東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多 作:同じ顔の別人
恍惚と不安と
二つわれにあり
――『ヴェルレエヌ』
【side:五条悟】
女子校において、男性の扱いは三択だ。
すなわち――変質者か、マスコットか、アイドルか。
不審者の紙袋の呪詛師が一つ目、早川デンジが二つ目とすれば、このGLGの俺が三つ目に該当するのは当たり前のことだった。
「「「「きゃーーーーー!!!!」」」」
「何、理子、彼氏!?」
「違っ……! いとこ! いとこだよ!」
「高校生!? 背ェ高!」
「おにーさんグラサンとってよ!」
「おい調子乗んなよ!」
渾身のキメ顔で応対してやれば、天内がキレた。
「困りますよ、身内とは言え勝手に入られては……!」
「不審者が入って行くのが見えて……おれ、理子が襲われないか心配で……」
「「「きゃーーー!!」」」
「ほんと調子のんなよ!!!」
ノリノリである。去年ドラマで花より男子を全話視聴した成果を存分に発揮する。傑からは爆笑を、硝子には無と軽蔑を向けられた我が御本尊は、女子中学生には見事大ウケした。
「コラ! 皆さん静粛に! はしたないですよ! ……あとこれ私のTEL番」
「おおーい! 条例違反!」
「うるせえ! 教職の出会いのなさ舐めんな!」
「俺はァ!?」
「コブ付きが何言ってんだ!」
「あれは妹だっつってんだろ!!!」
生徒教師の距離が近い、賑やかなクラスだった。この様子じゃ天内がのじゃのじゃ口調でも浮かなかった可能性が高いなと思うくらいには。
騒ぎに乗じて天内を小脇に抱えた。驚いて何か叫んでいるが意図的に無視する。
「じゃ、天内連れてくんで」
「待てや、この後国語の授業なんだよ」
――早川デンジは流されなかった。
ま、そりゃそうか。
「勝手にすんな。事情を説明しろっつの」
「部外者には教えられないな」
肩をつかもうとするのを無下限で止める。
そばにいるデンジにだけ聞こえるように小声で告げた。
「呪術師は年中人手不足だってのに。転職するなら手伝うぜ?」
「お前なあ……」
「じゃ、そゆことで!」
騒ぐ教師陣とクラスメートを置いて、悟は天内片手に礼拝堂から飛び出した。
あの拘束済みの呪詛師は放置しても問題ないだろう。むしろあのままあの場に天内を待機させ続け、追撃を喰らう方が危険だ。
「馬鹿者! あれほど皆の前に顔を出すなと!」
「呪詛師襲来。後は分かんだろ」
「ふん! そのような下賤な者らは貴様らが来る前に先生が……」
「その先生とやらはこの学校の敷地と全生徒の実家全部警備できるのか?」
「そ、それは……」
こんな事態だというのに天内が学校に行くのをやめなかった理由には、あの教師の存在もあるのかもしれない。
この男は、特級呪霊『早川那由多』の兄だ。五条悟が学校内での監視を、悟が育つまで最強を名乗っていたシン・陰流の師範代たる岸辺が送迎を担当するレベルの爆弾――それと平然と同居し、しかも呪術界から黙認されている。
――デンジは、領域展開が出来る。
馬鹿げた話だ。那由多の言葉を疑うわけではないが、本人の口から明言されたわけでもない。ただ、あの
噂をすればだ。デンジは少し遅れて追いかけてきた。
「止まれ止まれバカ!」
「追ってくんなよ。次は国語じゃなかったのか?」
「そうじゃねえ!
