東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

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【side:五条悟】

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 

 

 星漿体護衛任務三日目。

   15:00

 

 

 

 沖縄滞在を引き延ばし、ようやく高専まで帰ってきた。天内理子を結界内部まで護衛し終えた瞬間だった。

 

 

「──悟!?」

「大丈夫、問題ない。先に行ってろ!」

 

 

 襲撃だ。背後からの一撃に、全く気付くことが出来なかった。今までの呪詛師とは格が違う。万一に備えて天内と黒井の護衛を傑に任せ、先行させる。悟が殿を引き受けた。

 

 

(また刺し傷かよ)

 

 

 すっかり慣れてしまった負傷にちょっぴり虚しい気分になる。二年に進級してから、厄介な敵との戦いが増えた。俺たちは最強なので全然問題はないけれど。

 襲撃者の奇襲により、悟の胸には細い穴が空いていた。致命傷は避けた。しかし痛みを無視して戦うのは難しい。傷口を反転術式で癒せないかと試みるが上手くいかなかった。家入硝子の手際を知っているだけに納得がいかない。結局諦めて、呪力で肉体を強化し力を込め、擬似的に流血量を減らす方針にシフトした。

 

 

「口元に傷がある野郎は体術バカしかいねえのか」

 

 

 凄まじい身体能力だった。天与呪縛のフィジカルギフテッド──岸辺も呪力量が多い方では無いが、この男はレベルが違う。呪力が全く無かった。肉眼でも、六眼で視る呪力でも、得体の知れない侵入者の姿を捉えることはかなわない。体術バカ慣れをしてなかったらもうちょい押されてたかもなと思考する。

 さてどう対処したものか。虚式でまとめてぶっ飛ばすのもアリだが、相手が正面から向かってこないこの状況で乱発するにはちょっと威力が強すぎる。

 

 

「……あれを、やってみるか」

 

 

 実験台が欲しかったところだ。この舐めた襲撃者相手にはふさわしい。

 掌印を結ぶ。呪力を練る。ぶっつけ本番──ではない。

 

 

 

「──()()()()

「はぁ!?」

 

 

 

 五条悟は天才だ。

 手本ならばすでに見た。感覚を確かめ合える友人(ナユタ)がいた。ならばどうしてこの五条悟にできぬ道理があろうか。

 家入硝子あたりに聞かれれば鼻で笑われる理屈だが、すでに二度成功させている。三度目にしてようやくの実戦投入だ。

 

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 

 ブラフでもなんでもない、本物の領域展開の兆しを感じ取ったらしい。ようやく焦り顔を見せた男は、体に巻きつけた呪霊の口から人間の子供を吐き出させた。

 

 

「ちと早いが、出番だ()()()

【──ハロウィン!】

 

(……?)

 

 

 白髪の幼子。脳みそが溢れ出し、飛び出した眼球が揺れたまま、満面の笑みを浮かべている。領域展開という呪術の極地を現実に具現化する最中、悟の六眼はそれでも正しく目の前の情報を処理していた。

 あのガキは、無下限術式持ちだ。容姿からしても五条の血筋で間違いない。だからこそ、五条の頂点たる悟への切り札にはなり得ない。どういうことだ。この用心深い男がやぶれかぶれの策を取るとは思えない。真意を見極めようと六眼を凝らし──

 

 

 

     見るな

 

 

 

 反射的に目を逸らす。

 生まれた瞬間からあらゆる情報を処理し続けてきた五条悟だからこそ気づいた異変だった。

 

 この()()は、混ざっている。

 

 禁忌の気配。

 知ろうとする行為そのものがトリガーとなる必殺の術式。

 六眼を持つ悟にとっては、ほんの少し視るだけで致命傷になりうる呪い。

 

 正体不明の能力は、既に発動し終わっていた。

 

 

「──無量空処」

【──ハロウィン!】

 

 

 二つの領域が、ぶつかる──

 

 

 

 

 

 

 

 

(……無下限の領域じゃねえな)

 

