、凄まじい呪力が練り上げられていく。

 

 

()()()()

 

 

 『デンジは領域展開ができる』。那由多の言葉に嘘はなかった。

 

 

 

 

 

    ──超跳腸(ちょうちょうちょう)胃胃肝血(いいかんじ)ィ!

 

 

 

 

 

 「モー娘。じゃん……」などとほざく猿の声は無視をする。

 虹色の臓物。クソ映画空間。かつて耳にした通りの景色が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただでさえ強かったチェンソーマンは、領域展開の血と臓物の海を纏うと、ますます手がつけられなくなった。

 ■■■に肉薄する。天内理子に手を伸ばす。彼女を解放するために、彼女を縛る鎖にチェンソーを振り下ろし──失敗した。

 

 

「固ってえ〜〜〜!?」

 

 

 ただの鎖ではない。支配術式の具現化なのだ。生半可な呪力では切断できない。早川さんは両手のチェンソーを引っ込めて鎖を勢いよく引っ張った。切れない鎖は、理子ちゃんの心臓からまっすぐ■■■に繋がっている。薨星宮の最深部に侵入しかけていたところを力づくで引き戻された。

 

 

【っ──!?】

「じゃ、離したくなるまでゆっくり話し合おうぜ〜!」

 

 

 無茶苦茶だ。無茶苦茶だが──確実に流れは変わっている。意外にも早川さんは■■■への攻撃を一切迷わなかった。切られて、復活して、また切られる。いくら復活出来るとはいえ、痛みはあるようだ。わずかに汗をかき、眉を顰めているのが見えた。

 

 

「ほー、なるほどね」

 

 

 一連の様子を観察していた襲撃者の男は歪な形の呪具を取り出した。

 特級呪物『天逆鉾(あまのさかほこ)』。その効果は、発動中の術式強制解除。

 傑は詳細こそ知らなかったが、その刃が呪力の流れを断ち切るものであることは身をもって実感していた。なるほど、あれならば鎖を切断できるかもと期待する。

 

 チェンソーマンが切り開いた道を辿り、男は特級呪具を振り上げた。そしてそのまま()()()()()()()()()

 

 

「──は?」

 

 

 男は乱暴に彼女の三つ編みを掴み、移動する。領域の端──■■■と天使とチェンソーマン、三つの領域がぶつかり合った結果発生した、境界の裂け目へと。

 

 

「お前、まさか」

「これ以上のタダ働きなんてごめんだね。本当は全身持ってきたかったんだが……。はあ。天元様の結界とやらはお前らだけで頑張ってどうにかするんだな」

「お前マジかよ〜!?」

「おー、マジ」

 

 

 早川さんと夏油傑を小馬鹿にした笑みで男は笑う。切断面から溢れた雫が床を汚す。一時共闘するからと、押さえ込んでいたはずの怒りが一気に吹き返した。

 

 

「お前、は……! 待て! ふざけるな! 逃げるなァァァァ!」

「ああそれから」

 

 

 傑の追撃は全て躱される。ひらひらと手を振る余裕まであるのが憎い。

 

 

「家入硝子は生きてるぜ。他人に使える反転術式とやらの恩恵を失いたくねえ保身バカの老害から目をつけられんのも嫌だったからな。トドメは刺してねえ。今から正規の治療を受ければ助かるかもな?」

「っ……!?」

「ははっ、親に恵まれたな」

 

 

 そう言い残して、そいつは領域の隙間から脱出した。

 

 

(どうする……!?)

 

 

 息が詰まる。呼吸が乱れる。ひどく時間の流れが遅く感じる。

 どうする、どうすべきだ、どうすればいい。

 理子ちゃんの遺体か、硝子の救命か。突然二択を突きつけられて足が止まる。迷う間に領域に空いた穴はどんどん塞がっていく。

 

 冷静に考えれば、一刻も早く硝子を助けにいくべきだ。だがそれは、『理子ちゃんを選ばないこと』を選ぶようなものだ。この三日間の私たちの戦い全てを否定してしまう──

 

 

「お前は今すぐクラスメートんとこ行けェ!」

「っ! それは……」

 

 

 式神の攻撃を捌きながら、早川さんが叫んだ。

 

 

「ずーーっと考えてたんだ。ナユタは俺が一生懸命育てた最高の妹なのに、どうして突然こんなことはじめたのかって。あの野郎の話を聞いてようやく納得がいった」

「……?」

「お前にはあいつが何に見える?」

「それは、■■■──」

「違え」

 

