東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

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第三章 懐玉編
100点満点の男


 

 

 

 

【side:家入硝子】

 

 

 『早川那由多』は国家から正式に除霊対象から外された唯一の『討伐対象特別除外指定済人型特級呪霊』だ。

 だが、高専内でこの事実を知る者は意外と少ない。

 

 何しろ、早川那由多は人間のふりをするのが飛び抜けて上手かった。

 非術師にも見える、写真にも映る、食事も睡眠もするのだ。それに加えて、呪霊の侵入を拒む高専内に、特級呪霊が、それも生徒として在学しているなどほとんどの人間は想像すらしない。ならば下手に公言にすべきではないという理屈だった。

 六眼を持つ五条悟、呪霊に干渉する術式を持つ夏油傑、人間の肉体に造詣の深いこの私、家入硝子──ひと目で彼女は呪霊であると見抜けた私たち二年生達は例外だ。全員が全員、それぞれ別の理由で、目の前の人の姿をした者が呪霊であるかどうか見分けることを得手としているのだから。

 他の生徒――卒業までの準備期間扱いである四年はそもそも高専に滞在しておらず、三年で唯一正体に行き当たる可能性のある黒鳥操術の冥冥先輩は買収済み。才能はあれどまだまだ未熟な一年たちは、廊下ですれ違う程度の接触では彼女が呪霊であるとは気づかない。

 

 

「──闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」

 

 

 もっとも。

 それは早川那由多自身が、正体を秘匿しようと意識していた場合の話だ。

 

 呪力が練り上げられ、帳が降りる。()()()()()()()があたりを満たす。ここまでされて彼女の正体に気づかない奴は今すぐ呪術師をやめたほうがいい。

 

 

「は……? 呪霊……!?」

 

 

 本来なら『気づかない側』だったはずの庵歌姫が、顔色を変えた。

 那由多の呪力に慣れ過ぎていたクズどもが、ここでようやく自分たちのミスに気づくが、後の祭りだ。

 

 

「な、ななな、何してんのよ!? 硝子、早くそこから離れなさい! 一体、いつから化けて……!」

「あ〜、それは大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃないでしょ!? その早川さんは人間じゃないわよ!」

「『その早川さん』だってさ」

「ウケる。いやいや、俺たちが気づかないわけないでしょ。歌姫じゃあるまいし」

「はあ!? どういうこと!? というか敬語!」

 

 

 動揺する歌姫先輩に背後から襲いかかった今回の任務の討伐対象である呪霊を、夏油が呪霊操術で始末する。

 どうすんだこれ、と五条の背を突いたが素知らぬ顔だ。お前が責任者だぞ。

 

 ――2006年、夏。静岡県浜松市。

 私たち二年生が、二日前に音信不通となった先輩方の応援に向かった際の失態だった。

 

 

「これ、永遠の呪霊だ……」

「知ってるのかい?」

「デンジに聞いた。でも、デンジの時は内側でどれだけ過ごそうと外部では一秒も経っていなかったって」

「じゃあまだ成長しきっていないのかもしれないね。庵さんの元気さからして、今回は外部より内部の時間がゆっくり進むパターンのようだ」

 

 

 呑気に会話を続ける夏油と那由多に、歌姫先輩がキレた。冥冥先輩は「あーあ」という顔で、後始末を手伝わないからねと五条に宣告する。

 

 

「いいから説明しろーーーー!!」

 

 

 しろー! しろー、しろー……

 

 涙目の先輩による渾身の叫びが、帳の中でこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この中に、帳は自分で降ろすからと補助監督を置き去りにした奴がいるな。その結果がこれだ」

 

 

 夜蛾は一枚の書類を見せつけた。見知った氏名が記載されている。

 

 

「補助監督と庵歌姫から情報の開示要求があった。これはその嘆願書だ。どうしてこんな事態になったか説明しろ」

「この早川那由多(バカ)が勝手に帳を下ろして正体バラしたからです」

「社会秩序を守るためです」

「「この五条悟(バカ)が帳を降ろし忘れたからです」」

 

 

 全員の主張を聞いた結果、夜蛾は五条の上に拳を落とした。

 監視任務についているお前が監視される側にフォローされてどうするんだと。

 

 当人は理不尽だと怒っているが、当然の指導だった。

 

 

 

 

 

 

 

「那由多もさあ、余計なことしなくていいんだよ。そもそも帳って必要?」

 

 