 

 二つの領域は完全に拮抗していた。

 何もかもに満たされた無限と、整然と並ぶ無限の蔵書。

 これは、似て非なる『無限』だ。

 

 領域展開は、術式を付与した生得領域を呪力で具現化する呪術の極地である。同じ術式ならば同じ領域が形作られるはずなのだ。

 悟の読みは当たっていた。あの子供の術式は、無下限をベースにしてはいるが、明らかな異物──特級レベルの呪霊が混入した紛い物だった。

 

 

「おい、術式の開示だ。念には念を入れろ」

【ハロウィン】

 

 

 男は、武器庫代わりの呪霊と同じように身体にしがみつく少年に指示を出した。

 

 

「趣味悪いな。一家虐殺の殺人犯と仲良しこよしか?」

【はじめまして五条悟。私は『宇宙』の呪霊の受肉体です】

「普通に喋れるのかよ……」

【警戒する必要はありませんよ】

 

 

 那由多もやっていた冗談だ。特級呪霊の間ではやってんの?

 幼すぎる身体に見合わぬしっかりした口調で子供は術式を開示する。

 

 

【今から貴方は森羅万象を知るのです。全てを理解した者は皆……死ぬまでハロウィンのことしか考えられなくなるのです】

「俺の無下限を突破できたならな。うちの分家筋の、六眼無しの相伝持ち。今年で三つか四つだったか」

【私の肉体の情報としては、正しい認識です】

「そいつ、お前の仇だぞ」

 

 

 悟は侵入者の男を見据える。

 つい最近発生した、五条分家の虐殺事件。第三者の残穢が残っていなかったため身内同士の家督騒動だろうと片付けられた。その犯人はこいつだ。呪力ゼロの特異体質が、あの奇妙な現場を生み出した。

 

 

「家族丸ごと殺した相手にいいように使われて、ムカつかねーの?」

【彼に抱いている怒気はありません。命あるもの、狩り狩られるは自然の流れです。この男のかつての境遇も、今か──】

 

 

 悟は侵入者から目を逸らさなかった。

 

 

【── ら起こることも、また同じ】

 

 

 目を逸らさなかったのに、一瞬で男を見失った。バカみたいな速度の一撃を、すんでのところで弾き飛ばす。

 領域展開は、必殺の術式を必中必殺の術式に昇華する。だが複数の領域同士が綱引きをしている状態ではその恩恵は得られない。無量空処の効果は、襲撃者の男に届かない。

 

 似て非なる二つの領域は、引き起こす結果だけ見れば非常に似通っていた。悟の無量空処は、相手にこの世の全てを与えて情報の完結を許さない。少年のハロウィンは、相手にこの世の全ての情報を与えて処理能力を破壊する。パソコンのマルウェアのようなものだ。どちらも、相手の脳を認識能力を殺す。似通っているが故に、耐性がついている。お互いがお互いへのダメージを通常以上に軽減している。

 ……いや、おそらく向こうが一枚上手だ。情報の洪水がもたらす肌にまとわりつく様な不快さを、相手は一切感じていない。

 

 

【貴方の領域が与える無限の全ては、私にとっての既知にすぎません】

 

 

 この世の全てと、この世の全ての情報。術式の格は無量空処が上だ。だがあの子供に混じった呪物は、五条悟以上にこの世の全ての核心を捉えていた。

 

 

「……色々とさあ、思い返してみたんだけどさあ!」

 

 

 頭が痛い。じんじんする。古傷が痛んだわけではない。硝子の施術は完璧だ。これはストレスだ。

 血の呪霊に天使の呪霊、ムカつく奴らの顔を思い浮かべる。

 

 

「俺が最近戦う敵がさあ!! 全員俺の無下限メタってくるんだけど!!」

「良かったな、モテモテじゃねえか」

「呪霊じゃなきゃちょっとは喜んだわ」

 

 

 ──術式順転『蒼』

 ──術式反転『赫』

 

 同時発動。

 

 