 

 早川デンジは断言する。

 

 

「ナユタはお前らの顔をちゃんと覚えてる。だから、あいつはマキマさんじゃねえ」

 

 

 早川デンジの携帯の待ち受け画面は、早川那由多とその級友たちの自撮り写真だ。那由多はデンジに教えてくれた。これが悟くんで、これが硝子ちゃんで、これが傑くんだと。臭いも声もない、ただの画像を指さしながら。

 

 支配の呪霊は人間の顔の区別がつかない。支配が求めるのは役割のみ。個を尊重することはない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは、彼女が『早川那由多』として学園生活を愛している何よりの証だった。だから、私たちの友情は早川デンジの失恋とは全く別物なのだと寂しそうに笑った。

 

 

「マキマさんは……俺のことなんか一度も見てくれちゃいなかった」

 

 

 彼女がおかしくなったのは、家入硝子と五条悟が死んだと思ったからだ。学友を愛していたからこそ、学友の死でおかしくなってしまった。

 だから家入硝子を助けることはナユタを救うことにもなるのだ。そして回り回って天内理子を支配から解放し、尊厳を取り戻すことに繋がるのだと。二択ではない、両方とも向かう先は同じなのだと、早川デンジは見抜いていた。

 

 

「だが、理子ちゃんの首が……!」

「天内をさあ! 今はナユタが『支配』してんだ! ナユタを反省させたら場所なんざすぐ分かる!」

 

 

 夢のような逃避行は始まる前に潰えてしまったけれど。完全無欠のハッピーエンドなどもはや叶わないけれど。それでもお前たちの青春と矜持をかけた戦いは今なお続いているのだと。

 

 この場は俺がどうにかする。だから早く行け。

 

 彼が有言実行する男だと、ずっと前から知っていた。チェンソーマンは、どんな困難もものともせず乗り越えてしまうヒーローだ。だから彼に憧れた。

 早川デンジに背を押され覚悟を決めた。一度決めたことに対する行動の速さは、夏油傑の美点だった。

 飛行する呪霊を操り、領域の隙間から脱出する。家入硝子を、早川那由多を、天内理子の尊厳を守るために。それを見届けたあと、デンジは再び自分の妹と向き合った。

 

 

「ったく、反抗期デビューにしちゃあ、はしゃぎすぎだぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:伏黒甚爾】

 

 

 数ヶ月前のこと。

 その日の仕事は、新しく無下限術式を継いだ子供が生まれた五条分家の虐殺だった。現当主の分不相応な言動が恨みを呼び、そのうち一人が俺のような人間に殺しを依頼した。金払いも良かった。恨みはないが、一人残らず始末しろというのがオーダーだ。使用人を含めて、次々と急所を刺していく。

 暗闇の中、一人、また一人と死んでいく。伏黒甚爾の五感は誰よりも鋭い。仕事をこなすのには、微かな月明かりだけで十分だった。

 

 

「は、ハロハロ……」

「あ?」

「ハロウィン! ハロウィン!」

 

 

 ……その使用人は、甚爾が殺す前から気が狂っていた。血に濡れた刃物を持つ不審者に気付く様子もない。

 何かの術式だろうか。他にも侵入者がいるのかもしれない。報酬で揉めたら面倒だなと気配を探りながら屋敷の最深部へ向かう。こんな厳重に守られて、ターゲットの無下限持ちのガキはさぞ箱入りなのだろうと考えて。

 

 同業に先をこされたのではという予想は杞憂に終わった。

 

 

【ハロウィン】

 

 

 伏黒甚爾の研ぎ澄まされた五感の全てが語る。なにが無下限持ちの子供だ。呪術界の旧家は相変わらずクソばかりだ。

 脳みそがあふれ出し、眼球はかろうじて筋繊維で繋がっている。誰が見ても致命傷を負った姿のまま平然と子供は生きていた。恵まれた術式を持ちながら、必要最低限の物資すら与えられず、まともな教育も受けていない子供の姿に少なからず動揺した。

 呪術師の家で人間扱いされない子供に、嫌な記憶が蘇る。こんな自分を変えてくれた(あいつ)ももういない。

 

 久しぶりの仕事だった。自暴自棄気味だった俺に昔馴染みの仲介屋が声をかけた。断る理由もなかったので引き受けた。

 ……きっと勘が鈍っていた。少年が満面の笑みを甚爾に向ける。

 