天内が訳がわからないという顔をする。そんなことを伝えるために来たのかと悟はため息をついた。
「そんなもん最初から
もちろん、たった今背後から仕掛けられた攻撃も。
「んだコレ!?」
「おっさん、奇襲するならダダ漏れの呪力ちったあ隠してから来いよ」
「増えた!? 五人じゃ!」
礼拝堂で縛られていたはずの紙袋を被った呪詛師の拳が止まる。悟の無下限術式だ。
さっさと片付けてしまおうか。悟は掌印を結んで術式を発動させた。
――術式順転『蒼』
呪力で生み出された引力が、襲撃者の紙袋男を
「ず、ズル〜〜! なんだ今の!? ってかおい! 天内大丈夫か?」
「だ、大丈夫なのじゃ!」
「のじゃ?」
「あっ、大丈夫……です……」
学校ではのじゃのじゃ口調ではないという主張は本当らしい。聞かれたのが相当に恥ずかしかったのか、八つ当たりで脇腹を叩いてきやがった。地味に痛い。やめろや。
床に下ろしたのとほぼ同じタイミングで、と場違いな電子音が鳴った。天内の携帯電話からだ。
「ど、どうしよう。黒井が……!」
画面を覗き込む。そこには、天内の使用人である黒井が手と足を拘束されている写真が写っていた。
「……盗み見とか教師としてどーなの」
「そもそも、お前ら全員不法侵入だからな」
※
「おい、お前ら。これ、俺の電話番号」
「この学校でそれ流行ってんの?」
「連絡取れねーと困るだろうが!」
デンジと天内の取り合いをくり広げるうちに、傑が合流した。黒井は、傑と別れた直後に非術師による宗教団体『盤星教』に誘拐されたらしい。
デンジの要求は要するに黒井救出作戦の結果報告をしろとのことだった。あとでゴミ箱に捨ててやろうと思いながら電話番号のメモ書きに手を伸ばしたが、天内がそれを阻止した。デンジの腰に抱きついて、俺と傑から距離を取ろうとする。
「い、いやじゃ! 取り引きには妾も行くぞ! まだオマエらは信用できん!」
「このガキ、この期に及んでそんなことを……」
学校で襲われたばかりだというのに、随分呑気なことを言う。
「せ、先生! 一緒に行こう!」
「うぇえっ!?」
「先生聞いてないって顔してるぞ」
「いや俺これから国語の授業の補助しなきゃいけねーんだけど」
「だ、だって、だって……黒井が……」
「あとお前も来いよな。出席率やべーぞ」
「う、ううう〜〜〜〜」
孤立無縁だ。それでも天内は引き下がらなかった。
「助けられたとしても、
――まだ、お別れも言ってないのに……?
「……」
きっと、その言葉の何かがデンジの琴線に引っかかった。
その場にしゃがみ、天内と視線を合わせる。正面から向き合った。
「天内、お前、次にガッコくんのいつだ?」
「そ、それは……」
「じゃ、学校好きか?」
「………うん」
「ふーん。じゃ、もし偉い人がお前を留年させてやるとか言い出しやがったら、そんときは俺がどうにかしてやるよ」
早川デンジは穏やかに笑った。
「そんじゃ、頑張ってこい」
「――うん!」
(ったく、何も知らねーくせに)
天内が星漿体であるとは知らずとも、呪術界の関係者だとは気づいているだろう。なのに勝手に決めやがって。こっちが連れて行くとは一言も言っていないのに。もしくはどうせ連れて行くだろうと踏まれているのか。悟はこの男のこういうところが嫌いだった。
「天内のこと頼んだ」
「もともとそういう任務だよ」
「気持ちの問題だっつの」
わいぎゃいする学生を尻目に、早川デンジは早々にその場を去っていく。次の授業があるとか何とかで。歩きながら片手で携帯を操作し、耳に当てる。
悟は目がいい。呪力でものを捉えることができるから、他人が思うよりずっと正確に座標を把握することができる。
だから電話の会話内容も、悟には全て視えていた。
「久しぶりです、岸辺さん。話があんだけど」
『……、…………』
「ナユタじゃねえ。うちの生徒んことで……」
『……………。…………』
「シン…カゲリュー……? それで忙しいのはわかってっけど……その……天内理子っつうんだ」
※
「「めんそーれー!」」
沖縄旅行 開幕──
先日北海道から帰って来たばかりだと言うのに、こんなにすぐ沖縄にくることになるとは思わなかった。
女子組に十割自慢で海水浴の写メを送ると、即座に『ゴーヤ、シークワーサー』とだけ返事が返ってくる。苦いのも酸っぱいのも悟の好みでは無い。お土産はちんすこうにしようと決意した。
「私も黒井も無事だから!」
「ご心配をおかけしました」
『おー、無事でよかった。にしても沖縄なあ〜、お土産になんか買ってきてくれよ』
「……うん」