 領域内だからこそ実現できた大技。引力と斥力が生み出す歪な力場を侵入者は完全に読み切った。隙間を縫って接近する男の一撃を『赫』で弾き飛ばす。

 おそらく、このガキは本来は那由多への対策だった。それが悟に流用された。男が新たに取り出した呪具を視る。纏う呪力の異質さからして、こっちが五条悟殺しの本命だ。絶対に近づけさせる訳にはいかない。

 

 

【ハロウィン!】

 

 

 押し寄せる情報の洪水を、無下限術式でせきとめる。目を瞑るのは無しだ。そんな隙をあの男は見逃さない。

 【視】てはならない深淵と、【視】なければ避けられない連撃は、確実に五条悟を消耗させていった。

 

 

 裁く、弾く、空間ごと捻り潰す。

 呪力を追いかけて、振り向いた。

 

 

(──蠅頭?)

 

 

 そこにいたのは襲撃者の男ではなかった。蝿頭──四級にも満たない、微かな呪力しか持たない雑魚だ。つまり()()()()

 

 

(あ、これ、やば──)

 

 

 

 

 

 

 

【side:ハロウィン!】

 

 

 ──数年前のこと。

 五条分家は瀬戸際に立たされていた。数代にわたり、相伝の術式が出せなかったからだ。元々弱まっていた立場は、宗家に無下限術式と六眼を持つ子息が誕生したことで決定的なものとなった。集権的な体制に反発出来るだけの力も無い。

 恵まれた子がいれば。

 神輿になりうる存在さえ生まれれば。

 呪い(いのり)が一人の膨らんだ腹に向けられる。

 

 見られている。

 

 見られている。

 

 見られて──

 

 

「ぎゃァ」

 

 

 父から、母から、夫から、使用人から、屋敷の全てから向けられた期待は、娘を狂気に走らせるには十分だった。

 

 特級呪物『阿毘達磨(あびだつま)の眼』。九年前の海外呪術師による東京襲撃事件の際に回収され、その在り方故に五条の血筋に管理が任された無限(このよのすべて)を内包する呪物。

 何を考えたのかなど、想像するまでもない。一人の妊婦がそれを飲み込む。

 

 ……呪物は総じて毒である。特級ともなれば尚のこと。

 

 予定よりも二月も早い破水。

 死産であった。

 死産の筈だった。

 

 声ひとつ上げぬ赤子が母親を指差し、笑うまではその場にいる全員がそう思っていた。

 

 

【ハロウィン!】

 

 

 (はは)は本当に発狂した。

 

 

 

 

 

 

 脳みそがあふれ出し、眼球はかろうじて筋繊維で繋がっている。誰が見ても致命傷を負った姿のまま平然と子供は生きていた。明らかに人ではなかった。人の胎から生まれた、この世の全てが入り混じりどちらでもありどちらでも無い生き物。

 呪術界の常識に照らし合わせれば即刻処刑されるべき命は、無下限術式の兆しを見せるたびに生き延びた。時々使用人を発狂させ、時々寝て、起きて、必要最低限の物資すら与えられず、まともな教育も受けず、全てを知りながら何も持たない、周囲に流されるままの命。

 

 全ては凪いでいた。全てが既知の世界の中で、その日は訪れた。

 

 屋敷が血の海に沈む。この日が来ることを、少年はずっと前から知っていた。命あるもの、奪い奪われるのは当然の摂理だ。その大きな流れに逆らう意志を持ち合わせていなかった。

 そして、彼と出会う。

 

 

 

 

【一つ、補足をしましょうか】

 

 

 蝿頭を囮に目と鼻の先から放たれた全力のハロウィン。今までとは段違いの出力だ。まともに受ければ間違いなく発狂する。五条悟は最大出力の無下限で受け止める。

 

 その上から二人を刃が貫いた。

 

 特級呪物『天逆鉾(あまのさかほこ)

 その効果は、発動中の術式強制解除。

 

 

【彼は私の大脳皮質で、蝶結びをしてくれたんですよ】

 