 歌姫先輩を適当にあしらった五条が夜蛾の教育的指導(げんこつ)の痕をさすりながら文句を言う。

 先輩も可哀想に。あんな説明では何もわかるまい。だが情報開示権を持つのは那由多の監視任務の担当者であるこいつだけなのだ。夜蛾は教育の一環ということでよほどのことがなければ介入しないだろう。しばらく続くであろう彼女の混乱に冥福を祈った。

 

 

「別に一般人に見られたってよくねえ? 呪霊見える奴は少ないんだし」

「ダメに決まってるだろ」

 

 

 銃の呪霊の襲撃以来、呪霊を目視できるようになってしまった非術師が激増した。見えない方が多数派とはいえ、レア度はせいぜいAB型の人間レベル。かつてはさらに希少だったらしいが、銃の呪霊の第一次襲撃後に生まれた二年生達には関係のない話だ。

 「限られた人間にしか見えない脅威」や「見えるのに対抗手段がない脅威」は、時に「誰の目に見えない脅威」以上に世間に不和をもたらすものだ。呪霊の発生を抑制するのは何より人々の心の平穏。それを守るためにも一般人の意識を逸らす帳は必要不可欠なのである。

 

 夏油の語りは続く。硝子は、五条が段々それにイラついてきているのを察した。

 

 

「わかったわかった。弱い奴らに気を使うのは疲れるよホント」

「弱者生存。それがあるべき社会の姿さ。弱気を助け、強気を挫く。いいかい、悟。呪術は非術師を守るためにある」

「それ正論? ヒーローオタクはいうことが違うね」

「……何?」

「俺、正論嫌いなんだよね。ヘイ支配の呪霊! どう思うよ?」

【社会秩序を守るために弱者への情報統制は必要不可欠です】

「ウケる、一気に胡散臭くなったじゃん」

 

 

 五条はゲラゲラと笑った。

 

 

 早川那由多には心が二つある。呪霊としての感性と、人の中で教育を受けて育まれた価値観だ。

 道徳の授業で前者が誤爆し三人をドン引きさせたのは記憶に新しい。

 

 Q.呪詛師と穏便に交渉するにはどうすべきか?

 A.親族や恋人の眼球を抉り、それを見せながら諭す。

 

 脅迫ですらない、大人しくすれば治してあげるという支配前提の慈悲。斜め上の解答にドン引きするクラスメートに気づかず、当人は硝子なら元に戻せるでしょと疑問符を浮かべていた。

 『支配の呪霊』なら実行したのだろう――そう思わせるだけの価値観のズレがそこにはあった。

 

 もっとも、三人にとってのクラスメートは『人間社会で暮らす方の価値観(ナユタ)』である。その日の奇行は格好のイジり対象でしかなかった。夏油のフォローも虚しく、珍回答を面白がった五条により不定期開催される『支配の呪霊ならどうでshow』は今や早川那由多の持ちネタと化していた。

 

 那由多を巻き込んだバカの煽り合いは、ますますヒートアップしていった。潮時だ。硝子はいつものように教室から避難した。

 直後鳴り響く、廊下まで聞こえる戦闘音。懲りない奴らめとため息をつく。

 今日はどこで時間を潰そうか。ポケットにライターとタバコのストックがあるのを確認してから硝子は階段を登った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう拗ねない」

「……」

 

 

 二本目のタバコに火を付けるか悩みはじめた頃、屋上の扉が開いた。迎えに来たのは那由多だった。

 彼女は大抵無表情だが、内面は意外と感情豊かだ。いつもよりも僅かにシワのよった眉間は、彼女の気持ちを雄弁に語っていた。

 

 

「五条を置いてきてよかったの?」

「大丈夫に()()()

 

 

 硝子が教室を出てから、夜蛾は新たな任務を伝えたそうだ。

 

 ――『星漿体(せいしょうたい)』、天元様との適合者。その少女の護衛と抹消。

 

 天元は不死の術式を持つ日本呪術界の基盤だ。高専各校、重要拠点、補助監督の使用する結界、全ての底上げを一手に担う存在にして、国外からの呪術師の不法侵入を拒む国防の要。

 だが、不死であっても不老ではない。ただ老いるだけならまだしも、一定以上の老化を終えると術式が肉体を作り替えようとするのが問題だった。

 進化――人でなくなり、意志は消え、より高次の存在となったとき、天元が変わらず人類の味方である保証はない。

 故に五百年に一度、天元との適合者を捧げ、肉体を初期化する必要があるのだ。

 