天内はデンジに安否連絡を取っていた。使用人の黒井も知り合いらしく、携帯のスピーカー機能をオンにして会話に参加していた。
沖縄に誘拐された黒井の救出作戦は、沖縄に着いた日の昼には終わっていた。
特級呪霊相手に連勝を収めたメンツである。非術師の誘拐犯の制圧など、赤子の手を捻るようなものだった。
「……あのね黒井。お土産、先生に渡してくれる?」
「理子様……」
電話を切ったあと、天内は黒井にお菓子の箱を渡していた。クラスメートの分も入っているのだという。ずいぶん仲良しなことで。あの教師の何がいいのだろう。悟には理解できなかった。
五条悟はデンジが嫌いだ。
上層部のクソみたいな保身バカ身分バカ血統バカなジジイたちに向ける軽蔑とは違う、シンプルなムカつき。俺には全部分かってますとでも言いたげな大人ヅラが癪に触るのだ。
そんな内心に気づいたのか、天内が拗ねた様子で突っかかってくる。学園祭でのエピソードだの、廊下で倒れている姿が廉直女学院の風物詩になりつつあるだの、こちらはそんな話一ミリも興味はないのに。
「先生は! 聖母マリア様みたいに優しくて……」
「──ゴフッ」
流石にむせた。ちょうど口にしていた炭酸ジュースが制服にかかりかけて、慌てて無下限で防御する。今までで一番くだらないシチュエーションで術式を使ってしまった気がする。
「誰が何みたいだって?????」
「ミッション系の学校なんですよ」
「そういう問題じゃなくないですか?」
黒井のフォローに傑が無慈悲なツッコミを入れる。それにしたって例えが無茶苦茶だ。今日は一日このネタで天内をいじってやろうと決めた。
「中学生はほら……視野狭窄だから……」
「無礼なのじゃ! 変な前髪しおってに!」
傑の慇懃無礼さも通常運転だった。
平和だった。同化を明日の夜に控えているとは思えないほどに。
※
※
※
From:お兄ちゃん
To:ナユタ
件名:
——————
今から高専行くけど、なんか持ってきて欲しいもんある?
From:ナユタ
To:お兄ちゃん
件名:Re;
——————
今?
From:お兄ちゃん
To:ナユタ
件名:Re;Re;
——————
もうついたわ
From:ナユタ
To:お兄ちゃん
件名:Re;Re;Re;
——————
今??
※
【side:早川ナユタ】
ファッションショー 開幕──
バンカラ
セーラー服
ブレザー
ストッキング着用
ランドセル
白セーター
ディズニーコーデ
ルーズソックス
カーディガン
クラT
体操服
「がわ゛い゛い゛ぃ〜〜〜〜!!!
ぐぞぉ〜〜〜〜!!! 俺ん妹がァ! すんげぇかわいい〜〜〜〜〜!!!!」
「そろそろいいか?」
「さーせん」
「はい」
急遽教室で開催されたデンジとナユタによるファッションショーは、廊下からかけられた夜蛾の冷ややかな声により中断された。
悟と傑が護衛任務に出かけてから三日。課題提出を終わらせ若干の暇を持て余していたナユタにデンジからメールが届いた。
デンジが高専に来る。
授業参観でもないのに。嬉しさのあまり、色々な衣装をかき集め披露した結果が夜蛾の冷たい目である。
「そういえば、デンジはどうして高専に来たの?」
「あ〜ちょっとな。心配すんな。ナユタん話じゃねえ」
北海道旅行ぶりの再会だ。久しぶりに会えてよかったぜとデンジは頭を撫でてくれた。
これから始まるのは大人の話だ。脱ぎ捨てた衣服をかき集め、一礼をしてその場を去る。
「早川デンジ、連絡にあった件だが──」
夜蛾が本題に入ろうとした時だった。
空をつんざく、鋭い音が響いた。
「「「!?」」」
――警報だ。
大人達の対応は早かった。
素早く時計で現在時刻を確認し、どちらが誰に連絡を取るか、何をすべきかの認識のすり合わせを行う。ナユタはその場に留まり、原因が何なのかについて思考を巡らせていた。
「ナユタ、今すぐ寮の部屋に戻ってろ! 途中で怪しいやつ見かけても絶対近づくんじゃねえぞ。あと、避難してない生徒がいたら首根っこ引っ掴んででも部屋に連れ戻しとけ」
「わかった」
二つ返事で了承した。
夜蛾とデンジの遠ざかる背中を見送り、ナユタも移動を開始する。
行き先はもちろん寮の自室――ではない。
「ふふん」
早川那由多は反抗期なのである。
つい最近反抗期チャレンジに失敗したが、高校生なのである。
この警報は、きっと悟と傑のやらかしだ。
手助けしてあげようと思った。なにせ、三日も課題漬けでくたびれていた。少しは体を動かしたい。