 

 二つの無限を打ち消して、刃が斜めに引き下ろされる。喉笛から胸を通って内臓に。足を完全に潰して、機動力を奪っていった。

 領域が破れる。両術師の致命傷により、同時にボロボロと解けていく。

 宇宙の呪霊は腹を潰されて、腕も曲がっていた。それらは森羅万象のほんの上澄みに過ぎないのだと、小さくか細い姿で微笑んだ。

 

 何もない世界で、初めて何かを与えられた。

 奇しくも、それはかつて惚れた女に貰ったものと同じだった。

 

 だから私はあの家を出た。

 だからここまでついてきた。

 だからここでむちゃくちゃになる。

 

 全て、知っていたことだ。

 

 

【とてもかわいいハロウィン!】

 

 

 最後の一撃が、五条悟の額に突き立てられた。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、ここで使い潰したくなかったんだが……五条の坊相手じゃ仕方ねえか。ちったあ勘が戻ったかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:■■■】

 

 

 歩く。

 

 

 彷徨う。

 

 

 見て廻る。

 

 

 どこにいる。

 

 

 捜さなければ。

 

 

 犯人がいるのだ。

 

 

 どうなってもいい。

 

 

 気がつけば外にいた。 

 

 

 私はそいつを許さない。

 

 

 硝子は刃物で刺されてた。

 

 

「あ……】

 

 

 血と、土の入り混じる香りがした。

 

 都立呪術高等専門学校 筵山。

 破壊された鳥居。

 積み上がる瓦礫。

 隙間なく敷き詰められた石畳の上で。

 

 

 

 五条悟(ともだち)が頭を刺されて死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:夏油傑】

 

 

 高専最下層。国内の結界の最重要拠点。天元様のお膝元──それが薨星宮だ。

 三日間にわたる護衛任務も終わりが近づいている。同化への手順を理子ちゃんに説明しながら、夏油傑は思考する。

 

 星漿体の任務を告げる時、夜蛾は『同化』と『抹消』と言った。それだけ責任感を持てと言いたいのだろう。

 うちの担任は脳筋のくせによく回りくどいことをする。

 早川那由多の件もだ。あの人は悟に監視任務を告げておきながら、必要以上の情報を与えようとしなかった。五条悟と家入硝子と夏油傑が一年かけて交友を深めたように、彼女とも仲を深めて欲しいのだと。思惑に気づいた時にはすっかり友人になってしまっていた。

 早川那由多も、天内理子も、ただの普通の女の子だ。

 その身に課された困難が、非術師よりずっと重いというだけの。

 

 同化を果たせば、彼女は二度と戻れない。大切な人と笑い合う日々も、新たな出会いの可能性も永遠に失われる。

 だから傑はもう一つの選択肢を示す。彼女に会う前から決めていた、親友との約束を。

 

 

「それか引き返して──」

「よう」

「──!?」

 

 

 第三者の声が響く。理子ちゃんを庇いながら振り向く。そこにいたのは見知った姿だった。

 

 

「早川さん……?」

「早川先生!」

 

 

 思わず駆け寄ろうとした理子ちゃんの手を掴み、引き戻す。

 この場所は関係者以外の一切の立ち入りが禁じられている。なぜ彼がここにいる。意図が読めない。対応次第では戦闘になる可能性がある。呪霊を呼び出すべきか、どうか。

 

 

「『それか引き返して』、なんだって?」

「……」

 

 

 さっきの発言を聞かれていた。傑は返答に詰まった。今から提案しようとしていたことは、日本国家への反逆同然だったからだ。まともな大人ならまず止める蛮行だ。

 

 

「ヒロフミが言ってたぜ。一級術師夏油傑の欠点は、大人に相談しないことだってな」

「心外だな。ちゃんと尊敬できる相手にはしますよ」

 

 

 悟との会話を思い出す。

 

 