 その贄となるのが『星漿体』だった。

 

 融合は三日後。天元様直々の指名で儀式当日までの護衛役に我らが二年生が任命された。

 荷が重いと思うがと前置きされた任務だが、特級呪霊相手に連勝を収め、ノリに乗っていた男どもには士気を上げる要素にしかならなかった。

 早川那由多も同様で、張り切って任務の詳細を聞こうとしたところで――

 

 

 『ただし那由多 テメーはダメだ』by天元

 

 

 待機命令を出されたのだった。

 

 

 

 

 

 

「納得いかない」

「妥当な判断でしょ」

 

 

 五百年に一度の、日本の社会基盤の命運がかかった任務である。方々に頭を下げ実現している特級呪霊『早川那由多』の学校生活だが、流石にこのレベルの任務を任されるほど信用されたわけではないらしい。

 何しろ、彼女の術式が術式である。

 仮称『支配術式』――万一『星漿体』が彼女の術の影響下に堕ちてしまった場合、取り返しのつかないことになる。

 

 

 ――上層部は頭が硬くて困るよホント。で、俺が護衛任務してる間の那由多の監視はどーなるわけ?

 ――今回は任務の期限が決まっているからな。お前が不在の間は、高専校内に待機させる。

 ――こいつ、無理矢理脱走するかもよ?

 ――問題ない。そこは帳を応用する。

 

 

 

 

「誰でも出入りできる代わりに、討伐対象特別除外指定済人型特級呪霊『早川那由多』の脱出のみを禁じる帳を高専全体に降ろす、ねえ」

 

 

 要するに、五条悟不在の間の高専からの外出禁止令である。

 

 

「おまけに三日分の、特別課題を出されたと」

 

 

 早川那由多は別段劣等生というわけではない。しかし呪術界での常識に疎く、おまけに二年からの編入のため、一年時の履修範囲をカバーしようとするとテスト範囲がどうしても広大になってしまうのだ。遅れを取り返すための対策としては正しい。

 

 何もかもが妥当な判断。だからこそ、少しかわいそうだと思う。

 この四半期の付き合いで生まれた、友達としての同情だった。

 

 

「ん〜〜……」

 

 

 硝子は、片腕を伸ばし、肩からゆっくりストレッチをした。思えばここ数ヶ月はずっと四人での任務ばかりだった。そのまま流れで打ち上げをしたりして、任務外での交友も増えた気がする。特に那由多は五条と共に行動しなければならない制限があったので、こうして二人きりになるのは初めてだった。

 

 わずか三日とはいえ、あのクズどもと完全別行動というのは妙な気分だ。去年はこれが普通だったはずなのに。

 

 

「せっかく女子だけなんだから、服とか、ランチとか、ショッピングで気分転換できたらよかったんだけどね」

「私は高専から出られないよ」

「ね。面倒だよねえ」

「部屋に飾る絵画を探したかった」

「うーん」

 

 

 絵画以外のインテリアにも目を向けろよと思ったが飲み込んだ。

 高専生は給料取りである。特に私たちは特級呪霊の討伐を短期間に二度も成功させたこともあり、懐はかなり暖かい。なのにそれを使う機会に恵まれないというのはあんまりだ。かといって、顔面はよくとも性格と感性が小学生男児並みの五条を連れて()()()()()()()に行くのも嫌だった。

 男どもがいない貴重な時間に高専内で出来そうな楽しいこと。硝子は名案を思いついた。

 

 

「あ、そうだ。そろそろ新しい制服改造申請でも出したら?」

「! そうする。次は……どうしよう……」

「スーツっぽい制服はどうよ」

「ブレザーと被らない?」

「そりゃパンツルックにするのよ。デザイン考えるの手伝うよ」

 

 

 那由多の機嫌はすっかりなおっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:五条悟】

 

 

 思えば、ここ数ヶ月はずっと四人での任務ばかりだった。傑とコンビでの行動は久しぶりだ。一年生の頃はずっとこうだった筈なのになんだか妙に懐かしい。

 

 

 ――『星漿体(せいしょうたい)』、天元様との適合者。その少女の護衛と抹消。

 

 

 天元の暴走により現呪術界の転覆を目論む呪詛師集団Qとやらを爆速で片付けた悟たちは、『星漿体』天内理子の護衛のために廉直女学院中等部のプールで待機をしていた。

 

 天内理子は、悟が想像するより数倍アグレッシブなのじゃのじゃ口調の少女だった。同化の日が近づき、センチメンタルになっているだろうという予想は見事に裏切られた。

 『最後の日まで、学校に行きたい』などと。

 身の安全を考えれば即時却下されるような要求だというのに、それら全ての要望に応えるところまでが任務だというのだから困ったものだ。

 

 

(那由多といい、天内といい、女子ってのはそんなに学校が好きなのか?)