 

【ハロウィン!】

 

 

 呪術は生まれ持った才能が全てだ。この呪霊混じりが、今まで五条家で生存を許されていた理由に気づく。

 初めて見る。知識だけは甚爾にもあった、呪術を極めた先にある秘儀。

 領域展開だ。

 

 

【はじめまして、禪院甚爾。私は宇宙の呪霊の受肉体。どうかコスモと呼んでください】

 

 

 

 

 

 

「あー……あいつにどう説明すっかな……」

 

 

 仲介役の男への言い訳を適当に考えながら帰路に着く。宇宙の呪霊の領域の中で結んだ縛りを思い出す。

 気味の悪いガキだった。頭から溢れる臓物がぶらぶらと揺れて鬱陶しかったので乱暴に纏めたが、痛がりすらしない。想定外の拾い物。だが、食らえば終わりの領域展開の対策になるというカードとしては、魅力的だ。

 

 これが少年──コスモとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 五条悟は生きていた。

 

 覚醒した当代最高の呪術師。

 一人での戦い方を覚えた、孤高の最強。

 そのまま逃げてしまえばよかったのに。違和感を抱えたまま戦いを挑み、負けて死ぬ。呪力の無い猿らしい、無様な最期だ。

 

 

「言い残すことはあるか?」

 

 

(自分も他人も尊ぶことない。そういう生き方を選んだんだろうが)

 

 

 自分とは似ても似つかないガキに、過去の自分を投影した。だからあいつを使い潰した。自傷行為に近かった。なのに結局自尊心を捨てきれずに足元を掬われた。悪いことをしたな、と柄でもない罪悪感を抱き、即座に切り捨てる。

 禪院甚爾(誰も尊ばない生き方)はここで死ぬ。あのイかれた呪霊(コスモ)と共に。

 ただそれだけだ。

 

 ……なのに、同じ年頃の息子を思い出す。どうしてこんなことを言ってしまうのだろう。ああ本当に、らしくねえ。

 五条悟は伏黒甚爾の言葉を最後まで聞いていた。

 

 

「──好きにしろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:五条悟】

 

 

 領域は閉じ込めることに特化した術だ。内からの攻撃に強くすればするほど、外からの攻撃に弱くなる。

 何故なら侵入者にメリットがない。支配の呪霊の領域のように、相手を領域に引き入れた時点で勝ちが確定するとすれば尚更だ。

 

 ──だがここに、例外がいる。

 

 世界が割れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「虚式──『茈』」

 

 

 圧倒的な暴力が領域内を蹂躙した。

 

 

「ぎゃーーーー!? なに、なになに!?」

【……悟くん?】

 

 

 領域を見渡す。

 見慣れた景色だった。手本に数度。無量空処を会得してから二度。無数の式神の視線が集まる。目が合った全てを空間ごとねじ切った。

 六眼は呪力の流れを全て捉えていた。天元を巻き込んだ領域の中で早川那由多が何を目論んでいるのかを理解し、舌打ちする。 

 

 

「お前、そのふざけた真似を今すぐやめろ」

【ふざけた、とは。いったいどういう意味でしょう?】

「今更やめてもどうせ処刑されるとか、ビビってんの? 俺が一緒に逃げてやる。お前らとなら、俺はむちゃくちゃになってもいい」

 

 

 早川那由多と同じの見た目の少女は返事をしない。そしてゆっくりと五条悟を指さした。

 

 

【わんわん】

「──そうかよ。じゃあ、祓う」

 

 

 悟の渾身の術式が、那由多の身体を引き裂いた。

 見下したあらゆるものの支配する生得術式。現状、五条悟くらいにしか弾けない、この世で最も悪質な技。すでに選んだことだと突きつける。決別の表明だった。

 

 

「ぎゃーっはっはっは! いーなー! 俺もビーム撃ってみてえ!」

「その声……お前、デンジか……?」

「んだよ、こっちは気づいてなかったのか」

 

 

 こっちってどっちだよ。ツッコミを入れるのも面倒だ。疲労した脳を反転術式で回復する。新鮮な脳が、明瞭な思考で戦況を把握する。

 早川デンジはチェンソーマンだった。意外な正体だが、そもそもそんなに興味がない。傑あたりなら驚いたかもしれないけど。

 潰す。ねじ切る。撥ねる。また殺す。

 術式の使用回数はとっくに百を超えていた。さらなる術式の使用を迷うことはない。自分の限界はもっと先にある。

 加速度的に自分が強くなっていくのを感じた。

 