……それに、二人にはたくさん助けてもらった。学校生活が楽しいのは、いろいろな制服が着れるからという理由だけでは無い。今度はナユタの番なのだ。
侵入者が呪詛師ならナユタの『支配』ほど役に立つ力はない。反社会的であるという点も術式の出力を後押しするだろう。そもそも私の『呪霊としての感性』は、人間に軽蔑と愛玩の入り混じる感情を向けている。そこに呪力さえ乗せてやれば、すぐだ。
ナユタは女子トイレの個室に入り、さっきは夜蛾に中断させられたせいで披露できなかった新しい制服を取り出した。
スーツ型の制服だ。硝子のアドバイス通りパンツルックである。
京都高に似た改造服を着用している生徒がいたらしい。シャツとズボンの在庫がすぐさま手元に送られてきた。ジャケットが届くのが二週間後というのだけが残念だ。
洗面所の鏡を見ながら服を整える。ネクタイを結べば完璧だ。結び方はデンジに教えてもらった。今では一人でもちゃんと結べる。
侵入者はどこだろう。鳥とネズミの耳を支配すればすぐだと思ったのに、妙に静かで、どこからも足音はしなかった。まさか小動物にすら聞こえないほど静かな足音で移動してるなんてことはないだろうし――
曲がるな
「……?」
足が止まる。廊下の角から目が離せない。
別に、何かおかしいところがあるわけではない。
別に、残穢が残っているわけでもない。
なのに、本能が、予感が、失われたはずの第六感が、あらゆる全てがこれ以上進むべきではないと叫んでいる。
見るな
「…………」
ギィギイと、床板が軋む音がやけに響く。
普段は気にもならないような音が妙に耳に触った。
呼吸が浅くなる。
どうしてなのかわからない。
寒い。おかしい。
汗で背中が濡れた。
進んじゃだめだ【行かないと】
脳裏に響く警鐘を全て無視して突き進んだ。
もはや強迫観念に近かった。
星漿体護衛任務 3日目
15:10
「……あ」
曲がり角の先、すぐ足元に黒い塊が落ちていた。
錆臭い香りがする。
「えっ………」
びちゃりと、思わず一歩引いた足が水音を鳴らす。床を濡らす液体が、血なのか、尿なのか、もっと他の溢れてはいけない液体なのか、私には判断することができなかった。
「そ……そっかあ…………」
※
【side:家入硝子】
警報が鳴ってから、硝子の対応は早かった。
なにせ家入硝子は貴重な反転術式の使い手だ。
将来有望な二年生の中でも私は直接戦うのに向いてないから自衛を最優先するようにと夜蛾先生から口すっぱく指導されていた。
ケータイ、財布、タバコ、ライター。最低限の所持品を持っていることを確認して、屋上のサボり場から立ち去る。
高専には結界が張られている。あの警報音は侵入者のパターンだ。避難のために移動する。寮室あまり警備が厳しくない。侵入者にとってメリットがなさそうかつ、警備がそれなりに整っている解剖室あたりが妥当だろう。
「家入硝子だな」
「えっ?」
廊下の角を曲がった瞬間、後ろから声をかけられる。声のした方を確認するが誰もいない。
「……?」
どんと強く押された衝撃で、尻餅をついた。
再び前を向くと、無言でニヤリと笑う黒いインナーを着た男がいた。知らない顔だ。手には赤く染まった刃物を持っている。
――赤?
「『この呪具で作られた傷は、自然治癒以外じゃ治らねえ』んだとよ」
術式の開示だ――いや、呪具にそれは適用されたんだっけ? 那由多がこの三日間で苦労していた範囲だったはずなのに、咄嗟に思い出せなかった。
視線を下に向ける。じわりと赤いシミが大きくなっていくのが見えた。
鉄臭い香りが広がる。
押されたのではない。刺されたのだ。
「あ〜……」
油断した。
油断した油断した油断した。
私は、
不用意に出歩きすぎたのだ。
血の呪霊退治。日々の任務。そして何より
だから狙われた。
(あのクズども、何やってんの。こんなの侵入させるなよ)
腹が焼けるように熱い。血が流れる。腰から下が別の生き物になったようだ。動物や人間の死体相手には何度も経験した行為を、まさかされる側として実体験することになるとは。
呪力を二つ練ったが、術として成立する前にかき消されていく。歯車がかけたまま空回りするような感覚。ああくそ、男の発言に嘘は無い。これは本格的にヤバいと納得する頭だけが妙に冷えていた。
色のついた液体で濡れていくスカートを見ながら冗談を考える余裕すらあった。
(あーあ、タバコ湿気っちゃったじゃん。箱開けたばっかなのに)
……ああ、でも。
北海道旅行は楽しかったな。
買って帰ったご飯、まだ食べきれてないのに。
「じゃ、次は本命だな」
家入硝子が男の独り言を聞くことはなかった。