 

 

 全力で学園生活をエンジョイしている自分を棚に上げて、悟はため息をついた。

 

 隣にいる傑は「誰がお前をパクるんだよ」「うるさい」などと時々呟いている。完全に危ない人だ。おおかた内に飼っている血の呪霊が【それはワシの口調じゃ……パクリか?】などと喚いているのだろう。曰く、呪術そのものを冒涜する史上最悪の性格。制御には苦労をしているらしい。実際はさらに理不尽な騒ぎ方をしていたらしいのだが、声の聞こえない悟には知らぬところである。

 

 

 イライラした様子でこめかみを抑えていた傑が、勢いよく顔を上げた。

 

 

「どうした」

「……悟、急いで理子ちゃんのところへ」

「あ?」

「監視に出している呪霊が、二体祓われた」

「ま、まさかお嬢様の身に何か!?」

 

 

 星漿体の世話係である黒井が血相を変えた。

 

 

 

 

 

 

 ――嫌じゃ! 友達や先生に見られたらどうするんじゃ! 恥ずかしい!

 

 

 などとごね倒し、天内理子が悟たちを遠ざけたのが今日の昼過ぎのこと。

 

 

「だから目の届く範囲で護衛させろっつったのに! あのガキ!」

 

 

 案の定の襲撃である。

 傑の呪霊を祓ったということは、ほぼ確実に呪詛師だ。廉直女学院は警備の厳重さが売りのお嬢様校だそうだが、非術師相手のセキュリティなど何の役にも立たない。

 

 

「この時間は音楽なので、音楽室か礼拝堂ですね」

「レーハイドゥ!?」

「音楽教師の都合で変わるんです!」

 

 

 どこまでも手間をかけさせる。

 

 ここからは時間の勝負だ。

 傑が正体不明の呪詛師の対処を、世話係の黒井が音楽室、悟は礼拝堂の確認をすることになった。

 

 

 

 

「天内!」

 

 

 勢いよく礼拝堂の扉を開く。

 そこには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今から最強の大会を開く!」

 

「「「イエーーーーイ!!!!」」」

 

 

 ボコボコにされて無様に倒れ伏す呪詛師に腰掛け、得意顔で点呼を取る教師と、ノリノリで参加表明する女生徒の集団がいた。

 

 

「みんなで順番にこいつに蹴り入れてぇ、一番大きな声出させた奴の勝ちな!」

「せんせー! 優勝賞品はなんですかー!」

「昨日給料日だったかんな。なんでも好きなもん奢ってやるよ」

「太っ腹ー!」

「生キャラメル!」

「靴! 靴!」

「おい、万越えんのはやめろ」

「ちょっと! 教務規定違反ですよ、早川先生! い、いえ、不審者への対処は感謝しますが!」

「ええ〜でもよ〜、午後から散々ぶっ続けで歌わされて、ようやく休憩って時に来やがってさあ。俺たちの休憩時間がパァになっちまった。なのにこのまま何もせず警察に引き渡すだけってのは納得いかねーだろ?」

「そうだそうだー!」

「いいこと言うー!」

「先生ー!」

「「デンジ〜!」」

「やっちゃえー!」

「そこ、大きな声を出さない! はしたないですよ!」

 

 

 勢いよく礼拝堂の扉が開かれた音を聞き、教師と生徒の視線が集まる。悟と目があったデンジはウゲえっと顔を歪めた。それはこちらのセリフである。

 

 

廉直女学院(ここ)の教師だったのか……」

「ええ〜……お前を捕まえんのはやだなあ……」

「誰が不審者のお仲間だボケ」

 

 

 俺は天内(あまない)に用があるんだよ、と指を刺す。肝心の天内は、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 

 

 

 早川デンジ。

 廉直女学院中等部、新人教員。

 

 悟の嫌いな大人の姿が、そこにはあった。

 

 




おまけ
Q.岸辺採点百点の呪術キャラ
A.宿儺、真人、東堂、乙骨
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