 那由多本体は後回しだ。この領域に式神が存在している限り、那由多は即座に復活する。全てを殺し尽くすのが最適解だ。

 その名の通り、那由多の数だけ存在する式神を最大出力の無下限術式で掃除した。

 

 周りへの影響なんて、なにも気にしなくていい。

 全力で力を振るう。生まれて初めて、思いっきり手足を伸ばせた気がする。なんて楽しい。多幸感で脳みそがいっぱいになっていく。

 

 

「ふ、ふふ、はは」

「お前ちょっとキモいぞ……」

 

 

【……邪魔を、しないで】

 

 

 式神を潰され続け、危機感を抱いたのだろう。那由多は切り札らしき存在を呼び出した。

 

 

「──ナユタ、お前」

 

 

 デンジの気配がひりつく。

 黒い髪。変形した両腕と頭部。スーツ姿の若い男。デンジは/俺たちはその正体を知っている──

 

 ()()()()()

 

 

「……それは、笑えねえぞ」

「じゃ、俺がやってやる」

 

 

 銃の呪霊へのカウンターで生まれただの言われて育っていた悟にとっての、生まれる前から背負わされていたよくわからない責務。かつてチェンソーマンに横からかっさわれた役割を、今こそ果たしてやるいい機会だ。これでいて悟は期待に応えるタイプである。

 

 

「虚式──」

【ばん】

「『茈』」

 

 

 この世で最も人を殺した呪霊の一撃が、悟が生み出した仮想質量と拮抗し、掻き消えた。

 

 

(……いける)

 

 

 初撃は余裕を持って迎撃できた。

 少なくとも、勝負として成立する。それが分かっただけでも十分だ。

 

 銃の呪霊は変形した両腕を悟に向けた。世界で最も多く使われた軍用銃と同じ形をしている。数多の派生型があれど、かの象徴となる軍用小銃の基本装弾数は、三十発──

 

 

【ばん】

【ばん、ばんばんばーん】

「っ!? 『赫』!」

 

 

 『茈』で相殺しなければ話にならないような一撃が、銃の呪霊と那由多の二方向から放たれた。片方は『赫』で、もう一方は『蒼』で軌道を逸らす。

 銃はこの世で最も心理的ハードルの低い加害武器である。だからこそ広く、多く、使われて、この世で最も恐れられた。単純威力ではない。高い生産性と普及率を象徴する、射程範囲と連射性能こそが銃の呪霊の真骨頂だった。

 奴の肉体に宿る銃口は三つ。両腕と頭部。単純計算で九十連撃分の概念補助が宿っている可能性が高い。

 

 

(いいね。こうじゃなきゃつまらない)

 

 

 悟は笑いながら虚式を放つ準備をし──

 

 

「──やめろ」

 

 

 銃の呪霊の両腕を、チェンソーマンが切断した。

 

 

「ナユタ、アキがどんな奴か教えたはずだよな。そいつに、これ以上手を汚させんな」

【デンジ……?】

 

 

 早川デンジは怒っていた。誰が何を言おうときっと止まらない。

 ……つまんねえの。

 デンジは銃の呪霊を独り占めする気だ。

 

 

「はあ、仕方ねえから、代わりにお前をひき肉にしてやるよ」

 

 

 銃の呪霊に向けるつもりだった呪力を、再び術式に流し込む。

 那由多の首が吹っ飛ぶ。あまりに見慣れた光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

「もうやめろ」

 

 

「もういい。ありがとな」

「………あ」

 

 

 ()()()()()()

 ふと頭が冷えた。さっきから聞こえていた声は、自分に向けられていたのだと遅れて理解する。全力疾走を終えたばかりのような、生ぬるい空気が肌にまとわりつく気がした。そこでようやく自分の肉体を意識する。

 支配の呪霊の領域はとっくに解けていた。どこか浮いたような感覚が終わる。しっかりと地面に足をついて、五条悟は立っていた。

 

 

「あとは、俺がやる」

 

 

 銃の呪霊の姿も無い。デンジが倒したのだ。

 ぐちゃぐちゃに潰れた肉塊に沈む呪霊と、早川デンジは向き合った。

 

 

【あ……】

 

 