『星漿体のガキが同化を拒んだ時ぃ? ……そん時は同化はなし!』

『いいのかい? 天元様と戦うことになるかもしれないよ』

『ビビってんの? 大丈夫なんとかなるって。俺たちは最強なんだ』

 

『それと、もしそうなったら……あの教師(デンジ)は、味方だ』

『なんだ、悟はあの人のこと嫌いじゃなかったのか』

『嫌いに決まってるだろうが。でも、天内の味方なのはマジだろ』

 

 

 ……肩の力が抜ける。警戒してしまった自分が恥ずかしい。

 悟が信用を向けたように、理子ちゃんが聖母なんて噴飯ものの例えをしたように、かつて己が直感的に気づいた様に。

 彼は──良い人だ。

 

 

「……だから、話します。理子ちゃん、少しだけ時間いいかな」

「う、うん」

「おお〜……?」

 

 

 俺初めてソンケーされちゃったぜ〜と照れる姿はちょっと情けない。見続けていると尊敬したくなくなってきそうだったので、傑は目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

「もっと、みんなと一緒にいたい。もっとみんなと色んな所に行って色んなものを見て……! もっと……!」

 

 

 天内理子が泣く。夏油傑が受け入れる。二人の結論を見届けると、早川デンジは無言で傑たちに航空券を差し出した。全部で五枚。行き先はマレーシアになっていた。

 

 

「なんでマレーシア?」

「ちょうどヒロフミが出張中なんだよ」

 

 

 ()()()()()()()

 傑たちが沖縄にいた一日と少しの間に、どこで何をしていたのかは知らないが、デンジは言い切った。

 あとこれは嘘の身分証な。外国の金はこっち。風邪薬と生理用品も入れといた。ワクチン打っとかねえとすげえ苦しいから到着次第この住所に直行な。出るわ出るわの大荷物。トランクいっぱい分の説明に、逃亡計画がいよいよ現実味を帯びてくる。大人に頼るってのはこういうことよと誇る横顔が、傑のよく知るクラスメートとよく似ていた。

 

 天内理子は普通の少女だった。彼女を守るためなら、何を敵に回したっていいと思う。彼女の未来は私たちが保証する。

 丁度いい。硝子と那由多も引き連れて、楽しい逃避行の始まりだ。

 

 

「帰ろう、理子ちゃん」

 

 

 私たちならなんだって出来るのだから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンッ

 

 

 乾いた音が響く。

 

 

 

「──え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:天内理子】

 

 

「──プロフィール、出してねえのお前だけだぞ」

「あ、ああっ! ええっと、すみません……」

 

 

 同化、と書いた項目を慌てて消す。見られなかったかな。恐る恐る机から顔を上げると、先生は怪訝な顔をしていた。

 

 

「ちゃんとプリントあるじゃねえか。なくしたかと思って、新しいの持ってきてやったのに」

「あはは……」

 

 

 よかった。バレてない。

 二年に進級して、クラスの顔触れも変わったからと配られた自己紹介プリント。似顔絵は渾身の出来栄えだ。名前、誕生日、好きなもの。項目はほとんど埋まっている。

 それなのに、たった一つの空白のせいで、放課後になっても提出できていなかった。

 

 

「適当に埋めりゃいいぜ。好きなものとか、自分といえばコレ! みたいなのねえの?」

「妾といえばすなわち天元様なのじゃ!」

「お前ちゃんとクラスで友達いる?」

「いるもん!!!」

 

 

 別にいいのだ。先生は一般人で、きっと天元様の存在すら知らない。妾の尊さが分からないのは仕方ない。

 星漿体(わたし)はとっても慈悲深いのである。

 自己紹介プリントの空欄──『私の将来』。天元様なんて、書けっこないからこうしてずっと悩んでいる。

 

 

「先生こそ、どうして先生になったんですか? 中学の頃から将来が決まってたんですか?」

「俺中学行ってねえよ」

「ごまかすなー!」

「ええ〜……大体なあ、ここに書くのは、『将来』じゃなくて、『将来の夢』なんだっつの。妥当かとか可能性とかほっぽって、気持ちだけ書いときゃいいんだよ」

「──夢?」

 