 右腕が高く振り上げられる。そのままチェンソーが振り上げられて──

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:早川ナユタ】

 

 

 べちりと鈍い音がした。

 デンジが手のひらでナユタの頬を叩いていた。

 

 

【あ……?】

「このっ、何やってんだこのバカ!」

 

 

 ドロドロとチェンソーが溶けていく。人間の姿に戻っていく。くすんだ金髪と、三白眼が露わになる。

 

 

【あ、ああ……」

 

 

 思い切り叱って、思い切り怒って、本気の本気で心配して──デンジはナユタを抱きしめた。

 

 

「う、うう………うわあああああああああああんん!!」

 

 

 ナユタは泣いた。とても暖かかったから。

 悲しくて辛くてたまらなかった。もう止まれないのだと、突き進むしかないのだと思っていたから。どうしていいのか分からなくなって、何もかも投げ出して衝動に身を任せてしまった。

 けれど、そんなことになっても止めてくれる人がいる。抱きしめてくれる人がいる。この感情にどんな名前をつければいいのか分からない。ただ、胸がいっぱいになって涙が止まらない。

 

 ナユタは残酷で、価値観が違って 明日世界を支配するかもしれないだけの──早川デンジの家族だった。

 

 

 場違いな電子音が響き、一通のメールが届く。差出人は夏油傑。家入硝子が一命を取り留めたという、病院からの連絡だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:五条悟】

 

 

 チェンソーマンが天内理子を抱き寄せた。

 

 

 ── 先生は! 聖母マリア様みたいに優しくて……

 

 

 その光景を見て、天内の馬鹿みたいな言葉を思い出した。

 彼女の死体には、首から上がない。酷い状態だというのに、悟の目は乾いたままだ。

 

 

(……ごめん、天内)

 

 

 ひどく疲れていた。だがいつまでも休んではいられない。べそべそと泣く那由多を宥めながら、デンジと悟は今後の相談をはじめた。このままではまず間違いなく早川那由多は国家転覆罪で秘匿死刑に処されてしまうからだ。

 

 

「どうするつもり? 流石にこれは頭下げるだけじゃ無理でしょ」

「うーん、そうなんだよなあ。だからとりあえず……逃げる!」

 

 

 デンジは指をピンと立てた。

 マレーシア逃避行 開幕──

 

 

「……なんでマレーシア?」

「その説明、またしなきゃダメ?」

 

 

 デンジはマレーシア行きの航空券を取り出した。ずいぶん準備がいい。

 

 

「五枚もあるならまだ余裕あるよな」

「お前は来んなよ」

「行かねえよ」

 

 

 正門での戦い。襲撃者の男の遺言のうちの、片方を思い出す。聞いてやる義理は無いが、こいつに押し付けるくらいはやってやろうと思った。

 

 

「高専の正門前に、死にかけのガキがぶっ倒れてる。荷物にならなきゃ回収してってよ」

「ええ〜……」

「あ?」

「わーったよ。連れてきゃいいんだろ」

 

 

 五条家のガキに受肉した無下限メタの呪霊など、厄介ごとの種にしかならない。しばらくは忙しくなるだろう。ほとぼりが冷めるまで国外で大人しくしておいてほしいというのが悟の本音だった。

 

 

「……それからこれ」

「まだあんのかよ〜!?」

 

 

 薨星宮を立ち去ろうとするデンジの背中に声をかけた。

 自分でもかなりハイになっていた自覚がある。その上で、ここに来る途中で見つけたそれをきちんと回収して持ってきた判断力は流石だと自画自賛した。

 こいつらはしばらくは日本に帰ってこない。今のうちに渡しておくべきだ。悟はデンジに紙袋を押し付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「で、何これ」

「ちんすこう雪塩味」

 

 

 

 

 

 

 




前話クイズ答え

夏油
血の呪霊編直後からすでにかなり怪しんでいた。北海道で確信、伏黒パパがデンジの急所より先に腕を狙ったのでさらに確信。

家入
1章直後に那由多に直接聞いた。

五条
気づいてないです。



領域展開:超跳腸・胃胃肝血
使用者:チェンソーマン
効果:超テンションが上がってなんか行ける気がしてくる
 チェンソーマンの領域展開。カラフルな臓物とクソ映画空間が広がっている。チェンソーマンが食べたモノで構成されている。ポチタが使うともっとヤバい効果が付与されるらしいが、デンジには使えない。あ〜? これが正解だよなあ!?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。