 

 夢ってなんだろう。

 私は、最初から特別で。生き方はとっくに決まってて。だからその先のことなんか考えたこともなかった。

 なんてことない空欄が、とても大きな壁に見えた。

 

 

「私、将来の夢なんて、ない……」

 

 

 学校に行くのが好きだった。

 私は星漿体で、大切にされていて、誰にも代われないお役目があって。

 だから、外出もあまりできなくて。

 だから、学校に行くのが楽しみだった。

 友達に、先生に、みんなに会えるこの場所が大好きだった。

 

 プリクラを一緒に撮ったゆいちゃん。

 すごくおしゃれで、私のヘアバンドをかわいいねと褒めてくれたはなちゃん。

 アイドルに詳しくて、色々な曲を教えてくれたなつきちゃん。

 ピアノが上手で、学園祭で引っ張りだこだったエリサちゃん。

 

 厳しいけれど、いつも生徒のことを一番に考えてくれる先生たち。

 

 私を見てくれた。

 みんな、私の大切な人。

 

 その全部と、同化の日にお別れする。

 きっと辛いと思う。悲しくてたまらなくなると思う。でも時間が経てば、きっと何も思わなくなる。……両親が死んだ時と同じだ。

 

 

 早川先生は、私が本気で思い悩んでいることに気づいたのか、姿勢を正した。

 だらしがなくて、すぐに調子に乗って、校長室に呼び出されてばかりの男の人。でも、こういう察しが妙にいいから、大人しい子からモテるのは分かるのだ。先生への告白の付き添いをしたこともある。死んだふりで逃げたのは最低だったけど。

 

 一般の学校に呪術界の話は開示できない。だから天内理子は宗教法人の幹部の生まれという設定になっている。何を勘違いしたのか、先生はあれこれと気をつかい始めた。

 

 

「大人の指図ってよ、それっぽく聞こえるもんなんだ。でもそれは大人になってから思い返すくらいで丁度いいっつーか……誰に何言われようと気にすんな」

 

 

 私は大人にならないよ。

 天元様になるの。

 

 

「今のお前の気持ちは、お前だけのもんだ。だから、お前が名付けろよ。ここには好きに書きゃいい」

「ないよ。私に夢なんかない。私の未来は決まってる」

 

 

 だから私の気持ちに名前がつく日はきっと来ない。

 何も知らないくせに、勘違いして馬鹿みたい。でも星漿体ではない『天内理子』を見て、心配して、色々考えてくれるのは嫌じゃなかった。

 

 

「この異性不純行為教師がぁ!」

「ヘブゥっ!!」

「殺す」

「黒井ーーー!!! 違うのじゃ! 先生は! せ、先生!」

 

 

 直後、背後から振り下ろされたモップの取手が先生の頭を叩き割る。下校が遅いことを訝しんだ黒井の凶行だった。

 女に殺されかけるのは慣れてるだなんてカッコつけて冗談を言うところも好きだった。

 

 

 

 

 

 

 私に来年は来ない。

 私は星漿体だから。

 私は……

 

 

 

 

 

 ……先生、あのね。

 

 ホントは、あの時、嘘ついてたの。

 

 

 

 

 

 

 私、先生になりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──天内?」

 

 

 

 

 




【キャラ紹介】
宇宙の呪霊
性別:男性(呪霊の受肉体)
好きなもの:ハロウィン!
嫌いなもの:ハロウィン!
所属:伏黒甚爾
出典:?
 死産だった子供を依代に受肉した特級呪物。武闘派スパダリ女性と武闘派ヒモ男がタイプでハロウィン!


天内理子(あまない りこ)
性別:女性
好きなもの:学校
嫌いなもの:しいたけ
所属:星漿体/廉直女学院中等部
出典:呪術廻戦
 学校が好きな女の子。クラスメートも、先生も、一緒に沖縄に行った人たちも、みんな好きだった。将来の夢をようやく見つけた。
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